第6話

「重い...怠い...」


合計数十キロの薬草化した雑草が詰まった袋を担ぎ街へと向けてマコトは歩いていた。

無償で自然奉仕したせいで魔力はほぼ無いしかといって迎えに来てもらうのは行き違いになったりするかもしれなくとダメだ。

よって歩きで家に帰ることとなったマコトは悪態をつきながらダラダラと、それはもう怠そうに山道を歩いていた。


「ちっ...ミウのせいでほぼ全部身代わり石使っちまったし...全部あいつのせいか...」


その原因は誰なんだというツッコミをする人間は無論ここにはいない。

居るのは三十路に突入しようとしてる哀れなおっさんだけだ。


「そもそも全部勇者サマのせいじゃねぇか...糞食らえ...」


マコトは王都に飾ってあった銅像を思い出し深い、それは深いため息を吐いた。

正確には自分以外のこちらの世界に召喚された人間の銅像が街の至る所に飾られているのだ。

例えば回復士であった山田愛ヤマダアイのの銅像は医療院の前へ、練成士であった梶山洞爺カジヤマトウヤの銅像は鍛治街のトレードマークとして飾られている。

だが、だが自分の銅像だけは何処にもない、自分以外にも活躍せずに影の薄かった人間はいた、だがそれら全員は職業に関連する場所に銅像が保管されている。

桜木町の交差点まで探しに行ってはいないが無いものは無いのだ。


今は遠い元の世界ーー日本に想いを馳せマコトは色々と考えた。

病弱だった妹はどうなったのか、好きな漫画であるハンター×バンカーの新刊は何冊出たのか、新劇場版エヴ◯ンゲリオンは完結したのか。

思い出すたびに見たかったものややりきれなかったのもばかりが鮮明に記憶の海から浮上してくる。

後悔というのはやったもの、やれなかったものに関してするのだ。

マコトはこれだけ後悔しているが異世界に来たことを後悔してはいないと思った。

この世界に来なければユイにも会えなかったしユキに会うこともなかった、長女であるアイも今は何処にいるのかはわからないが大切な家族であることに違いはない。

誰がなんと言おうと今の自分は幸せで前に歩いているのだ。

帰ったら今後の事をきちんと家族と話し合おうとマコトは決めた。





立ち込める暗雲の中から雷鳴が落ちた。

場所は王都の王城ーー数百年続く神聖なるヘタリア帝国を守るこの国の王族が住まう場所。

白色に塗り固められた城壁に守られる王城は侵入者を許した事はなく鉄壁を文字通り体現している。

その城に雷が落ちるのを誰もが確かに見た。

それは伝説や童話のように、それは物語の序章のように。

極光が城を満たし暗雲が完全に晴れるとそこには昔と変わらぬ王城が有った。

もし目に天性の才があるものが見れば王城に出現した魔力に両眼を疑い、自身の気の狂いを疑うかーー童話を開くかのどちらかだ。


ーー『ヘタリアの勇者』

この童話は数百年続く中で勇者が召喚されるたびに書き加えられていく伝記である。

この国に生まれた人間、いやこの世界に生まれた人間ならば誰もが枕元で親御に囁かれた物語。

数十の物語に構成された童話の冒頭は等しく全て同じ。


ーーある初春の一日目ーー暗雲が立ち込め王城に雷が落ちた、それは勇者がこの世界を救うために召喚された証。


今の季節は春の始め、年中温かいタートスと違って凍えるような雪が降り積もる季節が終わり温かくなりはじめた日だった。


王城内の召喚の間と呼ばれる一室には数人の魔導師が立ち成功か否かを疑い、魔法陣中央を睨む。

誰もが疲労を色濃く浮かべどれだけの魔力消費量かが察して知れる。

一人足りとも未熟な人間などいないし誰もがこの国で名を馳せた大魔導師達だった。

だがその魔導師が数人集まって尚この疲労量ーー間違いなく成功したという感覚が彼らにあった。


煙幕が晴れた時、魔法陣の中央には一人の美麗な少女が佇んでいた。

明かりが彼女の艶かしく長い黒髪を照らし、病的なまでもの白色の肌を映し出す。

魔法陣から注ぎ込まれた魔力によって付与されたステータス魔法が確かに彼女に作用していた。

常人ならばステータス魔法など持ってはいないが異世界から召喚された人間に対して強制的に付与し、それが勇者を不老に、人の枠が外れた存在へと変える。


「えっと...」


黒髪の少女は状況についていけず首を傾げあたりを見回す。

彼女が困惑している事を理解したのか彼女と同い年程の少女が彼女に近づく。


「ヘタリアへようこそ勇者様...どうかこの国をーー」


「嫌ですよ...どうして働かなければいけないんですか?」


即答だった、その上質問ときた。


「え?」


「だから私がどうして働かなければいけないんですかって」


残念ながら労働の二文字は彼女の辞書になかったようだ。

かなり落ち着いてる上に冷静に論破しようとしてくる彼女に負けないよう少女は一瞬でどうやって戦わせようか考える。

