極✳︎楽?飼育員Ⅱ―はじめてと恋のリゾート―

Ⅱ-1 ブラック・ラッキーデー


 今、ジャパリパークの都市部にあるコンビニで昼食を買うべく品定めをしている、この男の名は、白毛カゲロウ。歳は二十七。ジャパリパーク運営本部・飼育部・特殊動物飼育課・一係所属の、中堅飼育員。今は、数年前にパークで存在が確認されたばかりの、世界的に見ても珍しい鳥である、フウチョウたちがフレンズ化した、カンザシフウチョウとカタカケフウチョウのフレンズの担当を受け持っている。


 彼が二人の担当を受け持ったのは、上司の推薦によるものだった。二人を発見した研究チームのメンバーは、二人について調査するためにしばらく二人の住処の近辺に滞在していたが、二人が事ある毎にイタズラを仕掛けてくるために、手を焼いていた。そこで、コレまで現場で数多くのフレンズの教育と観察の実績を挙げていたカゲロウに、白羽の矢が立ったのだった。彼は今、そんなフウチョウのフレンズ達と毎日を忙しなく過ごしながら、そんな毎日について綴った、日記という名の調査記録を、研究チームに定期的に提出する仕事をしている。フレンズ達の生態から、逆に元の動物の生態を知ることもできるという可能性を見出した研究チームのアイデアによるものだった。

そして今、彼は研究本部でのミーティングを終えた後だった。今日はこの後、フウチョウ達と合流して、いつものようにパークのあちこちを回ったり、勉強をしたりする。その前に、腹ごしらえをしようと、コンビニで品定めをしていたのだった。

数分迷った果てに、彼は目の前にあった牛丼を手に取った。あのフウチョウ達と一日を過ごすにはパワーとスタミナが必要だ。牛肉でしっかりと力を蓄えなくては。カゲロウはそう思いながら、カゴに牛丼を入れようとした、その時だった。

カゴの中には、自分が全く入れた覚えがない、「富山ブラックラーメン」のカップ麺が二つ、入っていた。

奇妙に思いながらも、カゲロウは棚にカップ麺を戻した。次は飲み物だ。今日もまた日差しがまぶしく気温が高い。やはりここは麦茶が良いだろう。カゲロウはそう思い、麦茶をカゴの中に入れた。すると、またしても、カゴの中には自分が全く入れた覚えがない、先ほどと同じカップ麺が二つ入っている。

カゲロウは再び、カップ麺を棚に戻し、今度はアイスの陳列棚に向かった。色とりどりのアイスが、こちらに向かって冷気を漂わせながら佇んでいる。甘いチョコレートやフルーツ系のアイスも捨てがたいが、今日のような日は、さっぱりとしたソーダ系のアイスが良いだろう。カゲロウはそう思い、ソーダ味のアイスバーに手を伸ばした、その瞬間、すぐ横にあった黒ごまアイスバーに手が伸びるのを見た。


