狼男の最期

「おい、ジェシーどうした!?」

 ジェシーがFBIの特殊部隊とギブソン捜査官と一緒にアパートから飛び出て来たので、車の中からジャックが叫んだ。


「狼男はキングストリート駅の方へ逃げたわ!今からそっちに行きましょう!」


 犬耳男が居ない事に気付き、ゲイリーが助手席から身を乗り出して叫んだ。


「おい!犬耳男はどうした!?」

「先に行ったわ」


「おい!アイツを単独にする何てぇえ!」

 ジャックがアクセルを目一杯踏み込んだので、危うくゲイリーは振り落とされるところだった。





「駅から列車に乗りましょう」


 地下鉄のトンネルから駅に人が飛び出せば、それなりに騒ぎになるだろうが、魔法で一時的に姿を誤魔化して乗り切るつもりでいた。


「待て!」


 駅の構内から、トンネルの方に誰かが懐中電灯の灯りを向けた。


「先回りされたな……。反対の駅は?」


「少し距離が有ります。500メートル程先です」

 目の前の駅から誰かが降りてくる様子はないが、かと言って何処かに行く様子もなかった。


「走るぞ、地下なら車より速い筈だ」





『母ヤギから子ヤギへキングストリート駅と12番ストリート駅に移動しろ』


 狼男の追跡に参加してなかった、ニナとヤンのコンビは丁度12番ストリート駅の近くを車で移動していた。


「何だろうな?」

 運転するヤンが警察無線の内容を話題にしたが妻でもあるニナは「さあね」とだけ返事した。


 バーグ警部が殉職したと聞いてから、ニナは塞ぎ込んでいた。今も助手席から外を眺めているが上の空だった。


「行ってみないか?」

「そうね……、ってはぁ!?」


 生返事をしたニナだったが、ヤンが言った事に気付いて声を出した。


「ちょっと、FBIが絡んでるのに、部外者の私達が行く訳!?絶対ヤダ。面倒くさい!」


「偶々、居合わせただけですよ〜っと」

 ヤンは路肩に車を止めた。


「ちょっと!またぁ、もう」

 運転席から降りたヤンを追い掛け、ニナも地下鉄駅に降りて行った。





 地下通路と地下鉄のトンネルを隔てる木製の扉の前をジーベル達が通り過ぎた時、向こう側から叩いている音が響いた。


「早いな」

 用具庫と地下通路は高さが有り、もう少し時間稼ぎが出来ると思ったが、予想外に追い付て来るのが早いので、ジーベルとハスラーは先を急いだ。


「っ!」

「コッチです!」


 地下鉄のトンネルは右にカーブしているが、段々と壁が照らし出され、列車の走る音が聞こえてきたのだ。

 2人はトンネルの左側に在る保守点検用の通路に身を隠し、やり過ごそうとした。


 「少佐、様子がおかしくないですか?」


 ハスラーは扉を叩く力が異様に強い事に気が付いた。

 こちら側から鎖で開かない様にしたが、鎖が伸ばされ扉も段々と軋み始めた。


「確かにな」

 ジーベルが少しだけ前に出て様子を窺ったが、トンネルの向こう側を列車が走り抜けた。




「このぉ!」

 向こう側ではフランツが扉を蹴破ろうとしていた。


 扉の向こうで、誰かが走る音を聞き。直ぐ向こう側に狼男が居ることは判っていた。

「ふんっ!」

 扉の蝶番が壊れ、ドアが半開きになったのでフランツがタックルすると扉は壊れトンネルへ飛び出した。


「んなっ!?」


 フランツの目に、トンネルの左側を走る列車が飛び込んできた。そして、フランツが壊した扉はトンネルの左側に在った。列車の運転手が扉を突き破って出てきたフランツに気付き、汽笛を鳴らした。


「くそっ!」

 咄嗟にさっきまで扉を塞いでいた鎖を掴みフランツは身体をトンネルの壁側に引き寄せた。


「ーッ!」

 あと少し、タイミングが悪ければ列車に撥ねられていた。

 フランツが被っていた野球帽が風圧で飛び、列車が急ブレーキを掛け事で鳴り響いた金属音にフランツは顔を歪ませた。




「アイツだ」

「え?」

 列車の向こう側に消えたフランツを見たジーベルが呟く。


「遺跡に現れた奴だ。アイツもこっちに来ていたのか……。行くぞ」

 ジーベルはトンネルに飛び出し12番ストリート駅へと走り出した。


 

