第28話

「動きが止まったのか...?」


スライムの進行上に位置取っていたマコトは小さく呟いた。

先ほどまで暴食と破壊の権化の様に街を破壊し人々を飲み込んでいたスライムは嘘の様に静止していた。

一体何が目的なのかはわからないが少なくとも時間が稼げるということだけは事実だ。


「どうします?」


「今のうちに解析しよう、アレくれ」


今日中に作った身代わり石を二つ受け取り早足でマコトはスライムに近づいた。

どこからどう見ても不気味な生命体、意思があるのかすらわからない。

ただ機械的に人を食っているのか、もしくは自身の意思で人間を食い漁っているのだ。

全て解析すればわかること。


「『解析』」


ビクビクと若干怖気付きながらもスライムに触れて解析を始める。

どうやら触れても溶かされたり食われたりはしない様だ。


表面はヌメッとしていて微妙に柔らかい。

解析が進み構成物質の情報が膨大な嵐の様に流れ込んでくる。

超集中を使用して尚掴みきれないほどの情報、その中から必要な情報を探り出して理解、このスライムが何かを分析して行く。


まずわかるのは食われた人間はこのスライムの構成物質となり中に内包されている様だ。

体外に適当に放出などされていたら救い出すなんてとてもできない。


まだ希望はある、霊魂は全て保存、構成物質だって中に未だ残っている。

全て錬成しきって魂を元の体に降ろすことができれば十二分に元に戻すことが可能。


事態は絶望的だが最悪ではない、その確証が確かに芽生えた。


一通りの情報を読み終わり脳内に記憶超集中を解いて静かにマコトは手を離した。


振り返ればマコトの視界にユイが血相を変えてよってくるのが見えた。


「ユイ!今から戻すからてつだーー」


声を出そうと肺は空気を送り出そうと努力するが腹部に突き刺さった大剣が激痛を脳に伝え何よりも先に血が溢れ出したことによる血液の不足、痛みが全てを遮りマコトは膝をついた。

背中側から貫通するほどの大剣、それを突き刺す時に音は出るはず、少なくとも殺意を勝手に技能が拾って知らせるはず。

なのに技能も何も反応しなかった。

幸いな事に、昔似た様なことをしてスペラン◯ーごっこをしたマコトには慣れた感覚でパニックにはならない。

身代わり石が着々と失われつつある命を繋ぎとめようと一つ割れた。


右手を傷跡に当てようと伸ばすが触れるよりも早く腕が宙を飛ぶ。


「やはり元勇者だったら確実にここに来ますよね」


聞いたこともない声が響き眼前に誰かが上部から音を立てて飛び降りた

段々と視界を失ってく両眼でその姿を睨みつける様にマコトは確認する。


獣人、白色の獣人。

犬耳を生やし妙に綺麗な毛並みの獣人。


態とらしくマコトに向けてお辞儀をする。


「お初にお目にかかります、あなたの妹のお友達のミハク・・・です。よろしくお願いします、まぁ貴方はもう用済みですけど」


「無駄に喋るな...死ぬぞ?」


「まさかここに来て捨て台詞ですか?勇者だったら謎の力を解放とかして戦わないんですかー?あっごめんなさい、その剣ってー能力封印の加護が付けられた剣なので技能も魔法も何も使えませんけどー!」


下卑た笑みを浮かべながら悪魔の様な美少女は笑いながらマコトの頬を蹴った。

ユイならば確実に後ろから容赦なく首チョンパするはず、そう信じてやまないマコトは笑う。


「なーに笑ってるんですか気持ち悪い」


「逃げたほうがいいぞ?ユイに首ちょん切られても知らんからな」


「あー、あのエルフですか?もう既に絶縁結界の中に入れてるんで身動きできませんよ」


絶縁結界、まぁ要するに魔法の起動を解術する範囲結界。

高度な魔法とされて数千人を動員して尚街一つ囲うのが精一杯の術。

眼前をマコトは見るが視界が朧げでよく見えない。

自分の命が減ってるのが目に見えて詰んでいる状況を認めざるを得なくなってきた。


「なぁ、この天撃張ったのお前か?」


「そう聞かれて素直に答えるとでも?」


「だよな、冥土の土産に教えてくれないかなと」


「ふふふ、諦めたんですね。というかそろそろくたばってくださいよ、貴方何者ですか?技能も全て使えない状態で右腕を無くして腹を派手に貫通されてなんで生きてるんですか?」


「さぁ...なんでだろうな、もう視界は消えてるぞ?」


そう言うと同時に身代わり石が割れ一時的にマコトの体が全快へと変わり絶縁結界の中に閉じ込められたユイの姿を見た。

魔術が使えない状態では流石のユイも鎌を取り出せないし、得意の魔術も使えない。

完全に八方塞がり、チェックまでかかってる。


「まぁいいですよ。この結界を張ったのは私でーす、天才でしょ?まぁこのキモスライムを作ったのは別の誰かですけどね」


別人...こいつ以外の誰がこんなのを作るんだ?

作れるとしたら誰だ、国の実験か何かか?それとも外道魔導師か?

