狼男の行方

「ったくよぉ……。ジェシー!無事か!?」


 車から降りたゲイリーはジェシーを見つけると駆け寄ってきた。


「私は無事だけど」

 ジェシーが指さした先では証拠品が入ったカバンを盗んだ男がパトカーに押し込まれていた。


「容疑者が持ってた拳銃を犬耳男が爆発させたから、指がボロボロなの。救急車は喚んであるからじきに来るはずよ」


 ゲイリーが中を覗くと、右手に血が着いた包帯を巻いた男が後ろ手に手錠を掛けられ後部座席に座っていた。


「爆発だ?」

「そうよ」


 ジェシーは路地裏の奥に見える鉄条網付きの金網を指さした。


「多分古くなって落っこちた鉄条網の針金だと思うけど。それを魔法で帯電させてから拳銃の方に投げたんだってさ」


「魔法使えるの?」

 車を止めてきたジャックが会話に混ざった。


「ええ、他にも色々使えるらしいけど、見せてもらってないわ。あと、足が尋常じゃないほど速かったわ。マジでカール・ルイスより速かった」


 ジェシーが興奮気味で話すが、ゲイリーは周囲の様子を伺い始めた。


「それで、犬耳男の様子はどうだった?」


「ああ、……そうね」

 ジェシーは少し間を置いてから説明し始めた。


「服とか、部屋の配置は全部知ってたわ。チェルキーの餌の場所もね。……それと、家に入った時にチェルキーが吠えた時は悲しそうに耳を垂らしてたわ。相当ショックだったみたい」


「そうか。なあ、ジェシー。君も犬耳男がバーグ警部だと思うか?」


 長いことバーグ警部とコンビを組んでいたジェシーが犬耳男が言っていることが果たして、本物かどうか見極める意味も有り、一緒に行動していたが。


「多分、本当だと思う。……ただ、矛盾も有るんだ」

「矛盾?」


 ジェシーは小声になった。


「一昨年から、殺人課うちに来たニナとヤンの事を知らないみたいなの」


 ジャックとゲイリーはお互い顔を見合わせて困惑した。


「どういう事だ?」

「あの2人を知らないわけ無いでしょ?そもそも、バーグ警部が人事課に掛け合って強引に連れてきた訳だし」


 2人の言うとおり。殺人課はここ数年人手不足で、バーグ警部は人事課に刑事を2人回すように依頼し続けていた。そして、まだ経験は浅いが女刑事のニナとその夫で同じく刑事のヤンが一昨年から配属されていた。


「先月もあの2人が表彰されたばかりだし……」

 アレほどバーグ警部の情報を知っている筈なのに。何故、新聞記事にもなっている2人の事を知らないのか。

 ジャックは首を傾げた。


「そう言えば、署長もニナとヤンには犬耳男の事を言うなって言ってたよな?」


 ジェシーは目を細めた。

「それ、何時言われたの?」


「ミーティングのすぐ後だ……!おい!」


 ゲイリーが叫んだので振り返ると、パトカーに入っていた男から白い煙が吹き出し始めた。


「危ない!」

 男の目や口、更には耳といった穴という穴から火が噴き出し、ジャックが叫んだ。


「駄目だ!逃げるぞ!」

 最初はパトカーから引きずり降ろそうとしたゲイリーだったが、パトカーのドア越しでも熱が伝わり。後部座席に火が回ったので諦めざるをえなかった。


 3人は大急ぎでパトカーから離れたが、暫くすると燃料タンクに引火したのか、パトカーが爆発し、完全に火に包まれた。



「大丈夫か!?」

 騒ぎに気付いたフランツとカニンガム巡査部長が3人の所に現れた。


「大丈夫じゃないわよ。容疑者が燃えちゃった」


 容疑者がまるで、バーベキューの時に使う着火剤の様に一気に燃え広がったので、ジェシーは軽く現実逃避をしていた。


「燃えた!?」

「……口を割られる前に自決したんだろ」


 フランツは燃え盛るパトカーを見て苦虫を噛んだような顔をした。





「で、鑑識が見付けてくれたのが、ワルサーにそっくりな拳銃に鍵十字の刻印が入ったナイフと」


 あの後、4人は警察署のミーティングルームに戻って証拠品と証言の確認作業を始めていた。……FBIのダニエル・ウィルソン捜査官と、ジョン・ギブソン捜査官も一緒だが。


「ネオナチかねえ」

 フランツの尻尾を観察しながらウィルソン捜査官は呟いた。

 どこから聞いたのか判らないが、この2人は自分はバーグ警部だと主張する犬耳男が現れた事を既に知っており、署長に頼み込んでフランツ達と合同で調査する事になった。


「おい、ダニー失礼だぞ」

 ウィルソン捜査官が尻尾を触ろうとしたのでギブソン捜査官が慌てて止めた。


「言っとくが……」

 振り返ったフランツは「お前ら2人も人狼に転生してるんだぞ」と言い掛けたが。言わない方が良い気がしたのでグッと我慢した。


「ケツを触るようなもんだ」


 適当な事を言って誤魔化したが、それを聞いたギブソン捜査官が「判ったら二度とするなよ」とウィルソン捜査官に注意していた。


「で、お宅らが目撃者から聞いた事って?」

 ジャックに質問されて、ウィルソン捜査官がファイルをカバンから出した。


「あの時、たまたま近くに居てね。急に血を流した若いのが現れたから手当したんだ」


 ファイルに綴っていた調書に目を通しながらウィルソン捜査官は説明を始めた。


「えーっと、目撃者だけど地元の高校生だったよ。夜中に出掛けていた所、路上強盗に襲われたそうだ」


「路上強盗?」

 別に珍しい話ではなかった。最近、景気が悪いせいか、あの近辺は偶にそういった犯罪が起きるのだ。


「ああ、それで顔を殴られたりして脅されてた所に、迷彩服を着た君みたいな男が現れたんだと」

 ウィルソン捜査官はフランツを指さした。


「その後、強盗は迷彩服を着た犬耳と尻尾が生えた男も脅し始めたが、男が大きくなり始めたらしい」


「狼男化か?」

 フランツが質問するとウィルソン捜査官は「ご名答」と答えた。


「衣服が破れ、男の顔も変化し段々と毛深くなったそうだ。で、強盗に襲い掛かったが、その時に狼男に顔を切られつつも何とか路地から飛び出て、運良く警官に見付けてもらったと」


「で、警官が撃ち合いを始めたんで更に隣の通りにまで走って逃げてきたところで、サンドイッチを持ってたダニーとぶつかったんだ」


 ギブソン捜査官がサンドイッチの下りも言ったが、別に必要ない情報だったので、ジャックは上を向いた。


「なるほどな……、やはり狼男はあの男で間違いないな」


フランツはそう言ったが。他の刑事達は押し黙っていた。


「だけど、その……。変身出来るとして、逮捕して裁判に持ち込める?」

 最初にジェシーが口を開いた。

「ああ、荒唐無稽すぎる」

 ゲイリーも同じ事を考えていた。

 刑事の自分達が狼男を逮捕した所で、裁判すら開けなければ全く意味がなかった。


「それは大丈夫だ。というかなんとかするさ。……最悪、保健所に殺処分かどっかの動物園に放り込むよ」

 ギブソン捜査官はそう言ってみせた。


「まあ、恐らく俺達が逮捕しに来たと知れば抵抗するはずだ。……正当防衛で片付けるのが一番手っ取り早いが、アイツらの組織を知りたい」


 フランツは証拠品のナイフと拳銃を持ち上げて説明を始めた。


「ジェシーには言ってあるが、向こうの世界ではコイツラは徹底的に弾圧してきた筈だった。だが、実際にはそこらの軍隊並の装備を持ち、こっちの世界と行き来していたのだ。恐らく、コチラ側に協力者が居る筈だ。それも、まだ表沙汰になってないテロリストの可能性も有る」


 フランツがウィルソン捜査官に目配せをした。


「そういう訳だ、FBIからも特殊部隊を出して、逃げた狼男を絶対に捕らえ、協力者を逮捕する。罪状は……テロ事件として扱う様に上に働きかけるから心配しなくていい」


 フランツはブルックリン地区の地図に大きく扇状の線を引いた。


「奴の進んだ方向から考えてこの中に居ると思って良いだろう。これから、総動員で奴を追う。ただし、捜索中に奴を見付けても一人で追うな、必ず俺に知らせろ。良いな?」


「はい、警部」

 いつもの癖で、ジャックが返事をした。

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