第27話
真っ暗な空間、油の中に落とされた水の様に剥離され、ポツリと二人の少女が佇んでいた。
ここがどこだかわからないがとても寂しい場所だとわかって自分も、彼女もおそらく迷子だと思った。
ごく自然に、迷った少女を手助けするために白髪の少女は小さな子供に手を差し伸べる。
こちらを伺う様に小さな少女はこちらを見上げて様子を伺う様に私の手を見て、ゆっくりとその手を取った。
この暗い空間に簡単に消えてしまいそうな黒い少女、身長は自分よりも数十センチ低いぐらいだろうか。
特徴を挙げるとすれば地に付くほどの長い黒髪に何かを探す様な濁った目。
「貴女、迷子なの?」
「ううん」
恐らく否定。
パッと少女は手を離して黒い空間を独りでに駆けていく。
少女が歩いた地面は何故かとても色鮮やかでとても尊い物に見えた。
踏みつけるのを偲ぶほどそれは綺麗で少し躊躇してしまうが少女は足早に暗い空間を走っていく。
何かを探している様で少女は違うなぁ、とかこれでもない、とか立ち止まる度に言っては歩き出し、言っては止まり。
「何か探してるの?」
私が問いかけると少女はにっこりと笑って振り返る。
「ゆーささん、まこと」
ゆーさ?
小さな子供らしく不確かな発音で少女は言った。
それが何かが気になったが少女がにっこりと笑っているので気にしなくていいかと思った。
思いかえせば自分は何故ここにいるのか、たしかに女に殺されたはずで...だが少なくとも自分は生きている。
兎も角自分は早く彼にーー
「誰だっけ」
彼とは誰だっただろうか。
とても捻くれていてうざったいぐらいの調子者でそれでいて助けを求める人間がいれば怪しかろうが付いて行ってしまう様な人。
突然現れた吸血鬼にもきちんと人として接して助けようとしてくれた人。
こっそりと悪夢を見た私を助けてくれていた、まるで父親の様な人。
「誰だったっけ」
とても大切だったはずなのに、何故か名前も、その姿も脳裏に浮かばない。
薄っすらと、だが確かに人の姿は見える。
忘れてしまってはいけないと考えれば考えるほど頭痛が激しくなっていく。
服を引かれていつのまにか眼前に立っていた少女へと目を向けると彼女はにこりと笑って口を開く。
「ここおを、おしえて」
心、感情、気持ち、誰もが持つであろう一つの測定不能な物の一つでありとても複雑で形容しがたい物。
誰もが感情を持つから相手を理解し合えるし、憎めるし、助け合える。
そんな心をこの子供は知らないのだろうか。
「心っていうのは好きとか嫌いとか、楽しいとか憎いとかの想いよ」
「おもいー?」
「そうよ、貴女も他の人と話したりすればわかるわよ」
「おはなし?」
思わず首を傾げて困惑する少女が微笑ましくてクスリと笑みをこぼす。
「ねぇ、貴女の名前は何?」
会話の基本、名前を知らなければ相手に話しかけることもし難いし、友人関係を築く際に必須の物。
少女は沈黙し俯いた様子で腹部に顔を押し付けてくる。
「もしかして名前が無いの?」
「わたし、おなまえない」
「お名前...それは大変ね、親御さんはどうしたの?」
少女は首を振る。
これは困った、小さな子供が親御さんもいない中一人でいるなんて危ない。
今まで両親が死んでしまったとか、色々な事情があって親がいない子供を見ていた。
何もやってやれなかったが今なら何かできるかもしれない。
ここまで今自分自身に自信があるのが不思議でしょうがない。
なるべく優しく少女の頭を撫でて怖がらせない様に笑顔を見せる。
「じゃあ一緒にお名前考える?」
「おなまえくれるの?」
「うーん、私名前付けがお世辞にも良いとは言えないから一緒に考えるじゃダメ?」
「うん、いっしょにかんがえる」
「何がいいかしら、やっぱり将来周りの子供に笑われない様なきちんとした名前をつけてやらないといけないし...」
困った、一緒に考えようとか言っておいて案が全く無い。
こういう時に限ってあの人間は居ないしどうしたものか。
確か二人子供がいると言っていたし名前付けも慣れてるはず、居ればだいぶ楽なのに。
というか、ここまで考えてし信用している人間なのに名前も顔も浮かばない。
「おねえちゃんのなまえはなに?」
「私はメイリーよ」
「じゃあわたしもめいりーがいい」
「流石に同じ名前はどうかと思うのだけど、ここは無難に二文字以上四文字以内で...」
本当に難しい、一体自分の親は名前をどうつけたのだろうか。
相手の将来のこととかも考えるととても心配とか人間関係とか色々考えてしまって案が浮かばない。
そんな中少女は心から嬉しそうに向日葵の様な満面の笑みを浮かべた。
「なんでかむねがふわふわする!」
「それは多分楽しいって事ね。多分貴女は名前を考えるのを楽しんでるのよ。難しいけど...」
ここにきて一つ良い方が思いついた。
過去の英雄の名前を付けるのはどうだろうか。
とても良くある話だし周りからも変な目で見られない、むしろ好ましい反応が返ってくる。
自分は吸血鬼だが人間の勇者とかも結構好きで名前も覚えたのだ。
正規勇者のシンジに魔導師の葵、他にも結構あって物語の締めを括る勇者の名前はーー
「いてて...頭が痛い」
どうしても名前が出てこない。
「だいじょーぶ?」
「大丈夫よ、ありがとね。ごめんなさい、ちょっと休んでも良い?」
「いいよ、おねんねする?」
「あはは、確かに疲れたしもう寝たい」
そもそもどうして私はここまで疲れてるのだろう。
なんのために頑張ってたんだろう、誰のために頑張っていたんだろう、どうしてここまで頑張ったんだろう。
どうして、どうして私は今
何か大切なものがあったはずだ、自分の命を投げ打ってでも助けようとした何か、その何かがわからない。
「おねえちゃんなにしてるの?これなに?」
少女がそっと目元の涙を拭って訝しげに眺めた。
「それは涙よ、悲しい時に出るのよ」
「ねぇ、わたしもそれでるかな?」
「出るわよ、いつかきっと」
「そっか」
もう疲れ果てて何も考えられなくなって、眼前に現れたとても見覚えのあるベッドに横たわり一度目を閉じた。
ふわり、ふわりと紙飛行機が宙を舞いベッドの下に落ちて行く。
小さな少女が手に入れた記憶の破片、そこから取り出した一つの思い出。
本心から、未だに扱い方のわからない感情、わからないことばかりの少女は吸血姫を放っとけないと思った。
「おやすみ、おねえちゃん。はぁ...わたしもねむいや」
それはそうと、生まれたばかりの少女にとって空腹を満たすために食事を続け満腹になった今、摂取した霊魂から睡眠、夢を見るという行為を覚えて朧げな両目をこすりメイリーが眠るベッドへと入り込んだ。
こうして二人の少女は微睡みの中へと落ちて行った。
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