第37話
真っ黒な棺、光沢の一切ない死人を納めるであろう棺にマコトは迷わず手をつけた。
話しかけづらい雰囲気にメイリーは黙り込み、その中身を理解したアイスアはゆっくりとマコトの耳元に近づく。
「......気持ちはわかりますが墓荒らしはダメですよ、
今までマコトの名をふざけた呼び方で言っていたアイスアは本当に深刻な表情で呟いた。
同情混じりの哀れむ様な、悲しむ様な顔でアイスアはポンとマコトの頭に手を乗せ、優しく撫でる.
まるで子供を嗜めるように、優しく接するようにアイスアはザラザラとした硬いマコトの髪を撫で付ける。
「すまん、無理そうだ。ありがとな、だけどやっぱりーーやっぱりあの娘に謝りたいんだ」
「私もある程度は知ってるから言うけど、決してーー決して棺に答えはないわよ?」
「やってみなくちゃわからない、考えてくれてありがとな」
「......これだからうちのご主人は苦労するんですよ、偶には友人を頼ったらどうですか?」
棒読みに近い形で友人と言ったアイスアを訝しげにマコトは見つめる。
全力で目を逸らしながら頬を掻いてアイスアは口を開く、冷や汗の量がヤバイ。
「友人って言ったらあれでしょ、幼馴染がいるでしょ、ミウって言うちょっとポンコツっぽい可愛い子」
「あ?なんでミウのこと知ってんだお前?」
「どうでもいいでしょそんなこと、辛い時は友人に頼れって話よ。帰ったら学院に直行しなさい」
かなり強めに言ってくるアイスアにマコトは首を傾げ本当に怪しすぎて思わず睨む。
流石に悪意があるか否かはマコトにはわかる。
散々異世界で酷い目にあった所為で人が悪意を持って接してくるのか善意を持っているのか大体はわかるようになってしまっていた。
メイリーの協力の申し出を受けたのもそれがある。
ただでさえ知り合いの子供版のような少女が善意を持って、それも生死の関わる事柄に関わっていこうとしていたのだ。
思わず返事をしてしまったが後悔もしてないし、過去の自分みたいに思い悩んで押し潰されそうになってなくて安心もしていた。
ユイが何故か物凄く機嫌が悪そうに、というか複雑な表情をしていたのをマコトは疑問に思ったが過去に彼女が助けてくれたようなことを一人で押し潰されそうだった子供にしてやりたいと思った。
話がずれたなと、マコトは自分を戒めてからアイスアの両目に視線を合わせて数歩下がる。
「どうしてそこまで勧めるんだよ?」
「黙りなさい、とっとと棺を開けて現実に打ちのめされなさい」
「はいはい......」
経験上突然怒りを孕んだ女性には逆らってはいけないと自分で納得してマコトは眼前の棺を見下ろす。
特に装飾が施されていないなんの変哲も無い棺、だが問題はその中身であり涙腺を今すぐにでも壊してきそうな気配だった。
とても懐かしい感覚を感じながらマコトは静かに黒色の棺を開く。
懐かしい匂い、懐かしい気配、懐かしい魔力の残滓ーー
「は?」
空っぽ。
物の見事に空白の棺の中をマコトは真っ黒な両目で見下ろす。
棺の内部は全て封印用呪詛が謎の言語でびっしりと書かれており何が起こったのか亀裂が入り所々が壊れている。
棺の中央部には確かに何かがあった跡があった。
血液のような、何か赤い液体が中央部から広がるように跡を作り赤黒く確かに残っており確かに何かが、誰かがそこに居たのが分かる。
残る魔力の残滓は過去にマコトが一番強く感じれた物であり間違えるはずがなかった、だがーーだが肝心の本人、中身が無い。
本当に宝物庫に来てから百年ぶりの再会を心の底から涙を出してしまいそうなほど感激していたのにその中身は無し。
待ち望んでいた再会のはずが肝心の相手がいない。
その現実にマコトの両目からハイライトが消える。
何処か機械的な動作で指を伸ばし呪詛に触れ解析を使用する。
人一人、それぞれの個性が呪詛術式に作用する。
つまり解析していけば誰がこの術式を記入したかぐらいなら分かる。
