第6話 ブレイシア学園
昼食を終えたエル、テッド、リアの三名は、一足先に学生食堂から本館の裏手にある広大なグランドの脇に構えられた体育館へと向かっていた。
中庭を通り、本館からそのまま裏手に回ることも可能だが、エル達はあえて外周に存在する園芸部の花壇などの菜園をリアに見せ、園芸部の他に存在する部活を紹介しながら目的地への道を辿ってゆく。
道中、リアは数学教師であった青山を見つけて声を掛けると、彼は半身で振り返りながら「おお」と声を上げて合流する。
「風銀、昼は食べたのか」
「はい。二人と一緒にいただきました」
「……随分とリラックスできてるな。いい事だ。あっちの教室でおどおどしていた頃とは別人みたいだぞ?」
「あ、あはは……。ありがとう、ございます」
「まぁ他の生徒よりもあまり容姿が変わらなかったから、簡単に分かったぞ? 変わらない奴がいると、やっぱりほっとするな」
「ふふ、青山先生も御変わりないようで安心しました。深山さんもダークエルフでしたし、ちゃんと日本人っぽい容姿の人が居るだけで安心できますね」
「ああ……本当にそうだな」
青山はしみじみそう言うと、彼女の両隣に居たセージ兄妹を見つめた。
テッド達は軽く会釈をしながら挨拶を交わす。
「すみませんな、彼女らは基本的に正午を過ぎた頃は昼食の時間なんですわ」
「はは……それはこちらも同じく、です。正直妹も腹を空かせていたようで、周りに驚かれるくらい食べてましたよ」
「クク、そいつは何よりで」
「だーかーらーっ! そういう事吹聴しないでよ! あたしにもメンツってもんがあるんだからね!?」
「はははっ! 悪かったよ」
どうやら昼休憩を挟んだのは青山からの願いだったようだ。それを引き受けたテッドがエルに伝え、昼食を摂ったあとに全員で体育館へ移動、という形になったらしい。
生徒達を気遣いながらも、しっかりと目的に対する妥協案を出してゆく青山。生徒達との付き合いもある彼は生粋の先生なのだろうとリアを含めエル達も同じような印象を受けていた。
しかしリアの中では一つ、青山に対して心配事がある。彼にも家族はいるはずであり、仕事という責務を持っている。彼女が読んでいた異世界転生モノではクラス単位で異世界へやってくることはあっても、教師が生徒と一緒に、という展開はあまりない。
それは他の生徒達も同じく、リアは彼らがこの世界についてどう思っているのかも気になるところだった。
「ところで先生、大変不躾な質問なのですが……。あちら――地球の方について、どう思われてますか?」
「俺個人としては、正直戻りたいところではあるけどな。だが、お前さん達をこの世界にほっぽって戻るつもりなんてサラサラないさ。それに、実は先生、エルフやダークエルフはストライクゾーンだからな」
「そ……そうですか……」
知ったとしてもどうしようもない青山の嗜好にリアは戸惑いながらも愛想笑いを浮かべ、彼も同じく体育館へ移動している最中だということで同行することになった。
彼も召喚される際、リュウジ・アオヤマと名を改めており、リアも自分の名前を名乗ってゆく。
それからはどういった経緯でエルとテッドの二人と仲良くなったのかなどを話しながら、そうこうしているうちに目的地へ到着する。
校舎や学生食堂と同じ造りの建物だったが、内装は至ってシンプル。板張りの空間が広がっている。現代との違いがあるとすれば、壁際に片手剣から両手剣、槍といった木製の武器が掛けられているということぐらいだろうか。
体育館の板の中にはあえて色合いを変え、剣道や柔道に似た正方形状のフィールドが作られており、そういったセットが四つほど存在している。
「この体育館は運動するときにも使うけど、騎士を目指す生徒とかが朝練をするためにも開放されてるんだよね~。テッドも毎朝懲りずにカンカンやってるよ。正直暑苦しいったら」
「朝日が静かに射し込む体育館の良さが分からない奴は、そう言ってればいいさ。リアもどうだ? 良ければ見学でもしてみないか」
「ご、ごめんなさい……。私も朝はちょっと……弱くて」
リアは寝起きが良さそうに見えるものの、実はかなり悪い。寝相は酷く時折起こしに来た人を威嚇することもしばしば存在する。その様はいい感じに寝ていたところを飼い主に邪魔され威嚇する猫のように。
それは夜中までゲームや読書をしている事が起因しており、恐らく娯楽の少ないこの世界にやってくれば、徐々に改善されることだろう。
今日の午前中だけでもかなり濃密な生活を送っているのだから、夜は間違いなくベッドに入れば三分で眠れてしまうはずだ。
テッドは肩を落として残念がりながらも、興味があったら顔を出して欲しいとフォローして、青山ことリュウジとこの後の日程についてその場で打ち合わせを行ってゆく。
その場に自分が居ても良いものかと思うリアだったが、彼女の隣に居たエルがテッドと挟んで離さない。
困った様に笑ったリアに、悪戯気な笑みを浮かべるエルは、果たしてテッドとリュウジの会話をしっかり聞いているのだろうか甚だ疑問である。
どうやら午後はこの体育館で自身の《ステータス》と呼ばれる一種の身体情報を確認し、その後はこの学園に通う為必要な制服の採寸などが行われるらしい。
採寸の順番が来るまではこの学園についての簡単なガイダンスが行われ、あとは一斉に宿泊施設へ移動になるという。
「……概ね了解しました」
「明日は恐らくブレイシアの散策になると思うので、その前に市役所から生活資金を受け取ることになるはずです」
「なるほど。ということは班分けも行ったほうが良さそうですな」
「ええ。明日は登校日ですので、気の合う人とこちらの生徒とを混成する形で班分けを行った方が得策だと思います。担任のルビア先生ともお話された方がよいでしょう」
テッドの話から、今日は休校日であることを知ったリアはえっと驚いた表情を見せ、隣のエルを見つめる。
彼女はウィンクしながらこそっとリアにボランティアであることを伝え、リアは全て納得した。
教師もいないというのに、二人だけで対応できる案件と判断されたということは、きっとこの二人はそれだけ周りに信頼されているのだろうとリアは感じたのである。
そんな二人と行動できることがどんなに光栄なことか、とリアは一歩引き気味に考えつつ、それでも何を言うでもなく「一緒に居たい」というエルの気持ちを感じてリアは嬉しくなった。
打ち合わせを終えたリュウジは三人に軽く手を振りながら離れてゆき、体育館の入り口へ出て生徒達を迎え入れるよう準備を始める。
一仕事終えたテッドはリア達へ振り返ると、安心したのか小さく微笑んでふうっと安堵の息を吐いた。
「あぁ~緊張した……」
「お疲れ様です、テッドくん」
「お勤めご苦労~!」
「お前は仕事しろっ!?」
ちゃんと聞いてただろうなー、と軽く肘でエルを突つくテッドに、エルは口笛を吹いてどこ吹く風。
困ったように眉間に皺を寄せたテッドは、話をしっかり聞いていたであろうリアに「エルを頼む……」と言って匙を投げ、リアはぎょっとして「えぇっ!?」と声を上げてしまうのだった。
◇Side Rear◇
それから大通りに軒を連ねていたブティックの店員さん達や街役場の人が見えて、私達の採寸を行い、順番待ちの人達はテッドくんとエルから学園へのガイダンスを受けていた。
驚いたのが、この学院に於ける授業のスタイル。
あれだけ伸び伸びと勉学に励める施設があるのに、座って教師の話を聞く、という授業があまり存在しないこと。
「『経験こそ最大の勉学なり』という、この学園を創設した《彷徨人》の方針の名の下に、高等部からの四年間は座学よりも実地経験を重視したスタンスで、実際に各産業地区に存在するギルドで実際に働いたり、ボランティアを手伝ったりすることで単位が貰えます」
「結果が良ければギルドから給金も貰えるからねぇ~! 在学中に授業で奨学金を返済するなんて荒業も出来るよ!!」
「なので、就労と勉強を同時進行で行えるために自分の時間がとりやすい、というメリットも存在します」
「たぶんみんなは、ここの帰りに学園通りの雑貨屋さんなんかに寄っていくのが殆になると思うんだけど、そこで働いている人はここの卒業生や在学生が多いんだよねー! 先輩からもアドバイスを聞けたりするし、友人関係を広げたい! って人がいたらオススメかな?」
「成績の評価は地域への貢献度で決定されます。頑張れば頑張るだけ、周りの人達にも尊敬されるし、成績もあがっていく。……オレ達がみなさんにこうしてガイダンスを行っているのも、授業の一環になるんだ。ごめんな、見返りのあるボランティアで……」
ここまでエルと協力して説明を行っていたテッドくんは、手元の資料を担ぎながら申し訳なさそうに笑う。そんなことない、これからどうすればいいのか分からなかった私達を導いてくれたのは間違いなくこの二人だ。感謝こそすれ、反論なんてあるわけがない。
私は自分の順番が来るまで、面白おかしくこの学園について説明してゆくエルと、まじめにやりながらも時折飛び出すエルのボケにツッコミを入れてゆく二人の話に聞いてゆく。
……なんていうか、不思議と聞きやすい。耳に入ってくる。そしてエルのボケが後でじわじわと効いてゆく感覚。きっと説明が終わったらみんな「面白かった!」って言うんだろうな。
そして、この学園のもう一つの特徴。それは『自由』ということ。
登校時間から下校時間、カリキュラムから制服までその殆どが自由であり、自分の都合とスケジュールに合わせて時間割を組むことが出来るらしい。
例えば二人の場合、六限まである時間割でⅠからⅤまでの時限を私達の学園案内、Ⅵ限目を宿泊施設までの案内にしてあるという。
基本的に朝の登校時に自分の当日のスケジュールを書いた書類を担任の先生に提出することで受理されて、街役場を経由して伝書鳩を飛ばし、実地先まで複写されたスケジュール表が届く、という仕組みになっているみたい。見習い先が学園から遠い場合は朝から現場に行って、そこから学園宛てに鳩を飛ばすこともできるのだとか。
制服については、テッドくんやここに来るまでの学園通りで見かけた生徒さん達とは異なる着こなしをしていたので気になるところだったのだけれど、基礎デザインを踏襲していれば色々とカスタムし放題だという。
テッドくんはブレザー型。ローブマントを着込んでいた人はマント型と様々なデザインがあるようで、実はエルの制服もそれなりにカスタムを加えたものらしい。
他にも炭鉱区にある炭鉱ギルドに所属している生徒は、ブレザーの丈を短くして機能性重視でカーゴパンツにしていたりとか、港湾区の子は黒いマントは日光を吸収するので腰あてに使ったりだとか、色々と工夫しているみたいだ。
「蛇足だけども、各ギルドに所属するときは必ず“見習い”という立場になる。例えば炭鉱ギルドで採掘師や鍛冶師を目指す場合、採掘師見習い、鍛冶師見習い、といった具合でまずは先輩達の身の回りの手伝いから始まる。その間に制服を調整して、実際に仕事を任せられるときに備えておく、っていう感じかな」
「質問! テッドはなんの見習いなんだー?」
「ああ、オレは騎士見習いだよ。主に街の巡回や戦術指導を受けたり、事件が起こった時の対応が主かな。ほかにも雑用はあるけど、結構やりがいはあるんだ」
「すっげーじゃん!? 警察と自衛隊を混ぜた感じってことだよな!?」
「えーっと……。ケイサツとかジエイタイ、っていうのはよくわからないが、平時は街の治安維持を中心に活動して、非常時は人々を非難させたり魔物と戦ったりするのが騎士の仕事だよ」
「まんまイメージ通りじゃん! 俺も騎士目指そっかなー?」
「――本当かっ!? 歓迎する!!」
身を乗り出して男子生徒へ手を伸ばしたテッドくん。当然周りに驚かれてしまい、「考えとくわ!」という言葉に力強く頷いてゆく。
そんな様子を見て私は苦笑いしていると、カトレアさん――カトレアがやってきた。
「リアはどの産業地区に興味あるの?」
「私は……あまり。海は眺めていたいけど、仕事はもう少し落ち着いたところがいいかなって。カトレアは?」
「お――そうだねぇ、騎士は堅苦しそうで向かないと思うから、傭兵っぽい仕事とかしてみたいかも」
「行動派だね……?」
「まー、今はとにかく動き回って慣れるしかない! って思ったから。それにじっとしてるのは性に合わないしねぇ」
呼び捨てで呼んじゃった……。カトレアは一瞬だけ驚きながらも右手で握り拳を作って力説すると、私は相槌を打ちながら「そうだね」と合わせる。
確かに、私達は圧倒的な情報不足に陥っている。ゲームでも事前知識があるとないとではかなり差が出てしまう。これはなんとしても早急に手を打たないといけない案件でもあった。
危険因子は神様やエルからの情報で少ないことが分かったけれど、レベルという概念が存在している以上、上位クラスを目指すのであれば何らかの形で経験値を得なければならない。
聞いておけばよかったと後悔するばかりで、私は小さくため息を吐いた。
そうこうしているうちに私の採寸の順番が回ってきたようで、カトレアと手を振り合いながら一度分かれて衝立などが設置された方へ歩いてゆく。
衝立の奥には簡易的な試着室のような空間があり、入室するとブティックの女性店員さんがぺこりと一礼してくれたので、私も会釈を返した。
私は衝立の横に置かれていた長テーブルに制服のブレザーを置くと、布製のメジャーを取り出した店員さんの指示を受けて両腕を軽くあげて胸囲を図ったり、腕の長さを図ったりと採寸を進めてゆく。
今だからはっきり分かるけど、私は他の人たちよりも身長が少しばかり低い。一応百五十は超えているけれど、背丈の変えた人たちに対しては到底かなわない差ができてしまっていた。
胸回りも……その、誠に遺憾ながら平均的であり、(少しは盛ればよかった……)とカトレアの胸を見てそう思わざるを得ない、というのが現状。悲しい限りである。
「とほほ……」
「?」
笑顔で対応してくれている店員さん、ごめんなさい。別に貴女が悪いわけじゃないんです。自分の努力が足りなかった結果に涙が……心の汗が出ているだけなんです。目から。目から……。
採寸を終えた私は制服を着直していると、店員さんからこの先でステータスの計測が行われていると言われ、ボタンを閉じてから移動を再開。
戸籍を作った時と同様、街役場の職員さんの前に何人かが並んでいる先では、手元に羊の皮で作られた
エルやテッドくんからの説明でもあったけれど、今回測定されるステータスは自身の
レベルやクラス、自分の種族など様々な情報が起因するみたいだけれど、飛び抜けたステータスを持つ人は現れないそうな。だからこそテッドくんは筋力値を上げる為に鍛錬をしているんだろう。
そうこうしているうちに私の番が来たようで、役場の人からお呼びがかかった。オスカーさん達とは別人なので、部署が違うのかな? なんて思っていると、目の前の男性職員さんから一枚の巻紙を受け取る。
「気分を落ち着かせて、『ステータス』と言ってみてください。すぐに結果がその紙に念写されます」
「は、はい……」
私は二・三度深呼吸をしてから、いよいよその言葉を言い放つ。
羊皮紙の内側から小さな蒼い光が灯り、収束したところで開いてみると、そこには私のステータスが載っていた。
男性に一度それを見せてから、彼はその結果を別の書類に書き留めてゆき、巻紙は貰う事ができたので、列から外れ、ガイダンスを続けているエル達の許へ戻りながらもう一度確認する。
巻紙には左詰めで記された私のステータスと、右端には平均値が書かれていて、《ハーフエルフ》という種族だけあって魔力総量や知力は平均より少し上がる結果になった。
体力やスタミナ、筋力値や防御力などは今までの私の私生活が起因しているのかもしれない。スタミナだけが異様に低い……。
元居た場所へ戻ると、カトレアが「どうだった?」と尋ねてきてくれて、私は苦笑い交じりに彼女へ結果を渡すと、「おぉ~すごいじゃんっ」と言ってくれた。嬉しいけど、きっとカトレアの方がステータスが高そう……。
「まぁウィザードなら確かにこういう結果になりそうだね……」
「アタシはソードマンだから結構体力と筋力値よりになりそ。制服はどうしよっかな~」
ウキウキと自分の順番を待つカトレアに、私はエールを送るのだった。
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