第45話

ヘタリア帝国の北東に位置する魔術都市タートスは海に面した一大都市である。

海に面しているということもあり流通は盛んで人の行き来が絶えない活気のある街で様々な種族が入り混じり王都とは違い特に差別などの無い最も平和な街であり世界でも五本の指に入る難攻不落の街でもある。

その理由は一重に魔術学院タートスという学び舎があるからであった。

様々な資源が流通する都市に学院を構え早数十年、未知の魔法を研究するために欠かせない素材を求め世界から何十人もの魔術師がこの学院に滞在しているのだ。

強力な魔術師が大量にいる学院を狙うのはただの実験台に使われたいどMの愚か者か、血に飢えたバトルジャンキーである。

そんなカオスの闇鍋ーーいや由緒正しき学園の映えある校長室で一つの悲鳴が響いた。


「遅刻するってどういうことよ!?」


彼女は小型の魔道具、とある世界ではスマホと呼ばれる機械を握りしめた。

電話相手は友人である信条誠、今日この日魔術学院に講師として来るはずの男だ。


『いや、真面目にすまん。まさか仕事初日にこんなことになるなんて......』


静かな、重々しいその声にミウは心から心配になり怒っていたその顔が直ぐに不安げな顔になる。

子供か弟のように可愛いがっていた少年である誠は彼女の中ではどこまでいっても息子同然でありその息子のような彼がここまで重々しく言っているのだ、きっと重大な何かが発生したに違いない。