過去に見た文献や戦場で見た術式達を思い返しながら精査していく。
超集中を併用した数十秒の解析、静止したその姿にメイリーは若干不安そうに見つめる。
指を離しニンマリとマコトは笑って解析結果に納得する。
「やっぱり一回シンジとはO・H・A・N・A・S・H・Iする必要があるな」
珍しく笑って、マコトは棺を踏み潰す。
表情と行動の仕方が全く一致してないと心の底からアイスアは思った。
あれだけ言ったのに......と。
「信条さん、クソナルシストシンジさんは悪意を持ってやったわけじゃ無いです、だから人を憎まないでください、ご主人が泣きますよ」
事情をさも知ってるかのようにアイスアは言ってマコトの頭をぽふっと小さな手で触れた。
「どうしてそのウミとか言う奴が悲しむんだよ、お前だったら許せるか?自分がいない間にこんな物で封印して、シンジを許しちゃいけない。あいつは敵だ」
自分を苦しめた挙句幾度となく自分の“特別”を奪って、壊して、自分がいなかった百年間の中でも勝手にこんな蛮行を働いた。
はらわたが煮えくり変えるような憎しみにマコトは血が滲むほど手を握りしめる。
回復魔法をかけながらメイリーは理解できずとも酷く悲しんでるのを理解して何をしていいのか分からずアイスアの真似事をしてマコトの頭を撫でる。
「えっと、貴方が何を憎んでるか私にはわからないけどもっとろくでなしな感じでヘラヘラしてたほうがあなたらしいと思うわね」
「......でも」
「でもじゃ無いわよ。私は確かになんでもいうことを聞くって言ったわよね?それだけ思い悩んでいるんだったら知り合い、というか仲間として手助けしたいのよ」
マコトがふざけて言った一言、その返答にメイリーはなんでもすると言った。
それ以上に今の今まで見てきた人間像は聖人とは言えないものだとメイリーは思う。
だけれど他人を思いやって真に助けようとしてくれる姿は救いになったとすら今も思ってるし何より誰か他人を助けようとしていたのは一人の人間として認めてしまうぐらい尊かった。
だからこそ、とメイリーは思う。
「貴方が憎くてしょうがないかもしれないけど、そんなこと考えたってしょうがないでしょ?シンジとやらを殺して何かが帰ってくるわけじゃ無いし。確かにスッキリするかもしれないけど貴方は今は父親、二児の父なのよ?それなのに人殺しなんかしちゃダメよ」
二児、子供を引き合いに出され殺し文句とすら言えるそれにマコトは握っていた拳を開く。
確かに正論で間違いない、マコトは恥ずかしそうに立ち上がって頭をボリボリと掻く。
怒りに任せて何かしでかしてしまったかもしれない、その事実と小さな子供二人に止められたという状況が羞恥心を掻き立てる。
「悪かった、とりあえず今は帰ろう。それと、おいアイスア何か知ってるんだったら早く教えろ」
先ほどからの思わせぶりな言動、確実に情報があると踏んでマコトは問いた。
「だから、早くご主人ーーあのバカミウに会いに行ってあげてください。私を寄越したのも彼女ですよ、感謝して、できるなら薄い本みたいな事も......」
「バカ言え、というかどうしてミウが主人ってことを黙ってたんだ?それにどうしてアイツが関わって」
「百年待った
「ーーは?いや、ちょっと」
「待たせたんだから奥手で奥手なうちの主人抱けって言ってるだけじゃないですか、早よ行けやヘタレ!」
「いやいやいや、ちょっと待てや、状況が理解できないんだが?」
「さーて仮主人やエルフの元王女はどうするんですかねー」
「「どうして楽しそうなんだよ(のよ)!?」」
二人の虚しいツッコミが炸裂し、最初から全てを知っていた、というかそれを知ってたから進展させようと企んでいたアイスアはコロコロと笑ってフワフワと飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます