第42話

「で、ミウさん、貴女はどうして我が家へ?」


お茶を淹れてにっこりとユイは微笑む。

完全に気絶したマコトを膝上に寝転がらせながらもお茶を淹れお茶菓子をミウに出す。

何故か、本当に何故かユイの脳が危機警報を強く鳴らしているのだ。

このまま放っておいたら簡単に夫が取られてしまいそうで内心めちゃくちゃ冷や汗をかいている。

ミウはミウでにこりと笑って落ち着いた様子で口を開く。


「御宅のまこっちゃんに仕事の斡旋をしに来たんですよ。魔術学院の講師が不慮の事故で左遷されたのでその枠に非常勤でやらないか?と。そしたら誰もいなくて娘さんの静かな泣き声が聞こえて危ないので私が世話してました。それにしても数日間家に子供を放ったらかすなんて非常識じゃないですか?」


「大変すみませんでした本当に助かりました」


正論オブ正論、小さな子供を治安は良いとはいえ近年犯罪組織が居る状態で放置するとは危険極まりない。

申し訳なさと有り難さで感謝の言葉を述べた。

ユイは普通にとんでもない酷い事を娘にしてしまった罪悪感を強く感じていた。

ミウは未だにその整った顔に微笑を湛えつつ静かに言葉を続けていく。


「ユキちゃん今寝てますけど悲しそうにしてましたよ、本当に気をつけてください。それとまこっちゃんに仕事の説明するので起きるまでいますよ」


「......話を変えますけどどうしてマコトさんは貴女にベタ惚れというか仲がいいんですか?」


昔は人間不信に陥ってたはずの旦那が何故これだけ女性に入れ込んでいるのか。

未だに初対面の人間と話す際は心の底から疑ってかかってるはずなのにこのミウという人物には信頼を置いている。

それが不思議でしょうがなかった。


「幼馴染なんですよ、まこっちゃんとは」


にっこりとした濁りのない笑顔、だがーー


「嘘ですよね?」


ユイはこう断言した。

彼女の勘が今の発言は嘘だと知らせている。

確証はない、だが何故か違和感を感じた。


「......嘘を言う意味とは?」


「嘘をつく意味なんて、貴女が嘘をついたと言う事実が重要なんですよ。貴女何者ですか?」


「何者の何もまこっちゃんの幼馴染で昔唯一この子を助けてあげたクラスメイト」


「嘘ですよね?」


「どうしてそんな事を言うのよ?私はまこっちゃんの幼馴染だから仲が良いのよ」


いくら問い続けても平行線、決して相手が認めない限りこの話は終わらない。

この女性の言うことが信じられない、単純に夫に手を出そうとしている人間ということから生まれる疑心では無く純粋な直感からくる疑問。

マコトを助けたという言葉が喉に引っかかった小骨のように違和感を掻き立てる。

助けたようなクラスメイトがいたという話は一度たりとも聞いたことがない。

ユイは一度鎌をかけて見ることとした。


「話は変わりますけど......その髪は良い色ですね、生まれつきですか?水魔法に適正があるんですね」


「そうよ?生まれつきだけど良い色で私気に入ってるのよ」


「そうですか、ほらマコトさん説明してください。この誰かさんは誰ですか?」


「どういうことよ、私は幼馴染って言ってるでしょ?」


「残念ながら甘かったようですね。マコトさんの故郷では黒髪が普通なんですよ、生まれつき空色の髪を持ってる人間はまずいない、なら貴女はどうしてそんな髪色をしてるんですかね?」


「それはーー」


話を続けようとミウは切り出すが意識が戻ったマコトが右手を中に掲げて話を止める。


「ちょっと待った、真面目な話女神様。どうしてこんな幻術まで掛けているんだ?」


「まこっちゃん......」


マコトの質問にミウは口籠る。

先ほどの確認とアイスアの話した情報から一つ一つ照らし合わせ話を脳内でまとめていく。

自分を助けてくれたのはユイともう一人いた、最弱の女神だ。

両人共に助けてくれたことに感謝はしている、ユイは今家族として一緒にいる、だが女神の方は剣になってその命を散らしたはずだ。

魔王戦の後の話はわからない、だが宝物庫の棺に気配があり血が残っていたことから彼女が実体を得たことは間違いなかった。

先程セクハラ紛いの行動をした際に鼓動を感じた、肉の温かみを感じた。

本来女神というのは実体の無い謎の生物だ。

冷たい体に涙ひとつ流さないような有耶無耶な神。


今ある情報を正確に考えて見るともしかしなくても彼女は受肉しているのでは無いか、という事だ。


「昔助けてくれたのは女神だ、それにアイスアがもう教えてくれたんだ。もう嘘を言う必要は無いはずだ」


「そうなの、アイスアがバラしたのね......」


本来のアイスアの主人である彼女は嘘をついていた罪悪感から俯いて暗い顔をうかべる。


剣になって・・・・・魔王戦の時まで一緒にいたはずだ。なんで今人間なんかやってるんだ?それに幼馴染っていう情報が俺の脳内にある、これは多分何かしらの魔法によるものの効果のはずだ。どうしてこんな事をしたんだ?」


