第7話 歩き出した心

 ガイダンスなどを受けてからそれなりの時間が経ち、私達は現在、みんな揃って宿泊施設に移動していた。

 外はすっかり夕焼け空になっていて、学園通りでは樹木と交互に立っている街灯に光が灯り出している。


 噴水広場に出ると、昼間のランプが敷設されていた所からは光が漏れていて、遊んでいた子供達の姿はなくなり、成人した若い男女が腕を組み合って歩く姿が何組か確認できた。

 いいなぁ……。私もいつかああいう風に誰かと腕を組んで歩く日が来るのかな、なんて思いながら進んでゆく。


 噴水広場から街役場の方へ向かい、裏手を回った先にあったのは、高低差のある道の入り組んだ住宅街があった。

 どこも同じような石レンガ造りの住宅で、屋根は赤レンガで統一されている。でも同じ形の民家はなくて、飽きを感じさせない。踊り場にも左右に道が出来ていて、階段を上る途中で家に入る、なんてことはできないみたいだ。


 階段の上には大きなアーチ状の橋があり、広い住宅街を左から右へ、右から左へと往来することができるようになっている。私達が進むのは右手で、入り組んだ道を進んでゆくと、やがて左手に大きな屋敷の様な、背の高い家が見えてきた。


 先頭を歩いていたテッドくんとエルがその家を前に立ち止まってこちらを振り返ると「ここが宿泊施設になります」と言って、左脇にある何十段もありそうな階段ではなく、右手にある階段を数段上った一階と思わしき家へ入ってゆく。

 従業員用の家なのかな? と思いながらドア越しに会話しているテッドくんを見つめていると、ドアから一人の初老の男性が現れた。

 そして男性はアオヤマ先生へ大きくお辞儀して名乗る。


「《彷徨人》の皆様、いらっしゃいませ。ここのオーナーをしております、アンセム・カーデと申します。ご用命の際は、いつでもお呼びください」

「一人一室、合計で三十二名です」

「かしこまりました。では二階から三階をお使いください。お部屋の中に鍵とメニューが置いてありますので、入室された際は必ずご確認をお願いします。お部屋は後ろの階段を上っていただいた先の館になります」

「分かりました」


 説明を受けた先生は振り返って、テッドくん達と一緒に階段を上った先へ案内してゆく。

 階段から分かるように、かなりの高所に建設された赤レンガ調の宿泊施設、《迎賓館》は、昔から《彷徨人》を積極的に受け入れている施設なんだとか。

 今は殆ど空室になっているけれど、街役場公認のお宿みたい。由緒ある、って言えばいいのかな?


 エントランスは憩いの場としても使用されているようで、内装はクリーム色といった暖色系の家具などで纏められている。柔らかいソファやテーブルが置かれていて、エルの説明によれば一階につきおよそ二十部屋。それにお風呂やトイレも完備。一階にはレストランがあり、本当にホテルみたいだ。

 男女で階を分けて、二階は男子、三階は女子が使うことになり、明日は朝八時半までに学園へ集合とアオヤマ先生に言われて本日は解散。街へ繰り出す子もいれば、迎賓館内を探索しに行く子もいた。私はカトレアやエルと一緒に中央で左右に分かれた階段を上って部屋を見に行くことになり、階段を上ってゆく。

 順番的にカトレアの部屋が階段から一番近かったので、早速お邪魔すると――


「おぉ~っ!」

「すごっ……高そ~……」

「うん……なんだか恐縮しちゃうね」


 まるで修学旅行のホテルに入った時と同じ心境になった私達。エルは靴を脱いで屋内用の白いスリッパに履き替えて上がり込み、部屋の入口にあった木製のシューズボックスの上に置かれた小さなランプの下には、入居中のマナーや入退室時の注意事項が書かれた紙だった。


 靴を脱いで中へ進むと、左手には浴室とトイレが別途に置かれ、奥は凡そ十畳ほどある一人にはあまりに広い部屋となっていた。

 黒い絨毯の踏み心地もよくて、ベッドやクローゼット、壁に据え付けられたランプ付きのデスクもある。学生としては十分なくらい家具が揃っているので、とても過ごしやすそう。


 室内をぐるりと一周したエルはデスク前にあったクッション付きの椅子に座ると、カトレアもベッドの端に腰かける。ベッドの色合いは床の絨毯に合わせているのか白いシーツに黒い掛け布団となっていて、落ち着いた雰囲気になっている。


 私もベッド脇にあった二人掛けのソファに腰かけて、今日は大変だったとか、私達の世界の話をエルに少しだけ話したりとか、所謂ガールズトークが繰り広げられた。

 今まで生きてきた中でも経験のなかったガールズトークと呼ばれるものは、どの世界でも共通みたい。カトレアは戸籍を作った時に対応してくれた街役場の男性職員が格好良かったとうっとりしながら語り、エルは年上好きでシブい人ならもっとたくさんいるよ、なんて言いながら路線は恋愛方面に。