「~~~~ぅ!!」


 耳をつんざく様なブレーキ音を鳴らしながら通り過ぎた列車だったが、先頭の3分の2程キングストリート駅に入った所で止まった。


 両耳を押さえながら、フランツは周囲を見回した。

 まだ、遠くには行っていない筈だが、耳鳴りがするため、視覚に頼った。


「……待て!」


 12番ストリート駅方面に走る人影が見えた。


 フランツは背中に挿していた細身の剣を抜き、追い掛け始めた。




「ちょっと、何が有ったの?」

 ジェシー達がキングストリート駅の構内に着くと、列車が中途半端な位置で止まっており、先に到着していたカニンガム巡査部長が列車の運転士と話していた。


「犬耳男がトンネルの脇から飛び出てきたらしい!轢かれたかも判らんぞ!」

「うそぉ!」


 カニンガム巡査部長の話を聞いたジェシーは線路に飛び降りた。


「おい!ジェシー!危ないぞ!」

 ゲイリーが叫ぶがジェシーは構わずトンネルを進んだ。


「いいか、司令所に連絡して列車を全部止めてくれ。イカれた殺人犯がトンネルの中に居るんだ」

「ああ、判った」


 カニンガム巡査部長は列車の運転士に支持すると、部下達に向け「続け!」と叫びジェシーの後をおった。


「……おいおい、マジかよ」

 さすがのジャックも目を覆った。許可を取らずに勝手にこんな事をするど、完全に始末書物だった。




 剣を抜いたフランツは一気に距離を詰め、ジーベルに斬りかかろうとしていた。


 一歩二歩と、跳ぶように走るフランツは追い越しざまに、ジーベルの左脚を斬り付けようとした。


「グアアアァァァ!」

「チィ!」


 しかし、後2メートルの距離にまで近付いた時、ジーベルが狼男化し振り返ると左手の爪で斬り掛かる素振りをした。


 目の前に迫る爪は人一人を両断するぐらい容易いのはフランツも理解していた。そして、剣で受けようものなら、手を閉じ剣を掴まれる事も。

 フランツは足元のレールを蹴ると左へ跳び、狼男の爪から避けた。


(うおっと!)


 一瞬、跳んだ先の壁に足を触れた後、そのまま地面に自由落下しようと思ったが、真下に625Vの電圧が掛かった給電用のレールに気付き少しだけ跳んだ。


 絶縁体のカバーがしてあるので、上に乗っても平気だが、尻尾の毛が静電気で立ち、近付くだけで不快な気持ちになった。


(くそ、列車か)


 丁度、キングストリート駅から12番ストリート駅に向かう列車の光が目の端に見えたので、フランツは安全を確保したかった。


「おっ」

 次の手を考えていた所だったが、狼男が左手で再び斬り掛かってきたので、フランツはしゃがみ懐に入り込んだ。

 狙ったのか、遅れて右腕が前から迫ったがそれの手の甲を左手で抜いた短剣で浅く切り、次いで右手に持つ剣で狼男の太ももを斬り付ける。


 致命傷ではないが、巨体の割に動きが速い狼男を相手にする時は、少しづつ傷を負わせて動きを鈍らせるほうが良いのだ。


 フランツは2太刀浴びせた後は狼男の間合いから離れようと、再び地面を蹴った。後は、列車が通り過ぎるまで身を隠せばいい。


「っ!」

 普通の狼男ならそれでよかった。


 距離を開こうと跳んだフランツの左脚を狼男に掴まれ、フランツは床に叩き付けられた。


「あだぁ!」

 相手が悪かった。

 そこらの狼男と違い、相手は狼男の状態での戦闘も訓練していた。オマケに変身後も知性を保っているので、先ほどフランツが負わせた傷も治癒魔法でみるみる塞がっていた。


 地面に顔面から叩き付けられたフランツが振り向くと、狼男が右手を振り上げていた。

 列車の音も迫りつつ有る。狼男にやられるか、列車に轢かれるか。フランツは死を覚悟した。

 


「退け!」

 男の叫び声と共に、拳銃が乱射され。フランツの左脚を掴んでいた力が緩んだ。


「うおっ!」

 フランツが隣の線路に跳ぶと、背後から誰かが轢かれる音がしてきた。


(一体誰だ?)

 初めて聞く声だった。

 列車が通り過ぎるとフランツの顔がライトで照らされた。


「大丈……、フランツ!?」

 向こうはフランツの事を知っているようだが……。


「うわ!ホントだどういう事!?」

 続いて知らない女の声だ。

 だが、妙だ。


「まて、どうして俺がフランツだって判る!?」

 ライトのせいで逆光となり、相手の顔が判らないが。今の自分の姿を見て、フランツ・バーグだと判る人が居るとは思わなかった。


「そのままの姿だからさ!どうして向こうの世界の姿なんだ!?」

「あぁ!?」





「……気分はどう?」

 自宅までジェシーに車で送ってもらったフランツは終始無言だった。


「鼻が痛い」

 あの後、ジェシー達が駆け付けてくれ、狼男の死骸が見付かった。肉片と衣服の切れ端しか残っていなかったがFBIが後処理を始め、フランツ達は現場を後にした。


「ニナと何を話してたの?」

「何も話してないさ」

 そして、あの2人はニナとヤンだった。フランツとは転生先の世界で面識が有るのだが、2人とも姿が全く変わっていた。

 元々、あの2人は今のフランツと同じ人狼だった筈だが、人間になっていた。

 その事について説明を求めたが、「明日話す」とだけ言われたのだ。


「あした、7時頃に迎えに来るけど。平気?」

「大丈夫だ。ありがとうな」


 頭が軽く混乱しているが、フランツは車から降りると真っ直ぐアパートの自分の部屋に入った。


「ふー……」


 台所の上部に在る食器棚を開け、ウイスキーをグラスに注ぐと、ソファーに倒れ込んだ。


(ったく、どうなるんだ?)


 暫く物思いにふけていると、チェルキーがコーヒーテーブルの陰から様子を見ていることに気付いた。


「ほら、いい子だ。おいで」


 いつものように手招きをしてみた。


 最初は首を捻っていたチェルキーだったが、フランツに近付き、胸に飛び込むと甘えてきた。

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