第7話
信条桜、彼女はありふれた病人である。
ちょっと両目と声帯の機能を失って十分に生活できず、臓器すら十分に動かず医療器具に繋がれて生きてきた少女。
彼女は一度たりとも病院から出た覚えがなかった、記憶に残っているのはラノベを読み聞かせる兄の姿と何時も親身になって接してくれる看護師さんと、私を死なせてやるべきだという親族だ。
延々に近い時間に感じたが学校の帰りにいつも寄ってラノベを読み聞かせてくれた兄の横顔を忘れた事はなかった。
物語は全て荒唐無稽ーー異世界に主人公が行く話が多かった。
どの主人公も絶望する事はあれど決して諦めず人生を生きていく彼らの姿に少女はよく憧れた。
兄がクラスメイト毎行方不明となり姿を消して数週間、兄の財産を全て奪った母の妹である叔母が桜を死なせる事を承諾した。
そして看護師の方が涙ぐむ中酸素を送り込む機械を外そうとしたその時。
部屋は翡翠色の極光に包まれ目を開いたときには異世界にいた。
彼女が異世界で幸せになれるのかと聞かれればーーイエスでありノーだ。
だが少なくとも彼女は今幼女の体を弄ってニヤニヤと笑っていた。
膝の上に乗せた狼人族の少女を撫でる撫でる撫でる。
「あぁ〜良いわ、本当良いわ」
こしょこしょこしょこしょ
「そっそこは...ひゃっ...だっだめ...」
「ここが良いのかー?もう可愛いなもうー!」
ーー救国の勇者は今、幼女をハスハスしていた。
王都に住む全ての人間が歓喜の涙を流し勇者の召喚を両手を上げて喜んだ筈なのに...その勇者は今ロリコンとしての常識である
この勇者、間違いなくろくでなしであった。
部屋に入った王女は心の底から呆れてため息を吐いた。
「貴女...ちょっとは勇者としての自覚を...」
「あーもう可愛いなーもう。艶かしい声を出しちゃってー!」
無視、ガン無視である。
ジャストイグノアリング、ただ無視をしてるだけ。
物凄い失礼な態度に王女は本日十三度目の溜息を吐いた。
「働かなければその亜人を取り上げますよ...?」
「亜人じゃありませんよ、狼っ子なので...てか待って、貴女お名前ある?」
もし名前があるならばそれを尊重しなければいけない、常識的な判断をして桜は頭を撫でる。
少女は首を傾げ...静かに首を振った。
「私...生まれたときに売られて、お母さんが誰かすらわからない...」
グスンと鼻をすすってポロリと少女の両目から涙が零れ落ち始める。
「あーもう泣かないで...そっその名前つけても大丈夫?」
「うん」
小さかったが地獄耳並みとなった桜は聞き逃さなかった。
素早く思考しアイデアを出す。
この少女の毛並みは燻んだ灰色のように見える...だが先ほどから手入れしていてわかったのだがこの子は汚れているだけで純白の毛並みをしている。物で例えるのなら勿忘草のようなほんの少し青がかった白色。
実物を見た事はないが言葉として聞いたことがある。
そして狼、狼は英語でウルフ、ダメだ可愛くない。
白...?いや安易すぎる...狼も絡めたいどうせなら名前に絡めたい。
狼の読み方はろうとおおかみ...結局考えがまとまらず安易な答えを桜の脳ははじき出した。
「貴女の名前は今日からミハクね。狼のみに白色の白、すっごい安着だけど良い...?」
流石に自信がないのだろう、桜はおずおずと少女に聞いた。
彼女とは裏腹に少女はミハクという単語を数回呟く。
「うん、ミハクが良い」
「あぁ...良かった、精神的に辛い...将来この子がキラキラネームとか言われたらどうしよう」
「きらきらねーむ?」
「痛い名前ってことですよ、改名まっしぐら的な」
「名前を変えるの?」
名前を持てなかった少女は理解できないという様子で首をかしげる。
少女にとってーーミクにとっては名前はとても大切で人生で初めてもらった物なのだ。
それを変えてしまうというのが理解できないようだ。
「残念なことにね、まぁあくまで他人だから。親と子供だって他人、腹から生まれたとしてもそれは分身でもなければなんでもない、ただの他人よ。だから名前だって他人からの贈り物だから変える権利がある...と思う」
「よくわからない、お姉ちゃんは全員他人だと思うの?」
「そのお姉ちゃんっていうのものすごく萌えるんですけど...できるなら桜お姉ちゃんで」
「ねぇねぇ、桜お姉ちゃん、桜お姉ちゃんは全員他人だと思うの?」
話をすり替えようとしていたのを賢く察してーーというか童心的にそれを理解できずに少女は言った。
桜は頭を掻いて数秒思案してから結論を出す。
「兄以外は他人ですね、兄さんは家族です」
「かぞく?」
「一番大切な人ってことですよ、今の今まで自分の命を繋いでくれたのは兄さんだし自分を救おうと必死になってくれたのも兄さん、だから兄さんは家族だって言える」
神妙な顔で桜は呟く。
もう消えて居なくなってしまったたった一人の家族を脳裏に浮かべ両目を閉じた。
居ないものはいない、消えてしまったら帰ってこない、彼はどこを探そうが見つからない。
たった一言が言えなかったことが後悔として胸に重くのし掛かっている。
感謝ーーたった一言日頃の感謝を伝えられなかった。
「桜お姉ちゃんにはお兄ちゃんがいるの?」
「ですよ、数歳年上の真面目な人でした。困ってる人がいたらどんなことがあっても助けるし、傷ついた人がいたら親身になって助けてあげれる。そんなとても優しくて真面目な兄さんでした」
「でした?今は?」
「もう居ませんよ...で、王女様何か用ですか?」
「やっと返事しましたね...ところで気になったんですけど貴女のお兄さんの名前ってマコトーーだったりします?」
「よくわかりましたね、私の兄の名前は信条誠、あっ浮気しまくって最後刺された男とは違いますからね?」
「ははは、びっくりた。まさか勇者の一人と貴女の兄が同姓同名だったとはね」
「そこ詳しく、ちょっともっと説明よろしくお願いします」
「え?だから勇者にシンジョウマコトっていう人がいてこの国で知らない人は居ないわよ?」
「だーかーらー、もっと詳しく。早く説明早よ」
「わっわかったわよ...百九年前にこの国に召喚された一人で魔王を倒して世界を救った人よ?さぞかし素晴らしい人だったに違いないわ!」
伝説上の誰かに憧れるように王女は想いを馳せる。
きっと物凄いイケメンで強かったに違いない、いく先々で人々を救い一人で魔王を倒した伝説の人。
あぁきっと物凄い真面目で優しい人だったのだろうと王女は確信した。
一方その頃、そのさぞかし真面目で優しい勇者とやらは山道で倒れている少女を無視して居た。
マコトは特に問題もなく麻袋を担ぎ歩いて居たのだが道端に転がる人影を見て目を逸らしたのだ。
「ぜったい面倒ごとだな...関わりたくねぇ」
これは彼が通り過ぎる際言った言葉だ。
「たしけてくらひゃい...!!」
キラーんと少女の両目が光通り過ぎる人影ーー誠に向けて放たれた。
「あーあー聞こえないー!!黙って気絶しとけよ真面目に...」
「あーその辺に困った女の子を助けてくれる優しい人いないかなー!!」
態とらしく本当に態とらしく少女は叫び声をあげる。
しかもあざとくさぞかしか弱そうにうるっと両目を潤ませてマコトを見上げる。
だからこそ本当にマコトは溜息を吐いて唾を近くの木に吐いた。
「てめぇ全然元気だろ、ぜってぇ助けとか必要ねぇな!?子供の遊びに付き合ってる暇はないんだ、じゃあな」
「ここは事情を訪ねるのが普通でしょ!?」
がっしり右足を掴まれて動きを止める。
振り払ってもいい、だがマコトも幼女を蹴り飛ばすほどの鬼ではない。
「うるせぇ!?俺の経験則上割と元気な倒れてるやつは大体面倒なやつなんだよ!!」
「そう言わないで助けてくださいよぉ!」
「その口調も嫌いだし最後によぉとかねぇとかいうキャラは大体裏があってめちゃくちゃ頭良いヤベェやつなんだよ!!」
「そんなぁ...そうだ!もっもしぃ、私を助けてくれたらぁ、体を好きにしていいですよ♡」
「はぁ?お前バカか、こんなガキに手を出したら犯罪者だ。それにこんな乳臭いガキに手ぇ出すかよ、嫁がいるしガキに欲情するわけないだろ...」
とは言いつつきっちり少女の容姿は確認する。
子供にしては凹凸のある体、その上に性癖どストライクの白色美少女。
だがーーだがやはりユイには一億光年歩及ばないと心の底から思った。
何よりマコトはロリコンではない、幼女に興奮するような人種ではないのだ。
例えば知り合いがロリコン発言しても
『あっうん、まぁ好き嫌いは人それぞれだもんな』
と言うような人間なのだ。
つまり決して性癖で差別するわけではないのだ。
「あっれー?この舐め回すような視線...もしかして私に欲情ーー」
「してるって思うほど頭沸いてるのか?いい精神科を勧めてやるよ」
「あらやだっまたまたー!」
「俺の国の社会人の常識として面倒なものはすべて見て見ぬ振りだ、俺もその一部なんで無視させてもらう」
ズリズリと少女が引っ付いたままマコトは歩き始めるが少女は小さく泣き声をあげながら必死にしがみつく姿は大変哀愁漂う。
娘と同じ髪色ということも相まってマコトの心臓にキリキリする痛みが走った。
そしてマコトはマリアナ海溝並みに深く溜息を吐いた。
人助けなんて糞食らえ、損しかしない慈善事業はバカのやる事。
だがもしも長女が見て居たら本当に冷めた目で見られる事だろう。
そうこれは決してこのガキのために働くのではない、自分のために働くのだとマコトは心に言い聞かせて停止した。
「三十文字以内で事情を説明しろクソガキ」
「クソガキじゃなくてメイリーですよ♡、気軽にメリメリとか呼んでください!」
「ほうほう、頭を地面にメリメリされたいんだなわかったわかった」
眉間に皺を寄せたマコトは冗談抜きに足を上げる。
「すみませんすみません!!実はお父さんが大怪我して居て怪我を治してもらえればと!」
「は...?」
「なんですかその何言ってるんだこいつって目」
「動かしてないだろうな?下手に頭を打った状態で動かしたら最悪死ぬ、患者はーーなんだそのニヤニヤした目、キモいぞ」
生暖かい目と言うべきか、そのような目をしてニヤニヤとメイリーと名乗った少女は笑う。
「いえいえ、洞窟に匿ってるいます、一切動かして居ません。どうか...どうかお父さんを助けでください」
涙目でだがたしかに助けを手に入れられた喜びにメイリーは涙ぐんで祈るように両手を組んだ。
たっぷり礼金を請求することを誓いマコトは少女に促されるまま山道を逸れて歩き始めた。
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