第41話

死んだ魚の目、いや強いていうなら死んで三年経って腐敗しきった魚の目と表現するのが正しいだろう。

本来なら骨になるがある一定の条件下で発生したゾンビとでも思って欲しい。

聞くからにグロテスクで悍ましい目が二つマコトの顔についていた。

世間一般ではそれは両目と呼称するのだがその真っ暗で赤く血管が浮き出た様子はもはや目と呼んでいいのだろうか悩みどころである。

そんな彼は現在正座をして床に座っていた。

そしてその膝上ではユイが若干両目を涙で濡らしながらマコトの腹に顔を押し付けていた。

カオス、圧倒的カオス。

普段からしっかりしているユイでさえこのような状況に陥る珍事、マコトは薄っすら気持ち悪い笑みを浮かべ、一粒の涙が頬を下り床に落ちた。


こんな状況を作り出した本人であるユキは大変ご立腹といったご様子でミウの膝枕の上で頬を膨らましていた。


事の発端はたったひとつの些細な間違いであった。


数十分前、人類時間上三十四分二十八秒の時にマコト達一行は家に帰った。

マコトとユイの両手にはお土産を包んだ布が握られておりユキのご機嫌を取ろうと若干おどおどしながらも彼女の姿を探す。

子供を残して数日家を空けたというのは愚の愚の愚、最低最悪の毒親行動である。

それを理解してるからこそ二人は珍しく奮発して高級お菓子にマコトは小さな髪留めを買ってきたのだ。

ちなみにメイリーとアイはマコトが責任を持って路上に放り出してきた。


リビングのドアを開く時にマコトは静かにアイコンタクトをユイに送る。

話し声が聞こえるので間違いなくユキがいるというサイン。

できるだけ笑顔を浮かべてマコトはドアを開くと二人の気配を察知していたのかミウが仁王立ちをしていた。

真っ白なエプロンに薄黄色のワンピースにロングスカート。

妙にしっくりくるその装いにマコトが両目を瞬いているとミウは口を静かに開いた。


「まこっちゃん、事情があったんだろうけど子供一人家に置いていくなんてダメよ」


「大変すみませんでした俺が全面的に悪かったです」


平身低頭、その姿は間違いなく土下座であった。

土下座と世間一般で呼ばれる形を体で作り出すのに零点数秒すら掛けずにやってのけたマコトとは裏腹にユイはじーっとミウを見つめる。


「ユイさんでしたっけ。家を開けるなら連絡入れてください、何か重要な用事があったら是非子守をするので」


先制はミウであった。

グイグイと家に関わっていこうとしているのをユイは見抜きこいつできると闘志を燃やす。

だが今戦い始めるようなことはない、お淑やかに優しくをモットーにしているのだ。


「......そうですか、すみませんでした、迷惑をおかけしたようで」


その前に普通に子守をしてもらえたのは助かったのでユイは素直に礼を言った。

これはこれそれはそれ、いくら女として敵になるだろう相手だとしても助けられたらお礼を言うのはひとりの主婦、いや人間としての常識だろう。


「全然大丈夫ですよ、まこっちゃんとも他人じゃないので」


微笑を崩さぬミウにユイは警戒度をまた一つ上げる。

あだ名呼びの上に妙に馴れ馴れしい。

この前も添い寝をしていたこともあって若干警戒していたのだが今回の件で確定した。

この人間違いなくホの字だと。

頭脳戦が始まろうとするが全くもって気づいていないマコトが立ち上がり問いかける。


「とはいえお前仕事あるだろ?魔術学院長」


「大丈夫よ。ユキちゃんがとっても素直でお利口さんだったから授業中も静かにノート取ってたし仕事に支障は出なかったわよ」


「って待ってください、学院にユキを連れてったんですか?」


「はい、魔術の勉強をしたいらしかったし良いかなーと。まぁ学院で遂に大魔女アラサー先生が結婚したとか、不名誉な噂されたけれど」


なんてひどい響きだよとマコトは突っ込みたいのを我慢して飲み込んだ。

ユイは脳をフル回転させ今後起きうる状況を想定していく。

まず最初にマコトは学院に就職する可能性が高い、なのでミウに頼るのはあり得る話だろう。

そして昼寝を最早習慣としているマコトが授業で疲れ切ったら学院のどこかで眠ってしまうのではないだろうか。

学院にユキが入学した場合状況が変わる。

送り迎えを笑顔でマコトがするだろう、そこにミウが混ざったらどうだ。

完璧に家族ではないか。

何もしらない生徒たちや教授たちの中では、遂に結婚したんだな、夫婦かぁと話が勝手にまとまるに違いない。

ふっふっふとユイは内心大笑いする。

なんて完璧な計算、推測なのだろうかと。


「ミウさん、マコトさんのご友人・・・である貴女に助けてもらえるんだったらとても助かります」


「まこっちゃんの大親友兼幼馴染・・・・・・・だから助けられるだけ助けますよ」


ジリジリとミウとユイの二人は見つめ合う。

マコトは静かに右手を挙げて迷わずミウの右胸に手を伸ばす。

そしてむにゅっとマコトの手から溢れんばかりの柔らかい胸が反発する。

完全に注意がそれていたミウはその事実を三秒で受け止め頬を赤く染める。

こういう事はーーつまりはそういう展開なのだろうと判断、ミウは羞恥に真っ赤になりながらもマコトの右腕を優しく掴もうと両手を伸ばすがマコトはひゅっと手を引いた。


「やっぱり心臓の音もあるし脈も通ってるよな。魂もあるっぽいし......なぁ、女神様、どうしてその姿なんだ?」


大親友とか幼馴染とか、色々のことを言っていたが宝物庫で真実をアイスアから聞いてマコトは確証を得るためにセクハラまがいの一撃をかました。

その結果は簡単心音も感じるし肌は暖かく温もりがあった。

つまり彼女は人として生命活動をしているということになる。


だからこそーー


「なぁ、お前は一体どうしてーー」


「『きゃぁぁっぁぁ!!!』」


ピチューン、赤い光が場を包む。

器用に組み上げられた魔術式が軽い爆発を起こしマコトの体はゴロゴロと転がって壁に激突した。

いくら考察をしようが勝手だが女性の胸を許可なしに鷲掴み、到底許されることではない。

普通にそう判断してユイは防御魔法だけかけて特に助けに入らなかった。

どう考えてもマコトが悪いのだ、しょうがない。

段々とマコトの意識はフラフラと揺れていきゆっくりと暗転した。

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