第29話
「どうしたの?」
黒い少女に問いかけられ私は首をかしげる。
何故かとても嫌な予感がして、胸騒ぎが先ほどからするのだ。
少女が眠っている間にこの空間は大分色とりどりに色が塗りたくられた様に見える。
上目遣いで見上げてくる少女の頭をほぼ無意識に撫で付けるとフニャッとだらしない顔で少女は顔を緩めてからハッと思い出したかの様に手を慌てて払った。
こうやって拒絶されると微妙に傷つく。
「いまどき、なえられてほれるおんなのこはいません!」
「くっ......そんな理由で拒絶されたのか私」
「おねえちゃんがいったんじゃない」
「そうだっけ?」
「そうだよ。ゆうしゃさんにいってた」
ミシッと脳に痛みが走る。
何故かその単語が先程から頭に残って離れない。
ゆうしゃ、勇者という意味で間違えない。
異世界から召喚された正規勇者にこの世界で生まれた勇者、昔に両親が教えてくれた物語に出てくる主人公たちだ。
自分とは関係のない伝説上の英雄、一度たりとも見たこともない憧れの人物。
何故かじっくりと胸で反響する様に心に残る。
腕を引かれ服に顔を埋めてくる少女に視線を向ける。
今にも泣きそうで、だけど自身を律して我慢する様に少女は震える口を開いた。
「...おねえちゃんはかえりたい?」
「かえりたい?」
この少女は何を言っているのあろうか。
帰るも何も私には帰る場所はもう無い。
ーーじゃあ何故私はここにいるんだ?
帰れる場所なんてもう無い、だが確かにやらなければいけない事があったはずだ。
なのに何故自分は今ここで時間を浪費してるんだ、今この間にもやっておくべき事があって守りたい物があったはずだ。
「ここはどこ?そもそも私は何故ここに居るのよ?」
最初に目が覚めた時には真っ暗だったのが今は様々な色が溢れ色彩が視界を満たしている。
どれもこれもがバラバラのつぎはぎの様でゆったりと溶ける様に境目が消えていっている。
どうしようもなくそれが寂しい光景に見えて思わず胸を抑える。
「わたしの中、おなか?からだ?きおく?たぶんどこかのどれかのなか。みんないっしょになるところ。おねえちゃんといっしょになってわたしはかんじょうをおぼえた」
「ここから出して、早くダビンとか、アイとかの事を彼に伝えないと」
想定されない別の候補者、その上交錯する数々の計画、早く彼に......
思い出せない、思い出せないがここまで思うならきっと重要なはず。
思い出せるとか関係ない、重要なら重要、ここまで忘れて尚誰かがいたという事を覚えているのだからきっと大事だったはず。
「どうしても出たい?」
「出たいわ。お願いだからここから出して」
「どうして?」
「きっと今アイツが大変な目にあってるから。わたしが助けてあげないと」
「でもおねえちゃんおっちょこちょいでしょ?」
「言わないでよね、気にはしてるんだから。それでも.......いるかいないかで変わる事だってある」
後悔はしたくない、自分がいなかったせいで、とか最後に泣きたくない。
人生やって後悔、そのやる後悔だって先に立って親切に教えてくれるわけではないのだからせめて自分の意思で動きたい。
「そのひとがすきなの?すきってなに?どういうこと?」
なんだその質問は。
そもそも聞いてるのにその単語の意味を質問するとはどういう事だ。
「ちがうの?」
「えっと......多分、違う、かな?」
なんだろう、ものすごくモヤモヤする、そもそも質問の意図がわからない。
何故か少女は寂しそうに小さく笑って突然両手で力一杯押してきた。
慌てて足を踏ん張ろうとするが地面がないかの様に浮遊感に包まれ少女の姿はとても遠く遠ざかっていく。
「ばいばい」
その一言が崩壊の引き金としてパッチワークの様に縫い固められた色彩が崩壊していく。
最後に確かに少女が泣いたかの様に見えて無意識に手を伸ばした。
真っ白に溶けて行く世界に巻き込まれる様に意識が暗転した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます