第11話
街中の道を抜けて大通りの間にそびえる西洋の建物の隙間に生じた裏通りをマコトは歩く。
魔導都市と言っても学園があると言うだけで他国との交流が深かった一都市に過ぎない。
他国から伝わった建築技術や建材、設計思想などが合わさった結果この都市は雑に組み上げられた積み木のような都市だ。
商店街を歩いたと思えばいつのまにか屋根上の裏道へと出ていたり、表通りを通りまっすぐに港へと向かおうとしてもいつのまにか逆方向の裏山に出ていることもある。
立体的に重なり合った迷路と言っても差し支えないめちゃくちゃな都市がこの魔導都市だ。
現地人でも道に迷うような道の攻略法は多々あるがどれも人間にはできない超人的なものばかりだ。
親切にもどの店に行けばいいのか、それだけが書かれた地図ならどこでも売っている、だがそれによって道が全て違うほどこの都市はめちゃくちゃだった。
中央に行けば行くほど、それはさらに難解な迷路へと変わる。
そんな裏路地、それも一番迷いやすい中央街を歩きながらマコトは見知った道をあるていた。
初期から存在する建物や道は記憶に強く残っており迷いようがない、ここ数十年で増築が重なってわけがわからなくなっているが百年前通りの道は変わらない。
マコトはアキバーと書かれた看板のバーに入ると廃れた店内が目に入った。
バーテンである老婆はすでに泥酔しておりカウンターに突っ伏して眠っていた。
その前で冷水をチビチビと飲むエリックにマコトは話しかけた。
「おいエリック、例の件だが終わったぞ」
「あぁ...有難い。後日受け取りに行く、明後日の午後は空いてるよな?」
「もちろん、クソニートをなめるなよ?年中無業だ」
「自慢にならないぞそれ。それとクエストの報酬の情報だがここで話す」
それがマコトがわざわざここまで来た理由の一つだ。
理由はわからない、だが依頼書にはこの場所に来るように指示されて言た。
つまり人前で話せないことか誰かに知られてはまずいことだ。
誰にも知られ営内場所で確実に安全が保証された場所でなければ話せないような物らしい。
マコトは冷水を頼むと明らかにしゅわしゅわと泡を吐くビールが出された。
未成年ではないがシラフでいた方がいいだろう。
「お前が最後の戦いーーというか魔王戦の時にしたことを覚えてるか?」
「覚えてるぞ。魔力操作とか固有スキル使って魔王を殴り殺した、これで終わりだ」
その間に数百回死んで生き返ってを繰り返して脳筋戦法をマコトはした。
「相変わらず聞くだけで頭が痛くなる。そこは普通聖剣とかを使うもんだろ?」
「お前善良な日本人が卓越した剣技とか持ってると思うか?」
「無いな、それでも殴り殺すなんて選択肢想像すらできないんだが」
「まぁその話は置いといて指輪はどこだ?」
とても大切なもので失ってはいけないもの、心の底から失いたく無いもの。
その指輪の居場所が心の底から知りたかった。
子宝と嫁の次に最も大事なもの、見つけたいと思う。
「指輪なんだが、ちょっと面倒な場所にあってな」
「面倒な場所?」
「そうだ、多分この世界で二番目に侵入が不可能な場所だ」
「そこは何処だ?」
「なぁマコト、俺はお前になるべくなら言いたく無いんだよ」
真剣な顔で問いかけるマコトに本当に嫌そうにエリックは言った。
理解できないと言う風にマコトは文句を言う。
「あれは大事なものなんだ、一体何処にある?」
「お前に教えたら絶対に取りに行くだろ?」
「俺のもんだ、誰のとこにあろうと力づくでも奪ってやる」
「だから言いたく無いんだよ、俺はお前に幸せになってもらいたいんだ」
そう言うエリックの顔からは嘘の色は見えなかった。
マコトはそれが本音だと理解した、だから数歩下がり距離を置く。
まさかエリックにそんな趣味があったなどまったくもってマコトは想像していなかった。
「エリック、俺既婚者だしホモ的な趣味は...」
「何を勘違いしてるんだよ」
ジト目でエリックは問う。
一体何を言っているんだとでもいいたげだ。
「人間が幸せになってほしいとか言うときは恋情混じりの事が多いんだよ」
「馬鹿言うな、俺はお前に友人として、人として真っ当な幸せを掴んでほしいだけだ」
エリックにとってそれはとても重要な事だった。
昔に親身になって助けてくれたマコトは一種の命の恩人、返しきれないぐらいの恩があると思っている。
誰が言おうとこれは彼にとって一番守るべき事項であった。
真面目な雰囲気を察してマコトは口を閉じる。
「本当に指輪はまた別のものを探してアレは諦めろ。行ったところで命がいくらあっても足りない。今十分幸せならその幸せを噛み締めて生きろ」
「あー、うん、何言ってるのかはわかった」
マコトはエリックが心の底から心配してくれているのを理解し、照れたのか頬を掻いて顔を逸らす。
「な?そうだ、いい温泉宿を知ってる、そこに家族全員で行ってこい」
そう言ってエリックはポケットからチケットを取り出す。
そこには家族全員分の温泉宿の無料券と書かれていた。
つまり自分を説得するために彼はわざわざこれをもってきてくれたと言う事。
マコトは自分をここまで考えてくれる友人がいたことに心から感謝した。
それでもーーやはり諦めきれなかった。
そもそもはなから諦める気などさらさら無かった。
チケットをエリックの前に返しマコトは口を開く。
「エリック、本当に気遣ってくれるのは感謝する。ていうか本当に嬉しいし、お前みたいなやつと知り合えて本当に心の底から良かったとも思ってる。だけどあの指輪だけは絶対に取り返さなきゃいけないんだ」
「それはーー今の幸せよりも重要か?」
殺し文句に近い言葉を言われて尚マコトの決心は揺るがない。
人生諦めは楽だが後に後悔はしたく無い。
それが一度死んで理解した事であり、二度と同じような気分になりたく無かった。
だからこそーー
「俺は絶対に指輪を取り返す。絶対後悔したく無いあのときやっておけば良かっただとか、どうしてやらなかっただとか、そう言う後悔は墓まで絶対に持ってかない」
エリックはマコトの両眼を見て強い意思を感じて口を閉じる。
嫌なことには関わりたく無い、極力面倒ごとから逃げたい、そう日常的に言うマコトがこう言いだしたら聞かないことだって知っていた。
だがエリックも引くに引けなかった。
数百年前と同じでもしここで行かせて仕舞えばもう二度と戻ってこないかもしれない、そんな不安感に襲われた。
「ダメだ、本当にダメなんだよ」
「頼む。ここで諦めて後悔したく無いんだ」
「理解してる、そう言う意味だって、なんでそうやって言うかだってわかってる。だからこそダメなんだ」
頭を抱えてエリックは絞り出すように言った。
過去にマコトと魔王との戦いが起きたのは全てエリックのやったことだ。
マコトに強く頼まれにスパイ活動をしていたエリックは友人の為に魔王の居場所を教えた。
それが確かな情報だと言う確信もあった、きっと強くなったマコトなら、彼ならできるかもしれないと考えて送り出した。
だがその結果彼は死亡し百年と少し帰ることはなかった。
幾度となく自分を責めた、なぜ送り出した、なぜ教えてしまったと。
一人の大切な友人を無くしエリックは彼の為に、手向としてエルフと人間の和解の架け橋として活動し続けた。
マコトが帰ったことを聞いた時、思わず変な声を出した上にその姿を見た時だって大人気なく泣いてしまった。
だからこそとエリックは思う。
「お前にもう死んでほしく無い」
「俺が死ぬって場合によるだろ。教えてもらって検討する。平和的な方法を考える。やる前から諦めるのは得意だが今回ばかりはそうも行かない」
さらっとろくでなし発言をして尚マコトは下がらない。
「...どうしてもか?」
「どうしてもだ。どうか俺を苦しめないでくれよ」
何時もはダラダラとした締まらない顔をしているマコトが今は真面目な顔で百九年前のようにエリックを見つめて言った。
ここまで言って下がらなければマコトが折れないこともエリックは良く知ってる。
一度ユイとマコトが結婚することを考えてると言った際も種族間の寿命の違いを考えマコトを苦しめない為にエリックはそれを否定した。
その時も数時間に渡る説得をした、もちろん前例はあるのでそれら全てをあげて結末と仮定、その証拠を提示し、本当に必死に説得した。
だがそれでもマコトは折れずにユイと付き合ってため息を吐いたのをエリックは今でも鮮明に覚えている。
本当に嫌そうに、露骨に不機嫌な様子でエリックは溜息を吐いて懐から紙を取り出す。
マコトはそれを受け取り目を通していく。
「王城の宝物庫って...マジか」
「国宝として保存されている。大賢者達もそれを絶対に死守するよう全ての国家に命じているぐらいだ」
「その大賢者って勇者ーーつまりクソシンジとか、三十一人の召喚されたクラスメイトの俺とミウを除いた二十九人全員を指しての言葉か?」
「そうだな。お前が死んでから、いや、魔王が倒されてから世界の為にできることをしたいと言って世界の運営をしてる」
「良く知ってるんだな。そういえばなんでミウは行かなかったんだ?」
ほぼ全てのクラスメイトが行ったのなら彼女だっていくはず、そう考えた上でマコトは質問した。
だがエリックは首を捻り顎に手を当てて思案する。
「ミウって誰だ?」
「いや、イイダミウ、ほら体型の良い俺の幼馴染の空色の髪の奴だ」
「空色?一体なんの話をしてるんだ?」
まったくもって理解できないと言う風にエリックは疑うようにマコトに視線を向ける。
「だから...お前会ったことなかったっけ?」
「いや、お前の幼馴染でこちらの世界に召喚された人物。該当する人間は居ない」
「居るって、何言ってんだお前?相当酔ってんじゃねぇの?」
ジト目で酒瓶を見るがラベルを良く見ると麦茶と書いてある。
なんとも紛らわしい瓶である。
「すまん、調べてみる事にする。わかり次第報告させてもらう」
「あぁ、そう言う事で良いよもう。じゃあな、うちの長女に会ったら達者でなって言っておいてくれ」
渋い顔で飲んでいた麦茶をエリックは思い切りカウンターに吹き出しゴホッゴホッと咽せる。
怪しいその反応にマコトは訝しげにエリックを睨む。
「なぁ、お前本当はうちの娘と何か接点があるんじゃないか?」
「無いな。言いがかりはやめてくれ」
キリッとエリックは誤魔化す。
バリバリある、はっきりってめちゃくちゃある、この前だって路地裏で連絡を取っていた。
「まっ、体調に気を使えって言っておいてくれよ」
今回ばかりは見逃してやろうとマコトは寛大な心で言い放ち店を出た。
そろそろ自分も店を出るかと立ち上がるがカウンターで眠るおばちゃんがエリックの裾を引っ張る。
「お代、ますたーのおすすめが一本とお冷だから三百万ね」
「え?」
法外な値段にエリックは完全に静止する。
だがおばちゃんは笑顔でガハハと笑う。
「いやーこんなお金持ちの人が来るなんてね...」
「ちょっお冷はあっちの」
「付けと言う制度はうちには無いんだよ、じゃあ払ってね」
確かに金はある、ふつうにエリックはそれほどの金額ぐらいなら持ってる、というかぴったいそれぐらいを持ってる。
だが、これは別の用途に使うものであって...
