アパートでの凶行
『112ストリート46のアパートで男が叫び声を上げながら暴れていると通報が……』
「おい、ダニー!」
警察無線から聞こえてきた無線の内容にギブソン捜査官が反応した。
「奴のアパートで男が暴れてる!向かうぞ!」
ホットドッグの屋台で買い物をしていたウィルソン捜査官は、売り子に100ドル渡すと両手にホットドッグを持ちながら助手席に乗り込んできた。
「おい、ちょっと!あんた!」
高額紙幣を渡され、驚いた売り子はウィルソン捜査官に声を掛けたが、気付いていていなかった。
「家に戻ったんかアイツ」
ダッシュボードに包み紙に入ったホットドッグを放り投げ、シートベルトをすると、ギブソン捜査官は車を急発進させた。
「おっと……。マスタードを掛け損ねたな」
急発進の影響で、自分の方に滑り落ちてきたホットドッグを手に取りながらウィルソン捜査官は呟いた。
「どうせ辛くすると残すだろ!」
サイレンを鳴らすとギブソンは一気に高速道路に入って行った。
「うあああああ゛あ゛あ゛」
男の叫び声がアパート中に響き渡るが住民たちは部屋に引き篭もっていた。治安の悪い地域に建つかなり古いアパートで、最初はガラの悪い住民の一部が、叫び声を上げる男を力ずくで黙らせようとした。
病院着姿の男が麻薬で頭がイカれた奴が何処かの病院から逃げ出して暴れてるだけと住民は思ったからだったが、スグに只のイカれた男じゃないことに気付いた。
男がアパートのドアを叩き割り、更にコンクリート製の壁を片手で殴ると簡単に弾け跳んだのだ。
いきなりの事で驚き、住民の一人が持ってた拳銃を撃ったが、暴れる男は銃弾を掴んでみせた。
更に拳銃を撃った住民を左腕で殴ると、住民の下顎が吹き飛び、倒れた所を上半身を執拗に踏みつけた。やがて動かなくなった住民は、廊下に放置され現在に至る。
男の凶行を前に、殆どの住民はドアに鍵を掛け、警察に通報すると部屋の隅で男が何処かに行くのをまるで嵐を過ぎ去るのを待つ様に待ち続けていた。
「あ゛ー!あー」
男は6階の部屋に入ると唸り声を上げつつ、左手を押さえベッドに横になっていた。
自分の家に戻り、魔法を使い怪我を治しているのだが、芳しくなかった。魔法が不得意で不慣れな治癒魔法を使っているため、尋常じゃない痛みに襲われていた。
「あー……。ふぅー」
痛がっていた男は長く息を吐くと、突然ベッドから這い出ると廊下に出て、食べ物を探し始めた。
一番ポピュラーな治癒魔法は、身体の新陳代謝を上げ、新しい細胞を瞬間的に増やすため、尋常じゃないエネルギーを使う。
……まあ、早い話があっと言う間に腹が減る訳なのだが。
男は空腹感に襲われ、台所まで這うように移動すると、入り口近くに在る缶詰が入った戸棚を開けた。
ポークビーンズやオイルサーディンの缶詰を見付け、怪我をしていない左手で握りつぶすと破片ごと口に含み始めた。
しかし、それらを平らげても男の空腹感は満たされなかった。
次に男が目を付けたのは冷蔵庫だった。
手当たり次第に卵や肉を手で掴むと魔法で加熱し、一応は火を通してから貪った。
「くそっ!混んでるな」
マンハッタンに入ったが交通量が多く、前を行く車が道を譲ろうと左右にハンドルを切るが、どうしても遅くなった。
「なんだぁ!?一体」
完全に進めなくなり、ギブソンは悪態を吐いた。
「ソ連大使だ!」
10メートル先の交差点が警察によって封鎖され、鎌とハンマーが描かれたソ連国旗を付けた黒塗りの車がパトカーの後をゆっくりと進んでいた。
「こんな時に」
「しょうがないさ」
ソ連大使が乗っている車を護衛するKGBの要員がアメ車に乗って前後左右を固めている様子はなんとも滑稽だった。
『66番から指揮所へ!どうぞ!』
『コチラ指揮所、どうぞ』
警察無線から何か聞こえてきたが、この時は2人とも特に気に留めていなかった。
『112ストリート46のアパートに入ったが応援を頼む……』
「おい!また奴のアパートだ」
ウィルソンは音量をツマミを回し音量を上げた。
『目撃者の話では被疑者は麻薬をやっているのか、かなり大暴れしている。現場を確認したが、何度も踏み潰され死んだ被害者も居る!応援を回してくれ!』
「はあぁ……はあー!」
傷の治療が終わり、男は床に仰向けに倒れていた。
そして、色々と思い出してきた。
―此処は俺の家だった
―そして本来なら、間抜けな刑事を撃ち殺した後に遅れて入って来た他の刑事に撃ち殺されて絶命している筈だったが、あの冒険者に腕を切り落とされた。
―アイツは転生先の世界で後を追って来た冒険者の一人だ。わざわざコッチの世界にまで追って来たのか?
この男、この世界で連続少女誘拐事件を起こし、7人の少女を殺害していた。そして、本来ならバーグ警部を撃ち殺した後、男も射殺されていたのだ。
そして、異世界でも同様の犯罪を繰り返し、頭の悪い商人の娘を殺害しようとしていた所を冒険者達に邪魔され、遺跡の奥に逃げ込んだのだ。
それがどういう訳か、バーグ警部を射殺した直後の身体に意識が戻り。後を追う形で現れた冒険者に背中を斬り付けられた挙げ句に右手首を切り落とされた。
男は、コチラの世界で過ごした前世の記憶と異世界で過ごした今世の記憶がぶつかり、かなり混乱していたが、ようやく落ち着いてきた。
「っ!」
男は再び冷蔵庫を見るとゆっくりと起き上がり、冷凍庫を開けた。
「……無い」
そこで冷凍していた筈の物が無くなっているのを見て、男は安堵と恐怖を感じていた。
そして、洋服ダンスやクローゼットも見て回ったが。
「全部無い」
男が集めていた物が在ったが、どうやら警察が全て持って行ったようだった、
「……逃げるべきか?」
落ち着いてきた事で、自分がやらかした事を思い出し、男は辺りの様子を探ろうとしたが、人狼の耳だったのが人の耳に戻っていたので、聴力も人並みになっていた。
かと言って、無駄に動き回って姿を晒すのも危険だと感じ、男は着替えを始めた。
『112ストリートの周辺の封鎖作業はどうか?どうぞ』
異様な光景を駆け付けた警官が目にしたので、用心の為、アパートに面する通りを全て封鎖することになった。
『現場の刑事局長のジェワフスキから指揮所へ、今後はコチラで指揮を執る。以上』
「刑事局長がお出とはな」
規制線の側にまで何とか辿り着いたギブソン捜査官とウィルソン捜査官のコンビは、車から降りるとアパートの方へ向かった。
「FBIだ通してくれ」
木製のバリケートの脇に立ち、規制線の中に人が立ち寄らない様にしている若い警官にバッジを見せた。
「スミマセンが、そこで止まってください」
普段なら「上に確認する」位の事は言われるのに、いきなり入るなと言われ、ギブソンは何て言われたのか一瞬判らなかった。
「……何?」
「刑事局長の命令で入れるなと言われているので」
どうやら聞き間違えでは無い様なので、ギブソンは腰の上に手を置き若い警官を睨みつけた。
「おい若造、本気で言ってんのか?」
少々威圧してみて、相手が折れれば「お宅の所の親切な警官が入れてくれたんですよ」と言い訳が立つので、ギブソンは高圧的な態度をとったが相手は折れなかった。
「ええ、本気です。失礼ですがFBIの管轄では無いと思いますが?」
基本的にFBIが絡めるのは州を跨いだ広域の犯罪や対スパイ、誘拐などの凶悪事件だが、イカれた男が立て籠もっている場合は手出しできなかった。
「病院から抜け出した誘拐犯の可能性が有るんだ。通せ」
「確認が出来たら通しますが、今はお下がりください」
一歩も退かない若い警官に、ギブソンは「チッ!」と舌打ちをし、踵を返した。
「なんだアイツ」
「まあ、間違ってないし」
怒っているギブソンとは対象的に、ウィルソンの方は感心していた。
「うちにリクルートしたいな」
「……そうかい」
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