最悪の敵

最悪の敵に対しての最良の解決策、戦法ーーそれは何か。

殺して仕舞えば良いのだ。

そうぶっ殺して屍にしてしまえば誰もが存じる通り物言わぬ屍に反論する権利もクソも無い。

どんなクソみたいな戦法を取ろうが勝ちは勝ち、勝てば官軍負ければ賊軍、勝てばよかろうなのだ。


だが世の中にはそんな事で解決できる事は少ない。

世の中には規律があり常識がある。

そして世の中で最も最悪のケースはこうだ。


誠は頭をかきながら少し昔のことを思い出していた。

ぶっちゃけクラスメイト全員死なないかなーと毎日思っていたが人としていけないし何より物理的にというか戦力的に殺せない。

それに一時期友人、いやクラスメイトとして共に過ごしたはずの人間はどうしても殺せなかった。


暴力はらくだ、大衆は正義だ、暴論も極論も勝者が語ればそれは正論だ。


理不尽なことなんていくらでもあるしその度に恨むし殺したいとも願う。

けれど理性が邪魔してそんなことはできない。

その上その一時をやり過ごしたところでその後問題たりえるし命の危険も大きい。

可哀想は正義だから、暴力で敗北した人間に同情はいく。


その可哀想が起きるのはそう、例えば暴力的な教師に殴り付けられた生徒がいればそれは可哀想だ。


「なんだよなぁ......」


ドアノブに手をかける前、首筋に走った鋭い悪寒に誠は冷や汗を垂らした。

見知った感覚だし驚く事では無い、だが問題はその殺気をむけて来るのがこれから自分が担当するはずの生徒たちならば、大問題だ。


おそらくドアを開けばまず教室前方に座る生徒から魔力弾の初級魔術が連射される事だろう、なんせ自分はやられた経験豊富すぎて撃たれる前に察せてしまうぐらい、睾丸潰れろ以上。


取り敢えず殺気が異常だ、本気で殺しに来てる。


しょうがない、ここは秘策を使うかと誠は頭を掻いた。

ポケットに詰めたのは夢一杯のお菓子......ではなく一本の短剣、ワイヤー、それと妙に粘液を吐く特殊な花、それとユイが時間をかけて作ってくれた身代わり石が数個。

まどろっこしいのは嫌いだし直接行くべし、と、思うけれど。


「よー今日からお前達のクラスを受け持つーー」


軽い自己紹介、それ言い終える事も無く発射された計三十発の魔力弾。

どれもこれもかなりの魔力を込められており一撃でもくらえば複雑骨折こんにちわ。

視界一杯に見える魔力弾、避けるのはだるい。


既に発動し終えた超集中により走馬灯ーー数秒を数時間、数十分へと変えてしまう集中力により停止したように見える魔力弾。

避けるのはだるいとはいえ難なくできる、だが撃ってきた意味がわからない。


あれか?やはり若気の至りで教師に反抗する奴だろうか。


呑気に考える誠に本当にゆっくりと弾が迫る。


だがまあどちらにしろ面倒臭い事だし今後のことなのできっと鬼が笑う、来年じゃないけれど。

ならばーー


爆煙が教壇に溢れかえり生徒らは勝利のガッツポーズを構える。

勝った、これで勝てなかった教授はいない。

大体面倒だと言って帰るか防御し切れずに傷だらけになって気絶するかだ。

今までそれで押し通せたのだから今回もきっと大丈夫、さっさと自習するかとノートを開いた瞬間。


「ふっ......」


男の笑い声が聞こえ生徒らの手は止まる。

爆煙が晴れた先にはなんとズタボロになって血反吐吐きながらキザに決める誠の姿が有った。

それはもうドヤ顔で全く問題ありませんが何かって顔でたっている。


口から血が垂れているし膝も震えてるし左腕はひしゃげている。


「まったくもって問題なし、最優のクラスもこんなもんか!くっだらねぇな」


おい何がまったく問題ないだ、てめぇズタボロだろ。

そんなツッコミを飲み込みクラスの中心核である少女ーーアルシャ・カイルは立ち上がった。

腰まで伸びた純銀のような美し差ある艶かしい銀髪、キリッとした碧眼はまるで大洋の様。

勢いよく立ち上がった彼女は人差し指をまっすぐと誠に向けて叫ぶ。


「私達は自習で卒業する事を決めました。あなた方無能な教授陣は要りません。お引き取りを」


「さてと、自己紹介するが俺の名前は信条誠、略称は誠大先生でいい」


ものすごく汚い字で黒板に書いた真は欠伸を零す。

自分勝手っぷりにキレたアルシャは眉間に皺を寄せ激昂する。


「略せてないし何か増えてます!そもそも私の話を無視しないでください!」


「無視してないしきちんと聞いてたぞ。あれだろ?あのー、ほらあれだよ、たくっしょうがねぇなぁ......何を喋ってたか覚えてないのかお前?」


「それはこちらのセリフです!だから私はあなたを認めないとーーそれにこれはクラスの総意です!」


そうだそうだと叫び散らす生徒達、物凄い圧力が個人にかけられれば誰だって辛い。

まあ心臓に剛毛生えた男の場合鼻をほじって鼻くそ飛ばすのだが。


「おっと、痛いやつか?クラスの総意だと思ってたら一人ぼっちだったなんて......」


「聞いてなかったんですか!?今明らかにみんな賛同してたでしょ!?」


ああ賛同しているが誠イアーは都合の悪いことは聞こえないのだ。

やけにシリアスな顔で向かってくる誠にひるみながらもアルシャは睨む。


「きーきーするなよ、猿じゃないんだから。それとこれ落とし物だ。ほれ」


誠の手の中にあったのは世間一般ではパッドと呼ばれる物であった。

ほのかに暖かく大きさも結構ある、柔らかな弾力とフィット性を追及した誠印の試作品の一つ。

販売して直ぐ売り切れた物で結構貴族界隈では有名な物であった。


そしてアルシャの胸部が少々寂しくなっていることに他の生徒も気づく。

ほのかに温かいパッド、いつの間にか寂しくなったアルシャの胸部。

紳士的な笑みを浮かべる新人教師っぽい男の姿。


ほぼ全ての生徒が察して押し黙る中、真っ赤になったアルシャが取り残される。


「ほら、お前のだろ?世の中には貧乳でも愛する人がいてだな、な?」


いつの間に抜いたと質問するよりもまえに手が動いた。

魔術により強化された右腕から放たれる全力の右ストレート。

本気で吹っ飛ばす気持ちではなったはずのそれは余裕で誠に止められ、あろう事か撫で回されていた。

それはもう気持ち悪いぐらいの撫で具合、乙女の柔肌を舐め回して味わうような手の動き。


生理的嫌悪から咄嗟に背後に飛んだアルシャに悪魔の笑みを浮かべながら誠はホカホカパッドを勢いよく男子生徒の方に投げつけた。

誠に集中していた視線は素早くパッドに移動し、異性のパッドという神聖なる聖遺物への飽く事なき探求心が男子を動かす。

ある物は魔術を、ある物は身体強化しジャンプを、ある物は魔道具を。

一瞬にして複雑な魔術が絡み合い干渉し合い、耳をつんざくほどの爆発音が響いた。



ーー



魔術学院一年一組は学院内でも最悪の、そして最優のクラスとして知られていた。

様々な問題の果てに混沌とした魔境とかしてしまったこのクラスの担任は怒り散らして逃げるか哀れにもボコボコにされて家に逃げ帰るか、その二つだ。

その二つだったはずだった。


それがこれまでの常識であり教授陣の見解ーー無論大半は魔術の研鑽で興味なしか生徒を数人魔術に使いたいと笑う外道だ、常識人たる常識人は学院長を含む数人だけであった。

そしてその数人は頭を抱えていた。

どうしてこうなったのだと......



ーー



一年一組の教室、木漏れ日が照らすその部屋は四角形の学院その角にあった。

最優のクラスに与えられる最良の部屋、その特権たる最上階の角部屋だ。

誰も彼もが憧れたその部屋は今では決して近寄ってはならぬ禁忌の場所扱いである。

そんな教室では今日も生徒たちが自習に激しく励んでいた。

最優の名を欲しいままにする最高の生徒ら、彼らは教師なくしても勉強できる自身があったし支え合うこともできる。

学院側も教師なくしてテストは学院最高、歴代最高の成績を挙げ続ける一組はどうしたら良いかわからないしどうすることもできない、ならぶっちゃけ放置しても良いだろう。


ただでさえ時間にルーズで人の価値観を持たない、ちょっと寝ると言って五十年寝る輩もいれば魔術の実験と称して別次元へと渡って帰ってこない奴もいる。

世間からしたら最悪最強の連中はその名の通り完全放置し存在を記憶から抹消していた。


が、常識的な人間もいる。


「はぁ......絶対に大変なことになるわね」


何か起きる前から悪寒しかしない、とりあえず学院長室で紅茶を嗜むミウは落ち着かんとクッキーを一つ、甘い美味しい、ユイさん手製最高。

じゃない、いやそうだけれども。


「まっ流石のまこっちゃんも初日から学校を破壊するとか喧嘩なんて起こさないだろうし!」


爆発音がどこか遠くで聞こえた気がした。

気がしただけかもしれない、そうだ、大丈夫だ。


今日も紅茶が美味しい、なんて素晴らしい一日だろうか。


ーーカキンッ!


耳障りな、音が響いた。

ついでになんか崩壊音がするしサラサラと砂埃と瓦礫が落ちる音がした。

気分は最悪ってレベルではない、そうこんなのどうせどっかの流れ弾か流星だろう。

両目を開きたくない、だが開こう、決意してミウは目を開くと半分崩壊した学院長室に顔の真横を通り過ぎて壁に突き刺さった短剣......らしきもの。


紅茶は美味しい、素晴らしいことこの上ない。

なんせ海外の友人が送ってくれた特級の茶葉を手間暇かけて淹れた素晴らしい逸品だ。


「はぁ......」


頭を抑える、崩壊した学院長室に後一歩で脳天を突き刺したであろう木刀。

まあ当たったところで頭が吹き飛ぶぐらいだしミウは死なない、だが痛い物は痛いし気分は最悪。

何より紅茶もクッキーも汚れてしまう。


「もうどうしてこうなるのよ!?探知、追跡、花達よこの学院を壊した不届きものを捕まえなさい!!」


ミウがばらまいた種子たちは直ぐに芽吹き一瞬にして成長、機械的な容姿をもったダイヤ型の花へと変わる。

十六個の花達は一瞬にして加速し木刀が飛んできた方向へと神速で移動。

花の女神たるミウが作りあげた最高の戦士達であり本気になれば神樹の使徒達であろうと相手取れる戦士たち。


......何より学院は様々な国の干渉を受けるし襲撃なんて日常茶飯事。

訓練された戦士や魔術師を殺さずに拘束する目に高速で機動力があり何より拘束力がある。

そんな理想的な花達が一秒足らずで捕獲してきた人間は......


「よっさっきぶりだな、ミウ」


笑顔で右手を上げ軽い挨拶をこなす誠であった。

嫌な予感ほど当たる物はない、というか十六の花のうち四つが帰ってきてない、リンクも切れてる、破壊されたと見るべき。

こんなことやれるのもやるのも......


「あなたよね......まこっちゃん」


心底疲れ切った顔で、ミウは溜息を吐いた。








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