第12話
悲しみのない自由な空へ行きたいと思いながらペンギンは空を眺める。
そう勝手に妄想し同情しマコトは涙する。
「めんどくせぇ...」
こうやってわけのわからない想像をしながらダラダラとソファーにマコトは転がる。
先日知らされた指輪の在り処はズバリ王城の宝物庫。
王族の血を持つもの以外が開けられないという筋金入りのご都合金庫だ。
その上警備はこの世界で生まれた勇者達が守っているときた。
ここ百年で発生した勇者は八人。
それも今現在生きている勇者は四人で四功勇者と呼ばれているらしい。
剣に特化した剣の勇者、魔法に特化した魔星勇者、弓に特化した弓の勇者、そして最後に拳法に特化した酒の勇者。
拳法に特化した勇者は拳の勇者と呼ばれていたのだが酒を年がら年中飲んでいるため酒の勇者と呼ばれているらしい。
王都を護衛するこの四勇者を突破、もしくは回避しなんとしてでも王城の金庫に辿り着かなければ指輪は取り返せない。
「無理ゲーを通り越して鬼畜ゲーだろ」
見つかったら殺されること間違いなし、その上最近は異世界から召喚された聖勇者もいるらしい。
レベルがまだ上がってないとは思うが厄介なことこの上ない。
つまり五人の勇者、それも高レベルの世界最強を五人も倒さなければいけない。
そして今の自分の戦闘力はたったの1。
とっておきの超集中を使っても勝てるかどうかは微妙、いくら見えても体が追いつかなければ回避はできない。
最悪の場合リミッター解除すればいける可能性もあるがそれをやればまず動けなくなる、つまり倒したところで捕獲されるなり、逮捕されるなり、まぁ帰れるはずがない。
「クソゲー臭がプンプンする、裸縛りで罠禁止プレイしてるようなもんだろ」
勝てない戦いとはまさにこの事、十中八九活路はない。
そう言いながらマコトは天を仰ぎはぁっとため息を吐く。
今日の天気は曇り、ジメジメとした感じで雨が降ればマコトにとっては最高の天候だ。
日本にいた頃の推し艦の名前に雨という字が入ってた事もあり雨は嫌いじゃない。
だがこうやって珍しく港近くの喫茶でダラダラとコーヒー一杯で居座る迷惑な客をしてるのには理由があった。
胸ポケットから手紙を取り出しマコトは若干ニヤニヤしながら開くとそこには綺麗な字で
『もしよかったら海岸沿いのカフェテルアでお会いできませんでしょうか?』
それもハートマークの印刷、多分塗ったのだろう、赤いハートが描かれている。
この妻帯者、嫁がいるくせにこんなキャバ嬢でもやらないような勧誘に乗って店に来たのである。
「いやー本当モテる男は辛いわー」
ニヤニヤとマコトはだらしなく口元を緩め手紙を眺める。
そしてふとした拍子に手紙が裏返り何か書かれていて見てみると、そこには
『愛しのメイリーより』
と自称魔王軍幹部の名前が書かれていた。
直ぐにマコトの額から冷や汗が垂れる。
今の自分は身代わり石を念のための三つしか持っていない。
これが壊れれば自分は間違いなく命を落とすだろう。
「やっべぇ...逃げよ」
そそくさと勘定を置いて立ち上がり手紙を置いて逃げようとするがマコトの方を女性が掴む。
「どこに行こうというんですか?」
「バ◯ス!!」
「なんですかそれ?それにしても来てくれたんですね、勇者さん」
「あー聞こえねぇー人違いだー!つうか目潰しの呪文作動しろよ、もしくは浮遊島が落ちるとかさー!!」
あーだこーだと文句を垂れてマコトは踵を帰し逃げようとするが謎の女性の爪がめり込み、止まる。
やばい、本気でやばいとマコトは思う。
さっと振り返ると白色のフリルがついた大変可愛らしいワンピースを着たマコトの性癖ドストライクの女性がいた。
貧乳でお世辞にも成長が良いとは言えないが身長もある程度あるし何より濁りのない雲のような白色の肌にルビーのような真紅の瞳が美しく輝いている。
マコトはつい見惚れて足を止める。
「今日は大事な話があってきたんです、せめて事情ぐらい聞いてください」
「ファーストリー、俺雑魚、セカンドリー、俺三十路一歩手前、サードリー、俺戦えない、ゼアフォー俺魔王軍とか無理絶対」