「怒らない?」


「俺の世界でそれは怒ってくれっていうフリだな」


嫌いにならない?・・・・・・・・


「事情が知りたいだけで嫌うとかは関係無い、寧ろなんでこんなことになってるのか疑問なんだよ」


「そうね、私はまこっちゃん、貴方に会いたかったのよ。勿論まこっちゃんを助けたのは後悔していない、寧ろあれだけ頑張って努力してた君の助けになれた事は嬉しくも思う。貴方が生きてるのも私が最後に細工したからよ」


「細工?あの一時的に不老不死になる概念魔法か?」


魔王に対する無謀に近い特攻、それを可能にしたのはこの一重にその不死性である。

死んだ事を一度無かったことにする常軌を逸した概念魔法である。

彼女が死ぬ間際、自身を聖剣に変える前に自分が溜め込んでいた魔力や神性を具現化し作り出した魔法だ。


「貴方が考えてるやつとは別にひとつというか、説明してなかったけど正確には勿忘草を触媒とした概念魔法の一種であり誰かの記憶に残されていれば掛けられた人物はこの世界で忘れられない限り永遠に生き続けられる、そんな魔法。全てのクラスメイト、そして勇者伝記に残された情報、それがまこっちゃんを忘れさせない、だから今も存在している」


「ちょっと待ってください、概念魔法って本当に言ってるんですか?」


「マジモンのマジだよ」


魔法ではなく魔術、数式と魔力の注入、その他諸々の動作によって規則的に発動するのが魔術、等価交換の原則に沿った魔力によって行われる術、つまり魔術だ。

魔術ではなく魔法、願いと命の注入、純粋なる神性が作り出す非規則的なデタラメが魔法。

空っぽのポケットから飴玉を取り出しそれを地球に変えてしまうようなものが魔法である。

概念魔法というのは神のみが行う神聖なる技と呼ばれているのだ。

伝説の一節であり空想の一部であるようなものだからこそ魔術の才に恵まれたユイは驚愕と疑心を元に思わず出た疑問であった。


「まこっちゃんを助けるのは私にとって過程でしか無かったのよ」


「過程?助けるのが目的じゃ無かったのか?」


「違うわよ、助けるだけ助けて放置するなんて酷じゃ無い。私の目的はまこっちゃんを幸せにする、その一点よ」


「うんわからん」


「だと言うと思ったわ。まこっちゃんはクラスメイトに虐げられて過酷な生活を送ってた、それを助けたところで人間不信だろうからとりあえず最も鬱陶しい敵である魔王を撃破して世界を最初に平和にしようと考えたわ。だけどそれじゃあまだ達成してない、まこっちゃんを幸せにするにはまだ足りない。だから花々を使って新しい概念魔法を作って私と言う存在を後からこの世界に捻じ込んだ。異世界に召喚された一人のクラスメイトとしてね、だから誰も違和感を覚えなかった。一部のまこっちゃんと係わりの深かった人間には効果が薄かったようだけど」


「まってください、私はマコトさんと関わってました、なのになぜ貴方と言う存在を承認してたんですか?」


「さっき違和感を覚えて問い詰めてきたじゃ無い、でもまぁ夫を亡くした悲しみとか?そう言うのに負けて心に隙ができたんじゃ無い?」


「そう言うことですか......神ってデタラメですね」


ユイは納得したように深い溜息を吐いた。

やってることのスケールがでかすぎてとても一魔術師の主婦の自分では理解しきれない、そう判断しての呆れのため息だ。


「まこっちゃんを幸せにするのは不可能だと考えたわ。だけど一番手っ取り早い方法があったじゃ無い」


「なんだ?」


「私がまこっちゃんのお嫁になって幸せにしてあげればいいのよって」


「おい待て、その為だけに受肉したのか?神様辞めたのか?」


「そうよ?それにね、人間でいると辛いこともあるってよくわかったわ」


「ならなんでーー」


そこまでやったんだ、そう言いそうになるがミウが人差し指をマコトの胴に突きつけ止める。


「気づいてるか知らないけど私は百年間お持ち帰りされなかったわけじゃ無いの、口説かれたけどまこっちゃん一筋で生きてきたのよ。初めて恋心を神様に抱かせたんだから責任取りなさい」


「......」


「私と結婚しなさい」


真剣な表情でミウは言い切った。

百年待ち続けた末の告白、その重みは確かでマコトはその分唇が重くなるのを感じた。

だがそれでもこれだけは言わなければいけないと思った、たった一言、酷いと言われても言わなければいけないと。

勇気を出して、身体中から力を振り絞って、その一言を口に出す。


「ーー断る」


静かに、ただ確かに意味を孕んだその一言がマコトの口から発せられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます