無理難題
「本当魔術師ってうのはろくな人がいないと思ってたけど、今回の先生は最悪ね」
廊下を苛立ちあらわに闊歩する銀髪の少女は髪をくるくると巻きながら悪態をついていた。
彼女の名前はアルシャ、清く正しき貴族の娘であり国の財務大臣の父を持ち、魔術協会の教授である母を持つ。
どちらもこの国の中枢に近い人間であり武に恵まれ才に恵まれた人生の勝者、その娘たる彼女も魔術に優れ武に優れ勉学に優れていた。
彼女が持つ雰囲気は貴族のそれで彼女の周りの空気は独特、道行く生徒達も畏怖と尊敬の眼差しを少し前までは向けていた。
過去形である。
「魔術師は全員クズだ。信用ならないよ」
心底軽蔑した目で少女は吐き捨てた。
「そうよね、私の胸当て......その、まあアレを取り出して男子に投げるなんて」
少々隙間のあいた、というかパッドが抜かれ少々豊満に近かったはずのそれはまな板に変わってしまっている。
道ゆく生徒らの視線は等しく慈愛、慈しむものであった。
そんな彼女に微笑みかけるは艶のある黒髪の少女であった。
黒髪黒目、整った顔立ちに出るとこは出た豊満な体、アルシャとは対照的な少女だ。
だが何処か陰湿さと妖艶さが入り混じった独特な雰囲気を持っていて近寄りがたい。
「そうだとも、僕にくれれば許したというのに」
「え?」
「ふふふ。それはそうと何しに行くんだい?いつもなら食堂へ行くはずだけど」
彼女らが勉学に励む屋上の角部屋、本来ならば直ぐに近くの階段へと向かい一回の中庭近くの食堂へ。
だが今回アルシャはまっすぐと三階の廊下を突き進んでいた。
この先にあるのは職員室と学院長室、殆どの生徒が死んでも近寄りたくない死地だ。
なんせ魔術師なんて変態と外道、知識欲と好奇心に飲み込まれたものどもだ。
特に学院長はその魔術師を束ねる長であり数百年を生きるとされる伝説の英雄の一人。
その姿は若い女性の姿をしているとされるが噂では邪神が人に化けてるとか、悪魔が限界したとか、原初の魔道士とされる男だとか。
噂は絶えないし真実を確かめようとする愚者はいない、魔術師は誰も彼もが己の命が惜しく大体セコい、自身の命に危険があるかもしれないことはしないし平気でゲス外道な手段も使う。
勝てば良かろうの化身。
だというのに、
「私は学院長に直接文句を言いに行きます!あんな教師を採用するなんてあり得ません!......まぁそれはそれとしてミコはどうするの?」
「そうかいそうかい、まあ頑張ってくれ。僕はちょっと用事があるからお暇させてもらうよ」
冷や汗をかきながら適当に返事をして去っていくミコと呼ばれた少女の背を見送り、深呼吸を一つ、アルシャは神に挑む心境で学院長室のドアをノックした。
一体どんな人物が出るのか、鬼が出るか邪が出るか、どちらにしろろくなことにならない可能性が高い。
誰もが知るように二十年前の魔神召喚事件においてたった一人で顕現した魔神を打ち破った学院長の名はあまりにも有名。
世界の危機、魔王の再来たり得るとされた事件を魔神が完全体となる前に力の大半を奪い尽くし異界へと放り捨てた戦い。
そんな化け物じみた強さを持つ学院長は恐怖を持って最強の魔術師と呼称されている。
けれど彼女の信念に従いあのクソ教師を放置するわけにはいかない。
幼気な少女が最強の魔術師に挑む、
と、いう風に側から見れば思えるだろう。
幾度となく教師を追い出した彼女がどのような方法をとってきたか?
至極簡単で直球なやり方、それはーー
「いらっしゃいアルシャちゃん!今回の先生は良い人でしょ!」
美しい空色の髪に温厚そうな垂れ目、包容力のあるーーそれこそ母か姉のような雰囲気に可愛らしい小鳥のような声。
彼女こそこの学院の学院長であり唯一アルシャが慕う魔術師の一人であった。
「えっ......あっはい!突然すみません、休み時間に」
いい先生?その一言に一瞬思考が止まりアルシャは肯定してしまう。
いい先生、彼女は確かにそう言った。
アルシャが唯一慕うちょっと抜けてるところがあるとはいえど最高の先生である学院長自らがいい先生と笑ったのだ。
ああそうだ、確か今回の教師は学院長がしっかりと選出した魔術師らしからぬ魔術師と言っていた。
彼女が自信満々にいい先生と笑うということは近親者の可能性が近いーーなんせ黒髪黒目の男だった、貴族の可能性が高い。
貴族となれば学院長たる彼女と親しいのも無理がない、友人もしくは恋人、可能性はある。
「(でも、しっかりと言わないとーー)」
「お菓子食べる?あーん」
にっこりとした笑顔に思わず体が動いて彼女が差し出したクッキーを食べた。
口の中に糖分という幸福が溢れかえる。
「美味しい、これ王都のお菓子職人さんが作ってる数量限定のやつですよね!一度お父様が買ってきたくれたことがあるんです!」
「そうなのよ、朝から並んでやっと買えたのよ!甘くて美味しいでしょ!」
ポケットの銀時計を乱用、世界崩壊系の災厄とされる兵器の一つをお菓子を買いに使った彼女はにこやかに笑っていた。
「はいとっても美味しいですーー」
「(って待って。違うじゃない、私は今回先生がセクハラするひどい人だって言いに来たのに!もう言うしかないわ!)」
クッキーを飲み込み口を開くと。
「はいどうぞ、美味しいし一緒に食べましょ?」
「ありがとうございます!」
もぐもぐとクッキーを噛み砕いてその美味しさ成分はアルシャの脳を焼いた。
そう、記憶、意思を焼き彼女の思考はお菓子を楽しむ年端もいかない少女へと変革。
だって子供だもの!少女だもの!美味しいお菓子を敬愛する大先生が可愛らしく笑って食べさせてくれてお茶しようと言うのに邪魔できるものか?否、断じて否。
すっかり物申すことを忘れて満面の笑みで彼女は頬張るのであった。
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