第31話
「どうしてこのようなことをやったんですか?」
ユイはじっとりと子供を咎めるように強く双眼を黒髪の女へと向ける。
文字通り彼女の子供で、数十年間消息を絶っていた家の長女。
年齢は既に成人済み、年相応の見た目となった妖艶な娘に向けて心底呆れたようにユイは問いかけた。
辺り一面には魔術戦が繰り広げられた痕跡があるが二人は無傷、一切相手を傷つけず完膚なきまでに叩きのめす、それを現実で実行されたアイにとって状況は芳しくない。
「お母さんはお父さんにもう一度会いたいとは思わないの!!」
「......へ?」
思わずユイは本当に間の抜けた声を零す。
もう一度父......つまりマコトに会いたいと思わないのか?という事。
会いたいも何も朝のおはようから夜のお休みまで言っている、たまに名前だって上に跨って囁いている。
それにもう一度会いたい?何か壮絶な勘違いを感じる。
だが血走った目でアイは続ける。
普段の冷静沈着を体現したような態度を崩して激情に任せて喉元から声を捻り出す。
「お母さんだってお父さんが居なくなったことを毎日悲しそうにしてたでしょ!どうして邪魔するの!」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい。お父さんってどう言う事?マコトさんならもう家に帰ってますよ?」
「そんな嘘に騙されるわけないでしょ!お父さんは死んでるから私が生き返らせないといけないの!」
「だから、ちょっと待ちなさい。マコトさんなら副作用が消えて帰ってきてますよ、それに貴女の妹だっているんですよ」
「そんなこと信じられるわけないでしょ!ずっと帰ってこなかったのに今更帰ってくるなんて妄想辞めてよ」
だめだ全く通じない。
どう説得したものかとユイは天才的な頭脳を超回転させるが良い解決法が思いつかない。
もうしょうがないとゴリ押し案を導き出した。
「黙ってついてきなさい、貴女のお父さんを見せてあげますから」
「僕を騙そうだってそうはいかない。お母さんは誰かに操られてるんだ!」
「ちょっと何言ってるのかわからないんですが。私が洗脳とか傀儡魔法にかかるような人間に見せますか?これでも一応エルフの元第一王女ですよ!」
「候補者の......ダビンだったけか、あれに傀儡にされてるんでしょ」
「あんなの一撃で潰しましたよ!?私があんな怨念の残りカスのような種族に負けるわけないじゃないですか!」
「それにお母さん浮気してるじゃない、あんな変なロクでもない男を連れて」
「それがドンピシャ貴女の父親ですよ!?」
だめだ、この娘父親の姿を見たことがないんだった。
すっかりとそのことを忘れていたとユイは頭を抱える。
娘が生まれたのはマコトが死んで数年後の三月、父親のやってきたことは知っているが彼の素顔も姿もアイは見たことがない。
その上全て吹っ切って自分に正直に自由に生きようと誓ったマコトの口調はお世辞にも成熟した大人には見えない。
だからこそこんな面倒で解決が難しいすれ違いが発生していた。
「エルフの誇りはお母さんに無いの?純潔をお父さんに捧げたくせに新しい男を捕まえて」
「なっ事もあろうにそんな言いがかりをしてくるんですか!お仕置きにお尻ペンペンしますよ!」
「くっ......それは怖い、だけど捕まるとでも思ってるの?」
「転移魔法の阻害結界なら張ってありますよ。それにさっきから魔法を連射したせいで魔力の残りも少ないでしょう、大人しく家族団欒とした食事に参加させますから」
決意の炎を両目に燃やしジリジリと近寄ってくるユイにアイは思わず後退りお尻ぺんぺんの刑に怯えるが非情なことにここはアイが作り出した対吸血鬼用通路、自分が道を塞いだのである。
背中が壁に触れて逃げ道をなくし、最終手段としてアイは建物の屋根上で林檎を齧るエリックに向けて叫び声をあげる。
「エリック!!貴方そんなとこで見てないで助けてよ!!」
協力関係を敷いたエルフの中でも五本の指に入る強さを持つ者であるエリックの力を合わせれば逃げることぐらいできるかもしれない。
だがそんな希望を打ち砕くように本来の目的の為にエリックは態々長い耳を抑えて塞ぎあんだってー?とマコトのように一言。
その上煽るように言葉を続ける。
「あー、申し訳ありませんが風が強くて何を言ってるか聞こえまないな」
「裏切るんですか!」
「駒が裏切るのはゲームのセオリーだろ。ショウギというゲームでもそれがあるしな」
ケラケラとエリックは笑いながら昔を懐かしみながら笑う。
エリックはマコトが作った自家製将棋で延々と勝てるまでやり続けて結局一度も勝てずまたやろうと言って別れたのだ。
思い出深いゲームを思い出しながら文句を言う彼女の声を聞かない。
彼の目的は簡単、アイを家族の元に帰すことだ。
候補者の一人として選べられた彼女は聖杯に父親の蘇生を願う予定で、その為だけにこの戦いに身をおいているのだ。
その事をあまりよろしくないとエリックは思い、旧友のために止めようと動いていたのだがマコトが生き返った事で状況が変わり、アイをどうやって戦いから引き摺りおろし家族
ーーマコトの元に帰す方法を考えた。
その結果ユイに捕まえさせるのが得策と判断しその為にこの計画の全容を立てた。
本来の計画は誘き出されたダビンを仕留めスライムの弱点である除草剤を撒いて倒す予定だった。
そうする事で二人の候補者を潰し、マコトとアイを再会させるはずだったのだ。
少女......’何か‘であった少女は取り込んだ吸血鬼の少女から記憶を読み取り、感情を覚え、初めての友人であるメイリーのために自ら命を絶った。
その結果市民の被害が減った事となる。
結局、マコトと再会させれなかったので最終手段を取ることにしたのだ。
まず最初に弓を引こう、そして矢を放つ、相手は無論ユイ。
エリックの魔力が込められた矢を見てユイが彼を追いアイとの戦闘を起こしたわけだ。
「さてと。ユイ、アイ、タートスに帰る為の魔法陣はできている。早くマコトと吸血鬼の王女ちゃんを連れて帰るぞ」
「エリック、僕を裏切ったんだね!」
「はいはい、大人を利用とか考える前に誰を利用しようとしてるのかよく考えような」
態とマコトに会った時と同じような事を言ってエリックは飛び降りた。
心底理解できないと言う風にアイは困惑を顔いっぱいに浮かべている
「何を言っているんだい君は」
「これでもかなりの高齢......災龍が暴れていた時代の人間だ。その頃から生き残ってる人間が心からお前に協力すると思うか?」
最高齢に等しいほどの年齢のエリックは遠い目をして呟いた。
その顔に刻まれた皺は貫禄を感じさせ、未だ勇ましいほどの雰囲気を漂わせるその姿にアイは一瞬静止する。
だが気を取り直し、責め立てるように口を開く。
「でも君は僕が王族だから協力するって言ったじゃないか!」
「俺血とかどうでもいいからな。ただ王族に恩があったからユイ元王女の為に動いてるんだし、親友を助けるって意味もあった。そもそも俺はお前にスパイとして送り込まれたんだ」
「なっ......!」
「そうですよ。エリックに依頼したのは私です。大事な娘が行方不明で心配でしょうがなかったんですよ」
「と、言う事だ。家に帰ろう、じゃないとお前の妹が拗ねるぞ?」
な、とエリックはユイに言うが冷や汗を垂らしながらユイは顔を逸らす。
すっかり忘れてた、と。
もう既に、とっくのとうに二日ぐらいは経っている。
小さな子供のユキを家に残して数日家を空けた、その事実が冷や汗をタラタラと増やしていく。
頭に血がのぼると思考が単純になるとマコトはよくユイに言うが今回もまさしくそれ、次女のことを忘れていた事になる。
途端に焦燥感を感じ始めユイはソワソワと落ち着かなくなり慌てて鎌を召喚した。
「早く家に帰りましょう、まずいですよ、早く!」
「いやだから召喚魔法は用意してあるって」
「うるさいですよ......あぁもうじれったいですね、行きますよアイ!」
慣れた動作で魔力枯渇状態のアイを肩に乗せてユイは鎌を振るう。
一瞬で空間移動を成したユイとは裏腹にエリックは何かと察した顔で口を閉じた。
自分の残り魔力じゃ、転移魔法作動しないんじゃね?と。
エルフの長耳に騎士たちの声が嫌という程入ってくる。
これだけ大魔法を撃ち合う戦闘があれば市民が通報するのは至極当然のこと、この場にはエリックがそれっぽい感じで立っているだけ。
何が起きるかは簡単な話だーー
「おい!見つけたぞ、大人しく降参しろ」
案の定エリックをこの魔法乱射を行なった犯人として騎士たちは剣を向ける。
