SWATの突入
「トマシュの様子は?」
フランツのアパートに戻ったニナはフランツに質問した。
「……元気だ」
3人分のコーヒーカップを食器棚から出していたフランツは何て答えるか一瞬悩んだ。
ニナとヤンの息子のトマシュは、父親が死に、呪いで記憶を失った母親と生活するために色々と苦労をしていた。
取り敢えず、当たり障りのない答えをしたが。
「まだ、ファレスキの実家に居る?」
「いや、ケシェフのアガタの家に記憶を無くしたニナと住んでるぞ」
「それほんと?」
台所から居間の方を見ると、ニナは困惑した様子だった。
「知らなかったのか?」
自分達がコッチの世界に来てからの事を知っているので、てっきり知っているのかと思った。
「3年前に戦争でファレスキは人間に占領された。トマシュと記憶が無いニナの身体はケシェフのアガタの家に避難させていたから無事だが」
「なあ、何年経ってる?」
ヤンが台所の中に顔を出した。
「俺が死んで、向こうでニナが記憶を失ったことになって何年経ってる?」
「5年だ」
「5年!?」
ヤンはショックだったのか、そのまま廊下の壁に寄り掛かった。
「俺達はコッチに来て5年を過ぎたがそっちでもか……」
ヤカンが沸いたので3人分のコーヒーをドリップしていると、ヤンがそんな事を呟いていた。
「気になってたんだが。俺は転生した後に30年間、向こうの世界で生活していたが、転移門でコッチに飛ばされた時は死んだ直後だった。何か知ってるか?」
コーヒーの香りも何処か、記憶に有るのと違っていた。感覚が鋭いからか?
「多分、転移門がその時間に転移させるように設定したんだ。だが、普通は“行きたい時間”に転移する筈だし、元々コッチの世界の住人なら前世の身体に憑依するけど。……何でフランツは向こうの姿なんだ?」
そう言われ、ヤンの方を振り向いた。
向こうの世界のヤンは今のフランツと同じ人狼だったが、コッチの姿は赤毛の白人だった。2メートル有った身長も180センチ程度で、顔立ちも声も違っていた。
ニナも身長が低くなり、やはり顔立ちと声は違う。
だが、2人ともごく普通の人間で、街を歩いてても違和感はない。
対象的に、フランツは異世界で人狼に転生した後の姿。幸い、バーグ警部の時と身長が同じで、服は苦労しなかったが、尻尾を隠すのにコートは手放せないし、何か帽子を被らないと人前に出れなかった。
「さあ、な。コーヒー入ったぞ」
本当は魔王ロキの影響だと判っているが、トマシュがロキの近くに居る事を説明して、要らぬ心配をさせたくなかった。
「FBIは追い払ったな?」
「ええ、規制線の外で何か食ってます」
陣頭指揮を執る刑事局長は邪魔が居なくなったのを確認すると、突入を命じた。
「いいかA班は階段からB班は非常階段から上がれ!被疑者は可能な限り逮捕するが、最悪射殺しても構わん」
「うおぉぉおお……」
ホットドッグを一口食べたウィルソン捜査官は口元を押さえ始めた。
「どうした?」
「スパイシーだわ」
チョリソーでも使っているのかとギブソンも食べてみたが、少々香辛料が利いている程度だった。
「自家製だな、こりゃ美味いな」
「おいちぃけど
味覚は鋭いのは知っているのだが、ウィルソンが毎回出掛け先で(本人基準だが)辛い物を引き当てるので、ギブソンは呆れていた。
「おい、SWATが動き出したぞ」
アパートの入り口からSWATチームが中に入るのが見えた。
「大丈夫かねぇ」
ウィルソン捜査官が炭酸水が入った瓶を鍵で開けながら、どこか他人事のような調子でボヤいた。
「どうも、最近変な奴が多いのは刑事局長も知ってるだろうに」
バーグ警部が撃たれた直後、バーグ警部を名乗る犬耳男が出た様に、ここ数年おかしな事ばかり起きている。
この前の狼男もかなり際どい事件だったが、テロリストが空を飛んだとか死人が街を歩いてるとか、そんな事件の調査ばかりだった。
今回逃げ出した誘拐犯の様に、ある日突然、超人的な能力を持ち事件を起こすのが大半だったが。
「ダニー、バーグ警部の自宅の電話番号は判るか?」
「ああ、控えてるけど……喚ぶのか?」
ウィルソン捜査官から手帳を受け取るとギブソンは笑った。
「毒を持って毒を制するってやつだ」
「えー……」
公衆電話に小銭を入れ、ギブソンは電話を掛け始めた。
「……そうだ、妹が遺品を整理しに来るんじゃないか?」
トマシュが2人が遺した遺産に手を付けていない話をしてる最中、フランツは思い当たった。
「そうだった……何も考えてなかったけど」
チェルキーを膝の上に乗せ撫でていたニナもその事をすっかり忘れていた。
まさか、疎遠な妹と連絡が着くとフランツも思っていなかった訳だが、警察署の庶務課の職員が根気よく連絡先を探し、なんとかアラスカに住むフランツの妹を探し当てたのだ。
「まずいな、そうなると今日辺り来るんじゃないか?」
3人は急いで使った食器などを片付け、痕跡を消し始めた。
「誰が案内してるっけ?」
「庶務課の人間だから、今のフランツの事を知らない人間だ」
せめて同じ殺人課の刑事なら事情を知っているが、箝口令が敷かれているので、殺人課の外にはフランツの事は知らされていなかった。そして、バーグ警部の妹は明日にはアラスカに帰るので、恐らく遺品整理の為に今日中に訪れる筈だ。
「おい、大家と一緒に来たぞ」
「やっば!」
廊下を大家と話しながら女性が歩いてくるのをフランツが気付いた。
「ここから出ましょう」
ニナが窓を開け身を乗り出していた。
「おい、此処は3階……ったく」
ニナが飛び降りたので、ヤンとチェルキーを抱えたフランツも後に続いた。
「何処行く?」
何事も無かったかの様に、車の助手席に乗ったニナは先に乗ったヤンに聞いた。
「カニンガム巡査部長のバーはどうだ?」
後部座席に乗り込んだフランツがチェルキーを撫で回しながら提案すると、2人は「ああ、良いな」と言った。
「じゃ、チェルキーは家で留守番してもらって、車は置いていきますかっと」
ヤンはシートベルトを外し、車外に出た。
アパートに入ったSWATチームは階段を駆け上った。
「被害者を発見」
3階の廊下に通報であった被害者が横たわているのが確認できた。
「頭部だけで無く上半身も潰されてる。周囲は何箇所かドアが破られて、壁も壊れてるのが確認できます」
SWATの隊員達は、慎重に階段を登り続ける。
そして足跡を全くと言っていい程、立てていない彼等と鉢合わせした住人が驚き口を押さえたので、先頭を行く隊員が部屋に戻るように手で促した。
住民が4階の廊下に戻り部屋に入ったのを確認すると再び登り始めた。
「通報の通りとはな」
指揮を執る刑事局長は少し離れた所に設置されたテントで溜息を吐いた。
最近、超人的な身体能力を持つ犯人が増えていることは刑事局長の耳にも入っていた。市長や警察委員会も「何時ニューヨークでそんな連中が現れるか」と会議の場で話題に出している程だ。
どっかの田舎で起きたのなら、報道規制で誤魔化せるだろうが、此処は大都会だ。上手いこと事件を鎮圧出来なければパニックが市民に広がるだろう。
『止まれ!』
無線機から叫び声と轟音が響き、遅れてアパートの方から無線機で聞こえた轟音が聞こえてきた。
「おいおいおい、マジかよ」
フランツと連絡が取れなかったギブソンは車に戻った。
『壁を突き破って隣に行ったぞ!』
散発的に銃声と壁を突き破った時に出た轟音が断続的に聞こえてきた。テントの中では関係者が無線の報告を待ち、固唾を飲んで無線の周りに集まっていた。
『消えた!消えたぞ!』
「消えた!消えたぞ!」
犯人が4軒隣の部屋に逃げ込んだので、SWAT隊員達は追い掛けたが見失った。
『何があった!?』
無線機の向こうに居る刑事局長が報告をするように求めてきた。
「被疑者が立て籠もったと通報が有った部屋から、被疑者と思しき男が出て来ましたが壁を突き破って逃げました。後を追いましたが、4軒隣の家で姿が消えました」
突然の騒ぎに、家人のアフリカ系の女性と彼女の赤ん坊が部屋の隅で泣いていた。
「残っている住民を避難させます」
『……ああ、判った慎重に頼む』
「奥さん、大丈夫です。一度、部屋から出ましょう」
刑事局長の許可が出たので、隊員の一人が付き添い、アパートの外まで誘導を始めた。
「何なのあれ?ねえ、何なの?」
パニックになった女性は赤ん坊を抱きながら隊員に叫んだ。
「大した事では有りません、それよか足元に注意してください」
家人が出て行ったが、残った隊員達は周囲の様子を伺いつつ立ち尽くした。
一体、あの男は何処に行ったのだ?
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