第26話
「ーー事態は最悪です」
王城へと戻り王女が放った第一声がそれだった。
深刻な顔でこの世の終わりでも見るように王家の少女は力なく落ち込む。
窓から外を見れば王都を守る防壁の西門周りは全て紫色の液体のような‘何か’に満たされて結晶のような物の中で都市が溶け去っていくのが確かに見えた。
逃げ纏う人々は次々に飲まれじっくりと食事を楽しむかのように捕食されていく。
間違いなく地獄絵図、王女がこのような顔をするのも頷けた。
天空には依然として空撃の光輪が浮かび地上には謎の液体生物が都市を飲み込んでいく。
着々と終わりに向かっているのが見えた。
「ユイさん...貴女ならこの結界の外へと出れる、違いますか?」
「出れますよ、ですが私に触れられる人数が限界です」
「十分です。直ぐに勇者一行を招集しこの結界の外へ逃がします、これから放たれるであろう天撃であの生物が殺し切れれば良いのですが」
最高戦力を守り逃がして次に備える。
例え王都を破棄しようと抑止力ともなっている勇者が一度に失われるのは不味い。
だからこそ運びきれるだけの人数を逃がしこの国の後を考える。
それが今の最善手と彼女が判断した。
「なぁ、なんで戦わないんだ?」
ボソッと胡座をかいて干しイカを食べていたマコトがそう呟いた。
家が海に面している為偶に釣りに行って魚を釣ったりタコを釣ったり、それを乾燥させおやつとして持ち歩いているのだ。
衛生上は完璧、加護をわざわざかけた布に包んでいる為腐ることもない。
人類の叡智ここに極まれり...完全に無駄な使い道である。
「勝てないからです」
「試したのか?」
「試しました。勇者一行の遠距離武器による攻撃での殲滅を図りましたが直ぐに再生されてしまいとても殺しきれない」
もう既に手を尽くしての判断。
その上での覚悟、この国を考えた最良の選択を少女は選んだ。
ーーだが、だからこそマコトは自分を指差した。
「俺、まだ試してない」
ドヤ顔、自信満々な顔でマコトは呟いた、軽くナルシストが入っている。
ただ格好をつけているのではない、他の勇者の能力を合わせて戦えばどうにかあの‘何か’を倒せるのかもしれない。
今になってもまだマコトは諦めてなかった。
と、格好をつけるマコトの裾をユイがちょいちょいと引っ張りマコトは横を向く。
「マコトさんマコトさん、格好つけるのは良いですけどイカを食いながらだと老人ぽくてあまり格好良くありません」
「やめてよね人が格好つけてるのにそういうツッコミを入れるの」
「それでも私は反対...というか意味のない攻撃で無茶をするのは嫌だって言ってませんでした?あと誰かの為に戦うのはクソとか、責任転嫁うざいとか、勇者なんて死ねば良いのに、とか言って反対的じゃないですか、どういう風の吹き回しですか?」
「そりゃあ王都の裏街を守る為だろ、後市民とミートパイの為」
王都の裏街...世の中の影とすら言われてるような場所。
亜人差別が抜けない王国が静かに無視をして黙認するこの国の闇。
奴隷取引から売春、はたまた亜人の肉だって食品として売られてるような場所。
マコトが年中金欠な理由はそこに売り払われたエルフや羽根っ子、鳥人族を買って故郷に返すという恩返しをしてる為だ。
ただの偽善と言われればそれまでだが、過去に鳥人族や亜人に救われたマコトのせめてもの恩返し、また奴隷として取られないようにユイとの協力で悪意のある者が進入できない結界も村や集落に張っている。
なのに謎の生物に全て飲まれて全滅しました、だ?
とても認められない、確かに奴隷商人が死ぬのは心の底から喜ぶべき事だがそいつらを殺すために亜人を見捨てるのは何かが違う。
「だからやれるだけのことやって戦おうぜ?つうかそもそも賢者とかどこにいるんだよ、こういう時に対処しやがれってんだ」
「賢者様は今結界を解こうとしてるようですが下手に干渉すれば起動しかねないと、触媒の準備などを始めたようです」
「始めたって遅えよ、集め終わる前に天撃かスライムでおじゃんだよ...って待てよ、ユイ、一回外に出て賢者を抱えて来ることはできるか?」
一度出て賢者を抱えて中に入れれば全て解決ではないか?
珍しくうっかり忘れるとこを気づいたマコトがそう呟いた。
だがユイは頬を膨らまして顔を逸らす。
「...マコトさんとその家族なら良いですけどそれ以外に肌を触れられるのは嫌です」
「あのぉ...緊急事態なんですけど」
流石に理由が理由で王女はそう呟いた。
だがユイはにっこりと笑みを浮かべる。
「私からしたら家族と同族と、マコトさんの知り合いが生きてればそれで良いので人間の王都が亡ぼうが、人類が存亡の危機に瀕しようが関係ないんですよ」
「いやユイ?流石に食事とかもあるから...」
「お好きな業者を保護しましょう」
「うんわかった、この話止めよう、絶対闇が深くなる」
さらっと人類亡ぼうが関係ねぇよと笑顔で言うユイに若干恐れをなしてマコトは言った。
しかもほんとうに実行できるあたり恐ろしい。
「取り敢えず時間はある。あのスライムを解析してみて解決法を見つけよう」
「でもマコトさんなら錬成とか再生とか、回復とか合わせてあのスライム崩壊させられないんですか?」
「できるんですか!?」
「
おそらく残りの身代わり石を使って開花を二回使えば行って帰るはできる事をマコトは知っている。
一度だけ触れて身体中を錬成の分解、再構築の過程で分解だけすればあれぐらいのスライムだったら崩壊できると経験上から言える。
そうすれば晴れてスライムを撃破し他の市民の平和を守れるわけだ。
マコトの言ってる事の意味を理解し一を切り捨てる考えを固めた王女は強く座を握りながら叫ぶ。
「ですがあれを倒せなければ王都は終わるんですよ!?市民だってこの国のためなら喜んで死ぬはずです!」
今既に飲まれた数百人の為に目の前の人間は対処しようとしない。
解決法があるのにそれを実行しない、それを王女は堪らなく理解できなかった。
「馬鹿言ってんじゃねぇ。貴族とか王族が飲まれてたらお前ら血相変えて助けるくせに市民数十名数百、数千になった瞬間簡単に切り捨てる」
過去に病魔が蔓延した時は速攻で隔離して助けると言う事を考えなかった。
未知の病だから、もう救えないからと理由をつけて隔離し人ごと病魔を葬り去った。
それで数万人が死んで他の数万人は生き残った。
王族の一人がその病にかかった瞬間国は総力を挙げて解決に乗り出して結局解決はできたが全てもう遅く死人が出た後だった。
絶対にそれが正しいとマコトは思わない。
「私はもう覚悟を決めました、彼ら彼女らを見殺しにした罪は私が背負うと」
「覚悟とかいう言葉を使うんじゃねぇ、そんなの覚悟じゃなくてただの諦めだ、思考停止して引き延ばす方法だけしか考えてない。まだ試してもいないのに全部諦めて自分が未来永劫背負うだ?ふざけんじゃねぇよ鬱陶しい」
「子供のようなわがままはやめてください」
「わがままだろうが屁理屈だろうが諦めて全部無くすよりはマシだ。一を切り捨てて九九を救うのに納得しない、理解はできるがな。それが全て試して考え込んで出た結論なら俺は否定しない、権利無いし。だがまだ可能性はある、質量保存の法則に従って食われた人間の構成物質、霊魂はまだあのスライムの中にあるはずだ、助けられる可能性がある」
「もし失敗したら?貴方が失敗したらどうする気ですか?もし貴方が失敗してスライムが進行を進めて国を飲み込んだら?もし貴方が失敗して王都の結界から出れなくなったら?どうせ貴女は信条さんが死んだらすぐに消えるんでしょ?」
ユイに向けて王女は言うが心底理解できないと言う風に首を傾げた。
「死なせませんよ?ダメそうだったら抱えて逃げます」
「逃げた後は王族や勇者を助けますか?」
「嫌ですよ?見ず知らずの人間に触られるのは本当に嫌なので」
「そんな我儘を...」
「エルフですからそう言う誓いもあるんですよ」
