第8話

メイリーに連れられマコトは険しい斜面に出来た小さな足場を慎重に歩き洞窟の入り口を発見した。

岩が入り組んでいて直上にある木々によって完全に隠れている、正面から見てもただの岩場、だが斜めから見れば確かに入り口のある洞窟となる。


「こっちです」


「おっおう」


メイリーが迷わず潜った穴をマコトは潜る。

腰ほどの高さの洞窟で這わなければとても通れないような小さな穴だ。

正面の真っ白なスカートから覗く純白パンツを追ってマコトは歩を進める。

マコトは正直に一つの事を思う、パンツが可愛くないと。

ロリコンではないがこの世界の下着はすべて日本の下位互換ーーつまり微妙な時系列の本当に囲うだけの布なのだ。

これではパンチラしても興奮しない、むしろ冷める。


「はぁ...」


「どうしたんですかぁ?もしかしてぇ、私の下着が気になってしょうがないんですかぁ?」


甘ったるい口調にマコトはまたしても一つ溜息。


「そうだよ...お前下着そんなんで良いの?なんか女子ってもっと可愛いやつがいいんじゃないのか?」


完全なる無地、レースどころか模様すら無い只の布。

誰がこれに興奮するのだろうかとマコトは真面目な考察を始める。

確かに一部の人間にとってはいいのだろうがそれでもこんな物日本ではあまり見ない。

つまりこの世界では下着産業がまだ出来ていないということだろう。


「下着を本当に見てたんですねぇ...エッチですねぇ」


「あ?あまり調子に乗ってるとくまさんパンツを送り付けんぞガキンチョ」


「やだ何それ、随分と可愛いですねぇ」


「やっぱガキンチョじゃねぇか...」


くまさんパンツで喜ぶのかとマコトはツッコミを入れた。

そしてこんな話を幼女に対して言ってる自分が変質者にしか見えず溜息を吐いた。

狭い空間を数分歩くと段々と天井が高くなり、立って歩けるほどの高さに変わった。

息苦しさが消えてマコトは深呼吸し辺りを見回す。


所々に人工物らしき石レンガが組まれ謎の赤色の模様が描かれている。

どこかで見覚えがあるはずだがなかなか記憶から出てこない、この書体を絶対に何処かで見たことがあるはずなのだ。

王城で図書を漁っていた時か?

もしくは国立図書に篭っていた時か?

だがやはりどこでどの本だったかが綺麗に思い出せない。


「こっちですよぉ!」


立ち止まっていたマコトに少女が呼びかける。

ひとまず一つ持って帰るために錬成術で穴を開け書体の一部をポケットに入れた。

後でミウに送り付けて調べてもらえばいいだろう、自分では一切調べる気がないマコトは早足で少女の後ろを追う。

知りたいと調べたいは違うのだ、面倒だし。


歩を進めるごとに血の匂いが鼻につき自然と歩が早まる。

ここまで臭うということはかなりの出血量、下手をすれば間違いなく出血多量で死んでしまうほどの血。


実際マコトは怪我をしていると聞いて骨折やその辺の俗に言う歩けない状態を指していると考えていた。

だから無事な子供が人に助けを求め運び出してもらい街へと降りる、それが冒険者たちにとっても常識であり誰もがやることだ。


技能の暗視ーーを模範、そして魔力操作で軽く速度上昇を掛けてマコトは通路を走り抜ける。

これは間違いなく洞窟では無い、それは壁に埋め込まれた煉瓦、いや土で埋もれた煉瓦等を見れば一目でわかる。

最後に来た時は何も分からなかった、いや何も無いただの山だと考えていたが恐らく遺跡などの建造物で間違いない。

血の跡を伝い頭上から光が溢れるドーム状の場へと辿り着いた。


中央に祭壇らしき構造物があり頭上を埋め尽くす程の魔法陣、所々が欠けて古ぼけている事からもう既に起動しないものだとわかる。

おそらくそれが理由で前回ユイと来た時は探知できなかったのだろう。


血の匂いを頼りに歩を進めるが怪我人が見つからない。

そもそも今この状況がおかしいのではないかとマコトは考える。

そのような重傷者がここ・・まで移動するか?

入り口あたりから分かりやすく血の跡があった、つまり数百メートルの距離を満身創痍の怪我人が歩いて移動するかと言う話。

状況に流され、冷静な常識的思考を欠いていた事を自覚しマコトは振り返る。

歩いてきたであろう通路では無い場所からメイリーを名乗った少女は現れた。

つまりこの血の跡を辿る以外の道で最短ルートがあったと言う事、そしてそれをこいつが知っていたと言う事実。

ここまで状況が揃えば彼女の狙いも自ずとわかる。


「俺を嵌めたな?」


そう言うと同時に少女は口元を歪める。

先程の容姿端麗な可愛らしく、それでいてうざったい少女はゆっくりと口を開く。


「『燃えろ』」


一言で繰り出された火炎が出入り口を完全に塞ぎ退路を消して無くす。

間違いなく袋の鼠、間違いなく悪意あって嵌めてきてる。


「答える気がないんだったら当ててやろう、お前どうせーー」


「ネオ魔王軍幹部、吸血鬼ヴァンパイアのメイリー。まさか私の正体に気づいていたとわ、さすが勇者ーーなぜ顔を逸らすんですか?」


ドッキリをしにきた宿屋の娘だろうと言おうとしたマコトはごほんっと一つ咳を。

そして冷静に深呼吸。


「もっちろん知ってたさ、逃げ道をなくしたのはそっちだぜ?」


「汗すごいですけどそこまで暑いですか...?」


「ばっきゃろう、バトルジャンキー的なアレだ、戦いへの興奮ってやつだ!」


ビシッとめちゃくちゃ命の危険を感じて冷や汗を垂らすマコトはドヤ顔で言い切った。


「ふふふ、ですが戦う前に一つ選択肢をあげましょう」


「洗濯機をあげる?お前いいやつだな!」


「何言ってるんですか?貴方をネオ魔王軍幹部として迎えにきました」


「あんだってぇ?すみませんぅぼくぅ、ちょっとぉわかりませんぅ」


態と先ほどまでの彼女の口調を真似してマコトは煽る。

実際冷静に考えてみると戦ったら死ぬ可能性大、そうマコトの感が告げていた。

吸血種の女王個体であるのは間違えない、つまり他と比べて尋常ではないほどの戦闘力と再生能力を誇る一人であるのは間違えない。

そして今の自分は骨の隅から隅までがズタボロの死にかけの折れ欠けた枝のような人間だ。

ろくに戦えないし本気を出しても魔力切れと体が壊れてご愁傷様になることは間違えない。

ならば今自分がどうすればいいか速攻で考え一つの方法を思いつく。


「魔王軍幹部の座を手に入れるチャンスですよ?」


「すみませんねぇ、最近耳が遠くって」


「さっきまで普通に会話してたでしょあなた!?」


「ちょっともっとゆっくり大声で」


「いっ良いでしょう、貴方を魔王軍に招待しにきました、今くれば魔王軍幹部の座を貴方にーー」


「あんだってぇ!?お前の本気はそんなもんか!ほらもっと大きな声で、早よ!クイック!」


ピクリと魔王軍幹部を名乗るメイリーは眉間に皺を寄せるが冷静に考察する。

相手は先代魔王を倒した伝説の勇者、もしここで戦闘になれば自分に勝ち目はない。

伝説によれば勇者にとって数キロメートルは一瞬で移動できる距離らしい、ならば今の自分は追い込んだのではなく追い込まれたことになる。

なのになぜ攻撃してこないか?


ーー簡単だ、どうせ嬲ろうと考えているに違いない。

自身の容姿に絶対的自信がある、先ほどもあぁやって引きずって来たではないか。

つまりこの勇者は生粋のサディスト、自分を追い込んで楽しんでいる。


冷や汗を一つ垂らし出来るだけ刺激しないように言葉を選ぶ。


「私は!ネオ魔王軍からきました!メイリーです!」


「ほらもっと大きな声で、さぁさぁ!!」


「わーターしーは!!魔王軍からきた!!」


「ネオが抜けてんぞガキンチョ、ほらしっかりしろよ本当」


「やってられますかこんな事!!」


バシッと地面を踏みつけて少女は吐き捨てた。

マコトはさっと空からの光で時刻を確認。

まだだ、まだ早い。


マコトは錬成術を起動しその場にさっと机と椅子を作る。

警戒し近づかない少女へ手招きしさっとゲンド◯ポーズをとった


「さて、私がゼー...じゃなかった、ネオ魔王軍に入って得する事はあるのか?」


「今なぜゼ◯レって言おうとしたんですか?そもそもなんですかそれ?」


「ほらっ言ってみろよ、俺が入ったら得する事、弊社が自分を勧誘する理由を三行以内で説明しなさい、はいどうぞ!」


机を強く叩く姿はさながら圧迫面接の面接官のようだ。

ビクビクと震えながら少女は口を開く。


「あっ貴方がネオ魔王軍に入る事で年中休みになります!」


「あぁ!?どうして年中無休なのか言ってみろよ、どうせ時と場合で変わりますっだろあぁ?」


「変わりませんよ、貴方は大賢者との戦いまで温存することになりますから」


「ちょっと待て、大賢者って誰だ?」


聞いたことのない単語にマコトは耳を疑う。

一瞬職業のことかと考えたがそのような名前の職業見たことも聞いたこともない。

そして魔王軍という存在と敵対する存在である者。


「大賢者は大賢者ですよ、かつての勇者達が世界を統べるこの世界の中心、人理の防衛機構」


「おい待て、勇者達って生きてるのか?もう百年ちょっと経ってるんだぞ、人の平均寿命はせいぜい八十年ちょっとだ」


「貴方が言いますか?...勇者は数人を除いて全員浮遊島に行ったとか。それを撃破し得るのは同じ勇者であるあなーー」


「よーし!次会ったら潰れない程度にゴールデンボールを蹴っ飛ばしてやらなきゃ」


「ゴールデンボールって...」


「言わせんなよ恥ずかしい、無論超電磁砲の横についた二つの電力庫に決まってるだろ


「乙女に向かって何を...」


「さっきまでわたしおぉすきにしていいですよぉとか言ってたガキが言うことかよ」


「あっあれは人間は皆私の美貌の前では欲情して何もできないからで」


「いやガキがそう言う売春もどきのことやるなよ」


説教がましくマコトは言うが少女は真面目な顔で切り出す。


「ところで話を戻しますが魔王軍に来てください」


「あーそういえば吸血鬼って血を吸わなきゃ生きていけないのかー?」


「なんですいきなり、吸血鬼は魂を吸って生きてるんです。だから魔王軍にーー」


「そういえばお前はなんで魔王軍にいるんだ?」


「貴方、話を逸らす気ね...まぁいいでしょう、これは今の話と関係あります。我々吸血鬼は魂を吸わなければ生きていけません、ですが人間は強くなりすぎて魔物をほぼほぼ殲滅、弱い魔物は消えてしまいました」


そう言って語られたのは現吸血鬼の現状だった。

過去には弱い魔物がいてそれを吸血、魂の摂取を行い生きて来たが人が強くなりすぎて弱い魔物が根こそぎ絶滅したそうだ。

吸血鬼は水に弱く大海を渡ることが出来ず、弱い魔物がいるかもしれない新天地にいけない。

人間を襲えば魔導師や聖騎士、さまざまな強い人間が魔物狩りと称し殺害を行ってくる。

そうなれば一家が芋づる式に襲われ殺されるとの事。

だから人間を襲うことも禁じられ、その所有物となった家畜を襲うことも禁止されたのこと。

結局食っていく道をなくした吸血鬼は滅びの一途を辿っていること。


「だから私は魔王軍に入って人類を減らし、魔物を増やさなければいけないんです」


「いや重いって...てか...あぁそっか」


「何納得してるんですか?」


「いや、人間と共存できないかなと考えたが信頼できねーよなって思って」


魂が含まれているの定義がわからないが生存エネルギー、生命という単位で考えればR18展開的な白濁液を摂取することでサキュバス式生存方法を確立できる。

だがそんなことを望むわけないしなにより誇り高い(であろう)吸血種には言えたことではない。

それに家族を大量に殺された彼女らが今更人間を信じるかと言われれば否だ。


「ってかまたしても勇者サマの尻拭いかよ」


「いや魔王を倒したのは貴方ですから貴方の責任では?」


「違う、魔王を倒さなければいけなくなったのも勇者サマのせいなんだよ実際」


ふらっと死んだ魚の目でマコトは笑う。

数百年前に何もできないと馬鹿にされた挙句頑張ったら猿真似とか言われたのだ。

大分心が荒んだ覚えがマコトにはあった。


「なぁ、本当なんで人は働くんだと思う?」


「なんですかその哲学的な発言に見せかけたダメ人間の自己肯定の常套句」


「長い、突っ込みが長い。良いか?俺が魔王と半強制的に戦わされたのは全部勇者のせいだ、良いか?|when you see the brave, you have to kick his (規制音)《勇者を見たら(ピー)を蹴り飛ばせ》だ。あいつ八又してんだぜ、刺されろって話」


そうそれは愚痴だった、切実な愚痴だ。

宿に泊まった時もクラスメイト全員分の部屋ではなく複数人で相部屋だ。

そして勇者様はクラスの美少女と王女を毎日アワビの踊り食いしてたわけだ。

ミウも何度も口説かれたようだが毎回笑顔でノーと言ったらしい。

それに隣の部屋から艶かしいクラスメイトの喘ぎ声が聞こえた時は宿ごと消し飛ばしてやろうとも思った。


「ひでぇよな、神様はどうしてこんな理不尽な世界にしたんだろうかねぇ...」


正直者が損する世界というよりかは生まれながらのヒエラルキーによって優劣が決まる世界にマコトは見える。

顔がいいものはそれだけでステータスだし、地の頭がいいものはそれだけでその後の勉学が左右される、親が毒親か否かで子供の考えたかや未来が変わる。

考えるだけ馬鹿らしいとマコトは溜息を吐き、眼前の少女へと目を向ける。


「本当にお前は苦労してるんだな」


なぜか同情できて、なぜか可哀想に見えて無意識に少女の頭に手を伸ばした。

だがパシッと掴まれて手が止められる。


「今時撫でて惚れる女は少ないですよ?」


「いや知ってるよ...むなもんイケメンの特権だろ。ただ単に子供に見えただけで他意はない」


「ところで入るんですか?入らないんですか?どうするんですか?」


吸血鬼が持つ二つの真紅の瞳が暗闇で光る。

時刻は黄昏時、差し込んでいた陽の光は完全に消えた。

にっこりとマコトは笑ってわしゃわしゃと彼女の頭を無理やり撫でた。


「何するんですかあなた!?」


「じゃあなガキンチョ、さいなら」


「だからガキじゃないってーー!!」


抗議するように手を伸ばす吸血っ子の頭上が爆音とともに爆ぜた。

土塊と煉瓦がズタボロに崩れ降り注ぐ。

マコトは勝手・・に風が弾いてく瓦礫の中を真後ろに飛ぶ。

それら全て魔法による繊細な操作、マコトが右手を頭上に挙げると月光に輝く白色の手が引っ張り上げ俗に言うお姫様抱っこをした。


月光に照らされた女性の姿はさながら肖像画のような美しさを放っていた。


「ナイスタイミングユイ!いやー本当助かった」


我が家恒例の午後六時以降まで帰って来なければユイが数百キロメートル圏内を検索、魔力探知で場所を割り出しマコトの居場所へ飛ぶ。

そして何かが起きていればーー無論推して知るべしだ。

だが...


「マコトさん、遅れるって時は連絡するって約束ですよね」


目が笑っていない、口は笑っているが完全に目が笑っていない。

冷酷な笑みが背筋を凍らせてくる。


「すみません本当すみませんでした」


自身の非を全面的に認めてマコトは謝罪の言葉を口にした。

なるべく早く彼女の両目にハイライト先生が帰ってきて欲しいのだ、怖い。

ものすごく恐ろしい、端の見えぬジャングルのような濃緑色。

怖い、恐ろしい、帰ってきた際に殴りあい宇宙した時並みに恐ろしい。

ぶん殴りあいの結果仲直りできたのだがーーまぁ過去の話だ。

嫌な思い出は忘れるのが常識、ただ教訓は覚えている。

嫁がブチ切れたら素直に謝る、これ常識。


「じゃあ帰りましょうね、今夜は寝かせませんよ」


「ひゃい」


眼下で瓦礫を必死に避けて涙目で逃げる吸血鬼は完全に無視だ。

マコトはさりげなく手を振って上空へと飛んだ。


「覚えてなさいねー!!」


ぎゃーぎゃーっと自称吸血鬼の魔王軍幹部は叫んだ。


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