身元不明の遺体
結局、現場の目撃証言も無く、全員で検視官のハイネンに遺体の検視結果を聞きに来たが、ここでも手詰まりだった。
「ここまで綺麗に炭化するなんてな。まるで炭焼き窯で焼いたようだ」
ハイネンが検視台に乗った遺体を前に両手を上げた。
「何て?」
炭焼き窯を知らないのか、ゲイリーが聞き返した。
「炭焼窯さ、植物性の物質から
ハイネンはおもむろに、切断した遺体の右大体部分をペンの先で示した。
「内部が燃え残っていないか、思い切って切断してみたが表皮どころか真皮、血管、神経、リンパ、筋肉、骨、骨髄、つまり全部が全部真っ黒だ。完全に炭だよ。カニンガム巡査部長の乗ってたパトカーが航空燃料満載のタンクローリーじゃ無いかって疑いたくなるレベルだよ」
太ももの断面は完全に真っ黒で、練炭の断面みたいだった。
「……なあ、おかしくないか?」
フランツが気付いた。
「皮膚と筋肉それに骨が全く見分けがつかない。同じ人体の一部とは言え組織が全く違うのに、均一に燃えないだろ?」
懐からタバコのパックを取り出し、1本咥えたハイネンはフランツの質問を聞くと、咥えていた火の着いてないタバコを右手に持った。
「そうだ、ルーガールーになったバーグ警部の言う通りだ。密度が全く違う組織がここまで均一に燃えっこないんだ。それに外から熱を受けてこの様に炭化するのも不可能だ、熱量が足りんさ。パトカーは熱で炎上したりしなかったんだろ?」
「ええ、天井を少し焼いただけで、トランクルームに積んでた炭酸ガス消火器で簡単に消えたそうよ」
ジェシーが説明した後に、続けてニナが追加の説明をした。
「それと、カニンガム巡査部長とリチャードソン巡査は叫び声を聞いたと証言してる。被害者のじゃ無いかって本人達は言ってた」
ハイネンは両手で2人の方を指差した。
「そうなって来ると大問題だ。先ず、天井が少し焼けただけって事は被害者がほんの短時間で燃え切った事になる。簡単に消化できたのもそれで説明が着く、炭酸ガス消火器で酸欠状態になって消火に成功したと言うより、単純に吹き掛け始めたタイミングで、完全に燃え尽きちゃったんだろう。あと、叫び声が本当に被害者の物となると短時間で炭化した事を示唆する証拠になる」
何時も眠そうなハイネンが珍しく興奮気味なので一同は面食らった。
「こりゃもう、人体自然発火現象だよ。被害者自体が火種だったなら説明がつくんだ」
「……前に狼男の証拠品を盗もうとして燃えた男が居ただろ?アレと比べてどうだ?」
ジャックが質問してみたがハイネンは両手を突き出し軽く振ってみせた。
「そうそうそう、それとは近いけど違うんだ」
ハイネンは遺体が保管されてる引き出しの1つを引っ張ると、同じ様に真っ黒に炭化した拳程の大きさの黒い塊が幾つも。
「この推定ドイツ人も完全に炭化した挙げ句にパトカーを燃やしている時点で熱量はコッチのほうが高い。オマケに燃料タンクに燃え移ったにしては遺体がここまでバラバラになるのは考えにくい。恐らく最期は遺体が爆発したんじゃないかな」
黒い塊が微妙に人の形になっている事から、ジグソーパズルの様に復元中だと言う事を一同は理解した。
「特徴が無いからコッチの方はコレ以上の復元は無理そうなんだ」
「ああ、その。歯型はどうだったの?」
ジェシーの質問も両手を出して、「駄目だった」とボディーランゲージで示した。
「歯茎と一体化どころか、上下の歯が全部くっついてる。まあ、正確な歯型は判らないけど銀歯を入れているか位は調べてみるよ」
「ところでコッチは?」
ヤンとジャックは被害者の身体から引っ剥がされた衣服の燃えカスを見ていた。
「財布の燃えカスは鑑識に回したけど、期待しない方がいいらしい」
「何処から手を付けたら良いか」
殺人課に置かれた移動式の黒板に判っている事を書き込み始めたが、ジェシーは困っていた。
「被害者は叫び声からすると男性っぽいし、ハイネンは男性の可能性が高いって言ってたけど……」
遺体の状態から、男性だと断言は出来ず。正体不明の人物として捜査が始まっていた。
オマケに、落ちたと推測された精肉店の屋上に通じる扉は内側から施錠されており、鍵はレジの横に他の鍵と一緒に掛けられていた。