支離滅裂な英語で儚い抵抗をするがそれは下位装備でイベントミラボレ◯スを行っているようなもの、つまりムダだ。
この抵抗はメイリーだって想定していた。
ここで顔を真っ赤にしながらも老婆に教わったある戦略を取る。
そっとマコトの腕に自分の腕を絡め上目遣いで水魔法で少し濡らした両目でマコトを見る。
「お願いだから、話を聞いてください」
なんとも同情を誘い、その上エロ仕掛けも含んだその技に無意識にマコトは頷いていた。
ある程度の説明を聞きながらケーキを二つ注文、あとコーヒーのおかわりをマコトは少女の奢りで注文しダラダラと説明を聞いた。
まず魔王を決める聖戦があるという事、魔王決めるのに聖戦なのかよとかいうツッコミはしない。
確実に勝つために最弱陣営の吸血鬼に助力が欲しいと。
他の陣営も力をつけてる中全てを覆すほどの力を持つ者を誘いたいと。
で、なにをおもったのか過去の経歴だけを見てマコトを誘ったらしい。
たしかに童話にはすっごい格好良く楽に魔王を倒したことになっているが実際は数百回の死亡を繰り返し四肢を何十回も捥がれながら切り続けたという格好よさのかけらもない酷い戦いだ。
それにその反動で百年近く死んでいる者として死人として消えていたのだ。
その時の副作用、というか反動なのかマコトはほぼ戦えるような体では無い。
「で、俺にその魔王決定戦とやらに参加しろと?聖杯戦◯かよ」
「その聖杯◯争が何かはわからないけど、勝たなければいけないのよ」
「俺重い話苦手だからパスして良い?」
「パスさせませんし、逃げさせませんよ?」
がっしりと右腕を掴まれて逃げ道を消される、もし本気で来られたらマコトに抵抗する力はない。
だが当の吸血姫、メイリーは心の中で冷や汗を物凄くかいていた。
今つい腕を掴んでしまったが相手が機嫌を損ねれば殺されるのは自分、かつて魔神とすら呼ばれた魔王を倒したような化け物。
「「((下手な事したら殺される...!!))」」
この時二人の考えは一致した。
まさかメイリーは勇者がスライムすら倒せないほど弱体化してるとは思えないし、マコトだって相手がこっちをものすごく警戒してるとも思わない。
見事な勘違いがここに出来た。
「貴方にだってメリットがあります」
事情を説明し相手にとって得する話を出す、交渉のセオリーだ。
メイリーは落ち着いて深呼吸し声を捻り出す。
声が上ずってないか不安で心拍が島風のように早くなる。
「メリットも何も俺が勝てた場合の話だろ?」
「そうです、魔王となった暁には聖杯、無二の願望機が出現します」
「それ絶対呪われてるだろ俺知ってるよ」
「呪いって何言ってるんですか?もしそれを手に入れられれば吸血鬼の一族を全て作り変え魂を吸わずとも生きていける体に変えます。そして人類を減らし、魔物を増やす、そうすれば安定した食料が約束される」
「都合よく行くわけないだろ?そもそも吸血鬼の一族を作り変えるってそんな事可能なのか?」
「はい、現に貴方が倒した魔王が願った、世界一強くなりたいという願いは成就されましたし」
「でも俺に倒されてるじゃん」
あんな方法を正式に戦ったとは言えない、あんなのただのゾンビ戦法だ。
そこを理解はしているがマコトという人間に殺されている時点でその聖杯とやらの価値が結構怪しい。
「貴方が倒せたのは女神の力ですよ、確か...あった」
鞄から一冊の童話を取り出し少女は物語の中盤を開く。
そこには森に佇む美しい女神に願う知らんイケメンの姿が。
マコトは眉間にしわを寄せて顔を逸らす。
童話とは言えシンジの姿が描かれてるのは大変不快だとマコトは思う。
あの時邪な気持ちがあるとかで試練を突破できなかったのは誰だという話
そんなことも知らず興奮気味にメイリーは語る。
「ここで勇者は生命の女神と契約し一種の不死の体を手に入れたとされています。彼女に渡された剣は神聖なる力を放つとか、おそらくそれが魔王を殺したのでしょう!」
「神聖な力ってあれ普通に相手を死んだことにするって世界に定義付ける剣だぞ?女神曰くその能力を使うと少なからず反動があるとは言ってたがまさかなぁ...」
まさかズタボロになった挙句百年自身も死んだことが定義づけられるとはマコトも思っていなかった。
それに何かしてくれたのか自分は今こうやって生きている、というか生き返っている。
あの女神には生き返ってから会っていない、もし会ったら礼の一つでも言いたいとマコトは思う。
「とりあえずそれを抜きにしても貴方は強いでしょ?」
「だから、俺今弱いんだって。俺の嫁の方が数百倍強い」
「そんな謙遜を...」
「もしかしたらどうにかできるかもしれないが結局の話俺がそこまでして戦う意味がない」
「それでも、もしも聖杯を手にすることができれば吸血鬼を変化させた残りの魔力で元の世界に帰れるかもしれないじゃないですか!」
「あのなぁ、俺がいつもとの世界に帰りたいって言ったよ?」
「生まれ故郷です、帰りたいはずです」
絶対にそうだという風に少女は言う。
だが、マコトからすればそんなことどうでも良かった。
食事はこちらの世界でもなんとかして作り出せるし、元の世界に帰ったところで無職の子連れの行方不明者だ。
わざわざ戻る意味がマコトには見つからない。
自分の身を親身になって心配するエリックやミウ、嫁のユイ、次女のユキ、そして長女のアイ。
彼ら全てを忘れてまで日本で生きていく意味はあるのだろうか。
「残念ながら俺は帰りたくないな。ダラダラと子供の成長を見守って夜はユイの胸の中で寝れたらそれで満足だ」
「じゃあ貴方のご両親は!?家族がいるはずでしょ!?」
「俺の家族は昔から今まで妹とユイ、ユキにアイ、それで全員だ。それ以外は家族じゃない」
「でっでも...」
「でもでもデモクラシーじゃねぇよ。いいか?俺の両親はどっちも毒親だ、ろくでなしのクソ野郎達だ。妹を捨てて逃げた母に金を残して消えた父親、俺は愛されたことだってないしあいつらを親だと思ったこともない」
珍しく怒気を放ちながらマコトはかなり強めに言い放つ。
一体どれだけ自分と妹が苦しんだがわからない、全て、全てあいつらのせいだ。
現に今も妹がどうなってるかわからない、おそらく自分が消えて数日でクソババアが嘘泣きをしながら呼吸器を取りはずしたことだろう。
つまり自分は何も妹にしてやれなかった、その上最後すら一緒にいてやれなかった。
どれだけクソな兄貴なのかとマコトはテーブルを叩く。
ビクッと周りの客が喧嘩か?とマコトを見る。
「その、すみません」
怒鳴り声に萎縮しメイリーは普通に涙目になった。
今の今まで大事に育てられてきたため理不尽に怒られる経験が無かったのだ。
今にも泣き出しそうな彼女に慌ててマコトは口を開く。
「ってすまんすまん、ついつい感情的になっちまった。てか痛ぇな、それとお前に協力するって話だが受けてやってもいい、そのかわり俺の方の案件も手伝ってくれ」
理不尽に怒った事と、もしかしたらという可能性を考えマコトはそう言った。
その一言に本当に嬉しそうにメイリーは立ち上がる。
「本当ですか!?嘘じゃないですよね!!」
「勿論だ、その代わり約束は守れよ?」
「はい、私にできることならなんでもします...ってそれなんですか?」
「これは便利な録音機というやつだ。お前が言ったことが確かにここに記録されている」
悪い顔だ、ものすごく悪い顔だ。
強いて言うなら犯罪者顔、平気な顔でいたいけな少女を騙す酷いやつの顔をしている。
困惑したようにメイリーは首をかしげる。
協力するのならそれに見返りをあたえるのは当然のこと、すぐにマコトが自分の裏切りを警戒していることを理解したからこその困惑だ。
「じゃあ、王都に向かうぞ」
「えぇ!?どういうことですか!?」
「ちょっと王都の金庫に忍び込んで指輪を取り返しにいくんだよ、お前の力を頼りにしてるぞ」
「待ってください!ちょっとぉ!」
悲鳴じみた声を上げるメイリーとは裏腹にマコトは笑顔で立ち上がり勘定を机の上に置いた。
ケーキ代は結構値が張るがしょうがない、必要経費として割り切りマコトは店を出る。
その後ろを親を追う子のようにメイリーは駆けて追った。
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