ここで少女は童話を思い出す、ある童話、この国で一番有名な童話。

勇者達が難色を示していても結局引き受ける例の言葉。


「それはこの国の人間がーー」


「苦しんでようが可哀想だなーとか残念だなーとかぐらいしか思いませんよ?」


義責に駆られるどころか投げやりレベルの他人事のようだ。

ここまできて少女の堪忍袋がプッチンと切れる。


「普通可愛いお姫様が助けてって言ったら助けるのが常識でしょ貴女!?それに可哀想だなーってどうしてそこまで他人事なのよこの...このろくでなし!!」


ブチギれて息も絶え絶えで少女はまくし立てる。


「まず言わせてもらいますが貴女は元の世界に帰れません、残念でした。帰りたかったらなんとしてでもある人物を見つけなければいけません!」


圧倒されていた黒髪の少女は一度手を挙げて少女をインターセプト。

早口でまくし立てて相手に承諾させるのは相手を丸め込む為のセオリー。

つまりこのまま聞いているだけではいけないと彼女は察して止めたのだ。


「私は貴女に協力する義理はありません、私がこの世界を救う義理はありません、そしてお姫様がいくら可愛かろうが私ロリコンなので同い年かそれ以上は全部ババアです...ドゥーユーアンダースタンド?」


本当に憎ったらしくうざったく少女は言った。

おまけに頭を人差し指で叩いてクルクルパーと一回、煽る気でしかない。


「帰りたいでしょ!?家に帰りたいんだったら協力しないと食べ物も水も何もあげませんから!」


「おっと食料責めですか、なら私はこの城抜け出して盗賊潰して遊びに行きましょうかね!」


少女はさきほどから体内から溢れ出す力を感じ、自分が強くなった事を理解した。

何より両目は見えるし両耳は聞こえる、そして何より声が出る。

つまり病や体の欠損が全て回復したに違いない。

それにこれほどの強さがあれば食料を奪っていくのも簡単だろう。

若干最低最悪の考えをしながら少女は悪役のように笑う。


まずい、こんな状態になるはずではなかったというのが王女の見解だ。

勇者といえばこちらを助けてくれるものだと思っていた、だがここまで自己しか考えず突っ走らない人間が来るとは想定していなかった。


自身の有利を確立してから少女はこう言う。


「もし私を働かせたかったらケモ耳ロリっ子(過去に何かあった系なら尚良い)を渡す事ですね!それぐらいするんだったら働いてやっても良いですけど!」


我欲丸出しで高笑いする少女とは裏腹に王女はフフフと不敵に笑い始める。

もっと貴女何言ってるんですか!?とか貴女頭おかしい!?などの言葉で批判されると思っていたのにこの壊れた人形のような笑い方。


「いいでしょう...獣人がご所望なら集めてあげますよ...ふふふふふ」


「えっ...ちょっ...」


「その代わり絶対に働いてもらいますからね...二十四時間休みなしで全力で働かせますからね」


「ちょっと待ってください流石にそれはーー」


「もう言質取りました!アリス神の名の下にこれを契約とす!!」


王女の右手に魔導書スクロールが現れ若草色に光り輝く。

一瞬で文字が書類に書かれていき王女は満足げにそれを懐にしまった。

熱心な信者である聖女のみが使える伝説の秘技、神の名の下に約束は絶対守らせると言う物。

これが生成されたと言うことは少女がこの約束を果たさなければ罰が常時発動すると言う何が聖女だって言うスキルだ。


なんとなく何をやったか察して少女は王女に手を伸ばす。


「私は信条桜シンジョウサクラ、貴女のお名前は?」


先ほどまでのふざけた態度が嘘のように少女は令嬢のように柔らかく微笑み右手を差し出す。

コロリと変わった態度に王女は警戒を解き右手を伸ばす。


「私はヘタリア帝国の第一王女、エヒト=マキナ=アルマリアです」


互いの自己紹介がすみ、世界ーー次元共通の挨拶である握手を交わした瞬間。

少女は本気で手を握りしめる。

先ほどから湧き上がる力を活かすのは今しかしないと考え王女の柔らかな絹のような肌に指を食い込ませ泣かせてやろうとゲスい事を考えるが一刻の王女ーー昔から勇者との間に子を設け戦闘ができる血統を創り出してきた王族の娘、負けじと全力で握りしめる。


「ははは、こちらの国の挨拶は随分と強いんですね!」


「フフフ、そう言う貴女の国の握手は随分と強いんですね!」


美少女二人がにっこりと微笑み合いギリギリと手を握る力を強めていく。

この二人引くところを知らないガキンチョだった。

方や王族として相手が負けることしかしなかった特級貴族、方や病院で人生の大半を過ごした少女。

この二人が自身の負けを認めるかといえば否、決して認めることは無い。


「「ハハハハハハハハハ...ハッ」」


二人は笑いあって勢いよく足を踏みつけた。




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