「リアは好きな人とかいないの~?」

「あー。それアタシも気になってたとこ」


 いい人居ないの、と唐突に話を振られてしまった私は「えぇ……?」と困ったように笑う。恋をしてみたい、という気持ちはあるけれど、正直恋人なんて存在が出来るほど私はできていない。

 ましてや自分の事……というよりも趣味に手一杯で、好きな人を探すなんて考えたこともなかった。

 でも確かに、折角異世界に来て娯楽からも手が離れたのだから、出来る事なら自分を磨きたい、って気持ちも少なからずある。

 私はう~ん……と暫く唸ったあと、「居ないかなぁ……」と結局好きな人に関しては答えられず終いだった。


「カトレアは綺麗系通り越して魅力系だけど、リアは可愛い顔してるんだから周りの男子が絶対ほっとかないって~」

「いや~でも分からないわよ。リアの場合いきなり彼氏出来そうな気がする。ガチめに」

「それ! 好きな人がいきなり現れるのって夢みたいじゃない?! あぁあ~自分の恋よりもリアの恋愛の方が気になるぅ~!!」

「あ、あはは……」

「エルは彼氏作るの大変そうよね。テッドみたいなしっかりした兄貴が居るんだし」

「どうかな~? テッドは色恋沙汰苦手だからあまり踏み込んで来ないと思うけど」

「確かに!? 騎士道一筋みたいな感じするわ!」

「間違いない! あいつは騎士道と結婚すればいいんじゃないかって思う!!」


 徐々にテンションが上がってゆく二人の会話を眺めながら、私は一人苦笑いを浮かべる。

 確かにテッドくんは自己研鑽に励むタイプだと思うし、恋愛とは程遠そう……なんて思いながら、結局はみんな気になる人が居る、居ないといった段階で実際に恋愛を経験したことがないみたい。

 カトレアは意外だったけど、結構乙女なところもあるのだから考えてみればそうかもしれない。みんなこれからなのだ。


 気付けば夕暮れだったはずの外の景色は真っ暗な闇色に染まっていて、そろそろ解散、という雰囲気が流れ出す。それを寂しく思う自分がいて、また二人と話したいという気持ちが沸き上がってくる。


「あの、二人とも……」

「ん? どったのリア?」

「……今日は一緒に居てくれて、本当にありがとう。二人とお話するのも、一緒に学園を歩くのも……すごく楽しくて。カトレアとももっと早くからお話すればよかったって今は後悔してる」

「リア……?」

「だから、それを取り返すためにも……明日からも、どうかよろしくお願いしますっ」


 キョトンとした表情を浮かべる二人に、私は頭を下げる。


 カトレア――深山さんとも、転入してから声をかけてくれた時点でもっと話しておけばよかった。自分の趣味の話、好きなものの話。話題はたくさんあったはずなのに、私は自分の容姿や、あまり口外できない趣味を盾にして逃げていたんだ。

 でも、この世界にやってきた今。向こうの世界の常識や体裁なんて考えなくてもいい。縛られることなんて何一つない。なぜならそれは、一つの知識として活かすことができるのだから。

 自分の好きだったものを好きと言ってもいいんだ。もっと素直に自分の好きなものを表現してもいいんだと、今日一日の出来事で理解できた。

 だから、今まで掘り続けてきた溝を埋めていこう。ただ一点自分を見つめるだけじゃなくて、周りに居てくれる人々や物事に興味を持っていこう。

 そして、これは私が普通のヒトとして成長するために必要な第一歩。

 頭を下げたまままきゅっと目をつむって、二人の返答を待ち続ける。


 やってきたのは、二人分の笑い声だった。


「ぶっ――あっははははっ!」

「ぷふぅ~っ!? ぷくくっ……!」


 私はふと顔をあげると、カトレアはお腹を抱えながらベッドの上で転がり回っていて、エルは椅子の背もたれに顔を埋めてばしばしと叩いていた。


「ちょっ……二人とも!? 精一杯真面目に考えたのにっ! どうしてそんな反応なのっ?!」

「いや~。あまりにばかばかしいお願いだったもんだからつい……」

「律儀とか真面目通り越してそれはおかしいよリア~」


 目尻に溜った涙を笑いながら指ではじいたカトレアは寝転がりながらそう言い、口元を抑えながら再び吹き出したエルを見て私は顔が熱くなる。さっきのテッドくんもそうだけど、みんな失礼しちゃう! 私は大真面目なんだよ!?


