第25話

爆裂。

噴煙が舞い視界を埋め尽くすほどの火炎が道を閉ざす。

致命の一撃、相手を仕留めるために放たれた火炎魔法は裏路地を焼き尽くし、術者である少女は辺りの民家への火移りを気にすることなく魔法を放っていく。

間違いなく一般人であれば身体中の皮膚細胞が焼き尽くされ炭へと変わるほどの業火、常人では耐えられないほどの痛みがその人物を消し潰すほどの熱量。

だがそれでも銀髪の少女は足りないという風に火炎弾を放ち表通りに逃げようと傷だらけの足を引きずる。


だがその足取りを物理的に止めるように彼女の両足目掛け鋭利な氷柱が高速で飛び肉を切り裂き少女は地べたに這い蹲る。


「どこに逃げるのかな?」


女の声が裏路地に響き先程まで吹き溢れていた大火の炎は消滅し燻んだ黒髪の女が笑う。

嘲笑うかのようにニコニコと微笑みながら寄ってくる姿は恐ろしく、ゆっくりと進められる歩は死へのカウントダウンのように聞こえた。


「くっ...『ライトニング』」


雷鳴が空を翔ける。

高威力、高速度の雷魔法であるライトニングは精密な狙いで放たれ女の脳天に命中した。

だが何もなかったかのように女は笑う。


「だーかーらー、僕にはほとんど効かないって。蝙蝠如きがエルフに勝てるとか思わない事だね」


「何が目的...とは聞くまでもないわね」


自身の手の甲にある血の跡、そして女の右手の甲に描かれた血の跡、間違いなく他の候補者。

全てにおいて負けている自分がこの状況を切り抜けられる道理など無い。

両足は既に動かない、魔力は枯渇寸前、右肩から先の感覚はもう既に無い。

吸血鬼が持つ再生能力も霊魂を摂取していないせいで碌に使えない。

つまりここまで来て詰んだという事だ。

誰にも救われる事だって無い、こんな裏路地に入ってくる物好きだっていない。

入ってきたところで砕氷に体を貫かれて死ぬか風で切り刻まれるか、どちらにしろ勝てる道理など無い。


「じゃあ特に恨みはないけど死んでね」


黒髪の女の右手に風が集中し始める。

トドメを刺す気になった、つまりはこの苦しいのもやっと終わる。

ここで自分は死んで種族引っくるめて絶滅。

考えうる限りでの最悪の可能性であり、その結末へと一歩一歩確かに進んでいっている。


風切り音と共に両目を静かに閉じて吸血鬼の少女の意識は完全に暗転した。


女は少女の横に座り込み懐から小瓶を取り出す。

紫色の液体が中で生物的に蠢く姿は気持ち悪く吐き気を感じさせるような歪さがあった。


だがふと女は小瓶の蓋を取るのをやめて少女の匂いを嗅ぐと訝しげに首を傾げる。


「...どうしてお父さんの匂いがするのかな?」


ただ一言そう溢してどーしてかなーとか、なんでかなーとか、小さな子供のように独り言を呟きながら首を更に傾げる。


彼女の横に老人が飛び降りて、苦々しげに唾を飲み込み少女を見下ろした。

面識は無いが親友が気にかけていた相手であり、まだ小さな子供。

誰も彼もが自由に生きれるはずの世界になったはずなのに今またこのようなことが起きている。

かつては自分もその世界を夢見て協力したはずなのに、今はその殺人の片棒を担いでいる。

誰が悪いのかなど聞くまでも無い、自分だ。

参加すると決めた時点で自分には責任がある、それを理解している。


「すぐに終わらせよう」


「わかったよ、君はせっかちだな」


少女を観察していた女を止めて老人は回復薬が詰まった瓶を半ば強引に少女の口に流し込んだ。

虫の息、絶命まで秒読みであった少女の命が一時的に繋ぎとめられ呼吸をゆっくりと、だが穏やかに再開した。


「早く置いてね、時間ないから」


「わかってる、急かすな」


老人は麻袋を地面に置いて袋の中から回復薬がたっぷりと詰まった瓶を慎重に並べて行く。


ーー大丈夫、これは友人の為だ。


男はまた自分に言い聞かせて一つ、また一つと瓶を置いて行き数分もすれば辺りは回復薬に満たされた。


「じゃあ始めるよ。エリックは急いで逃げてね」


「後で合流しよう」


「その辺で死なないでね」


「心配してるのか?」


「駒を無駄に使い捨てるのは愚策だよ?」


「はいはい、わかりましたよ」


所詮自分は駒でしかない、命じられたことを忠実に行う一人、だがそれで良い。

エリックは笑って瓶を入れていた麻袋を担ぎ身体強化魔法を自身にかける。


「じゃあ後で合流しよう」


「早よいってよ、始めるから」


ひょいひょいっと紫の小瓶を女は揺らす。

深いため息を吐いてエリックは屋根上へと駆け上がった。


それとほぼ同時、数秒変わらぬタイミングで女は小瓶を開き、中の紫色の液体を少女の胸の上にそっと落とした。

薄く笑って女は空へと飛び出しその場を離れた。


一生命体であるスライム状の’何か‘は蠢いて辺りを伺うように震える。

そして外の世界への第一歩を踏み出した何かは一つの違和感を覚える。

人が本来空腹と呼ぶ感情、それを知らずに覚えた‘何か’は先ず自分が乗せられた肉を見た。

まだ温かみがあってとても柔らかそうな血肉、上質な布が包んだ素晴らしい食べ物。

表面を溶かしながら段々と’何か‘は少女を貪り、吸収していく。


シャク


霊魂を貪り、血肉を味わうという感覚を覚えながら’何か‘は食していく。


数分もすれば少女の姿はそこから消えて大きな水溜りだけができてた。

味、感情を霊魂から覚えた何かは空腹感を感じ辺りを見回す。

もっと美味しいものがあるはずだ。

体を震わせることで’何か‘は動き出し辺りに並べられた回復薬を飲み更に成長を重ねて静かに裏路地を動き、新たな食べ物を探し動き出した。


そして’何か‘は行き交う人々を見て笑う、口は無いがたしかに幸福感を味わう。

こんなに美味しい物が溢れている、なんて楽しいんだろう。


飢餓に飢えた紫色の’何か‘が街中へと解き放たれた。


それとほぼ同時のタイミングで十分かけて行われた解析は終了しマコトは倦怠感と共に立ち上がった。


「解析が終わったんだが、この術式の本体は城だ」


「城って...まさか間者が居たんですか?」


「だろうな。今掴んでる情報で判断するなら今の状況は推測できた内の一つだな


侵食型のダビンという亜人、それが存在しだれかを侵食したという事は既に知っていた情報だ。

つまり前もって入念に準備した計画をダビンが始めたという事となる。

城に仕掛ける意味、魔術陣を守る意味、そしてわざわざ空撃という大魔法を放つ意味。

これら全てを擦り合わせて目的を考える。


もしかしてという可能性、確証はないがありえるかもしれない一つの狙い。


「...なぁユイ、城の耐久ってどれぐらいだ?」


「...流石に空撃一発で消し飛びますよ?跡形も残らず」


「敵の狙いは宝物庫だと思う」


転移魔法によって行けるはずのこの世界のどこかにある王国の宝物庫。

それがあれば空撃を放とうが自分だけは逃げ切れる。

王都の戦力がほぼ炭に変わる上に街は壊滅的被害を受けて復興に力を裂かなければいけなくなる。

そのために必要なのは金、資金だ。

いくら人を動かすためには金が必要で復興のための資材は国が負担しなければいけない。


そんな時に国家の資金がなければどうなる。

年々他国との外交を勇者という戦力を持って押さえつけていた国家の戦力が全て消え資金もなくなり市民の被害もでかい。

他国が侵略に乗り出すこともあるだろうし復興支援と称して自国の戦力を進駐させて抵抗という選択肢を刈り取ることだってできる。


そうなれば候補者であるダビンにとっては得しかないわけだ。

人類は人類で争い、その間に自分たちの魔王を決める戦争を続けられその後の人類を攻める時も有利にできる。


「これが狙いだとすれば情報を流したのか...?」


「罠だったってことですか?」


「他の候補者である人間をおびき出して始末するっていうのがおまけだったらダビンってやつ策士だな」


情報を流し釣られた他の候補者を街もろとも消し飛ばす。

なるほど、そうすれば更に楽に進められる。


危機感を抱いた桜が考察に耽るマコトの肩を掴む。


「兄さん、どうするんですか?もう時間はありませんよ」


「ダビンを宝物庫に入る前に始末する。そして王城にある本体の魔術式を完膚なきまでに壊す」


「ですがマコトさん、壊すと言ってもどうやって?もう私の魔力も解析のために使い果たしてしまいましたし、マコトさんだって枯渇寸前でしょ?」


「身代わり石が後12個あるけど足りねぇな...魔力回復の為の薬品を掻き集めてなんとしてでも止めるか」


「なら兄さん、メイリーさんという方を探してみるのは?」


「だな。一回合流して話を擦り合わせよう」


それにしてもほんの少し放ったらかしていたが泣いてはいないだろうか。

完全に子供としかメイリーを見ていないマコトはそんな風に考えて思わず笑みをこぼした。

どことなく抜けているメイリーはどのような反応をするのだろうか。

少し楽しみになってマコトはこの状況下でも諦めずに笑えた。

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