通報されて数十分で駆けつけたのだ、物見遊山で見にくるような人間がいるとは考えにくい。
ならばここにいるのが犯人というのが道理。
「くっそ、嵌めたなユイぃ!!」
瞬間的な身体強化を使用、床に敷き詰められた煉瓦の隙間に足の指を挟み入れ力一杯上に飛び上がった。
だが直ぐに魔力を感知し体を捻て回避すると光を纏った矢が空を切る。
「逃がしませんよ!』
街中警備へと当たっていた弓の勇者であるムニエルが次々に矢を放つ。
天性の才能を持つエリックは勘とか勘とか勘で回避しつつ、速力を生かし距離を開く。
だがそれを待っていたかのように別方向から一振りの剣が投擲され建物を崩しエリックが移動しようとした足場を消した。
今度はなんだと悪態をつきたい気持ちに追われるがそんなことを言っている暇はなく、高速で接近してくる剣の勇者を睨みつけて全速力で逃げ出す。
剣の勇者に弓の勇者、二人とも未だ王都襲撃事件の犯人探しをしていたのだ。
王城の犯人は死んだと言う報告を受け取っていない二人にとってこのような大規模魔法を連射したエリックこそ犯人である、そう判断するのも無理がなかった。
剣の勇者が力任せに振るう片手長剣の軌道を見切り、右腕を剣の腹に当て逸らし弓の勇者の攻撃軌道上に剣の勇者を置く。
これで下手な攻撃を弓の勇者はできなくなる、問題は剣の勇者であるとエリックは素早く判断する。
特に装飾の施されていない簡素な片手長剣、だが脳が警鐘を鳴らすぐらいは危険性が高く触
れてはいけないと脳が必死に叫ぶ。
素早い動きで後退、ある程度の間合いができたことを判断し剣の勇者は高らかに剣を掲げ魔法剣を使用する。
「『ライトニングソード』!!」
雷光、白銀の光が剣を包み剣の勇者は真っ直ぐにそれを振り下ろした。
全てを焼き尽くすかのような雷光が走り地面を突き壊すように光が接近する。
長年の経験で積み上げられた反射がエリックが考えるよりも早く体を動かす。
友人にダサいと言われるコートの中から時間差魔法を仕込んだ宝石に魔力を注ぎ込み軌道、光に向けて投げ込むと一瞬でライトニングソードから放たれる放射攻撃と同等の闇魔法が放たれ無効化。
魔法剣を放った一瞬のクールタイムを突きエリックは剣の勇者の首に鎖を巻きつけた。
ーー対災龍用特殊攻撃兵器『封印用抗龍鎖』
知り合いのつてで入手した呪印鎖を剣の勇者の首元にくくりつけレベル一にも及ばないステータスへと変える。
きちんと弓の勇者に向けて剣の勇者の体をこれ見よがしに見せつける。
「降参しろ、さもなくばこの者の命は無い」
「おっ俺の事は......」
構うな、と剣の勇者は言いたいらしい、だがそれを見越したエリックは某組織から永久的に借りた洗脳の呪詛が刻まれた針を容赦なく刺した。
「たっ助けてくれ、死にたく無い!いやだ、この人殺し、見殺しにしたら恨んでやる!」
「と、の事だ」
騎士の誇りもへったくれもない、弓の勇者は罪悪感に負けてオロオロしている。
それでも勇者なのか、とか言う白々しいツッコミをせずにエリックは状況を確認。
自身は勇者二人に追われている、騎士も数十人レベルはかなり高い方。
状況はやはり芳しくない。
「ねぇねぇおじちゃんは何をしてるの?」
クイッとマントを引っ張られて一切の気配を感じさせなかった少女を彼は見た。
黒髪の少女で何処かで見たことのある容姿、病的な程真っ白な肌に思わず見惚れてエリックは静止する。
だがこれを好条件と見たエリックはうっすらと下衆な笑みを浮かべて剣の勇者を蹴飛ばし隠れて狙っていた弓兵にぶつけると少女を抱きかかえナイフを突きつけた。
明らかに周りの騎士たちがひるんでるのが目に見える。
この少女には悪いが人質になってもらおう、そう決めたエリックは声を張り上げて叫ぶ。
「今すぐに兵を引かなければこの子供の命はないと思え、今魔法で連動魔法をこの子供にかけた、俺を殺せばこの子供も死ぬ」
「卑怯だぞ!!」
「少女を解放しろ!!」
「おじちゃん?」
無垢な笑みで覗き込まれてエリックは罪悪感を感じながらも自身を律して街の外へと駆け出した。
きゃっきゃっきゃと少女は楽しそうに笑った。
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