 そしてベッドからカトレアの手が伸びてきて、頭をぽんぽんと撫でられた。


「むうぅ……」

「あはは、そんな不貞腐れないの~。当たり前じゃん? 友達でしょ?」

「そうだよお! リアが避けたってあたし達はぐいぐい行くからね!?」


 そっぽを向いて軽く頬を膨らませた私へと、二人は嬉しい事を言ってくれて。

 私は一つ深呼吸してから笑顔で「ありがとうっ」と心の底から二人へ感謝の言葉を告げるのだった。



       ◇



 それからほどなくして私達は解散。エルは家に帰り、私も自分の部屋へと足を踏み入れる。

 ……踏み入れた、まではいいんだけど。


「……ナンデスカ、コレ……?」


 部屋の造りはカトレアと同様だというのに、私の部屋は見覚えのある品物の数々で埋め尽くされていた。


 全部が全部、自分にとって一番縁のあるオンラインゲームのアイテムの数々であり、当時愛用していた武器である杖やローブなどが黒い絨毯の上に散らばっている。

 その散乱具合といったら、某サバイバルクラフトゲームでキャラクターが死んでしまった際にドロップする所持品を連想させるほどであり、私は眉間に皺を寄せながら溜息交じりに片付けを行ってゆく。


 私のやっていたゲームでは荷物の所持制限を拡張アイテムによって解放することが出来たのだけれど……。どうやら一時的にリセットの様なものが掛かってしまってこんな有様になってしまったようだ。ふぇぇ……異世界に来て早々お部屋の掃除とかイヤだよぅ……。


 ――いや、でも待って? これだけのアイテムの数々が存在しているということは、ひょっとしたら装備だけでも良質なものを使える、ということでは?

 そう思って愛用していた武器である真っ白な杖を手にしてみるものの、特にこれといった能力に目覚めるわけもなく、ただの宝の持ち腐れ状態に。


 愛用の蒼い生地を取り入れた白マントも着込んでみるものの、恩恵の“お”の字も得られず。どうしたものかと考えていると、ふとマントの内ポケットに見知らぬ感触があり、私はそれを取り出して見る。

 取り出されたのはポケット辞書の様な大きさの、かなり年季が入った本だった。ページには大量の付箋紙が挟まれていて、私はそれを不思議に思いながらページをぺらぺらとめくってゆく。

 本には私のこれまでの“ゲーム内での記録”が書かれていて、レベルがいくつの時、ゲームを開始して何日、何時間、何分の時に何を使っただとか、誰とフレンドになった、などが記されていた。


 そして、ページを追うごとに当時の自分が装備を新調した際の記録までが書かれており、その下には装備品の内容がずらりと並んでいる。


 ……えっとつまり、『このくらいのレベルにならないと装備できませんよ』、っていうこと? いやいや、あのゲームは最高レベル百五十ですのことよ? この世界のレベル概念的に再調整してくれてもいいじゃない?

「(他に情報はないですか、さいですか)」と呟きながら背表紙から再び読み進めていくと、そこにはなんと修正項目が。全部読ませた後に「この世界ではこうなってますよ」みたいな後付け設定出さいでよびっくりした……。

 所持している装備品は、ゲーム上でサブキャラクターを育成する際に使う事が多かった所謂“お古”の装備品もあったので、恐らくはそれを使っていくことになりそう。


 とりあえずこの本を読み込みながら、今の自分に一番近いレベルの装備だけをベッド脇のソファに掛けて、残りの消費アイテムなどを鞄へ、装備品などはクローゼットへ仕舞い込む。ゲームでも後衛職だったことが幸いして、アーマーや甲冑などのアイテムは一切持ち合わせていなかったから助かった。


 鞄についても触れておかないといけないと思う。

 形はベルト付きのレッグポーチのようなもので、大きさは深さ二十センチ、横幅は三十センチで奥行は十五センチ前後とやや大型の鞄だ。基本的に腰へ回すことがスタンダードであり、その鞄はゲーム内での設定で内部の重量を感じさせず、拡張アイテムを使用することで、内部の枠から許される限りいくらでも入れることができる。要は簡単に持ち運べて、その上取り入れ可能なブラックホールのようなもの。

 杖や剣なども入れることは可能だけれど、流石に盾やアーマーなどは入らないので、軽装な戦闘職などはよくこの機能を愛用していたと思う。


 ただ現実となれば、あまりにぎっしり詰め込んでしまうと取り出すときに困ってしまうので、必要最低限なものだけを入れた方が絶対にいい。レベルの制限が付いているポーションの類はクローゼット下にある引き出しに並べて詰めておくことにした。

 サブキャラクターを育成する際に持っていた刀剣類も必要ないと思うけど、念のために鞄の中へ。


「……こんなものかな?」


 ふうっと一通り荷物の整理を終えた私は、しっとりと浮かんだ額の汗を拭うと、ベッドに倒れこんだ。


 最後の最後でまさかの追い打ちはあったけれど、なんとか平和に一日目の夜を越せそう。

 本当に良かったと思いながら、暖色系の天井を見つめて目を閉じる。

 一日中行動していたこともあったのだと思う。徐々にやってきた心地よい睡魔に、私は力を抜いて身を委ねるのだった。


 明日からの新しい日常に、想いを馳せながら……。

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