電話線

「なんかあったー?」


 質屋の屋上を見て回っているヤンが叫んだ。


「無いわね」

 ヤンが立っていたのは表通り側で、ニナが今立っているのは裏通り側。


 仮に質屋の電話線を弄ったとして、住民に気付かれないように電話を掛けるとすれば、被害者を突き落とした屋上に電話線を引っ張ってくるかと思ったが。


「こりゃ、複数犯じゃないか?他所から別の犯人が電話して屋上側の犯人は突き落とすだけとか」


「でも、やり方が凝りすぎじゃない?」


 ヤンが屈んで、足元の排水口の中を覗き込み、持ってた懐中電灯で中を照らした。


「でもさ、魔法を使って被害者を殺害する様な奴だ。手口も変ちくりんなのも有り得ないか?」



「そうかもだけど……。うーん?」

 フランツがコッチの世界に転移してきた時に持ち込んでいた、砂時計型の魔力検知器を使ってみたが、砂が変な動きをした。


「そう言えば、何でフランツは魔法具を持ち込めたんだろ?今まで散々試して見たけど、針一本持ち込めなかったろ?それに、俺らが転移門を使うとコッチで用意された身体に魂が転移するし、転生者は前世の身体に魂が収まる筈だったし」


 ヤンがそんな事を言っている間、ニナは魔力検知器を振り、中の砂を散らして反応を見ていた。


「フランツの剣1つだって、グリップ部分は竜の革だし、刃はミスリルだ。こっちの世界だと存在しない物を持ち込めた最初の例だよ。ギルドが試した転移実験は全部失敗してるのにだ。それなのに魔法具まで有るなんて」


 ヤンが珍しく真面目な話をしているのに、ニナは魔法具とにらめっこしていた。


「ねえ、砂が底に溜まったんだけど?」

 一般的な砂時計の砂が落ちきった時の様に、シリンダーの底に砂が全部集まっていた。


「溜まった?足元に何か有るのか?」

 ニナとヤンは足元を見た。




「電話はそこだけど、本当に通報はしてないよ。今朝から使えないんだ」


 質屋の店員はレジの裏手、店員の休憩室に置かれた電話を指差しながらそう言い切った。


「今朝から……ですか。最後に使ったのは?」

 フランツは店内の商品を適当に見て回り、ジェシーが聴き取りをしていた。


「夜中の9時だよ、ピザ頼んだのが最後だ。で、朝になったら馴染みの奴が訪ねに来たんだが、そいつに言われて気付いたんだ」


 ジェシーはメモを取りながら聞いた。

「馴染みの人……。その人はどうして気付いたんですか?」


「店を訪ねてくる前に電話したんだとさ。それで電話に出ないから様子を見に来てくれたんだ。また強盗に会ってるんじゃないかって心配してくれたんだ」


「また?」

「前の強盗はどうした?」


 商品のラジオを見ていたフランツが急に質問してきた。


「捕まらんよ。警察は黒人の店で起きた強盗なんざどうでも良いんだ」

 店員は悪態を吐いたが、ジェシーが睨んでるのに気付いた。


「一度、調べに来たきり警察は2度と来ないんだ。正直、通報しても警察が直ぐに来るなんざ思ってもないよ」


「でも、嘘の通報だったけど。パトカーが直ぐに駆け付けたでしょ?」

「そうだけどな」


 不意に誰かが店の奥の階段を降りて来る足音が聞こえて来た。


「FBIが来た!」

 降りてきたヤンが表の方を指差すと、黒いスーツを着た2人組が入って来た。


「あれ?何でみんな居るの?」

 入ってきたのはFBIのウィルソン捜査官とギブソン捜査官だった。


「パトカーに火が着いた男が落ちて来た事件の調査よ」


 ジェシーが答えたが、ウィルソン捜査官は眉の辺りを掻き「何それ?」と呟いた。


「何だ、別件か」

 遅れて入って来たギブソン捜査官が懐から写真を一枚取り出し、カウンターを挟んで店員の向かい側に立つと、カウンターに写真を乗せた。


「3ヶ月前に強盗事件が有ったと聞きましたが、このハゲが犯人では?」


 写真には、スキンヘッドの白人男性が写っていた。

「……白人なんて、どれも同じかにしか見えねえよ」


 一瞬だけ写真を見て、店員は写真を突っ返した。


「よく見ろ」

 再びギブソン捜査官が写真を持ち上げ、店員の顔の前に掲げた。


 渋々と言った様子で店員は写真を見た。


「ああ、コイツだ間違いない」


「何処でその写真を?」


 フランツに話し掛けられ、ギブソン捜査官は懐に写真をしまった。

「コッチの……」

「どうも州を跨いで強盗しまくってるんだ。半年前は隣のニュージャージー州で強盗事件を起こしてて」


 教えるつもりは無かったのに、ウィルソン捜査官がベラベラ話すので、ギブソン捜査官は頭を平手打ちした。


「……えー?」

「喋んな」


「そうは言うけど、昨日からニューヨークのどっかに潜んでる訳だし、捜査にの協力も取り付けないと」

 再びギブソン捜査官が頭を平手打ちした。


「手順を踏め」




「で、下に何か有るのか?」

 FBIの2人をジェシーに任せ、フランツはニナとヤンを連れ店の表に出ていた。


「砂が真下にへばり付いたから多分間違いないわね」


 砂時計型の魔力検知器は何も無い時は、砂が均等にガラス製のシリンダー内に漂い続けるが、今は真下に全部集まっていた。

 ニナが試しに魔力検知機を回してみせたが、常に真下に砂が集まっているので間違い無さそうだった。


「地下か……。電話線も在るな」

 ニューヨーク市は19世紀に電話が発明された当初は地上に電話線を張り巡らせていたが、ある日大雪で電話線が寸断されてからは地下に電話線を通していた。


「じゃあ、潜る?」

 ヤンが、マンホールの1つを指差した。


「質屋に地下室がないか聞くのが先だろ。……そう言えば、電話機は調べたか?」


 2人は顔を見合わせ、お互いを指差した。


「つまり、見てないんだな?」


「……だって電話とか、よく判らないし」

「そうそう、俺らじゃ何が余分な物なのか判らないし」


「最近は……。いや、知らんか」


 2人の出身の異世界で電話機の試作品が鍛冶ギルドで展示されているのだが、この2人が転移した後だった。





「地下室は在るが、1度しか入ったこと無いな」

 店員に「電話線が細工されて無いか見たい」と言うと、快く案内してくれた。


「店は何年前から?」

 急な長い階段を降りているが、コンクリートの壁だった上の店と打って変わり、階段の途中で石積みの壁と床に変わった。

「去年だ」

 地下に着くと細い廊下を進んだ先に扉が在り、店員は古い鍵を鍵穴に差し込み、鍵を開けた。


「随分……年季が入ってますね」

 壁や床だけでなく、扉も随分と古い印象だったのでニナが気になって質問した。


「ああ、黴臭いし、薄気味悪いんで1度しか入らなかったよ。オマケに階段が急だし、上にも倉庫が有るから使う必要がないからな」


 店員が扉を開けると、何も無い。だだっ広い部屋だった。


「すこし、……広くないか?」

 上の店に比べると倍ぐらい広いので、ヤンは驚いた。


「そうなんだ。だけど妙に広いけど両隣の地下倉庫と重なり合ってないのは深さが違うからじゃないかって聞いたな。うちの店の方が深いそうだ」


 フランツは店員の説明を聞きながら部屋の真ん中に立ち、魔力検知機を懐から出した。


「どう?」

「まだ下だな」

 地下室の更に下に何か有るのか、砂は相変わらず真下に集まっていた。


「電話線はアレですか?」

「ああ、そうだ」


 ヤンが電話線のケーブルが入った金属製の管をたどり始めた。


「……この下には何が在りますか?」

「下?」


 フランツの質問に店員は聞き返した。


「さあ、ここが一番深いと聞いたが」

 不動産屋からはこの下に何が在るかは聞いていなかったので、店員はそれ以上答えようが無かった。


「でも、何か在る筈ですよ。電話線も下に向かって降りてる」

 ヤンが目で追った電話線の先は床から下に向かっている様だった。


「……妙だな」

 広さもだが、上の建物との雰囲気の違いが気になった。上の建物は通りに立つ他の建物と同じく19世紀になって建てられたのが容易に想像できるが、地下のこの空間はもっと古い時代のものだと思えた。

 そして、ヤンが追っていた電話線が下に向かっているのも可笑しい。電話線がそんな深い所に張り巡らせられている筈がなかった。


「電話会社に連絡はしてありますかね?」

「ああ、もうそろそろ来る筈だ」


 店員の答えに、フランツはニナと顔を見合わせた。

「電話会社が修理するのに、電話線の幹線に立ち入る筈だ。その時に見させて貰おう」

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