最初に店員が犯人かと疑うところだが、カニンガム巡査部長の証言で精肉店の店員は全員店内に居たことが確認できている。
「両隣の建物から移ってきたか裏の非常階段から降りたかじゃ無いか?」
ジャックの言う通り、その可能性も有った。一応、鑑識が足跡を調べているのでそれの結果待ちだが。
「そうね、でも手詰まりなのがなぁ」
結果待ちで何も出来ないのが、一番落ち着かない。せめて何かしていれば良いのだが、何もせずに居て犯人を逃がすのではと不安にかられる。
「監視カメラの映像をチェックしようにも、殆ど無いしな」
ゲイリーのデスクに置かれたダンボール箱には、防犯カメラを付けていた隣の質屋と通りの反対側の中華料理屋から証拠品として持ってきた、防犯カメラの映像が納められているVHSテープが2本入っていた。
「俺1人で良いだろうな」
VHSのデッキ自体が1台しか無く、ゲイリー1人に任せても良いように思えた。
「どんなもんだ?」
オブザーバーのフランツが全員分のコーヒーをお盆に乗せて戻ってきた。
「鑑識から証拠が出るのを待つしか無いかな。目撃証言も無いし、被害者の身元も不明、犯行の動機も……」
ジェシーは黒板を見て固まった。
「カニンガム巡査部長のパトカーに被害者が落ちたのは偶然かしら?」
「なんてー?」
コーヒーにミルクを入れていたヤンがヒョウキンな受け答えをしたので、後ろに居たニナがお尻を蹴り上げた。
「ほら、直前に虚偽の通報が有ったじゃない。もし、警察車両を呼び出して、そこに被害者を落としたとしたら」
手にしたコーヒーカップからコーヒーが溢れかけたが、ヤンは両手で持ちなんとか溢さずに踏ん張っていた。
「つまり、この犯行は警察に見せ付ける意図が有るって事かい?」
「その可能性で事件を調べてみても良いんじゃない?どうせ、鑑識から結果が出るまで動けないんだから通話記録から誰が通報したか調べましょう」
「じゃあ、俺が」
ジャックが自分のデスクの黒電話で緊急通報を扱っている部署に電話をかけ始めた。
「どうかな……」
ジェシーはフランツに自分の判断が正しいか質問した。
「手掛かりが無い以上、全体を俯瞰して些細な事も調べるしか無いが、問題ないだろうな」
「本当か?そうか、判った……」
ジャックが受話器を置くと全員の視線が集まった。
「指揮所の動機に確認したけど。あの通報は間違いなく質屋の電話番号だそうだ」
「それ、たしか?」
ジェシーの質問にジャックは「そうだ」と答えた。
「記録に間違いは無いそうだ。自動的に機械が番号通りに電話機同士を繋ぐ時に、相手の番号を確実に記録するとさ」
「そうなると、質屋から誰かが……。質屋に向かうわ、ニナ、ヤン、それとバーグ
コーヒーを残し、4人が出て行ったのでジャックとゲイリーは顔を合わせた。
「俺はコッチの作業が有るから片付けんよ」
ジャック1人にコーヒーの片付けを押し付ける口実を作り、ゲイリーはVHSテープをビデオデッキにセットした。
「現地で2人は屋上をもう一度調べて見て、私は店員に話を聞いてみるわ」
警察署の地下駐車場に来た4人は、ニナとヤンはシルバーの日本車に乗り、フランツとジェシーはブルーのアメ車にそれぞれ乗り込んだ。
「もう俺は警部じゃないぞ」
助手席に乗ったフランツはエンジンを回したジェシーに一言注意した。
「あ、その……ついね」
ジェシーは何事もないように、地下駐車場から道路に出ようとするが、少しぎこちなかった。
地上に出て、ヤンが運転する車が通りに出た後、ジェシーも道路に出る直前に一時停止した後、後に続こうとしたが。
「あっ!嘘」
ジェシーはクラッチ操作を誤り、エンストした。
「ジェシー?」
「だ、大丈夫。すぐ出す」
エンジンを再び回し、今度はスムーズに車を通りに出した。
「ジェシー、焦るな。今までも俺の補佐をしてきたし、俺がオブザーバーになってからも仕切れていたんだ。自身を持て」
「ええ、そうね。ありがとう」
そうは言ったものの、肩の力が抜けきっていないので、フランツは窓の外を見て考え始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます