第13話
白色の防壁が守る歴史深き神聖な王城では動きやすい服といえどある程度小洒落たものを着て王女は少女、桜の前に立つ。
厳格な雰囲気を漂わせながら彼女は歴史の教科書を開きクイッと教育速度上昇の加護がつけられた眼鏡のポジを修正する。
「ではまず、歴史の授業から始めますね」
「せんせー質問があります」
今日も今日とて膝上に白銀の少女、ミハクを膝に乗せた桜は本当に面倒くさそうに右手を挙げた。
もう既に何をいうのか大体察して王女は返答する。
「まだ何も言ってないんですが...なんですか?」
「私が必要なのは今勉強は勉強でも戦闘に関する勉強じゃないんですか?」
「あっ、そういう事ですか。安心してください、この後四時間の歴史の勉強の後八時間の戦闘訓練、五時間の武器指南書、二時間の適正聖剣選択作業が待ってます」
てっきりふざけた質問かと思っていたのだが結構まともで王女はそう言った。
だがそれを聞いた桜は顔を真っ青にして首を振る。
「いや待ってくださいそれ十九時間ですよ!?まだ朝とはいえ七時を超えてるはずです、徹夜しろと!?」
「私も、殿下がおかしいと思う」
ボソッとミハクもそれを援護する。
だが何を勘違いしたのか無垢な笑顔で王女は笑う。
「疲れることを気にしてるんだったら全快薬があるのでいくら疲れようが復活できます!」
「そういうことをいってるんじゃないんですよ、この無理なスケジュールを組んだのはどこの馬鹿ですか!?」
「私ですが、前の勇者はこなしてました!つまり貴方にだってできるはずです!」
「一体どこをどう勘違いしたらそう考えるようになるんですか!?馬鹿なんですか?馬鹿なんですよね?」
「馬鹿馬鹿言ってる人が馬鹿なんですよ!じゃあ何がおかしいか説明してください!」
全くもって理解不能という風に王女は言う。
だあがやはり元日本人ということもあって桜は堂々とこう言う。
「労働基準法で過度な労働は禁じられてます!その上その全快なんちゃらがいくら体力を元に戻せても精神面の疲労は治せないでしょ?だからダメなんですよ。それに無理を続けたら心がポッキリ行きますし」
「でっでも、シンジョウマコトは努力家でそれぐらいやったと...」
ちらっと教科書用に持ってきた童話を彼女は見る。
心底呆れたように桜は溜息を吐いて頭を掻く。
兄と同姓同名の人物が百数年前にいたのかもしれない、もしそれが兄だったとしたら十中八九そんな馬鹿みたいなことーー
「ダメだ言えない...やりかねない」
かつて入院費を手に入れるためにリアルに血塗れになったり泥水をすすってまで雇用をぶん取り高校を卒業できる最低日数を計算、うまく管理し働き続けたのが兄である。
とても真面目で素晴らしいが馬鹿な兄だったと今更ながらに桜は思った。
「ですよ、シンジョウマコトは他の勇者に比べてステータスが低かったんですが、努力でそれを補って全力で頑張ったんです。そして最後は仲間が王都を防衛してる間に魔王城に単独乗り込み魔王を倒す...格好いいですよね!」
過去の英雄を神聖視するように王女は興奮混じりに言った。
子供が
その英雄に憧れて今まで彼女は鍛錬を積んできたのだ。
いつか彼のような英雄となり世界を守れるようになりたいと。
少女が願ってしまうのはある意味当然の事で、こういう話は十中八九最も残念な形で現実は現れる。
そう、少女が憧れる勇者は今修羅場の中心にいた。
浮気をするかのようにマコトと一見仲睦まじそうに話していた大人の姿のメイリー、二人の姿を買い物帰りにみかけたユイの第一声がこれだ。
「浮気ですか、そうですか...」
右手に魔法陣を構築しながらそう言ったのだ。
すぐに魔力反応に気づきマコトとメイリーはアイコンタクトで理解し合う。
ヤベェと。
「おっおい、そんなことできるわけないだろ!子供の事を考えろ!」
微妙に演技がかった芝居でマコトは叫ぶ。
その一声でメイリーは話の展開を予想、返事を脳内で作り上げた。
「お願いします、娘が可哀想で...」
態とらしく口調も変えてメイリーは涙ぐみながらマコトの腕をしおらしい様子で掴む。
なんとも哀愁漂う姿にマコトはほくそ笑む、完璧な演技、これなら騙せる。
嬉々とした調子でマコトは口を開く。
「お前の子供が母親と離されたらどう思うか分かってるのか!?」
「ですが、今はこれ以外方法が無いんです...」
「くっそ、仕方ねぇなぁ?子供を預かればいいんだな?」
「すみません...」
申し訳なさそうにメイリーは謝罪の言葉を述べる。
本当に心のそこからマコトを信用してるユイはこう思う。
「(なんであんな演技をしてるのかしら?)」
モロバレである、騙すどころか見透かされている上にユイはさらに考察を重ねる。
自分にマコトさんが嘘をつくことは本当に少ないと思う、ならば何故今マコトさんが自分を騙そうと嘘をついているのか。
だが引っかかるのは女性の容姿、自分とよく似た銀髪に、体格は子供のようだがある程度身長はある。
相違点は眼の色、彼女は真っ赤な赤色だ、そして自分は翡翠色。
浮気という点を考えたが...ありえないとは言い切れない。
だが冷静に考えれば今マコトさんは子供を預かる約束をしたということ、それが事実として起これば浮気の可能性は消えるだろう。
ユイは一度深呼吸し、正妻の余裕を持って二人に近づいた。
「おっおうユイ、こんなところで奇遇だな!」
冷や汗を滝のように流しながらマコトはさも突然あったかのように言った。
「こんなところで何してるんですか?それとそちらの女性は...?」
「あっあれだ、百九年前にあったガキンチョの子孫だ、吸血鬼らしい」
ぽろっと嘘をついてマコトはあははと笑った。
なんとも苦しい言い訳だ、だがマコトはたしかに百年前にはきちんとした勇者をしていたので一応整合性はある。
出来るだけ喋らないようにしようと決めて俯きながらメイリーは無言を貫く。
「夫がお世話になっております、
「はっはじめまして...メルルと申します」
マコトは内心俺妹かよっとツッコミを入れるが顔には出さない。
敢えて嫁を強調して言ったユイの意図を賢く察してマコトはユイの隣に立った。
「それでなんの話をしてたんですか?」
「はっはい...うちの子供を預かって欲しくて...」
「それはどうしてですか?預ける正当な理由は?」
「そっその...」
ちらっとマコトに視線を送り助け舟を求める。
素早く察してマコトは真剣な顔で口を開く。
「今吸血鬼に世知辛い世の中らしくてな、今他の種族に迫害されてて危険だから子供を預かって欲しいんだとさ。昔に助けてやるって言ったし子供を預かるぐらいやってやってもいいかなって思って」
「はい...」
「そのお子さんはどこですか?家族の元に置いてきたんですか?」
「はい...」
怪しすぎる二人を訝しげに見てユイはある程度の考察を固めた。
普段から働きたく無いとか、色々と文句を言って面倒ごとから逃げるマコトさんがこんな慈善事業をやるはずがない。
もしやるとしてももっとごねまくって何かしら理由づけしてからやるぐらい捻くれているはず。
ならばこの状況はおかしい。
ユイはフッと笑ってメイリーに微笑みかける。
その口は笑っているが目が笑っていない、そんなやばい表情を見てメイリーは固まる。
「その子供、マコトさんとの子供ですか?」
「「へ?」」
七十度違うベクトルの質問にマコトとメイリーは間の抜けた声を出した。
ゆらゆらとユイの右手の上で蜃気楼のように風魔法が限界する。
風魔法、『エア シャット』ネーミングセンスが相変わらず糞なのは置いといてこの魔法はやばい、どれぐらいやばいかといえば裸縛りでイベントミラボレア◯ソロをするぐらいやばい。
この魔法の特性は指定した部分の大気を完全に遮断し一種の超圧力場を作る事だ。
その空間に指を突っ込めば一瞬で圧力で潰れ、文字通り消滅する。
そんな超圧力場を出現させた理由は一重に脅しである。
「ユイ、考えてみろよ。美人がいたらついつい見てエッロとか思うけどそういう事を嫁がいるのにやるわけないだろ?」
「エッロとは思うんですか最低ね」
ジト目で思わずメイリーがツッコミを入れる。
「うっせぇ、既婚者だろうとめちゃくちゃ美人がいたらついつい見ちゃうもんなんだよ」
「随分と仲睦まじいですね...」
未だに誤解してるのかユイは二人を交互に見てそう呟いた。
「本当に何を勘違いしてるのか知らんが...というか勘違いさせるような行動をして悪かった、そこは謝る」
悪かった理由をきちんと述べそれに対する正しい謝罪を述べる。
まだ九年だが謝罪をしても何に謝ってるの!?と言われて返答できなければそれはただのとりあえず謝っといたになる。
それが相手の怒りの炎に油を注ぐこととなる。
「こいつの本名はメイリー、吸血鬼の種族を代理してる奴だ。頼られてしこっちの要件もやってもらうってことで話し合った相手だ」
「つまりさっきのやつは全部嘘ですね?」
「そうだ、すまん。嘘をついて悪かった」
「そういえば良いんですよ最初から...下手に誤魔化そうとするから疑ってしまうんです」
「でもあなた私のエロ仕掛けにかかってたじゃない」
やはりジト目で淡々とメイリーは述べる。
なんとなく不誠実なのが気に食わなかったのだ。
もともとあの呼び出しだってこないものとしてメイリーは考えていた、だが鼻の下を伸ばしてやってきたこの勇者さまにどれだけ呆れた事か。
「なっな訳ないだろ?ああやって糞ガキが売春もどきの事すんじゃねぇよ、同人誌じゃあるまいし」
「なっここに来て逆ギレね!?怒るよ!?」
「ギャーギャー喚いてるからその年で白髪なんだよ可哀想になぁ」
「これは地毛よ!?人間の髪の毛と違って吸血鬼は年を追うごとに髪の毛が赤くなってくんの、老人になると真っ赤よ真っ赤、貴方達の老けないと神聖なる真白になれない髪と一緒にしないで!」
「お前さりげなく人類ディスったろ、髪の毛は全人類が求める物なんだよ!特に四十代から五十代、髪の毛が薄くなり始めた時に悲しみとともにぽとりぽとりと落ちてくんだよ!それで色々試しても減ってく髪に絶望し、人は病むんだ!」
何時も病院であったエロ同人収集が趣味の田中さん...惜しい人を亡くした。
彼は日々減っていく髪の毛とどのエロ同人が素晴らしかったかを熱く高校生に語るダメ人間だったが容体が変わってコロリと死んでいた。
今思ったのだが禿げたのは自慰行為を勤しんでいたからだと思う。
確かアレをやる時に髪の毛が抜ける成分が出るのではなかったか。
「マコトさんはまだ黒いです、つまり後数百年は生きれますね!」
「いやいやどういう理屈ですかユイさん?俺一応人間なんですけど...」
可愛らしい笑顔で言われたがマコトだって人間平均寿命八十幾つの脆弱な生命体だ、ドラゴンとかに比べれば寿命は数億分の一だしエルフに比べれば数千分の一、とてもこの世界では弱い種族だ。
ユイは今百二十九歳、つまり後数百年は生き続けなければいけなくなる。
「ともかく!貴方の旦那借りてきますね!」
メイリーがそう叫ぶと同時に地面に前以て用意されていたのか魔法陣が展開される。
「「は?」」
「『
高難易度の難しい呪文を詠唱、それと同時にマコトとメイリーの姿は消えた。
数秒たっぷり静止し、ユイはこう呟く。
「...蝙蝠狩りがエルフの趣味だって事を教えてあげませんといけませんね」
周囲の鳥達が一斉に逃げ出す様な殺気を漂わせユイはにっこりと笑う。
転移したマコトがどれだけユイがブチギレてるのかなど知る由もなかった。
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