第30話

「あー!!死にたい、もう死にたい......数日前の自分を殴りつけて気絶させたい」


叫び声をあげながら狂ったように死にたいや、過去の自分を呪う様な言葉を吐くマコトはベッドの上でゴロゴロと転がる。

弾力のある柔らかいベッドの反発感がなんとも気持ちが悪いと思う。

転がれば転がるほどハマっていく様な感覚だ。

気持ちいいことには気持ちがいいのだろうが、家の簡素なベッドや床で眠るのを日常としているマコトからすれば違和感の塊だった。


こうやって今黒歴史に泣き叫ぶ学生の様な事をしている理由はそのまんま、切り札を切るーーとか格好をつけた癖に結局憎いだとか厨二くさい思考に飲まれて妹の頬を打ったのだ。

親ですら殴った事がないのに自分が暴力を振るうという展開はNG、その上暴走した自分はユイにはめ殺しされてしょぼちん。


あー死にたい......黒歴史とか滅べ.......


羞恥に身悶えながら泣き言を言うマコトに向けて桜は手を広げて力一杯にぶっ叩いた。

怪我人で身体中の筋肉や骨に軽く支障が出てるマコトにとっては致命の一撃、激痛に身悶えながらマコトはさらにゴロゴロと転がる。


「兄さんこれで貸し借りというかまぁ無しですからね」


「めちゃくちゃいてぇ......まじめに殺す気か、三途の川の向こうで魔王軍幹部の奴らが笑ってるのが目に見えたぞ」


知り合いとか、友人とかではなく怨敵である魔王軍幹部に手招きされる......マコト的になんとも笑えない。

だがそれよりも聞きたいことがマコトにはあった。


「なぁ、結局どうなったんだ?」


王都を潰しつくすほどの天撃の術式、全てを飲み込まんと侵食を続けた何か。

その二つの片方だけでも王都一つ簡単に葬り去れる程の物。

眠っている間にどれぐらい経ったのかはわからないが進展があったものとマコトは考えていた。


「えっと......それはこっちの人に聞いてください、わたしが説明するよりそっちの方がわかりやすいでしょう」


「おいおい妹まで中二病に目覚めるとか笑えないんだが......大丈夫だぞ、誰もが患うものだからな」


「違いますよ。さっきからゴロゴロ転がってるのに気づかないんですか?」


「何がだよ?」


「貴方が枕にしてるその人ですよ」


「えっ.......」


恐る恐るマコトは起き上がり枕元へと目を向けると寝相悪くベッドの方向と逆にして眠っているメイリーの姿があった。

心なしか身長が微妙に縮んでいる気がする。

そして何より前よりも魔力や生気が莫大に上がってる様に見える。

自分が枕にしていたと言う事実にマコトは更に自分の首を絞めた事を知る。

無職のロリコンとか笑えない。


「その人スライムが消えると同時に出てきたらしいんですよ。フラフラと翼を羽ばたかせて王城の窓からいつのまにか兄さんが寝てる部屋に忍び込んでいたらしいです」


「おいおい王城の守護結界仕事しろよ」


これだから攻められるんだと呆れているとマコトの頭部に杖が物理的に振り下ろされて鈍い痛みが走る。


二度も打ったな!!親に立って打たれた事ないのに......

某アニメのセリフの様な事を考えて抗議する様に王女へと顔を向ける。

だが絶対零度のジト目、なんとも威圧的な視線に思わず目を逸らした。


「その守護結界を脳筋的に蹴破ったのは誰ですか?まさか一撃で壊されるとは思ってもいませんでしたが」


「は?言いがかりはやめてくれ、俺がいつ壊したって言うんだ?その証拠はウェア?」


「兄さんが城の王座から出るときに破った窓ですよ、あの大窓が複数の魔道具として防御結界を作り出していたそうです、ちなみに修理費はうん十万を超えてかなりの金額になるとか」


具体的な数字を聞いてマコトは脱出計画と逃亡計画の構築を脳内で始める。

逃げるのに離れている、その上王城を出るのもこれが最初ではない。

脱出しようと思えば簡単に出来る。


「まぁそのお陰で天撃は防がれて願ったり叶ったりだったんですけど。王都の守護結界と連動している王城の守護結界が割れたせいで連鎖的に天撃の術式が破綻、あの時点で天撃は消えていて......結局スライムは消失、主犯はユイさんが完膚なきまでに叩き潰して......まさかそこまで予想してたんですか?」