「おい」


カゲロウは、手が伸びた方向に向いて声をかけた。

カンザシフウチョウとカタカケフウチョウが、首を傾げてカゲロウを見上げながら、そこに立っていた。


「何してんだ?」

「カゲロウにカってもらおうとしていた」

「そうじゃねえ、なんでここにいるんだって話だよ」

「イてはいけないのか?」

「いやそういう訳でもねえけど」

「ならワレワレにもカうのだ」

「それとこれとは話が別だ」

「どうチガうというのだ?」

「あのな、今日は会議だからおめーらのところに行くの昼になるから、大人しく待ってろっつってたろ?なんでここにいるんだって聞いてんの」

「ならばキこう。イマ、ナンジだ?」

「質問に質問で返すんじゃねーの!」

「いいからコタえろ」


カゲロウは、仕方なく時計を見た。


「……一時ちょい前だけど?」

「ジュウニジはスぎている」

「つまりヒルスぎだ」

「ヒルスぎはヒルではない」

「つまりチコクだ」

「チコクはいけないとカゲロウはイってた」

「いけないコトをしたらオシオキ」

「だからカゲロウはオシオキされなきゃいけない」

「だからワレワレにもカップめんとアイスをカえ」


カゲロウは、痛いところを突かれてしまった、と思った。

だが、同時に、二人の言葉に矛盾を見つけてもいた。


「あー、そう言われちゃあしょーがねーな。でもな、俺からも言わせてもらうぜ」

「なんだ」

「どうしておめーらは俺がこのコンビニにいるってわかったのかなぁ?ここ、来たことなかったよなぁ?」


カゲロウの指摘に、フウチョウ達は表情は変えなかったものの、固まった。


「つまりおめーらは、今日は初めっからずーっと俺の後をつけてて、どのみち俺に昼飯とデザートを奢らせる気だったってわけだ」

「ミろこのチョコレートアイスを」

「カカオヒャクパーセント」

「ブラックチョコレートアイスバー」

「聞いとんのかい!」


二人はいつも通りの淡々とした様子ではあるが、露骨に話を逸らしたので、間違いなくこれは図星だとカゲロウは思った。


「……まぁしょーがねーな。俺も約束の時間に遅れたからな。買ってやるよ」


カゲロウはそう言うと、フウチョウ達がさっき手を伸ばそうとした黒ごまアイスバーを二本カゴに入れて、レジに向かった。

コンビニでの買い物にしては点数が多くなったものの、店員は手際よく、会計を済ませた。


「お客様、千円分以上お買い上げですので、よろしければこちらの福引をどうぞ」


店員は、そう言うとレジの後ろから、小さなガラポンを取り出して来た。


「お、そんなのやってんの。どんなのが当たるんですかね」

「一等賞は旅行のチケットですね。当店まだ出てないんで、もしかしたら……」

「いやー、そんな事はないと思うけどねぇ、やってみますか」


カゲロウはそう言って、ゆっくりとガラポンを回した。間も無くして、コロリと音を立てて、玉が一つ、皿の上に出て来た。その玉の色を見た瞬間、一瞬、空気が変わるのを感じた。


「お……おめでとうございまーす!!」


店員が、懐からベルを取り出して、けたたましく音を鳴らした。


「大当たり!一等賞!スパリゾートジャパリアンズ宿泊券!!獲得でございまーす!!」


そう叫ぶ店員の声と、店員が鳴らす祝福のベルの音が、ジャパリパーク都市部の中心街に位置するコンビニエンスストアの店内にこだました。




 「ええーっ!?スパリゾートジャパリアンズ宿泊券!?」


福引で当てたチケットを手に、フウチョウ達と共にオフィスに戻ったカゲロウに、仲間達が一斉に詰め寄った。


「白毛さんスゴイっすよ!超ラッキーじゃないっすか!」

「いいなぁ、海沿いのリゾート……うちら内陸での仕事だからなかなか行く機会ないもんな……」

「ホントいいわねえ。もう十年近くいるけど、どうせココで働くならクジなんか引かなくても一回くらいは慰安旅行かなんかで連れてってほしいわ。その辺の福利厚生、うちはもうちょっとちゃんとしてほしいわねえ」


同期、先輩、後輩、お局、上司が口々にそう言って、カゲロウを羨ましがった。

スパリゾートジャパリアンズとは、ジャパリパークの沿岸部に数多く存在するリゾート地の中でも、最大かつ最高級のリゾート地だ。

美しい景色に、海水浴と温泉、温水プール、カジノや高級海鮮料理を楽しめるという、まさに至れり尽くせりなリゾート地は、パークの住民、職員、来園客を問わず、死ぬまでに一度は行ってみたいと思うほどの、憧れの場所だった。


「いやー、でも行くってなったら休み取んなくちゃいけないっすね。どーしよ」

「すぐに行きたいのなら、来週休みを取っても構わんよ。存分に羽を伸ばしてくるといい」


上司がカゲロウの肩を叩きながら、そう言った。


「マジっすか。じゃあお言葉に甘えてそーしちゃおっかなぁ?」

「で、白毛さん、誰と行くんすか?」

「え?」

「だってこれ、ペアチケットっすよ」


カゲロウは、後輩に言われて、チケットの券面を確認した。確かに、ペアチケットと書いてある。店員は何も言わなかった上に、貰ったチケットは一枚だったので、カゲロウはソロチケットだと思い込んでいた。


「あ、ホントだ」

「マジか。じゃあ俺連れてってくれよ、美味い酒飲んで海の幸食いてえ」

「えー、俺も行きたいっすわ。カジノで一攫千金したいっす」

「いーやここは俺が行く。青い空と海と、輝く肌の水着ギャル……!」

「よォーし!公平にジャンケンだ。行きたい奴、この輪の中に入れ!」


同期と先輩、後輩の男達が口々に己の欲望を口にしながら手を挙げて集まり、ジャンケンを始めようとした。だが、同期の一人が、輪の外から声を上げる。


「バーカ、ペアチケットったらな、女連れてくもんだって相場が決まってんだよ。な?」


それを聞いてカゲロウは、決まり悪そうな様子で顔を逸らした。


「いねーよ」

「なんだよいねーんじゃねーか!じゃあやっぱ俺らのうちの誰かが……」

「ワレワレがイく」

「え?」


オフィスの応接用のソファーに腰掛けてアイスコーヒーを飲んでいたカンザシフウチョウとカタカケフウチョウが、突然、手を挙げた。


「ワレワレフタリでイけばチョウドよい」

「ツガイがいないカゲロウはルスバンだ」


カゲロウは、二人の方を見た。


「あのなあ、当てたのは俺だぞ。俺が行かなくてどうするんだ」

「ホントウにおマエがアてたとイいキれるのか?」

「ワレワレがカップめんとアイスをカわせなければ、フクビキをやるコトもなかったのだぞ?」

「つまりカゲロウがフクビキをしてアタリをヒいたのはワレワレのおカゲでもある」

「そしてそのチケットはフタリぶん」

「でもカゲロウにツガイはいない」

「ならばカゲロウがモっていてもムイミだ」

「だからワレワレがイく」

「福引はおめーらのおかげで引けたかもしんねーけどなぁ、チケットが当たったのはまぐれだ、まぐれ。それに、旅行ってのは途中で何が起こるかわからねーんだぞ。おめーら二人だけで行くのは、飼育員として許可できません」

「ケチ」

「ケチ」

「チクショウ」

「チクショウ」

「ヒトのクセに」

「チクショウ」

「うるせーな、ダメったらダメなの!」

「そんなに心配なら、カゲロウくんもついて行ったら?」


オフィスの奥の方から、女性が一人出てきた。彼女は、千石和せんごくなごみ。カゲロウの同期の一人で、カゲロウ達の部署に派遣されている医務員たちの中の一人だ。飼育員達が担当するフレンズの健康診断や、飼育員達の健康管理を受け持っている。


「カンちゃんとカケちゃんが言う事ももっともよ。偶然といえば偶然だけど、でもこの子達のおかげでそのチケットがあるようなものでしょ?そのチケットは、二人にあげたらいいじゃない」

「そのトオリだな」

「ナゴミはハナシがわかる」


どういうわけか、和はフウチョウ達と仲が良かった。カゲロウは、健康診断の為に何度かフウチョウ達を和の元へ連れて行っていたが、それを積み重ねるうちに、いつの間にか仲良くなっていたのだった。


「おいおい、じゃあ俺は自腹切れってのか?」

「そう言う事」

「冗談キツイなおい。一泊いくらすると思ってんだよ」

「そこで提案があるんだけどね?」


そう言うと、和は背中で組んでいた手を素早く前の方に出した。


「じゃーん!」


和の手には、数万円分の旅行券が握られていた。カゲロウは目を丸くした。


「お前、何だこれ、どうしたんだ」

「私も実は懸賞でたまたまこんなのを当ててたりして。でも使う機会ないから、カゲロウくんにコレ、あげてもいいかなーって」

「いや、流石にそりゃ悪いだろ。金券だぞ、金なんだぞ一応」

「誰がタダであげるって言ったの?」

「え?」


和は、カゲロウの前から旅行券をヒョイッと後ろにズラすと、カゲロウに言った。


「この旅行券あげる代わりに、私も連れてって?」


その言葉に、その場にいた職員たちが一斉に、和の顔を見た。その後すぐに、カゲロウの顔を見た。

季節は夏。とびきり熱い何かが始まるような、そんな予感が、その場にいた者たちはこの時、していたのかもしれない。



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