第39話

「まず話をまとめよう」


その辺に乱雑に置かれていた数百年前に使われていた最高級品の机を乱暴に並べて、これもまた高級品である椅子を並べマコトはそう呟いた。

四角形の机の真ん中に座るマコトの横にユイが座りその向かいにアイとメイリーが座っている。

アイスアはマコトが近くで拾った高級な陶器のカップに紅茶を淹れて啜っている。


「僕はどうして宝物庫なんかに連れてこられたんだい?」


「アイ......お父さんちょっとーー」


「僕は!どうしてここに連れてこられたんだって話してるんだよ」


態とらしく遮られてマコトはしょんぼりと机に突っ伏す。

実際マコトは一度も娘とあったことは無かったのだ。

反抗期とかふざけて言っていたのは単純に家に帰ってこなかったから、実家に一度ぐらいは帰ってきても良いだろうと思ったのだ。


プンスカと怒りっぽく言って髪を後ろで纏めたアイは机を叩く。


「アイ、行儀が悪いですよ、お父さんに何言ってるんですか」


「ユイ、好き」


「いや知ってますけど、今はアイの話をしてます」


これまた冷たいジト目がメイリーとアイスアからマコトに向けられる。

真剣な話をしてるのに何言ってるんだ、と。


「だから僕はこの人が父親なんか認めないからね。一度も会ったことがないのに今更父親なんて......」


ちらっとアイは満足そうな笑顔で座るマコトのだらしない顔に向けられる。

こんなの自分の父親じゃないでしょ、と。

周囲の女性からの評価が現状最も酷いマコトは知ってるか知らないのかポンッと手を叩く。


「とりあえず家に帰ってユキのご機嫌直さないと」


「ですね、お土産にお菓子買って......マコトさん、何かオススメの物とかあります?いっそマコトさん得意のおかし作りで......」


「王都の菓子高いんだよ、まぁそれはブランド品とか、加工技術が必要だからしょうがないけどさ、結局家で作った方が安いし美味いし......とりあえず早く帰ろうぜ?」


「はい、その前に......指輪はどうするんですか?」


完全に二人の世界に入り込んだマコトとユイにアイが割り込まんと身を乗り出す。

先ほどまでアイのことを話しをしていたはずなのに何故か一瞬でユイとマコトのイチャコラとした会話に変わっている。

あれほどシリアスな話のはずだったのがどうしてこうなったのか、アイは文句を付ける。


「ちょっとまってよ、僕は無視なの!?」


「お?アイは何食いたいんだ?やっぱ俺に似てミートパイでも食いたいのか?」


好きな物は店主のミートパイ、わかりやすく香ばしい肉が好きなマコトはそう問いかける。

だが違う、間違ってると言いたげにユイはドヤ顔でチッチッチと指を振る。


「マコトさん、絶対アイは私似なのでチーズケーキが好きですよ」


確実にそう確信してるような姿だ、それを見るメイリーは完全なる空気だ。

マコトは本当に心から楽しそうに嬉々とした笑顔で会話を続ける。

ジーッとそれを見ていたアイスアは紅茶を置いて作り出した小さな氷のスプーンでマコトの手の甲を突いた。

何年も待っていた自分の主人を待たせてイチャコラするとは.....むしゃくしゃしてやった後悔はしていない、そんな感じで睨むアイスアの視線をマコトは敢えて無視をした。

今はもうマコトのユイ成分が枯渇寸前なのだ、強いて言うなら赤いライトがピカピカと光るレベルなのだ。


「確かにユイにも似てると思うぞ?こんだけ美人さんなのは絶対うちの遺伝子以外が入ってるに違いない」


「でも黒髪ですしマコトさんの遺伝子も入ってますよ、要するに二人に似たんですね」


「それにしてもどう思う?黒髪の僕っ娘、ぜひ三つ編みにして犬っぽい跳ね髪を二つ犬のようにして髪留め付けて良い雨だね、って言わせたいんだが」


大鯛ーー友人が嬉々とした表情で見せてきた画像を思い出してマコトは呟いた。

結構な可愛い画像だとマコトは記憶している、大鯛が推しキャラとしてボイスやゲーム画面まで見せて勧めてきたのだ。

流石に金が無い、あるにはあるが全て医療費と最低限の食事代に回していたのでパスしていたが本当は心の底からプレイしてみたかった。

艦◯れだったか艦こ◯というタイトルのゲームでそのキャラが気になりすぎてマコトはバイト中にボカをしでかしたレベルである。

ユイはあははと笑いながらマコトの胴を突く。


「絶対それマコトさんの趣味でしょ?子供にこすぷれでしたっけ?させるのはどうかと思いますよ」


「いやいや、アイはめちゃくちゃ可愛いし似合うって、うちの子美人さんだろ?」


先ほどから完全に蚊帳の外のアイは突然話を振られてビクッと震える。

放置に次ぐ放置でもう完全に拗ねて机にトントンとゆびで突いていたのだ。

なぜかしゅんとする姿は忠犬のようで大変哀愁を感じさせた。


「確かに私に似たので美人ですけど......」


「自分で言うか?」


「マコトさんはそう思ってるでしょ?」


まだ数百回しか言ったことがないはずなのによく覚えているなとマコトは意外そうに首をかしげる。


「何故ばれたし、さては悟り魔術か」


いや違う、日頃の行動だろうと数日間監視をしていたメイリーは突っ込みそうになるがこの会話に混ざる気にはなれなかった。

みているだけでこれだけ口の中がジャリジャリしているのだ。

さっきから霊魂混じりの砂糖を舐めているのだがそれでも所構わず二人の空間を築いているのを見ていると胃の底まで砂糖が染み込むようだ。

なのに話に入れと?無理だ、止めよう、無謀な突撃である。


「聞かずとも分かりますよ、だって私がマコトさん好きですしマコトさんが私を好きなのは自明の理......」


調子に乗ってノリノリでまくし立てていたのだがいざ態とらしい事を口に出してみると予想以上の羞恥に襲われユイは口を閉じて頬を赤くし俯いた。


「恥ずかしくなっちゃったんだな!自分で言ってて恥ずかしくなっちゃったんだな!」


「むぅ......怒りますよ?」


上目遣いで頬を膨らませる姿は童女の様。

マコトは思わずユイの頭を撫で回して抱きしめる。

数日間前に髪を結んでくれと言われた時も思ったのだがサラサラで本当に綺麗な髪だとマコトは思う。

そんな光景を見てーー


「もう良いよ、そんな演技をしてまで僕にイチャイチャ夫婦を演じなくて良いよ」


そうバッサリとアイは切り捨てた。

マコトはキキキと頭を機械のように動かしアイの方を向く。

自分が父親として認められていない、その事実を客観的可能性としてマコトは理解していた。

百年ちょっと家を置いていたのだ、なのに父親?笑わせる。

自分の親が今帰ってきて笑っても殴り続けて殺人事件になってもおかしくないぐらいのことはある。

なのになぜ自分が受け入られると錯覚していた?なるべく正すことが今するべきことなのだ。

と、考えていつも通りユイと会話してみたが演技としてアイは切り捨てた。


「僕はね、お父さんに帰ってきて欲しいんだ。何処に君がお父さんだって証拠があるんだ!」


「いや、髪見ろよ。この世界に黒髪なんて珍しいだろ?」


最もわかりやすい特徴、それを言うとアイはクッと睨む。

この世界に黒髪なんてものは存在しない、それも遺伝性のものなど王族に現れることがあるかどうかだ。

勇者達と交配ーーつまり結婚し子を育んだ例は少ない。

魔王を倒した勇者達は大体王族に囲われる為に民間に少ない。

なのでエルフ、それも人類と敵対していた彼女が黒髪なのはまずありえない。

と、言うことはマコトが、過去にこの世界に召喚され戦い、ユイと仲良く暮らすのに家族じゃない?そちらの方が違和感がある。

つまり今アイの黒髪が来たのは父親からなのは間違いない。


と、言う事は。


「何処からどう考えても俺が親だろ」


ちょっと垂れ目の黒目やサラサラとした線の細い黒髪、恐らくマコトのお婆ちゃん似で間違いないだろう。

桜がその例だ、マコトと違って美しい黒髪が綺麗で一時期髪留めをプレゼントしようかと考えたほどだ。

だが結局その時は桜に視力がなかったのとその分の金を医療費に回す方が効率的と判断したのだ。


ここまで説明されて尚アイはビシッと人差し指をマコトに向ける。


「どう考えてもこんなロクデナシが私の父親なわけないでしょ!」


「ちょっとまてや、百歩譲って俺がロクデナシなのは認めるが父親か否かは別だろ!!」


「別じゃない!僕のお父さんはきっと勇敢で魔王軍との戦いに散った異世界から召喚された格好いい勇者なんだ!」


「その妄想やめろマジで!!ただの学生のガキだから、それに俺は勇敢じゃなかったぞ!な、ユイ!」


「はい!私に泣きついて膝枕させるような守ってあげたくなるような人でした!」


「貴方ユイさんに何やらせてるのよ!」


「いや、事情を考えろよ、俺は他のクラスメイトに虐められてボコボコにされて死ぬほどの目にあったんだぞ!?仲間、違うなクソシンジ共に見捨てられてケルベロスの群れに置いてかれた時もあったんだ!結局戦って瀕死の状況で森に逃げ込んで......今はミウか、あの人に助けられて......それに膝枕して抱きしめてきたのはユイの方だしな!!」


「なっそれはマコトさんが帰ってきたらおりがみとやらを教えてくれるって初めて見せてくれた笑顔で言って二週間帰ってこなかったんですよ、しょうがないじゃないですか!」


過去を思い出してかユイは両目一杯に涙をためてヤケクソ気味に叫び声をあげる。


「あぁもうごめんな、本当に俺が悪かった。わかったろ、どうしようが俺が父親だよ」


平身低頭、頭を下げてすまなかったとユイの両手を掴んで言い続けるマコトに威厳もクソもない。

認めたくない!認めたくない!そんな様子でアイは必死に首を振る。


「僕のお父さん、勇者のマコトは努力家で、才能に恵まれずとも必死に足掻き続けたんだ、なのにこのロクでもない男は無職、その上ミウとか言う女に浮気して、メイリーって言う吸血鬼の蝙蝠にもちょっかい出して、こんなのお父さんじゃない!」


「お父さんじゃないって......それにメイリーは子供みたいにガキっぽくて放って置けなかったんだよ。ミウは幼馴染ーーあれ、なんで幼馴染?まてよ」


「そうよ!この人は間違いなくあなたの親父よ、それにいくらろくでなしでも人として間違ってはいないわよ」


混乱するマコトを援護するようにメイリーが言う。

助けられた、少なくとも自分は助けられて全く関係のない人間である王都の市民ですら見捨てずに助けようと努力した。

自分の大切な指輪のために全力で努力するような人間。

だからこそ彼女は断言する。


「だから、間違ってない。少なくとも人として間違ってない」


「ーーでも無職」


「そこは言わないであげて」


「プッ、無職ダメニートさん本当に情けないですね、だから早くご主人をーー」


「黙ってください妖精、うちの人に変なこと推さないでください」


「一夫多妻制を許容するエルフとか言う種族の癖に何言ってるんですかね?」


アイスアがケラケラと笑う。

九対一、この比率は等しくエルフの男女比率として捉えられる。

エルフは代々女性が生まれる確率が九割以上、純潔を貫くため離婚なんてこともしないので男の回る率が低い。

その上エルフは小さな集落で個別に暮らす為他のエルフとの関わり合いも少ない。

そこで導入された制度が一夫多妻制、この言葉はエルフから来たとすら言われるほどの物なのだ。

彼女は奴隷として売り渡され一度たりとも体を許さず美女を探す王子に売られた一人の王女。

ユイは一夫多妻制の制度は知っているがマコトを慕っていてそのことを一度も教えていない。


「それがどうした?俺はユイが好きだし一夫多妻制だろうがユイ至上主義だ」


「......ダメシンジみたいにハーレムを求めていないんですか?」


ユイはマコトの隣で見上げて上目遣いで問いかける。

ハーレム、それは全人類の男が、学生がハーレム物小説を見て夢見る一つの儚い泡沫の夢。

小説を読み終えれば悲しい現実に打ちのめされる、そうハーレム。

一時期マコトも憧れたものだ。


なのだがーー


「ユイ、気づいたんだがそもそも俺複数の女性と接してける自信無いわ、それに俺はユイが好きだし宇宙一可愛いとすら思ってるんだよ。今俺が生きてるのもユイがいてくれたからで百年経とうが千年経とうがこれは変わらない」


「最初の一言がなければまだまともな痛いセリフだったのに......で、私を惨殺した・・・・・・エルフの候補者である貴女はよくもまぁ私の前に出れたわね」


魔法で切り刻まれた挙句謎の生物の触媒、餌として差し出されたメイリーはアイを睨む。


「殺される吸血鬼がいけないんだよ」


笑ってアイが煽るが刹那頭部に叩き落とされた拳骨にメイリーとアイはイタタと頭を抑える。


「殺し合いとかやめろよまじで、もう戦わなくていい世界になったんなら戦うなって話」


「「部外者は黙ってーー」」


「部外者だろうが今この状況を作ったのは少なくとも俺に責任があるだろ」


魔王を撃破し魔王軍対人類という構図を人類内の国家間の争いや一丸となって戦っていたであろう亜人たちを迫害し始めた人類。

こんな世界にしたのは魔王を倒した自分に責任があるとマコトは思う、多分。


「マコトさん、普段なら絶対に言わないのに......反論できないからって」


「ユイ、うちの子が人殺しとか真面目にちょっとどうかと思うんだが」


ふっふっふと笑うユイを訝しげにマコトが見つめるが彼女は立ち上がってドヤ顔で口を開く。


「こう言えばいいんですよ、アイ、お夕飯抜きにしますよ!」


「お母さんは黙ってて!!」


「マコトさん、うちの娘が反抗期です!!」


即沈、涙目でユイは悔し涙を流しながらマコトの服で涙を拭く。

結局洗うのは彼女なのでマコトは特に文句は言わない、むしろ家事などもやってもらっているので感謝はすれどそんなことは言わない。


「待て、これは娘との会話では!?だが待て、真面目に人殺しはダメだ、許さん、殺していい人間なんていない」


「シンジ」


ボソッとアイスアが呟く。

マコトは子供の手前ということもあっていい笑顔でこう答える。


「あいつは他人の人権を犯したんだからあいつの人権を犯していいと許可してるんだ。殴っていいのは殴る覚悟のあるやつだ。俺の背中に大火傷を残して身体中を切り刻んで......魔物の群れに残すような屑だ、人を殺そうとしたやつは殺される覚悟のあるやつだけだ」


「それも何かのパクリですか?」


「よくわかったな、でも正論だ」


「じゃあ魔王軍とか魔王殺したマコトさんは殺される覚悟っていうのが」


「あるっちゃあるな、いつ死ぬかわからないし今日を精一杯生きてる」


「むぅ、できるならそこは死ぬ覚悟なんてないしユイに抱きしめられて年中ダラダラしたいとか言ってくださいよ」


「俺をダメ人間にしたいのかよ、好きは好きでも依存はしない、というかしちゃいけないと思う」


「そうですよね、すみません変なこと言いました、お説教でも続けてください」


「わかった、さてと......」


マコトは喧嘩を始めそうなメイリーとアイの二人を見てーー

その近くに転がる手錠を見てニヤリと笑う。

妙に小洒落てるあたりどっかの秘宝かなんかだろう、マコトはそれを拾い上げて速攻で不壊の加護を付与しニコニコとメイリーとアイにジリジリと近づいていく。

すぐに何をやろうとしてるのか察した二人はマコトに踵を返して全力で逃げようとするが足を何かに取られ転倒する。

無論ユイが風の塊を作り出し足を引っ掛けたのである。

笑顔でマコトは二人の両腕を手錠で繋いで手を離す。


「ちなみにこの手錠に最初からある術式だが『生死連動』だ。相手を殺した場合お前も死ぬから。喧嘩せずに仲良くしろよ」


喧嘩両成敗、マコトは納得したように頷くのとは裏腹に二人の顔は青ざめていくのであった。

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