「そっそうに決まってんだろ!?この大天才であるマコトさんに掛かればこんな事件ぐらい余裕のよっちゃん◯カに決まってんだろ!?」


「明らかに嘘ですよね、アホくさい」


「ですね、兄さんが嘘をつくとき確実に右上をむきます」


「やめてよね丸く収まりそうなのにそうやってまじめに突っ込むの。終わりよければ全て良しなんだよ、世の中の右も左も結果でしか物事を判断しないんだからな」


「確かにそうですけど王都の人的被害と防御結界の崩壊は痛手です、他国は援助を申し出ていますが国王と王子が対応に追われているそうです」


他国にいる権力者は大変だなぁと他人事のようにマコトは呟く、実際他人事だし。

とりあえず行方不明となっていたメイリーも今はスヤスヤと眠っているし、一通りのことは片付いたと考えていいだろう。

マコトは辺りを見回し、気配なども探知するが何故か百メートル以内にユイの気配も姿も無かった。

普段眠っている間とか怪我をした際は常に近くにいるはずなのにその姿が見えない。


「まぁ王都がどうなろうが知ったこっちゃねぇがユイはどこ行ったんだ?」


「さぁ、突然嫌そうな顔で何処かへと行ってしまいました」


「なにかあったのか?」


「私にはわかりません、それとそろそろ時間ですので王座まで正装に着替えて来てください、大賢者様がお呼びです」


「大賢者って......シンジか?」


マコトは名前を聴くだけで虫唾がはしり露骨に嫌そうな顔を浮かべる。

思い出すだけで感情を逆なでるような言葉を述べて侮蔑の笑みを浮かべた男の姿を思い出し、ものすごく深いため息を吐いた。

心の底から憎いぐらい嫌いな相手だ、話すことすら嫌なのになぜわざわざ正装に着替えて話さなければいけないのか。

しかも自分は呼び出されているのである。

ひしひしとマコトの中のイライラ度が上がっていく。


「大賢者に言ってくれ、そんなに話したいんだったら咽び泣いて土下座して行った全ての愚行に謝罪して胸と背中の火傷に対する謝金を寄越せ。そのまま一切隠さず言っておいてくれ」


謝金を受け取っても許す気はないし、そもそも和解する気だって既にマコトにはない。


「そんなこと言ったら私の首が飛びますよ!?」


「うるさい、ガキンチョが起きるだろうが」


スースーっと安らかな寝息を立てて服を掴むメイリーにマコトはとても温厚な視線を向ける。

どこか何か吹っ切れたようでとても安心した顔で眠っている、快眠は素晴らしいものだ。

だが顔を真っ青にした王女にとってそんなもの問題にもならない、そもそも比較対象に出ることすらおこがましい。


「大賢者とどっちが優先なんですか!?」


「ガキンチョの快眠に決まってんだろ当たり前だよなぁ?」


「常識的な思考をしてください、大賢者っていうのは会いたくても会えないような特別な人物なんですよ!」


「じゃあ誰かにその権利売ってやるよいらねぇよ、お断りだよ」


「どうしてそこまで拒絶するんですか!?」


「ふっ聞きたいか......それはある熱い夏の日のことだった、そうかそうか君はそんなんやつなんだな、その言葉が僕の耳について離れなかったーー」


「明らかに違いますよね!どこまでふざければ気がすむんですか!!」


「そんなに知りたいんだったら見せてやんよ、ほーら!!」


マコトはばさっと思い切りシャツを脱いで近くに投げ捨てる。

突然の変態的行為に王女は魔法を放とうと、桜は呆れたジト目を、メイリーはスヤスヤと、それぞれが様々な行動を取ろうとするがメイリー以外がマコトの胴体を見て完全に静止した。


静かにマコトは胸元にある大火傷したような怪我跡を指差して苦々しげに口を開く。


「まずこれだが、俺が雑魚だとか、ゴミだとか言って無理やり魔法の的にしたシンジが撃った火炎魔法の痕跡だ。ろくな回復魔法も受けれずに傷跡が残って自力で治療してなんとか傷は塞いだ」


人差し指を身体中にある切り傷のようなものを指差しながらマコトは笑う。


「これは調子に乗ったクラスメイト......メイトじゃねぇな、クソ野郎が撃った風魔法の切断痕だな、回復する暇もなくて傷の跡が残っていまじゃこんなふざけた刺青みたいになってる」


全て全て、敵ではなく味方であるはずのクラスメイトにやられた傷跡。

しかも回復があるはずなのに誰一人として助けようとしなかった。

誰一人として手を差し伸べることも注意することもない、唯一動いたのが見兼ねた王族の一部でありクラスの人間ではなかった。

私闘が禁止されて尚悪ふざけは後を絶たず毒が混じった料理を食べさせられて味覚を失った事もあった、態とダンジョンの中に置いてかれて一人二週間ダンジョン内を彷徨った事もあった。

どれもかれもロクでもない物で今思い出すだけでも一人残らず苦しめて殺したいと思うほどマコトはクラスメイトを誰よりも憎んでいた。


何よりもあんな理由で彼女をーー

すぐに思考を打ち切り、マコトはため息を深く吐く。


普段はイケメンだからーとか、ふざけた理由で茶化すが本当に心の底から会いたくないから今態々見せて理由を説明した。


「だから俺はあいつらに会いたくないし心の底から全員一人残らず死んで地獄に落ちて欲しい。俺はユイを連れて家に帰ろうと思う、大賢者とかいうクソ中二病野郎どもに追ってきたら一人残らず裸にひん剥いて先進的芸術作品にして街中に放り捨ててやるって言っておいてくれ」


「それでも私には貴方を連れていかなければいけません、私の立場としては貴方の勝手を容認したとなるとどんな制裁があるかわかりませんから」


「困るんだな?」


「ものすごく困ります」


「ロクでもない考えがある」


「なんでしょう」


マコトは小声で計画を桜と王女の二人に伝える。

元からの計画であり、果たしていない目的も達成できる。


「......良いでしょう、ただしその後に関しては責任を取りませんからね?」


「それで良い、可哀想な王女様になるだけで良いんだからな。ほら、メイリー起きろ」


先ほどまで快眠がどうとか言ってたその口はどこに言ったとフニフニの少女の頬をペチペチと叩くマコトに王女はジト目を向ける。

メイリーは布団に包まろうと両手を振るが無論空を切りマコトはペチペチと少し強めに叩く。


「ん......お義父さん?」


「おい待て、俺は父親じゃない、その上今響きがおかしかったぞ」


若干冷や汗を垂らしながらマコトは呟く。

良くメイリーの姿をみると確実に背が縮んでいる。


「何を言ってるのよ、お義父さんはお義父さんじゃないの」


「うんちょっと待て、ヘルプ!!アイニードヘルプ!!」


マコトは助けを求めるのだが桜はなんとも言えないと言った顔で目を逸らし、王女は王女でジト目を向けてくる。

一体今日何回ジト目をしたのかとマコトは突っ込みたい欲求に駆られるが、面倒になる事が事前に予測できるため口を閉じ、ひしっと抱きついてくる少女に目を向ける。

可愛らしい少女に好意百%で抱きつかれるのは男としては嬉しい限りなのだが、あれほどツンツンしていたのが今こうやってデレデレなのが違和感しかない。

例えるならツンデレがいきなりデレデレに変わったかのような違和感。


「とりあえず、帰るから支度しろ。今回の県で聞きたい事もあるし付いて来い」


「......家に?」


「家以外のどこだよ、土にかえれってか?」


「そういうわけじゃないの、その、私が行ったら迷惑じゃないかって」


何故今になってこんな遠慮するのかマコトは理解できず首を傾げた。


「あのな。今回の件を聞くのに連れてくんだ、文句は言わせない。お茶ぐらい出すぞ?」


「お義父さん、ありがとう」


無垢な笑みは若干荒んだ自分を攻めてくるように感じて思わずマコトは顔を逸らした。


「あぁ......もう、調子が狂うな。とりあえず計画は簡潔だ、とっととやって帰るぞ」


「わかってるわよ!行きましょ!」


やっと家でダラダラできる、そう考えてマコトは笑って最後にやるべきことを始めた。

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