王女は溜息を吐き、静かに右手をあげると辺りに待機していた騎士達が剣の切っ先をマコトとユイへと向ける。
出入り口を塞ぐように展開された騎士たちの狙いは説得のための時間稼ぎだろう。
誰もかれもが冴えない顔をしてこちらに武器を向けている、悪意は無いが業務上仕方ないと言ったところとマコトは推測する。
「じゃあな王女、ちょっとは成長しろよ?」
もっと人に優しくして根気強く諦めという単語を鼻で笑うぐらいがこの国の王族として相応しいとマコトは思う。
自分をコテンパンにぶちのめして説教したのも当時の王女だったしグレた時に叱責したのは国王だった。
個人的にそこまで恨みもないしむしろ恩を感じているので一言の助言だ。
「捕らえなさい!!」
剣を携え騎士がよってくる中マコトは迷わずユイを抱えて倒れこむように前へ体重を向ける。
たった一瞬の加速を生むためだけの開花・速、魔力消費量を抑えた簡易バージョン。
騎士たちが退路を塞ぐように剣を横に向け盾で囲もうと歩く騎士たちを超集中で行動予測、そして一歩踏み込み騎士たちの隙間を抜けて窓を蹴破り王座の間を飛び出した。
一時的な加速で飛び出した二人の体は重力に従い空中に弧を描きゆっくりと落ちていく。
阿吽の呼吸でマコトが空中で体制を変えユイは地へと手を伸ばす。
「『ネフ・レラ』」
上位の風魔法である『ネフ・レラ』が発動し地面のすんでのところで竜巻のように風が舞い起こる。
本来魔力消費の激しいはずの高位の風魔法をバネ代わりに使う荒技。
下手をすれば勢いよく地面とキスして終わりだし、魔力の保有量が少ない、例えばマコトのような人間が使えば一発で魔力が切れて空中で気を失いついでに命も失うだろう。
風魔法に適性のあるユイからすれば慣れ親しんだ物の一つ、魔術に特化したエルフだからこそできる芸当。
爆発的なまでの風が二人の体を宙に飛ばし風の勢いのまま街の上へと飛ぶ。
ここでまたユイが小さく風魔法を手元で起こし体制を変え着地へと適した物に変える。
ぐんぐんと迫る屋根に向けてマコトは両足を向けて開花・守を脚のみに末端発動、鉄の杭のように硬くなったマコトの両足が屋根上の瓦を踏み壊し停止。
一瞬で王城の最上部に近い部屋から眼下の街に飛び降りたマコトは額の汗を拭い一言。
「窓の修理代いくらだろ...」
精巧に作られた窓の値段はいくらになるのだろうか、これが今最も問題だった。
ポンと優しくユイは肩を叩き笑う。
「正当防衛ですよ、正当防衛」
「だよな、俺悪くないよな」
「それはさておき早く行きましょう
「へいへい、鎌での移動は出来ないか?」
「魔力の温存をしておきたいです、開花での移動か風魔法の移動、わたし的にどっちかがいいと思います」
「了解、俺まだ身代わり石あるし開花での移動にしよう」
そう言って運びやすい様に抱え直すが指先が豊満な胸に当たる。
完全なミス、全くもって下心のない行動だった。
頬を少し赤く染めてユイは柔らかくマコトの手の甲を抓る。
「マコトさんのえっち」
「おい待て、これは不可抗力だ!」
「乙女の胸に触っておいてなんですかその言いようは!!ヤルんだったら時と場所を考えてって言ってるんです!」
「んなもんわかるか!?もういいや、取り敢えず移動するぞ」
なんとも間の抜けた感じでマコトは開花・速を使い屋根上を駆け出した。
天撃までの制限時間は二日と数時間、スライムの進行速度は思ったよりも遅い。
スライムを撃滅、人を救い出して天撃をキャンセル、上手くいけば簡単に終わる、そうマコトは判断した。
両足に力を込めマコトは屋根を飛び移りながらスライム状の何かに向けて走った。
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