「ちょっと、どうしたの?何か問題があったの?」


ミウはそう言いながらポケットから魔道具である銀時計を取り出す。

それ一つでも国家転覆やら気のままにしてしまうような物で使用は国に話を通さなければいけない程の魔道具だ。

ここまで危惧されている理由は簡単、その銀時計の機能は時間の操作である。

つまりこれ一つあれば過去に戻ることや未来に移動することもできれば時間停止などの『魔法』を使うことができる。

そんなものを使われたら国が存在しなかったことにされる可能性もあれば王族が突然失踪したりなどなど、可能性は尽きない。

そしてその可能性の中に絶対に入ってないであろう自分の家族のための私的乱用である。


心の中でぶっ殺してやるとか危険なことを考えながらもミウは冷や汗を流す。


『あぁ、大問題だ。ユキが仲睦まじげに男の子と学院に登校してんだよ!!』


「バカ言ってんじゃないわよ!?そんなの気にしてないで学院に来なさい社会人の自覚あるの!?」


『うるせぇ!何が気にしてないでだ!娘が異性と喋ってるんだぞ......今すぐにでもユイに頼んで身代わり石の追加を頼むか......?』


身代わり石、つまりは自身の死んだ事をなかったことにできるという数百年かけて生み出されたエルフの秘術。

その秘術は存在すら他の種族に知られてないほどの物でエルフの王女であるユイは無論それを知っていた。

そしてその秘術も異種族の、それもエルフの迫害を続けた人間の旦那に乱用されていた。


『最悪あのクソガキを塵一つ残さず消滅させないと......!!』


「普通に犯罪よ馬鹿!!親バカも大概にして早く出勤しなさいよ!」


『うちの娘も学院の生徒だしな、一緒に行けば遅刻にならないはずだ!!」


「ばっかじゃないの!?あんた仕事初日でなんの知識もなく講義ができるとでも思ってるの!?」


と、数日感徹夜し回復魔法も乱用してまで『新講師用授業の勧め』という懇切丁寧に作られた書類を作ったミウは悲鳴をあげた。

自分の子供的な誠が恥をかくのは可哀想だし、学院内で変な噂が立ったら自分と誠の熱愛報道を流せーーゲフンゲフン、本当に可哀想なのでここまで準備したのだ。

それだけ心配されてるであろう誠は誠で得意気にこう言った。


『ありがとうーーだが働いたら負けだと思ってる!!つまり俺が遅刻すれば生徒からの人望はなくなり給料だけもらって授業をやらずに済む、なんて完璧な作戦なんだ!!』


「何言ってんのよ!?そんな講師クビよクビ、早く学院に来なさい、じゃないとユイさんに言いつけるわよ!!」


『ユイならきっとこう言うだろう、マコトさんが死ななければ私はいいですってな!!』


「だめだこの夫婦早くなんとかしないと......ほらっ、あれよ、あれあれ」


『あれあれ詐欺か?』


「違うわよ!!そうよあれよ、娘が父親無職とかなってると学校で虐められたりするのよ!!」


ピクリ、確実に誠の息を呑む音がスマホ越しにミウの耳に入る。


『ミウ、やはり俺は間違っていた』


「そう、やっと分かってくれたのね」


『学院に娘を通わせるのが間違っていたんだ!!』


「馬鹿なの貴方?ねぇねぇ若年性アルツハイマーなの?」


『失礼だな、そもそも外に出なければあぁいうクズどもがうちの宇宙一可愛い娘に手を出せないだろう?俺天才か』


それは世間一般では親バカである。

行き過ぎればお父さん鬱陶しいと言われるのを誠は気づかない。

そこまで予想したミウはニヤリと笑う。


「しってる?そうやって娘にちょっかいを通り越した独占欲を出してる親って嫌われるのよ?」


そう、親にとって最愛の娘に関する話は殺し文句に等しい。

ミウの予想通り誠はすぐに反応した。


『いやいや流石にそれはーー』


「ないとは言い切れないでしょ。最近娘は抱きついて来るかしら?」


『......来るぞ?』


「どれくらい来る?」


『寝るときと朝起きたときぐらい』


多すぎよ!?随分と仲がいいわね!?、と思わず突っ込みそうになるがミウはぐっと我慢する。

あの年頃の女の子は難しいお年頃のはず、なのに寝る前とか朝起きたときにぎゅっと抱きしめる、というかユキが自分から抱きついているということ。

だがツッコミとは裏腹にミウは口を歪める。

自分が子供、弟か何かのように可愛がっていたマコトが家族と仲睦まじく生活できて幸せを謳歌できている、それが嬉しくてしょうがなかった。


とはいえただでさえユイがダダ甘なのにミウまでがそっち側に行けばろくでなし末期の誠がダメ人間になるのは自明の理、ぐっと我慢してミウは続ける。


「それはもう手遅れに近いわ、良い?仕事を手に入れて日頃から頑張ってるお父さんになればユキちゃんももっと甘えて来るわよ?」


『......マジで?』


「あと将来グレなくなるわよ?」


『......お父さんくっさとか将来言わない?』


「ないわ、花の女神が保証してあげるわ」


『いやおまえ若干ポンコツ入ってるだろ?......まぁいいや、すぐに行く。服装は前におまえが送ってきたーーってあっ!?あれ!?制服なんで!?』


「ちょっと、どうなったの?ねぇ待って何が起きたの?」


不穏な声にミウはまた別の意味の不安感を感じて問いかける。


『すっすまん、ちょっとっておいアイ!?人の制服に何やってんだ!』


「えっアイって長女?何してるの?何が起きてるのそこ詳しく」


ミウが問いかけるが誠の声とアイの声、そして突然入ってきたユイの悲鳴じみた声が響く。

それからしばらくして騒ぎ声が一時的に終了しかちゃりと通話が切れた。

ここでミウは迎えに行くかどうか考えるがそうした場合迷わないしここは銀時計で時間を止めて誠を回収、学院に連れて帰るのが一番だろう。

ここでふとミウは考える。

もし銀時計を使い、ただ誠の家まで移動して誠と合流、そして学院まで行けば必然的に最古の魔導師の浮いた話と勝手に生徒や講師たちが噂ーー訂正講師は噂する人間はいないだろう、だいたい魔術が恋人だったり考古学専門の人間は自分を神と信じて疑わなかったりするので人の浮いた話とか興味ないだろう。

ミウは嬉々として大量殺戮兵器銀時計をただただ私利私欲のために使用するのであった。

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