妨害

「顔を怪我した若者ねぇ」

「まあ、目立つからな」


 警察署を出て、事件現場に向かっている途中だった。車が右折するとゲイリーが叫んだ。


「おい!居たぞ!」


 右の歩道に教会へと向かう若い男が見えた。

「止めろ!」





 神妙な面持ちで、顔に大きいガーゼを貼った若い男は教会の前に立っていた。


「何やってるんだ?」

「お祈りでもしに来たんだろ」


 入るか入らないか悩んでいる様子だった若い男は、身体の向きを変え、2人が居る方向とは逆の方へと歩き出した。


「引っ張るぞ」

 ゲイリーが指示を出しジャックはゲイリーと距離を開いた。


「ちょっと良いか?」

 ゲイリーが左側から追い越しざまに、若い男の左腕を掴み、同じタイミングでジャックが若い男の右腕を掴んだ。


「な、なんだよ?」


 若い男は両腕を掴まれたまま、ビルの壁に身体を押し付けられた。


「ニューヨーク市警だ。聞きたいことが有る」

 ゲイリーがバッジを見せると、幾分か若い男は落ち着きを取り戻した。


「ああ、警察か……なんだ……」


「昨日の夜中、出歩いたよな?何が有った?」

 ジャックが質問すると、若い男は安堵の表情を浮かべ、ベラベラとしゃべりだした。


「えーっと。ラジオやテレビで言ってる狼男に出くわしたんだ。ついさっきまで、それでFBIの人と会ってた」


「FBI?」

 いきなり政府の連邦捜査局FBIの名前が出てきたので、ジャックは聞き返した。


「ああ、そうだよ。その人達に病院で怪我を見てもらったんだ。あの人だよ」


 後ろに車が止まり、ドアを開け閉めする音が聞こえたので、2人が振り向くと知った顔だった。


「なんだ、アイツらか」

 連続少女誘拐事件でも捜査を指揮していたFBIチームの中心人物の2人だった。


「悪いな、連絡が遅れた」


 出てきたFBI捜査官Gメンはゆっくりと歩いてきた。


「彼から聴き取った事は全部渡すさ」


 ジャックとゲイリーは若い男の腕から手を離した。






「うわぁ……」


 屋上に出ると、狼男の物と思われる、血で出来た足跡や手形がそこら中に有った。


「此処で変身を解いたな」


 フランツが指さした場所で、狼男の足跡が段々と人の足跡に変化していた。


「足跡が途切れてるな」


 途中で足跡が途切れたので、フランツは周囲を見渡した。場所は丁度、屋上のど真ん中。此処から別の場所まで飛ぶには少々危険だ。いくら魔法で身体能力が向上しているといえ、何が有るかわからない場所に飛び降りる真似はしたくはない。


 そうなると、明り取り用の天窓か……。


 そう思い、フランツはしゃがみ込み、天窓を覗き込んだが、中は書類や机などが散乱していた。


「下は、潰れた貿易会社だったな?」

 この建物は不景気で潰れた貿易会社だったが、天窓は埃だらけで、ここ数年間は誰も触っていないのが判った。


「そうよ……。ねえ、もしかして、靴でも履いたんじゃない?」

 ジェシーがそんな事を言うので、フランツはしゃがんだまま、ジェシーの方を振り向いた。


「靴……ねえ」

 狼男化した際に、衣服が破損している可能性が在った。

 直接目撃した訳では無いが、過去に狼男化した16歳の人狼の少年は衣服が全部破けていた。

 普通に考えれば、あの不審人物の服も、狼男化した時に破けている……。


「迷彩服の破片は無いか?下着とかも?」

 靴は判らないが。あの時、一時的に狼男になった少年は素っ裸で治療を受けていた。

 後で、転生者の仲間に聞いたら「変身した時にパンツまで破けたから着替えを探すのが大変だった」と言っていた。


「え!?さあ?……鑑識が何か回収してるかも」

 ジェシーは屋上から下に向けて顔をだした。


「ねえ!迷彩服か何か回収してない!?」


「いや!無いが、変な物を回収したぞ!」


 下から鑑識の誰かが叫んだのを聞き、フランツはジェシーを待たずに、上がってきた階段を駆け下りた。 




「ちょっと、待って!」

 今日、何度目か判らないが、ジェシーが大慌てでフランツの後を追い掛けて来た。


「何が在ったんだ?」

「服の切れ端に、ナイフ、拳銃だが妙だ」


 息も絶え絶えなジェシーはやっと追い付いたが、フランツは涼しい顔で鑑識と話をしながら歩いていた。


「何が妙なんだ?」

 鑑識の1人とフランツは路地から出て鑑識班が使うバンの横に着いた。

「まあ、見てくれよ」

 そう言って、鑑識の1人はバンの後ろのドアを開けた。


「此処に……。おい!見付けた証拠品を何処にやった?」

 バンの後部に積んでいた証拠品入りの鞄自体が無くなっていた。

「おい!誰か何かしてたか?」

 近くに居た警官に声を掛けたが。

「いえ、何も見ては」


 鑑識は何度も、後部に積まれた道具類をどかし、どこかに紛れてないか捜し始めた。

「ほんの数分前なんだ。なんで」



「おい!お前!」

 カニンガム巡査部長の叫ぶ声だった。


「え!?」

 フランツ達が声がした方を見ると、通りの上をカバンを持った男が走り、カニンガム巡査部長に追いかけられていた。


「あの鞄だ!あの中に証拠品が!」

 鑑識が叫ぶや否や、フランツとジェシーは走り出した。


「止まれ!」

 叫びながら、フランツはどんどん加速した。


(速い……)

