ミーティング

『先程、ニューヨークで頻発していた連続少女誘拐事件の犯人に撃たれた、フランツ・バーグ警部が昨日病院で死亡したとニューヨーク市警から発表が有りました』


「くそっ」

 助手席に乗っているゲイリーが勝手にラジオのチューナーを弄り番組を変えた。

「おい、なんだよ」


「別に良いだろうが」

 普段はニュースを聞く質だが、バーグ警部の殉職を告げるニュースを聞く気にはならなかった。


『ソ連艦隊の中南米訪問は阻止すべき事態であり』

「変えるなら他のにしてくれ、音楽とかさ」


 面倒ごとでしかない世界情勢に嫌気が差していたので、ジャックが文句を言った。

 去年から米ソの対立が激しくなり、国連本部が在るニューヨークは厳戒態勢だった。ソ連の代表団が国連本部に出入りする度に、市警総出で警備に出るので、休みが幾つも削れていたのだ。


『ブルックリンで狼男が……』

「おい!今のは?」

 一瞬、さっきまで調べていた狼男のニュースが流れた。


「待ってろ」

 慌ててゲイリーがツマミを回し、ニュースが流れた周波数に戻した。


『もし、狼男の格好をした男を見ても近付かずに警察に連絡してください……では、次のニュースです。東ドイツの領空を侵犯したアメリカ軍の』


「なんだよ、終わっちまったのかよ」

 ゲイリーは再びラジオのチューナーを弄り始めた。


「もう着くぞ」

 結局、ラジオ番組が決まらないまま、2人が乗った車は警察署に着いた。





「よし、全員集まったな」

 普段は記者発表で使うミーティング室に行くように言われたジャックとゲイリーが目にしたのは、朝のミーティングを始めようとしている犬耳男だった。


「まだ2人居ないわ」

 席に着いているジェシーがさも同然の様にしているので余計に混乱した。

「2人?誰だ?」


 何が何だか判らないが、署長が犬耳男の隣に居るので少なくとも逃亡した訳では無いことが判った。


「あの2人は良いだろう、フランツ始めてくれ」


 今ここで聞くのは藪蛇だと感じた2人はジェシーの後ろの席に着いた。


「さて、みんなバーグ警部が殉職して、この犬耳男が現れて混乱していると思うが……臨時で狼男の事件はこのフランツ・バーグがオブザーバーとして参加することになった」


「マジ?」

「おい、ジェシー署長は本気か?」

「マジよ、マジの大真面目よ」


「いいか、お前ら」

 ジャックとゲイリーが騒ぐがフランツは説明を始めた。


「まず、カニンガム巡査部長が目撃したと言う狼男と遭遇しても銃は使うな。当たるものじゃない」


「じゃあ、どうすりゃいいんだ?剣でも使うか?」

 ゲイリーが軽口を叩いた。


「それがベストだが、お前らには無理だ。……アイツは銃弾程度なら難なく避ける。よっぽどの不意打ち……長距離からの狙撃か散弾銃を使うなら何とかなるだろうが、そうじゃなければアイツを見つけても不用意に近づくな」


 剣がベストと言われたが、どうすりゃ良いのか判らないのでゲイリーは苦笑いした。


「じゃあ、ジャック。現場がどういう状況だったか説明して」

「あいあい」


 ジェシーに促され、ジャックは前に出た。


「最初に不審人物の通報が入りだしたのが夜中の8時、ブルックリンのこの辺」


 ジャックはホワイトボードに貼られたブルックリン地区の地図に赤鉛筆で丸を描き込んだ。


「“尻尾が生えた男が非常階段を登って行った”って通報だっけ?」

 ジェシーが確認で聞いた。


「そうそれだ、このアパートでそいつが目撃され。次いで5分後にはこっちの通り。少しずつ北上してる」


 ジャックは次々と目撃証言があった場所を記載した。


「ここが尻尾が生えた迷彩服姿の兵士が目撃されてて、ここもそう」

 目撃証言の中には「迷彩服姿」といった物も混じっていた。


「で、向かった先にあるのが狼男が出た場所だ。8時32分警邏パトロール中の警官2人が顔に怪我をしている若い男に気付いて、車から降りると此処の路地に体長8フィートを超す狼男が居た」


