消えた狼男

「被害者の身元は判らないが酷いもんだ」


 夜も開けない内に現場に来たジャックとゲイリーは現場の写真を撮る鑑識に混じり、被害者が倒れていた場所を見つめていた。

 現場を案内するカニンガム巡査部長は涼しい顔をしているが、刑事達だけでなく鑑識も口元を覆っていた。


「酷い量だな」

 コンクリートを打ち付けただけの路地裏は血だらけで、酷く生臭かったのだ。


「俺が駆け付けた時は琴切れてたが、パトロール中の警官が駆け付けてた時は生きてたらしい」


 被害者の物と見られる衣服の切れ端を目にし、ジャックは気分が悪くなってきた。

「しかし、弾痕だらけだな。何が有ったんだ?」


 ハリウッド映画よろしく、派手に銃を乱射するなど、警官が一番やってはいけない事だった。

 市民の安全を守る筈の警官が撃った銃弾が何処か遠くに飛び、全く無関係の市民に当たらないなんて、誰も判らないのだ。


「あー……そのな。狼男だ」

「………………あん!?」


 一番そんな事を言う筈がないカニンガム巡査部長が、変な事を言ったのでゲイリーは混乱した。


「俺は後ろ姿しか見てないが、狼男が出たんだ。……あの犬耳男と関係が有るんじゃないか?」


 カニンガムが本気の目をしているのでゲイリーは苦笑いしながら視線を逸らし、後頭部を右手で掻き始めた。


(マジかよオイ)


 カニンガム巡査部長はバーグ警部程では無いが、少々ぶっ飛んでおり、偶に強引な事をする男だった。

 そんな巡査部長が「狼男が出た」などと戯言を言い始めたのだ。


「他にも被害者が居るって聞きましたけど、何処に居ます?」

 ジャックも半信半疑だったが、とりあえずもう1人の被害者から話を聞こうと考えた。


「ああ、どっか消えた」

「消えた?」

 カニンガムは通りに止まる救急車を指さした。


「最初に駆け付けた警官が彼処で手当を受けてるが、そいつの話だと、最初に此処の路地から出てきた別の被害者は俺たちが駆け付けた頃には消え去ったらしい」


「なるほどね……」

 しょうがないので、ジャックとゲイリーは最初に駆け付けた警官の所へ向かった。




「最悪だったよ、マジもんの化物だアレは」

 肩を骨折した警官は病院に運ばれたが、喉を突かれたが擦り傷で済んだ警官は傷の消毒をしてもらい。自分のパトカーのドアを開けた状態で、両足を外に出し運転席に座っていた。


「なあ、最初の被害者は何処行ったか判るか?」


 また狼男の話を聞く事になると思い、ジャックが話の話題を消えた目撃者に変えた。


「……さあな、俺もマクソンも狼男相手に手一杯だった」

 警官は懐から煙草のパックを取り出し、1本口に咥えるとライターを探し始めた。


「ほらよ」

 ゲイリーが先にライターを出し火を着けると、警官はそれでタバコに火を着けた。

「ありがとう……」


 未だに神経が昂っているようで、煙草を持つ手が時折震えていた。


「最初の被害者の特徴は判るか?」

「ん?ああ……」


 警官は空いた左手で両眼の辺りを擦ると、少しづつ特徴を言い始めた。


「白人で歳は10代後半、灰色のパーカーでジーンズ姿。靴は白いデッキシューズだ。身長は大体6フィート180センチで痩せ型。……あと、右頬に3本切り傷があった」

「切り傷か……。病院を当ってみるか」





「……」

 ジェシーが急に居なくなり、フランツはまた取調室で一人になった。


 耳を澄まして、マジックミラーの向こう側の部屋に誰か居ないか気配を探るが、全く気配がない。ジェシーが呼び出される直前に2人……。歩き方からするとジャックとゲイリーのコンビだと判ったが、小1時間も放置されるとは思わなかった。最初は見られてると思い大人しくしてたが、今では机に足を放り投げ、座っている椅子をフラフラと安楽椅子の様に揺らし始めた。


「規則違反だぞ……」

 取調室の扉を破って犯人が逃亡しないとも限らない、取り調べをしないのであれば、速やかに拘置所に移すべきだ。


 とは言う物の、犬耳と尻尾が生えたフランツが拘置所に入ったらどうなるか判らんので、入れられない事情があった。


「……っ!」

 廊下からジェシーの足音が聞こえてきたので、フランツは行儀よく椅子に座りなおした。


「ちょっと聞きたい事が増えたから」

 そう言いながら、ジェシーはフランツの向かいの席に腰かけた。


「あなた、ジャックに“他にも人狼が居るかも知れない”って言ったのよね?」

「ああ、言った」


 確信は持てなかったが、少なくともフランツがこっちの世界に戻った時にもう1人、人狼が居た。

「親しい人?」

「……いや違う」


 ジェシーがした質問の意図を考えながらフランツは説明し始めた。


「アイツとは初対面だ。俺がこっちの世界に戻ってきた原因……。それに関わっている人物だ」

 話している途中で、隣に人に2人居る気配を感じた。

 これは、何かの取り調べか?

 

「敵対してたの?」

「……ああ、そうだ」


 もしかすれば、もう1人の人狼が見つかったのだと判断し、フランツは知っている事を話し始めた。


「向こうの世界からこっちの世界に来た原因だが、俺はある人に頼まれて遺跡の調査に参加していたんだ。古代の遺跡だ。俺は何度か行ったことが有り、俺と依頼主を含め8人で遺跡に向かった」


 しかしだ、何処まで話したほうが良いか……。

 異世界の文化だけならまだしも、向こうで起きてるとんでもない出来事まで話して、ややこしくなるのでは無いか?


「……その途中、森の中で襲われたんだ。他の転生者の集団に」

「転生者?」


 目を見開き、ジェシーが言葉を繰り返したのでフランツは説明した。


「俺みたいにこっちの世界の記憶を持ってる連中の事だ。この50年で急に増えたらしくて、遺跡に向かったメンバーも8人中5人は転生者だった。……それで、俺達はそいつらを何とか撒いて一度は逃げたが、結局遺跡に向かったんだ。だが、そこにも奴らが居た」


 本当は、依頼主側から遺跡に行ってくれと強い要望が有ったから渋々向かったのだが。


「その後、遺跡に忍び込んだがソイツと揉み合いになって気付いたら倉庫に居た」

 かなり掻い摘んだが事実だった。


「その、……じゃあ、コッチに来たかも知れない男の似顔絵とか描ける?」


 ジェシーが言った事に驚き、フランツは顔を上げた。


「ああ、紙と鉛筆をくれればだが……。何が有った?」


 ジェシーが視線を上に向け「うーん」と唸った。

 考え事をする時に見せる癖だが、親しい人の前でしかしなかった。


「その前に聞きたいんだけど。向こうに狼男って居る?」

「狼男だって?」


 恐らく、無意識でフランツは不機嫌そうな顔をしたのだろう、ジェシーが前世のバーク警部と会話中に地雷を踏んだ時のように両手を上げるジェスチャーをした。


「いやね、その……」

「ジェシー!」


 記憶では今の身体になってから30年はブランクが有るはずだが、フランクは前世と同じく不機嫌な表情のまま、ジェシーに近付いた。


「俺に!隠し事は!するな!」


 ついさっきまで、自分の身に何が有ったか隠そうとした事は棚に上げ、フランツはジェシーを問い詰め始めた。




「どう思う?」

 隣の部屋で様子を見ていたハワード署長はスーツ姿の男に質問を投げかけた。


「どう見ても、バーグ警部だな。……今の方が2枚目だが」

 話している相手は市警の刑事局長だった。

 同じ市警でも署が違ったため、一緒に組んだことはないが、バーグ警部とは面識が有り。今回の騒動で、“殉職したバーグ警部を名乗る変なのが居る”と聞き様子を見に来たのだ。


「それに、ロン毛だな。バーグらしく無いが。耳のせいか」

 頭髪を短く刈り上げたバーグ警部と違い、目の前の犬耳男は肩まで有るロン毛だった。


『それは面倒だからだ!向こうじゃ滅多に街に帰らなかったからな』


 まさか、取調室から答えが返ってくるとは思わず、2人は驚き顔を見合わせた。




「え!?」

 フランツとは違い、向こうの会話が聞こえていなかったジェシーはマジックミラーの方を振り向いた。


「ハワード署長と刑事局長だ……」

 そう言いながらも、フランツは似顔絵を描き続けた。


「殆どの狼男は熊に負ける事も有るが、稀に恐ろしい個体が出現することが有る。俺が聞いた話だと、人口200人の村が1日で狼男にやられて全滅した事が有るらしい」


 描きながら説明するフランツの言う事をジェシーは固唾を飲んで聞いていた。


「全滅って……食べられたの?」

「子供と老人はな……。他は仲間の狼男にするために軽く噛まれた。……人狼は狼男に噛まれると狼男に変身するんだ。最近まで病気の一種かと思われていたが呪いの一種だと判った。……そして稀に知性が有る狼男が群れを作るために人狼を襲うんだ。その村はそれで全滅したんだ……できたぞ」


 フランツが紙を渡したが、ジェシ―は話に聞き入ってたせいで、軽く身震いした。


「……コイツが狼男だったかどうかは、歯を見れば判るが」

 コッチに飛ばされる前に、この男と取っ組み合いをし、歯をへし折っているが、記憶が定かではなかった。


「うーん……この少佐ってのは?」

「この男の服の襟に“少佐”の階級章が縫い着いてた」

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