葬儀

 どうにも変な気持ちだった。前世の自分が入っている棺が葬儀屋のリムジンから運び出され埋葬するために霊園に運び出されたが、大勢の参列者がその様子を見守っている。


 おまけに疎遠だった妹が棺を前にして涙を流している。


「フランツと喧嘩した事を悔やんでるそうだ」

 目の前の運転席に座っている男がシートベルトを外しながらそう言うと車から出た。


「どうする?参列してもバレないと思うけど」

 もう一人、助手席に座っていた茶髪の女はフランツに質問した。


「いや、いい」


 この2人はよく知っていた。それも、転生した異世界でだ。


 2人の名前は、ニナとヤン。異世界の住人だった。


 どういう理由か知らないが、異世界では人狼だった2人がコッチの世界に転移すると、人間の身体になったそうだ。

 そして2年前から、うちの署で殺人課の刑事として俺の部下になっていた……らしい。


 “らしい”と言うのは、2人の話だと俺が経験した前世の世界と今の世界は微妙に違うからだと聞いた。

 20年ほど前に異世界の遺跡に転移門が発見され、異世界側からコッチの世界に人が派遣されたのが影響したそうだ。


 最初は50年程前からいきなり増えた転生者の言っているコッチの世界の出来事を確認する為に使っていたが、少しずつコッチの世界が転生者と言っている世界とずれ始めた。


 俺が知ってる世界では、ソ連とNATO諸国は此処まで一触即発の状態ではなかったが、今も国連本部では安保理が開かれソ連とNATO諸国の仲裁をするべく各国が動き回っていた。


 一体何が原因なのやら……。



「驚いたな」

 車外に居たヤンがフランツの座る後部座席の窓から顔を覗かせた。


「マフィアのポルツァーノだ。彼処の通りの角に居る」

 通りの角に止められた車の脇。街路樹に隠れるように車椅子に乗った黒いスーツ姿の老人と他に3人黒いスーツ姿の男が立っていた。


「ルイージだ」

 よく知った顔だった。車椅子の老人はマフィアのボスのルイージ・ポルツァーノ。その横に立つのは男は息子の、フランチェスコ・ポルツァーノ。杖を着いて居る老人は弟で幹部のマリオ。そして最期に残った小男がファミリーの幹部のクレオだった。


「ルイージ……。あの人が」

 初めて見たのか、ニナは車内から観察し始めた。


「知ってるだろ?冒険者上がりで商会を経営しているポルツァーノ兄弟。それの転生前の姿だ」


「そうだったんだ、知らなかった」


 ポルツァーノ兄弟は異世界で実業家として有名だった。

 たった1代で人狼の領地だけでなく、人間やドワーフ、果てはゴブリンの領地にまで商会の支店を出していた。

 噂では元ポルツァーノファミリーのメンバーだった転生者を集めて、一気に規模を拡大したらしい。




「親父っ」

 車椅子からルイージが立ち上がろうとしたので、息子のフランチェスコが脇の下に手を入れ、手助けしようとした。


「いい……。自分で立たせてくれ……」

「無茶したら駄目だ」


 フランチェスコの手を握り、押し返すと、ルイージはゆっくりと立ち上がった。


「大丈夫だ……。友人との最期の別れだ……。自分の足で立たせとくれ」

 父親が数年ぶりに立ち上がったのを見たフランチェスコは驚いた。


 そのままルイージは帽子を脱ぎ胸に当てると、墓穴に納められるバーグ警部の棺を見据えた。



「なあ、どういう関係?」

「何がだ?」


 ヤンが質問してきたので、フランツはぶっきらぼうに聞き返した。


「ポルツァーノのボスとの関係だよ。病気で死亡説が出る程外に出てこなかったルイージが、わざわざフランツが埋葬される時に祈りに出てきたんだ。気になるに決まってるだろ?」


「あ、私も気になる!教えて!」


 喧しい2人に質問され、フランツはムッとした。

 正直、2人の子供のトマシュが大人しい性格なのが全く理解できないほど、この2人は昔から煩かった。


「……言えんな」


「ケチだなあ」

「別にいいでしょ?」


 食い下がって来たので、フランツは無意識に耳を立てた。


「……お前達にも言えない事ぐらいある」

 転生先の異世界で歳が近かったことも有り、この2人とは良くつるんでいたし、正直仲も良かった。冒険者として一緒に組んで遺跡の探索や魔獣狩りもしてたが、それでも言えない話だってある……。


「判った、判った……」

 フランツの耳を見て怒っていることに気付いたヤンはそう言うと霊園の方を見た。





「ホントに飛び降りたのか?」

 病院から“連続少女誘拐事件の犯人が逃げた”と連絡を受けたFBIのギブソン捜査官は割れた窓を見つめながら質問した。


「ええ、あっという間でした。直前まで寝てたアイツが窓を突き破り、落ちていきました」


 一緒に現場に来たウィルソン捜査官の方は病室の中を隅々までチェックしていた。


「確かに、通風口とかに隠れてる訳じゃないな。……こりゃ参ったな」


「地上に奴の死体はなかったわけだが……目撃者は?」

「それが、有りません」


 此処に詰めていたFBIの捜査官達は、勿論ただ呆然と応援の捜査官達が来るのを待っていた訳ではない。

 この病院が在る地域を担当する所轄の警察署に検問の設置や犯人の捜索を依頼しつつ。捜査官達も犯人の捜索を続けていた。


「完全に消えた……のか」

 ギブソン捜査官が窓の外を見ると、NY市警のヘリコプターが窓の前を通り過ぎて行った。


「死体が出ないんじゃな。生きてる前提で捜すが」

 あるいは何処か見つかり難い場所に落ちたことを祈りつつ、ギブソン達も下に降りて行った。





「で、何で2人はコッチに居るんだ?」


 霊園を後にし、フランツのアパートに戻る途中だが、フランツは気になりニナとヤンに聞いた。


「あー、今回は偶々。その、巻き込まれたんだわ……」

 ハンドルを握るヤンは下唇を噛みながら答えた。

 

「今回は?どういう事だ?」


 ニナが助手席から振り返った。

「ほら、私と貴方達とバッタリ出会した時。あの時よ」


「……そうだな」

 嫌って程覚えていた。


 “商人の娘が誘拐されたので取り返してくれ”


 もう5年前になるが、冒険者をしているフランツ達は依頼を受けて、転移門が在る遺跡にまで出向いていたのだ。

 その時のメンバーはヤンとフランツを含む4人。さらに誘拐犯の痕跡を見付け遺跡に入ったところで、ニナ達とばったり出会していた。


 丁度、応援も欲しいところだったので、ニナともう一人、アガタと言う女冒険者に協力してもらい、遺跡の中で誘拐された娘と誘拐犯を発見。

 誘拐犯をニナとヤン、そしてアガタに任せてフランツは娘を助けたが、娘から「駆け落ちしただけだから家に帰りたくない」と言われた。全くはた迷惑な話だった。


 誘拐事件でないと判ったので、娘を連れ帰ろうとしていると、アガタが「ニナとヤンが倒れた」と叫んだのが聞こえ。フランツ達は2人が倒れた遺跡の奥へと向かったのだが……。


 今ならアレが転移門だと判ったが、何かの魔法の光の中にニナとヤンが倒れていたのだ。


 最初はフランツ達でどうにかしようとしたが何も出来ず、北に在るファレスキの街で冒険者ギルドのギルド長をしていたニナの父親に助けを求めた。


 そして、何とか魔法を止めることが出来たが、ヤンは衝撃で身体が引き裂かれ即死し、ニナは記憶を完全に失い赤子の様になってしまった。


 ……その事を言うべきか。


 一人息子のトマシュは父親を失った挙句に、母親が呪いで赤子の様になってしまったせいで完全に塞ぎこんでいた。


「本当は正規の手順で転移門を動かさないといけないんだけど、誘拐犯が何かした拍子で動いたんだ。それでニナは記憶が無くなって、俺は身体がバラバラに」


「!……おい!」

 ヤンがその後の出来事を知って居たので後部座席に座っていたフランツは反射的にヤンの襟を掴んだ。


「ちょっと!危ない危ない!」

 幸い、渋滞に嵌り。停車していたので事故らずに済んだ。


「何で知ってるんだ?」

「父さんに聞いたの」


 ニナの返事にフランツは「はぁ!?」と答えた。


「聞いてる。ヤンの葬式が済んでいる事も、私の身体が何故か記憶を全くない状態で動いてる事も」

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