「え!?ちょっと待って。ちょっと前まで耳と尻尾が有る男が目撃されていたのに、急に狼男?」

 外で証言などを集めたジャックとゲイリーに対し、ジェシーは証言に矛盾が無いか質問する係になっていた。


「おそらく、此処で変身したんだ」

 矛盾点と思われた証言の食い違いだったが、横で聞いていたフランツが「変身した」可能性に言及した。


「……昨日は満月じゃないわよ?」

 昨日は満月から3日経ち、少し月が欠けていた。


「別に満月じゃなくても狼男に変身できるらしい」

 昔話やB級ホラーに良くある狼男とは違い、満月じゃなくても変身できると聞き、一同は眉を顰めた。


「つまり、どういう事?」

「奴は自分が好きな時に狼男に変身できる。それも夜中に限らず、朝だろうが昼だろうがな。魔法で呪いを制御しているから可能だって聞いた」


 フランツが青い鉛筆を手に取り、路地を丸く囲う円を描いた。


「奴の性格だ、恐らく予定外の邪魔が入ってここらで変身したんだろ。周囲のゴミ箱などに奴が着ていた服の切れ端が残ってるかもな」


「腹が減ったから襲いかかったって可能性はないのか?奴に襲われた被害者はかなり出血してた」


 ゲイリーが質問したが、フランツは仏頂面のまま否定した。


「奴は理性を持っているし、人を食うマネはしないはずだ」

「そうだ、可能性が1件」


 横に立っていたジャックがホワイトボードの余白に被害者2人の事を書き始めた。


「殺された被害者の他に最初に路地から出てきた被害者が行方不明なんだ」


ジャックは被害者A:行方不明 右頬に3本の切り傷、被害者B:死亡と書いた。


「もし、彼等が路上強盗のコンビで狼男に逆襲されたとしたら説明がつかない?」

 ジャックの完全な思い付きだった。


「だったら、警官2人を見ても襲って来ないんじゃない?正当防衛だし」

「いや、案外そうかもな」


フランツはジャックが言ったことは可能性が有りそうだと言い始めた。


「アイツ等は向こうの世界からこっちの世界に何十何百と人を此方に送り込んでいる。それも秘密裏にだ。……存在を隠すために目撃した警官を殺害しようとしても不思議じゃない」


「ええ!?」

 全員一様に驚いたが、ゲイリーだけ大きな声を上げた。


「言っておくが、殆どは人間の姿形だ。俺やコイツみたいに耳や尻尾が残ってる奴は居ないぞ」

 フランツと狼男の場合はあくまで、転移の失敗で人狼のまま転移しただけだった。黒電話で情報をくれた魔王ロキの部下の話では、普通は転移する際に人間の姿で此方に来れるとのことだった。


「話を戻すぞ」

 そういったフランツはジャックの方を見た。


「ああ、はい警部」

 ジャックは雰囲気に飲まれ、思わず犬耳男の事を警部と呼んでしまった。


「ええっと、警官2人が路地で目撃した狼男は警官に向かい突進し、2人は発砲。しかし、途中から狼男が避け、ミラー巡査が8発撃って弾切れを起こすと、一気に飛び込んできて、一緒にいたマクソン巡査に斬り掛りました」


 ジャックは被害者の下に、時系列順に起きた事を書いていたが、駆け付けた警官、ミラー巡査とマクソン巡査の情報を書き始めた。


「ここでマクソン巡査は右肩を骨折し、ミラー巡査は喉を突かれた」


 ミラー巡査:喉を突かれたものの軽傷、かすり傷だけ

 マクソン巡査:肩を切られる、骨折と切り傷


「で、装填が終わったミラー巡査が喉を突いた狼男に向け一発撃つと、その場に屈み込み、一瞬視界から消えた」


「で、銃声を聞き付けてカニンガム巡査部長達が応援できたらしい」

 カニンガム達が居た例の倉庫は、100ヤード先。もう少し遠かったら、どうなっていたか判らなかった。


「最後に狼男が目撃されたのはこの倉庫の屋根。カニンガムや新入り警官が目撃してた」

 最後に、狼男が消えていった5階建ての倉庫に赤丸で印を着けた。


「南東に向かったな」

 目撃証言と合わせると、終始南東へ向かっているのが判った。


「ねえ、消えた被害者の特徴は聞いてる?」

「ああ、ミラー巡査曰く“白人で歳は10代後半、灰色のパーカーでジーンズ姿。靴は白いデッキシューズだ。身長は大体6フィート180センチで痩せ型”だと」


 ジャックはミラー巡査が言ったとおりにホワイトボードに特徴を書いた。


「ふーん……」

 ジェシーはホワイトボードを眺め考え始めた。


「ジャックとゲイリーは死んだ被害者Bの検視結果を聞いてから被害者Aを捜しに行って。私とフランツは現場を見に行くわ」


 ゲイリーとジャックは“ホントに犬耳男を連れて行くのか?”と言いたげな顔をして固まった。


「よし、お前らジェシーの言ったとおりに散れ散れ」

 隅でミーティングを見ていたハワード署長が手を叩くと、ようやくジャックとゲイリーは動き始めた。

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