「もしかして払えないって言うんじゃ無いだろうね...」
老婆に右手に集中していく魔力は明らかに異常、戦えば怪我を負わされかねない程。
大人しくエリックは金貨が入った袋をカウンターに置き畜生と言って店を出た。
男二人が密会をしているその頃、ネオ魔王軍幹部である吸血鬼の女王、メイリーは真面目に思案していた。
ほかの魔王候補と争う為にはまだ自分も、仲間達も弱すぎる。
自分にかの勇者が組みいることとなれば形勢は逆転しほかの種族を出し抜いて魔王の座を手に入れる事になるだろう。
その魔王を争う戦争の参加者の証である血の跡が右手に現れたところまでは良い。
全ての種族、一種族内で最も強い者にこの証は与えられる。
まず参加権は手にしたわけだ。
「だけどほかの候補に勝てるか...」
やはりどう考えても勝てる確率は無いに等しい、勝てない可能性の方が高すぎる。
なんとしてでも勝たなければいけないのにどうしたら良いのだろうか。
「王女様...」
暗い部屋に一人の老婆が入った。
その背には肩翼の黒い翼が確かに生えている。
吸血鬼の証拠であり、少女、メイリーが最も信頼する同族だった。
「何?私を笑いに来たの?」
皮肉げに少女は笑うが老婆は首を振った。
先日の勧誘に失敗したことを彼女には伝えてあるのだ。
「メイリー様、この私に妙案があります。まずは是非このワンピースを着てください...」
そう言って彼女が取り出したのは白を基調としたフリルが可愛らしくついた女性服だ。
今の彼女の大きさには合わないが姿などいくらでも変えられる、身長や成長具合は吸血鬼の特性として変幻自在だ。
だが、それはわかるのだがメイリーはこめかみを押さえ補佐に一言。
「それ、何に使うか聞いて良いかしら...?」
「ハニートラップです!!」
ドンっと強い押しで老婆は叫ぶ。
グイグイと少女に歩み寄りながら鼻息を荒げ可愛らしく清楚なワンピースを広げる。
「ごめんちょっと何言ってるのかわからないわかりたく無い」
「男なんて可愛い異性に好きと言われたらコロっと落ちるんです!さぁ、今すぐこの服を着て相手の名前を囁きながら愛を叫ぶんです!」
「何言ってるの、相手既婚者よ?それにあの女性...間違いなく強い」
頭上から月に照らされながら舞い降りた一人の女を思い出し悔しげにメイリーは呟く。
間違いなくあの時自分は相手の慈悲によって救われた、一瞬で自分が殺された可能性だってある、抵抗できたかは本当にわからない。
あの人を怒らせれば何が起こるか本当にわからない。
「男はハーレムに弱いんです、誰しも可愛い子に言い寄られればコロっと行くんです」
「でっでもそんな淫らなことを...」
「今更誇りとか言ってられません!一族全ての命がかかってるんです、行きますよ!」
「わっわかったから服を引っ張らないで!」
服を勝手に脱がそうと動かす老婆にメイリーは必死に叫んだ。
結局着替えて年齢を20代に設定、長くなった髪を三つ編みに結わき自分ながらかなり可愛いな、と心の端で思った。
「可愛いですよ...後はこれです」
そう言って老婆が取り出したのは耐久度が切れかけの髪飾り。
結構強めの衝撃でも起きれば壊れてしまうほどの耐久にした一品だ。
首を傾げメイリーはそれを観察する。
「さぁ、これを付けて態とらしく曲がり道でぶつかって髪飾りを落とすんです!そして壊れた髪飾りを見て勇者様が新しいのを買ってやるという流れです!」
「あの勇者がそんなことするとは思えないのだけれど」
「恋愛の基本は信用と信頼です!信じなくてどうするんですか!」
「そっそうね、信用と信頼ものね...」
「さぁもっと準備しましょう!」
老婆が興奮気味に服を揃えに鼻歌を歌いながら屋敷の廊下を駆けていく。
そうして陽は落ちて吸血鬼の時間は始まるのであった。
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