第44話

「おい、泣くなよ!?」


涙するミムにマコトが言うと過去を思い返していた彼女の瞳に光が戻っていく。

そして彼女はにっこりと微笑んだ。

昔の事を考えたことである事を思い出した。

自分はマコトに頼られたいのだと、その欲求を満たすために夫婦の関係になろうとしてい

た。


だがーー


「まこっちゃん、前言撤回するわ」


「え?」


「私の家族になりなさい!!」


「はぁ!?」


「そうよ、何を勘違いしてたのかしら、私はまこっちゃんに頼られたいのよ、だから家族になって」


そうだ、家族になればいい。

家族に甘えるのは常識、甘えてダラダラと甘やかすのは家族である。

姉でもいいし母でもいい、疲れた時は互いに頼り合うのが家族。

ミウはテヘッと失念していたと頬を赤く染めて微笑む。

だが納得しているミウとは裏腹にマコトは色々と脳が追いついていなくて両目をぐるぐるとする。


「いやいやいや、お前は何を言っているんだ!?」


そりゃあ数秒前に告白してきた女性、それもなかなかの美人が振られて泣いて三秒後に家族になりなさい、だ。

カオスである、間違いなくカオスである。


「何も何も私はマコトの母でも姉でもいいから家族になりたいって言ってるのよ!」


「どうしてそうなった!?」


「お姉ちゃんが欲しいとか言ってたわよね!私が今日からお姉ちゃんよ!」


「だからだからどうしてそうなるんだよ!?」


「抱きついていいのよ、甘えていいのよ!」


「どっかのダメ人間製作機みたいなこと言わないでくれよ!?」


「お仕事も見つけてあげるし家に引きこもっててもいいのよ!」


「人としてダメになるわ!?」


「文句ばっかね、あっこれが反抗期......?」


「違うよ気が狂った知り合いに対する正常な反応だよ!?」


「そんな人と知り合いなの?あまり変な人とか変わらない方がいいわよ」


「お前だよお前、何自分じゃ無いって感じのこと言ってんの!?」


「まこっちゃん照れてるのね」


うふふとミウは穏やかに笑う。

何故かポワポワと桜の花が彼女の周りを舞ってるように見える。

マコトは常識人かもしれない絶対的信頼を置く嫁に目を向ける。


「ユイ助けて」


「マコトさん」


「はい」


ユイは綺麗にサムズアップ。

その上にっこりとした穏やかな笑み。


「頑張ってください、応援しますよ」


「ちょっと待ってユイさん的に旦那が色っぽい艶やかな女性に迫られてたら思うところあるんじゃ無いですかね?」


「私からしたら下手に旦那が奪われるよりもエルフらしく一夫多妻制の制度を使わせてもらいますよ」


そう言うユイの両目はなぜか疲れ切っていた。

マコトは遠い青空を眺めるような表情に変わった。

あっこれダメなやつだ、と。

下手に浮気するのはマコト的にはNG、そもそもユイとの子供もいるのに他の女性にうつつを抜かすのは人としてもどうかと思う。

だが家族、家族というのは別にそういう浮気的なことでは無いだろう。

ならもういいんじゃね?と。


「なぁユイ」


「はいはい、マコトさんなんですか?」


「俺、きっと頑張るよ。頑張って働くから家族全員養うよ」


「そうですか。私は応援してますよ」


「「あははははうふふふふ」」


不気味な二人の笑い声が木霊しハイライト先生と笑顔が二人の顔から消えた。

だがそんな二人とは対照的にミウは張り切った様子で転移魔法を使い家に帰っていった結果誰一人として事態を収拾できる人間がいなくなった。

トコトコとお昼寝を終えたユキは数日間母親代わりをしていたミウの姿を探しリビングのドアを開く。

無論そこには両目が死んでいるユイとマコトがいる。

ユキにだって何かしら事情があったということは理解できる、だがそういう事を置いておいても自分を捨てたかもしれないと思い悲しかった。

そうして彼女の脳内に一つの結論が現れる。


「パパとママなんて大っ嫌い!!」


そう、少し意地悪をしようと考えたのだ。

大っ嫌いでも無いし抱きついてスリスリして一緒に眠っても嫌じゃ無い程好きである。

だからこそ少し嘘をついてみたのだ、なんとなく罪悪感も感じたが仕返しなのだ、自分は悪く無い。


グリグリとマコトの顔がロボットのようにユキの方へと向いて静かに、それでいて激しく涙が両目からあふれ出した。

ユイはユイで自虐的な笑みを浮かべながらもフラフラと椅子に座るマコトの腹部に頭部を押し付けるという奇行を始めた。

突然始まった地獄のような事態にユキは冷静に声を掛けることとした。


「えっえっと、パパ......?ママ......?」


「マコトさんマコトさんマコトさんマコトさんマコトさん」


壊れた機械のようにユイは名前を呟きながら現実逃避をするかのようにマコトの膝上に顔を押し付けていた。

押し付けられているマコトはマコトで体を一切動かさず両目から涙を流して虚空を眺めている。


「そうだよな放ったらかしにした俺が悪かったんだよなそうだよな、俺が悪いから俺が泣いているのは罰なんだよなあはははははは」


完全に壊れてしまったロボットのような二人を置いてユキは重く感じる両足を動かして歩き出す。

目指すは父と母の知り合いでとても頼りになるお姉ちゃんであるミウだ。

本人は知らないがミウがこの事態を起こした張本人である、加害者に頼る被害者の図である。

両目を赤くしながら涙で濡らし、小さな少女は辺りを見回す。


「みっミウお姉ちゃん......?どこ!?どこ!?」


どこだ、どこだ、学院だ。

ユイでは無いのだから虚空に呟いて突然現れるわけでは無い、ミウ本人はノリノリで部下に書類を押し通させていた。


一瞬で作った書類を嬉々とした表情で部下である長髪の青年、カニバル・ハニバル講師に書類を見せていた。

カニバル・ハニバル、数十年前に魔術学院に入学し首席で卒業、講師として魔術学院に就職した一流魔術師である。

嬉しそうに笑うミウとは裏腹にカニバルの表情は明るく無い。

学院長であるはずの彼女の突然の奇行、先日強制的に議会を押し通させた謎の書類。

その書類だけでも問題があったのか随分ともめたらしい、それなのに今自分が渡された書類はとても酷い内容でとてもじゃないが提出できるようなものであった。


「お言葉ですが学院長先生、こんなもの提出しては大問題となります」


「カニバル、早く提出してきてよ」


「ですから!」


「ふっふっふ、わたしにも譲れないものがあるのよ」


「無職の人間を無理やり講師にするなんて無理があります!!」


困惑と怒り混じりの声が学院長室に木霊する。

書類の内容は無職、ここ数年一切働いていなかったような人間であるシンジョウマコトという人物の斡旋。

それも伝統あり気品ありの魔術学院の講師という由緒正しき地位である、そんな地位を見たことも聞いたことも、論文の一つも見たことのないようなただの一般市民それもダメ人間のような男。


「それにこんな男を勧めるとか学院長は一体何を考えてるんですか!無職九年冒険者でもなく時間を浪費するダメ人間ですよ!?妻子持ちのくせにろくな仕事をしていないじゃないですか!!」


「可愛いじゃない」


ピカーっとミウの頭部に白い光が灯る。

上位の回復魔法であるネフ・ヒールである。

二人の視線が交差し、謎の沈黙が少し続く。


「ねぇねぇ」


「なんでしょうか?」


「どうして私に回復魔法かけたの?」


「いえ、おっちょこっちょいな学院長先生が頭部を打ったのかと思いまして」


静寂がその場を包み二人の視線が交差しながらたっぷり数十秒。

最初に口を開いたのはミウだ。


「ねぇねぇ」


「なんでしょうか?」


「とっても失礼だと私は思うの。遠回しにバカだって言ってない?ポンコツだって言ってない?」


「言ってませんよ、ポンコツ学院長先生」


ポンポンポンポーン。

学院長室に配置された古ぼけた時計が音を鳴らし、可愛らしい小さな龍が時計の上にある小窓から飛び出した。

静寂、ミウはウルウルと両目を涙で潤わせる。


「ねぇねぇ」


「はいなんでしょう」


「もしかして全員そんなふうに思ってるのかな!?無いよね!?」


「思ってますよ、学院長先生魔術の才能は完璧ですけどそれ以外下の下の下じゃないですか」


「わかったわ」


「やっと自重する気になってくれたんですか!」


カニバルは感動のあまり興奮気味に返すとミウは静かに腰を巻いてミウの艶やかな肢体を惜しみなく強調するベルトから桃色がかった白色のダリアを模したバッジを外し、不気味に笑い始める。

全ての魔術師が保持するバッジ、それはさまざまな物の形を模してあり本人が好む形を携帯している。

実際これは魔術師同士の決闘の合図に用いられる。

相手に投げつけてその相手がそれを拾えば決闘成立、人外の力を得たような魔術師たちが無作法に殺し合いをすれば国がいくらあっても足りない、それを防止するために作り出された制度である。

敗者は勝者の言うことをなんでも聞く、そんなルール。

それもこの決闘は指定した範囲外を破壊しては強制的に敗北となるのだ。


彼女がそれを取り外した意味などたったひとつ、勘のいいカニバルは気づいてにじりにじりとドアに向けて後ろに下がっていく。

だが装飾の下から伸び出した蔓がカニバルの動きを完全に止めた。


魔術戦の拒否方法は簡単バッジを避ければいい、だがーー


「決闘ね、私が勝ったらこの書類を届けて泣いて謝って」


「いやいやいや、学院長先生と本気で戦ったら確実に学院に被害がーー」


刹那、白色が部屋を満たし結界魔術が作動する。

文字通り部屋は白色に変わり何も無い空間へと変わった。

そこに存在するのは無論ミウとカニバルの二人、何も起こらないはずなどなくーー


「後悔しなさいカニ鍋ぇぇぇ!!」


「カニバルでぇぇぇぇす!!


せめてもの抵抗に虚しい彼の悲鳴が響き渡った。

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