25話からの別ルート企画、吸血鬼前編

「タイルが一枚タイルが二枚、タイルが三枚っと、だんだん数えるのがおっくうになってくるね、エリック」


にこにこと笑いながら黒髪の少女はふとこぼした。

人っ子一人いない裏路地、金髪の初老の老人と若い少女という似つかわしくない組み合わせ。

老人は一人気だるげにタイルをはがしその下に回復薬が詰まった瓶を一つ一つ隠していた。

かつて王都を設計した伝説の建築家は神経質で、魔術により一ミリ以上の誤差を許さず完璧に均一なタイルを作り上げ、王都の床を埋めたのだ。

町の形もとても美しく成形されており上から見れば魔術の基礎たる円、そしてその中心核に王城が来るよう巧みな設計をしていた。

誤差が少ないということはそれだけタイルをはがしたとき戻すのが面倒、なんせ余裕がないので真っすぐ、奇麗に戻さないと嵌らない。


何百枚とはがして戻す作業、その苦痛甚だしい仕事をやっとこさ終えてエリックは立ち上がった。


「おっくうになるっつうがお前は一切仕事をしていないだろう?」


「失礼な。僕はきちんと数えていたんだ。ほら確か二百枚?ぐらいじゃなかったっけ。それだけ数えたんだぞ」


「百二十四だ」


ひゅーひゅーとわかりやすく口笛を吹いて彼女はそっぽを向いた。

自由奔放に振舞う姿にエリックも少々疲れたのか深くため息をはいてジト目を向けた。


「それでエリック、王城の様子は?何か動きがあったかい?」


「......お前の母親と、父親が来てる。それに勇者も奴・の張った魔法陣に気付いている」


「ほう、母さんも父さんも来てるのか。じゃあなおさらいいとこをみせないとだね!」


がんばるぞー!と童女のように笑みをこぼすかのじょのすがたはかわいらしいことこのうえない。

けれど同時にどこか痛々しげで、その深淵のように黒く染まったハイライトのない双眼はおぞましいことこのうえなかった。


「アイ、お前は両親がこんなことを望んでいると思うか?」


ふと、エリックは問いかけた。

その質問は重みが違った。

両親、そうアイの母である、ユイに父のマコト。

彼女彼らが娘が行う虐殺を望んでいるかと。


「今更何を聞くかと思えばそんなことかい。僕は母さんたちに反対されても押し切るよ」


蠱惑的な笑みを淡々と作り続けて彼女は己の手の甲を撫でた。

赤い痣のような跡、亜人たちに古くから伝わる魔術の型といわれるもので全ての魔術の原型と謳われている。

魔王の座の所有者を決める亜人魔人たちの戦いーーその参加者の証であった。

かつて人類を苦しめ、その文明を粉砕し貶めてきた魔王、魔人達の希望の象徴でありまさしく英雄といえる存在。


魔のものの王であり、英雄、かつて英雄王と呼ばれた魔王はシンジョウマコトという狂った人類の戦士に殺された。


本来ならば魔王が滅ぶと同時に次の魔王が現れるはずだったが一向にそのうわさは聞かない。

時がたつこと百年と少々ある時魔人たちはとある夢を見た。

手に痣のある者が次の魔王となり虐げられ、大陸の辺境に追いやられた魔人を救う夢。

土地を奪われ、家族を奪われ、その生活を侵された魔人たちの願いを成就する者。


次の朝すべての種族に痣のある者が現れ、喧騒が起きた。

誰が本当の魔王なのか、姿を偽っている人間がいるのではないか。

あるいはーーあるいはーー

その混乱はとどまることを知らず調停者である元魔王軍幹部である男はこういった。


『我々が主と仰ぐものは一人で充分である。よって痣のある者たちで殺し合い、最後に残ったものを次の魔王とする』


混乱を収めるために仕方がなかった。

本来なら痣のある才能のある戦士を死なせる損失は到底受け入れがたいーーけれど今のままいけば魔王どころの話ではなくなる。

ならば種族間の争いではなくその主、痣のある者同士の争いに絞り犠牲者を減らそう、と。


痣のある者同士以外の戦闘は禁じられ、それぞれの種族はその主に願いを託し約束の時を待つ。


「僕は次の魔王となって人類を滅ぼす。かつて父さんを虐げてエルフを絶滅させた人間を許さない」


固く決意し、少女は鋭い視線をエリックに落とす。


「君もそうだろうエリック。エルフの勇者いや復讐者、エリック・アルグレイ」


「......勇者なんてだいそれたものじゃない。それはマコトみたいな人間を指す言葉だ」


「随分と父さんを見こんでるんだね。そんなに強いのかい?」


「いや、弱い。それこそお前と戦えば二分としないうちに敗北することだろう」


「じゃあ」


「だがあいつは縁を作る。友人を作り仲間を作り、他者の信条を変えていく。あいつを過小評価していると足元をすくわれる。前の魔王や幹部どもみたいにな」


シンジョウマコトは他者の信条を殴り、変えてしまう。

他者に与えられた超人的な力ではなく己の意思で、己が積み上げた力で殴りつけて他人の心を変える。

他者のマコトの心を引き出して己の味方に変えてしまう。

それは本当に弱いと一言で数えてしまっていいのだろうかとエリックは苦笑いを浮かべた。


「あいつは弱い、弱いからこそ民衆はあいつを支持する。昔も今も、な」


「ふぅん、君は僕をほめた試しはないのに父さんはべた褒めなんだね」


「俺もあいつに殴られた奴の一人だからな」


「気に食わないなぁ」


わかりやすく拗ねたように唇をとんがらがせて頬を膨らます。

褒められたいわけではない、とアイは思う。

けれど自分の父親が褒められているのを聞くとどこか不満を感じるのだ。

不満というかなんというか、自分の胸中を謎の感情が襲ってくるというか。

わけのわからぬものに恐怖しているといえば早い。

だからこそごまかすように拗ねたふりをする、いじけているように、子供っぽく。


そしてそれをエリックが見透かしているだろうということもアイは知っていた。


「ねえエリック僕はーー」


口を開き、言葉を放とうとした彼女の隣にふと残像がぶれて一人の少女が現れた。

暗い裏路地に現れた黒色。

体全体が隠れる黒色のローブに身を隠しているが、真白で、処女雪のように穢れのない白色の少女の顔がうかがえた。


彼女はアイの前に立ち、その懐から複雑な幾何学模様が描かれた紙を取り出し、差し出した。


「ふぅん、勇者は未だに脆弱で攻略可能。王都を包む結界は正常に動作している、と」


少女は小さくうなずき満足げにアイは笑った。


「じゃあ予定通り監視を続けてください。洗脳した人間はすべて予定の場所へ集めるように」


「......」


「あっ後間違ってもほだされたりしないでくださいね」


「......?」


マコトの話を聞いて、アイは茶目っ気たっぷりにそうつぶやいた。

白色の少女は何も言わずにそっとその姿を消す。

仰々しくアイは両手を空に掲げて叫ぶ。


「さあ、どんどん面白くしていこうじゃありませんか!ねぇ、あなたもそう思いますよね。蝙蝠さん?」


背後、裏路地の入口。

誰もいないその場所へとアイは微笑みかけてその言葉を続ける。


「隠蔽魔術を使用してるようですが無意味です。蝙蝠臭くて。ねぇ、メイリーちゃん?」


閑散とした裏路地、ただひたすら静謐が支配するその空間で突然魔法陣が忽然と現れ、無数の氷柱が生成ーーその鋭利な先端をアイとエリック向けて凄まじい速さで放った。

完全な奇襲、突如として生み出された氷柱はその命を貫かんと豪速で迫り、そして。


ーーパチンっ


小さく、アイが指を鳴らせばその氷柱すべてが瞬く間に消え失せ灼熱の炎がその刺客へと縦横無尽に駆ける。

塗装と草が焦げる匂いが裏路地に蔓延しむせかえるほどの砂埃が巻き起こった。

裏路地の入口、そこに一人の少女が姿を現す。

纏っていた黒装束はとうに燃え尽き、その豪奢な服は所々が焦げ痛々しく焼けた肌が露出している。

流れるような銀髪が風に巻き取られなびき、鋭い朱色の双眼はアイをにらみつけている。


「メイリー、吸血鬼の長として貴女をここで殺すわーー」


堂々と宣言すると同時にメイリーの周りに数十の魔法陣が出現する。


「あー、エリック、ここは私一人で充分ですので準備を終わらせておいてください」


「......わかった」


踵を返してエリックは屋根上へと跳躍、刹那の間に視界から消え失せた。


「さあ蝙蝠。足掻けるだけ足掻くといいよ。せいぜいみすぼらしく死んでね」


「やれるものならやってみなさいよーー」


宙に現れた無数の氷柱、空気を白じめる冷気をまとう致命の一撃とともにメイリーは駆けだすーー

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