兎も角今既にここにそのスライムがいるのと自分の腹に剣が突き刺さってるのが問題だ。


「元々あった王都の防御結界を利用させてもらったら一瞬で作れましたよ。本体の術式が城にあったので苦労しましたが、まさか異世界の勇者...サクラでしたっけ、あの子が私を愛で回したいとか言ってくれたおかげで大分楽に計画が進められましたよ」


「で、そこまで進んでるなら...なんで今出て来た?」


「え?きっづいていないんですかー?貴方を乗っ取るのが目的でしたけどそのスライムを今から私に変えるんです」


「だがそのスライムはーー」


意思のない何か、そう言おうとするがダビンは遮る様に喋り始める。


「生命体、生きている一個の魂。条件を満たしてるしこれほど強力な素体初めて見ました、このスライムを作った人間がどの様な目的であったとしても私には徳しかありませんね」


さて...そう呟いてミハクの体を乗っ取ったダビンは禍々しい形をした短剣を抜きマコトの首に当てる。

皮膚越しに伝わるほどのやばい雰囲気、死を直に知らせてくる様な危険度。

ダビンは勝利の確信とともににっこりと微笑む。


「さよなら勇者、昔私も貴方に憧れてましたよ」


微笑を湛えながら短剣を振り上げ力任せに勢いよくダビンは振り下ろす。

身代わり石の残りの数は三、やばい状況には変わりない。

ここで切り札を切れば間違いなく身代わり石を使い果たす。

そうなればスライムの解体、食われた人間たちを救い出せなくなる。

だが切り札を切らなければ殺されて終わり、何もできない。


選択肢の無い選択肢、今ここで死ぬか、切り札を切って市民を殺すか。

自分の命を優先するか第三者の命を優先するか。

そもそも自分が死んだら誰も助けられない。

自分を助けられない様な人間が誰かを助けられるか?


コンマ数秒の間に超集中による自問自答を繰り返しマコトは決心を固める。


今の今まで吸い込んでいた空気を吐き出す様に、大声を上げてこう唱える。


「『満開』」


首を切らんと押し付けられた短剣は翡翠色の魔力に弾けとび数十歩ダビンは後退する。

魔力操作の延長線上、過去に酒場で老人に教わった東方の秘術。

魔力を操作し身体を爆発的に強くする開花、その完成形である最大の技、満開。

技能でもなく、魔法でもなく、ただ反復練習と無茶と努力によって生み出され、受け継がれてきた秘術:『満開』。

死に瀕しているほど強くなる一種の使えない様な技、右腕が飛ばされ、腹を切り裂かれたマコトは間違いなく死に瀕していた。

つまり今なら一番満開を使えるはず。


朧げに消えかけていた視界の端に五分の文字が表示され点滅を始める。

制限時間、これを越えたらおっさん曰く死ぬらしい。


腹に突き刺さった大剣の柄を握り、力任せに引き抜いた。

一時的に急増した回復能力が傷跡を回復し塞いだ。


「そっそんなあれは童話じゃ...」


「あの童話って結構忠実に作られてるんだよな。一見御都合主義に見える技名とかも全部ネーミングセンスのないおっさんが付けた名前だし、能力もそこまで変わらない。勇者伝記を読んだんなら『満開』ぐらい警戒しとけよ」


戯けた笑いを浮かべるマコトを尻目にダビンはスライム目掛けて駆け出す。

殺されるよりも早くやられるよりも早く同化し生き残る魂胆だろう。


マコトは切り飛ばされた右腕を拾い上げ傷口に押し付け、確かに右手を握りしめる。

莫大に強化された回復能力は例え部位の欠損だろうが回復する。


間髪入れずに大剣を両手で握りしめ前のめりに重心を落とし地を蹴り付けて加速、更に加速。

必死にスライムへと近づくダビンの両足を容赦なく切り飛ばし、勢いを殺さず壁を蹴り反転、一切の容赦なく獣人の体を乗っ取るダビンの腹を突き刺した。


「おまえっ...この体は別人の...」


「それぐらい知ってるに決まってるだろ」


大剣を地に突き刺し両腕をダランと下に垂らすダビンの頭部を握りしめる。


「人殺しが...お前は勇者なんかじゃない...ただの人殺しだ!!」


「数千人を殺そうとしてる人間を倒すのは人は英雄って呼ぶんだぞ?」


英雄はなるものではない作り上げられるものである。

人々が勝手に作り上げる偶像、気に食わなければ勝手に失望し勝手に笑う。

そもそもなぜ戦ったのに、戦ってたのにあんな仕打ちを受けなければいけなかったのか。

舌が毒で焼かれ喉も潰れ、背中には悪ふざけでぶつけられた火球の火傷跡がまだ残っている。


ーー憎い。


クラスメイトが憎い、人が憎い、誰もが憎い。

なぜ守ったのに殺されそうにならなければいけないのか。

なぜ幸せを手に掴もうとして否定され笑われ引き離されなければいけないのか。


どうしてそんな人間を守る必要があるんだ?