あっという間に、ジェシーは置いてかれ、フランツはカニンガム巡査部長も追い抜いた。


「っ!Scheißeくそっ!」


 フランツはカバンを持った男と目が合った。バンダナを頭に被り、口元をマスクで覆った男だったが、あと少しの所で、男もいきなり加速した。


「まてぇ、ゴラァ!」



「何て早いんだ……」

 しばらく走っていたカニンガム巡査部長は1ブロック後ろで立ち止まり、肩で息をしていた。

 海兵隊上がりで、今でも若い警官に負け無い程、足に自信があったが、それでもあっという間に置いていかれた。


「巡査部長!乗ってください!」

 新入り警官が機転を利かせ、パトカーで追いかけてきた。

「わりぃ」

 カニンガム巡査部長が乗ると、新入りはアクセルを踏み込み、一気にパトカーを加速させた。



 逃げる男は路地裏に入ると、高さ3メートル近くはある金網フェンスを一足跳びで飛び越えた。


(こいつ!)


 急に、自分の走る速さと同じ位の速度で走りだした時から確信していたが、やはりこの男はただの人間では無かった。


 男はフェンスを飛び越えた後も走り続け、フランツも一足跳びでフェンスを飛び、後を追う。

 振り向き、フランツの方を見た男は、建物の角で曲がり一瞬だけ姿が消えた。


「っ!」

 フランツも建物の角を曲がったが、目に飛び込んできたのは拳銃を構える男。


 男はフランツを待ち伏せし、拳銃で発砲してきた。


 フランツは1発目が発射されると同時に身を屈め、四つん這いに近い姿勢をとり、銃弾を避ける。


(野郎ぉ!)

 男は屈んだフランツに再び狙いを定める。


(足元は水溜まり。左は倉庫の裏、トッラクから荷下ろしする為の段差。赤さびの浮いた手摺。右は有刺鉄線付きの金網フェンス。向こう側も倉庫。コンクリの隙間から雑草。紙ごみ)

 フランツは何か無いか目に飛び込んできた風景を脳内で反芻した。


 男が2発目の弾丸を撃つと、フランツは右へ飛んだ。


(これだっ!)

 弾を避けたフランツはコンクリートの床に落ちていた針金を右手で掴んだ。

 直ぐに3発目が放たれたが、フランツは半歩左に逸れつつ右手に掴んだ針金に魔法を込めて男に投げた。


 目の前を銃弾が掠めたのがフランツには見えたが、投げた針金は男が持つ拳銃に向け真っ直ぐと飛んで行った。

 男は銃を狙いつつ、針金に一瞬視線を移したが、大したことが無いと思ったのか、再びフランツの方に視線を戻した。


 直後、針金から電流が走り男の持つ拳銃が爆破した。


「!?……ぎやあああぁぁぁぁ!」

 最初は何が起こったのか判らなかった男だったが、手の中で爆発した拳銃の破片などが原因で手に大怪我を負った。


 男が持っている拳銃の銃弾が全て暴発したのを確認したフランツは男にタックルし、馬乗りになると顔面を殴り始めた。


 「おい!止せ!」

 銃声を聞きつけたカニンガム巡査部長と新入り警官が路地の反対側からパトカーで乗り付けてきた。


 「お前……、何をしたんだ!?」


 指が右手の指が半分吹き飛んだ男が、叫び声を上げているのでカニンガム巡査部長は目を見開いた。


「銃を撃ってきたんで、暴発させた。……それだけだ」


 フランツが飛ぶと、カニンガム巡査部長と新入り警官は仰向けになっていた男を俯けにし、後ろ手に手錠を掛け始めた。


「どうやった?」

「針金を帯電させて放り投げたんだ」


 フランツは咄嗟の判断で、落ちていた針金を魔法で帯電させてから放り投げたのだ。あとは、放り投げた針金が鉄製の拳銃に近付いた時に一気に電気が流れ、銃弾の雷管が爆発して暴発。弾倉が入ったグリップ部分を握っていた男の右手は……悲惨なことになった。


「うわ……」

 ジェシーは男の惨状を見て言葉を詰まらせた。


「遅いぞ、カバンを探すぞ」

 一方のフランツは相変わらず涼しい顔。ジェシーに一言声を掛けると、男がさっきまで持っていたカバンを探し始めた。

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