第40話

「ぶっ殺してやる!!」


メイリーが激昂とともに右手に魔法陣を作り出す。

だがそれを阻害するかのように左腕に掛けられた手錠が動きを止める。


「僕に喧嘩を売るのかい!!」


攻撃を受けそうになったアイはアイで雷撃系の魔術を起動しそうになるが右腕に掛けられた腕輪が視界に入り動きを止める。

どちらも何もできずぐぬぬと悔しそうに歯噛みし睨み合う。

そんな二人を見ながらお淑やかにユイは紅茶を注ぎマコトの前に出した。

礼儀も何もないマコトは一言礼を言って砂糖を数個入れて喉を潤した。


「いやー今日も平和だな」


「マコトさんこれを平和と言えるあなたの神経に惚れ惚れしますよ」


「だろ?」


「褒めてませんよ、早く家に帰るっていう目的を忘れてませんか?」


「あー、そうだな。仲直りさせるのに早い方法は......そうだ、デートさせよう百合だ」


「マコトさん絶対ロクでもないこと考えてますよね?」


はっはっはとマコトは胡散臭いおっさんぽく笑いながらギャーギャー喧嘩しあう二人を生暖かい目で見る。

今回マコトの意思は固いのだ、ダイヤモンドのように固いのだ。

いくら殴られようと砕けない、完全なる決心。


「ガールアンドガール、男の入らぬその聖域、よし、百合だな。誰がなんと言おうと俺は外す気がーー」


「お父さん!!外してよ!」


アイがもう既に涙目で訴えかけるとマコトは心臓が射抜かれたかのような感覚に襲われる。

お父さんーーお父さんーーそうお父さんだ。

ユキは決してマコトをお父さんとは呼ばない、パパだ、お父さんと呼ばれたマコトは天使の翼と光輪をアイの周りに幻視した。


「よし外すか」


この男娘にちょろかった。


「マコトさん!決心揺るぎすぎですよ!」


「ばっろ、愛しい娘がこんな涙目なんだ、放っとけるか!」


「偶には罰も必要です!」


ここは母親としてユイはきちんと注意し、外そうと手をわきわきさせるマコトを止めた。

一応常識人枠であろうはずなのになぜこういう時だけおかしな行動に出るのか、だがそれでもユイの頬は緩んだ。

なんせ昔はあれだけ荒れていまにも死にそうな顔で生きて笑った顔など両手で数えられるほどしか見たことがなかったのだ。

それなのに今はこうやってふざけたり笑ったり、生き生きとしてごく普通の一般人をしている。

その事実が嬉しくてユイはついうっかり手も緩めてしまった。

しゅぱっと素早い動作でマコトは手を動かして手錠に触れると加護の調整を始める。

アイはニコニコとした笑顔で口を開く。


「ありがとう、お父さん」


「はっはっは、そう褒めなくていいぞ」


そういいながらマコトは加護を解除しようとするがーー


刹那、背筋が凍りつくような殺気を感じマコトは手を止めて振り返る。

ユイはたしかにマコトが笑ってるのを嬉しく思う。

ただ、それはそれこれはこれ。

ニコニコしながらユイはマコトに近づいて右手を差し出す。

有無を言わさぬその雰囲気に押されマコトは手を取った。


「じゃあ帰りますよ」


「ちょっと待てユイ、指輪は?」


「私の勘が絶対に戻ってくると言ってます」


確信に満ちた翡翠色の両目を見てマコトは静かに頷いた。


「あっそうですかい、じゃあ帰るか」


納得はできないが、ユイは信じられる。

その長年の経験から来る唯一つの事実からマコトはユイの勘を全面的に信用することとした。

無論それを理解できなかったメイリーとアイはマコトにジト目を向ける。

完全に嫁に尻に敷かれてるな、とか、自分の意見を貫き通せよ、とか。

なんとなく視線と表情で察したマコトはため息を吐いた。


「おいお前ら何か失礼なこと考えてるだろ」


「「いやいや、全く」」


「随分と仲がいいんだな、家に帰ってからもお前ら同室にするからな」


「「どうして私(僕)がこんなのと一緒にいなければいけないの(よ)!?」」


見事なシンクロ、マコトは感心しながらユイの背中に覆いかぶさるように後ろから抱きついた。

その姿を見てやはり二人はまたジト目。

この男昼間っから何盛ってるんだ、とか、この男セクハラしたり無いのか、とか。

なんとなく視線と表情で察したマコトはまたしても深いため息を吐いた。


「おいお前ら何か失礼なこと考えてるだろ」


「「それだけベタベタしてると嫌われる(わよ)よ」」


「ユイ、もう帰ろう俺のギザギザハートが壊れそうだ」


「ぎんぎらぎんじゃないんですか?


「よく覚えてんな、娘と義娘みたいなガキンチョ二人にこれだけ言われるとなぁ」


「帰ったら好きなもの作ってあげますから、帰りましょう」


そう言ってユイは空中から鎌を取り出す。

空間収納という固有魔法は使う人間の才能に左右されるので使えれば一流と言われるものだ。

それを詠唱なしで日頃から買い物の時とか割れやすい卵を入れて運ぶ主婦のユイは間違いなく規格外。

メイリーとアイの二人はその超絶技巧を見て絶句する。

......腕輪を外そうとマコトがいじった際に途中で止めた為不具合が起きて連動の効力が強まってるのは誰も知らない。

ユイは素早くアイとメイリーを繋ぐ手錠を手に持ち、お得意の鎌による長距離移動を使用しその姿を断面へと消した。


マコトはこの時、まさかあんなことになるとはとても思っていなかったーーと後悔するかもしれないししないかもしれない。

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