無い、きっと無い。

誰一人として守る必要性なんてない、誰も彼もが自分を憎むんだったら守らなければいい。

周りの人間がいなくなれば自分は晴れて自由だ、苦しまなくて済む。


『楽になっちまえよ』


ダビンが入ったミハクの首をゆっくりと締め上げていく。

苦しげな声が彼女から漏れ死にたくないという声が耳に入った。

紅い亀裂がマコトの体に走り翡翠色の魔力が紅く変化していく。


誰もかれもが信用してくれないなら誰もかれもを無くせばいい。

全て無くなれば楽になれる、もう誰も憎まなくて済む、もう誰も無くすことが無くなる。


彼女が苦しそうに呻き声をあげるのが段々と心地よくなっていく。


自分があれだけ苦しんだのに周りの人間が苦しまないのはおかしい。

全人類同じ痛みを味わって泣くべきだ、苦しむべきだ。


ゆっくりと、すぐには殺さずに華奢な首を握り段々と締めて、苦しそうな声に耳を傾ける。


このまま殺して地獄で延々と苦しめばいい。

こいつは存在してるんだから苦しまなければいけない。


マコトは首の裏に冷たい物を感じゆっくりと目を向ける。


「兄さん、止めてください。じゃないと切ります」


至近距離での王国の宝剣であろう聖剣、それを突きつけられマコトは一度止まってから笑う。


「なぁ、お前は幸せか?」


「...貴方は誰ですか?」


「お前の兄貴のマコト以外のなんなんだよ」


この妹はボケたのか。


「兄さんは人の痛みで笑う様な人間じゃない、その顔でふざけたことを言うんじゃない!!」


「勝手に俺が誰とか決めつけるな!!もううんざりなんだよお前らには!!」


ほぼ衝動的に右手を振り上げて桜の頬めがけて全力で拳を放つ。

吸い込まれる様に拳はまっすぐと空を切り桜の頬を捉えボールを無造作に投げる様に彼女の体が地にぶつかり飛んだ。


腹部を抑えて苦しそうに呻き声をあげる妹を見てマコトは口を閉じる。


苦しそうにしていれば楽しいはずなのにまったくもって嬉しくない、むしろ不快感を感じる。


気配がし、マコトは後部へと勢いよく回し蹴りを放つ。

超強化されたはずの一撃、それが空中で止められ咄嗟に動こうとするが四肢が固定されマコトは眼前の女性ーーユイを睨みつける。


「まったく、家族に暴力を振るうのはダメです。人としても、親としても、兄としても」


「離せ!!じゃますんじゃねぇこのくそ野郎!!」


「馬鹿言うんじゃありません!!人に対する口の利き方を治してください、いくら夫婦の中とはいえそんな言葉遣い許しません!!」


そう言ってユイは勢いよく右手を振りかぶってマコトの頬を殴った。


「そんなことばっかりやってるからアイだって中々帰ってこないんですよ!早く目を覚ましてください!!」


二度目のボディブロー、思い切り右ストレートが頬に、そして極め付けに黄金の左ストレートが腹に突き刺さる。

エルフが魔法以外にも特化してるのはあまり知られてはいないが確かな事実である。

街中でエルフにふざけた事をする輩がいないのもそのためだ、下手にセクハラでもすればもれなく二つの金の球が潰されるのである。

腰を入れた本気パンチをユイが放ち、等々マコトは静かに気を失った。


「ふぅ...まったく世話がやけるんですから」


「いや流石にやりすぎじゃないですかお義姉さん...?」


数十発の打撃を加えたユイに若干引きながら桜は問いかける。


「マコトさんが間違えたら止めるのは私ですから」


若干落ち込みながらもそう呟いたユイにミハクの体を乗っ取るダビンは手を伸ばすが空間圧縮魔法でミハクの腕ごとユイは消し去る。


「場所さえわかればそんな脆弱な魂ぐらい消し去れますよ、さっきあんなことまでやってくれましたしね...」


「こっ交渉しよう、この娘の体を返す...だから命だけは!!」


笑顔でユイはミハクの頭部へと鎌を振り下ろし、桜が悲鳴をあげる。

断末魔が静かに、それでいてやかましく放たれ、ダビンの魂は完全に崩壊した。

桜が想定した様な脳天が破られグロ画像になることはなく鎌はミハクの体を貫通し地面にぶつかり止まった。

そして流れる様に切り裂かれたミハクの両足をまるで木を拾うかの様に拾い上げて元の場所に戻す。


「『セイクリッドヒール』」


最上級魔法であるセイクリッドヒール、瞬く間に傷だらけだったミハクの体は修復されいき、静かに息を吹き返した。


「バッドエンドなんて嫌ですからね、死ななくてもいい人を見殺しにすることはできない...ですよ」


「よく...あんなグロいのを持てますね...」


断面図が綺麗に見えるほどの脚などを指して桜は若干、というか普通に引きながら質問した。

何を言ってるのという風に可愛らしい動作でユイは首を傾げる。


「待ってる間に壊死してしまうし、戸惑うのは失礼では?」


「あっはい、ソウデスネー」


この人を怒らせてはいけない、そう確かに桜は心に誓って兄に駆け寄った。

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