Ⅱ-8 新しい日常
カゲロウが旅行から戻り、再び出勤してすぐの事だった。カゲロウは、室長に、会議室に呼び出された。何の話をされるかの見当は、カゲロウは大体ついていた。
「その様子だと、わかっているようだね」
室長は、会議室の椅子に腰かけ、その向かいにカゲロウを座らせると、話を始めた。いつもは穏やかな物腰で優しい声の室長だが、今は、真面目な話をする時の、真剣なトーンの声で話をしていた。
「私は確かに、君には羽を伸ばしてくると良いと言ったが、だからといって羽目を外し過ぎてはいかんよ。休日で、仕事ではないとはいえ、君はパークの職員なんだから」
「はい、本当にそう思います。申し訳ありません」
室長の元には、カゲロウがスパリゾートジャパリアンズのディナークルーズ船から転落し、あわや死亡事故になりかけた話が行き届いていた。いくらプライベートとはいえ、パークの職員が、来島客向けの観光地で迷惑をかけるような事があってはならない。このことについては、カゲロウも、咎められることを覚悟していた。
カゲロウの様子を見て、室長は、カゲロウが反省している事を汲み、それ以上の事は何も言わず、その後は、いつもの調子に戻った。
「まぁとにかく、君が元気な姿で、無事に帰って来てくれてよかった。今回の件で、何かしらの処分があることを君は心配してるだろうが、それはない。安心しなさい」
室長は、そう言うと鞄から一本の黒い筒を取り出した。
「和くんにはもう渡したんだが、和くん宛の他にも、君が今担当している極楽鳥のフレンズ二人に、リゾートの救助隊からの感謝状が届いている。研究本部が手を焼いた二人のフレンズが、地元の救助隊の救助活動に協力した。それは君の、あの子達への教育がしっかりしているお陰だろうから、それで帳消しと言う事だ。そう言う訳だから、これからも君は君らしく、羽目を外しすぎん程度に、しっかりやってくれ」
そう言うと室長は、カゲロウに感謝状の入った黒い筒を手渡した。
「話はこれで終わりだ。さぁ、あの子達に、それを持って行ってあげなさい」
カゲロウは、深く頭を下げると、会議室を後にした。
オフィスに向かって廊下を歩いていると、丁度、和が医務室から出てきたところに出くわし、目が合った。
「おはよう」
和は、いつもと変わらない様子で、カゲロウに挨拶をした。
「あ、あぁ、おはよう」
和と二人きり。旅行中の、あの日の夜の出来事が、カゲロウの頭にフラッシュバックした。
「あー、あのさ。今度久々に飯食わねえか、二人で。俺のおごりで。この間の旅行絡みの色々も込みで、なんか、美味いの食いにさ」
カゲロウは、咄嗟に頭に浮かんだ言葉をそのまま言った。
「どうしたの急に」
「いや、まぁ……最近お互い忙しくてあんまり話せてねーし、この間の旅行はアイツらも一緒だったし、たまにはと思って」
「考えとく」
和は、一言そう言うと、何処か嬉しそうに微笑みながら、廊下の奥へ歩いて行った。
カゲロウは、唾をごくりと飲み込んだ。そして、気付けをするように自分の顔を平手で軽く叩くと、階段を下りて行った。
そんな二人の姿を、窓の外から、二つの黒い影がこっそりと覗いていた。二人の姿が見えなくなると、その黒い影は、何処かへ飛んで行った。
おしまい
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