#4 君に出会える毎日

 

 カゲロウは、ゆっくりと目を開けた。目の前には、白い天井が広がっている。


「カゲロウ!」


聞き覚えのある声が、耳元でした。その方へゆっくりと首を回すと、同じ部署の仲間たちが、心配そうな顔で、こちらを見ていた。


「カゲロウ!大丈夫!?」


反対側からも、声がした。カゲロウが今まで担当してきたフレンズ達が、今にも泣き出しそうな様子でカゲロウを見ていた。


「あぁ……俺、どうしちゃったの?」


カゲロウは、力なく、天井に向かって言った。


「熱中症でぶっ倒れてたんだよ。試験運用中だったラッキービーストから緊急通信が入ってさ。何事かと思って発信元に向かったら、お前が倒れてんだ。ビビッたったらありゃしねぇよ」


隣の部屋の同期が、持っていたタブレット端末で、ラッキービーストの通信記録を、カゲロウに見せた。倒れている自分の写真が、そこにはあった。そして、その写真の奥には、よく知っているフレンズの姿があった。


「……アイツらは?」


カゲロウは、同期に訊いた。


「あぁ、アイツらなら病室の前にいるよ。悪いけど、お前から呼んでくんねーか。なんか、怖がってるみてえだからさ」

「じゃあ、俺が呼んでたって言って呼んできてくれよ」

「わかった」


同期は、病室の外に出て行った。

カゲロウは、フレンズ達にも声をかけた。


「心配かけてごめんな」

「ホントだよ。いつも元気なカゲロウが倒れたなんて聞いたからビックリした」

「一体どうしたの?何があったの?」

「まぁ……色々あってな。でも、もう大丈夫だろ。悪ぃんだけどさ、一旦、アイツらと三人だけにさせてくんねえかな」

「え?」

「まぁ、詳しくは落ち着いた時にまた話すからさ」


カゲロウがそう言うのを聞いて、フレンズ達は、病室を出て行った。

それと入れ替わるようにして、フウチョウ達が恐る恐る、病室に入って来た。いつもの落ち着きすぎてるくらいに落ち着いた様子の表情とは違って、まるで叱られることを覚悟している子供のような顔だった。


「よォ、悪ぃな。ぶっ倒れちまったお陰で、一緒にいてやれなくってさ」

「……カゲロウ、カラダ、ダイジョウブなのか?」

「ワタシたちのコトわかるか?ハナせるか?」

「おいおい、今こうして喋ってんだろ?夢じゃねェぞ、現実だ」


フウチョウ達は、それを聞くと、堰を切ったように泣き始めた。


「ビョウインのセンセイからキいた……、カゲロウ、ツカれてたって……」

「ネブソクだったって……」

「ココロアタリあるかってキかれた……コワかった……」

「あぁ、怖かったろうな。あの先生、誰かのせいで誰かの具合が悪くなることに関してはもう鬼だからな。俺も新人の頃にフレンズと遊んでた時に怪我させちまって、ここに連れてきて診せた時、すげー怒られた」


カゲロウが寝ているベッドのシーツに顔をうずめて泣きじゃくるフウチョウ達を見て、カゲロウは笑っていた。


「まぁ、おめーらが何したかとかの話は、もうしねぇでおこうか。先生にこってり絞られた後だろうしな。でも、一つだけ、聞いていいか?」

「……なに?」

「なんで、あんなことしたんだ?」


カゲロウは、フウチョウ達が毎晩自分の前に現れたのが結局夢であるのか現実であるのかについては、もう気にしていなかった。彼女たちが、カゲロウが倒れた原因は自分たちにあると自覚していると言うことがわかっただけでも、満足だったのだ。

ただ、もし現実だったとして、どうして彼女たちがそんな行動に出たのか、その理由が気になっていた。でも、カゲロウも、ジャパリパークで飼育員として働き始めてから、もうそれなりに長い。なんとなく、見当がついていた。


「……カゲロウと、もっとイッショにいたかったから」

「カゲロウとイッショにいるの、タノしいから」


その答えを聞いて、カゲロウは一つ、大きなため息をついた。


「そっか」


カゲロウはそう言うと、二人の頭を優しく撫でてやった。


「でもな、覚えといて欲しいんだ」


カゲロウは、二人に顔を近づけて、語りかけるように言った。


「おめーらはいつも一緒にいるから、今はまだちょっとわかんねーかもしんねーけど……でも、どんなヒトにもフレンズにも、一人で落ち着きたい時ってのは、必ずあるんだ」


カゲロウはそう言いながら、自分が仕事終わりに家に帰っていつもしている事を思い出していた。一日汗水たらして働いて、部屋に入るなり服を脱ぎ捨て、シャワーを浴び、身体を拭きながら、冷蔵庫に入った缶ビールを飲む。そして、ベッドに飛び込む。それが、カゲロウが一人になった時、一番落ち着く瞬間だ。


「おめーらがいつ寝てるかはよくわかんねーけどさ、寝てるところを邪魔されるのはおめーらだって嫌だろ?」

「うん」

「イヤだ」

「な?それに、別れた後もわざわざ俺のところに来なくたって、俺たち、毎日会えるだろ?会いたいとか一緒にいたいとかで、お互い余計なちょっかい出し過ぎて、そのせいで具合悪くなって、そのままポックリ逝っちまったら、会えるのも会えなくなっちまうし、一緒にもいられなくなっちまうんだぜ」


カゲロウがそう言うと、フウチョウ達は強いショックを受けたような顔をした。


「だからさ、俺が身体治したら、その後もずっとお互い毎日元気で会えるようにさ。上手くやってこうぜ?」

「……カゲロウ、オコらないのか?」

「あぁ?まぁ怒ってもいいけど、でもおめーら俺の事助けてもくれた訳だしな。ラッキービーストの緊急通信、アレ、おめーらが出させたんだろ?」


カゲロウは、さっき、同期が見せてくれたラッキービーストの通信記録の写真を思い出していた。倒れている自分の姿を写した写真の奥には、真っ黒な服に身を包んだ小さなフレンズの姿が二人、写っていた。ラッキービーストは、ヒトの身に危険が生じたと判断した状況下でのみ、フレンズとの接触が許可されるシステムになっている。恐らく、倒れていた自分を発見したフウチョウ達が、近くを通りかかったラッキービーストに助けを求めたのだろう。きっと、酷く動揺していたに違いない。その様子を見て、ラッキービーストはヒト、即ちカゲロウの身に異常が発生したと判断し、近隣のオフィス、即ちカゲロウの所属部署に緊急通信を出したのだと、カゲロウは確信していた。


「ワカらない……、でも、チカくにいたの、そいつだけだったから……」

「とにかくそいつにタスけてってイった……」

「で、その結果、俺は今こうして生きてるしおめーらと一緒にいるわけだ。ま、結果オーライだし、もう既に怒られてるおめーらに余計に怒る事はねぇなと思ったわけよ。それとも、俺にも怒って欲しかったか?」

「イヤだ!オコられるのコワい!」

「ハハハ!しょーがねーな!」


カゲロウは大きな声で笑うと、再び泣き始めたフウチョウ達を抱き寄せてやった。フウチョウ達は、カゲロウの胸に顔を埋めてしばらく泣いていた。


「おい、もう泣くなよ。何も死ぬわけじゃねーんだから」

「ワカってる。でももうスコしこうさせてほしい」

「うん」


フウチョウ達は、涙でぐちゃぐちゃになり真っ赤になった顔を上げて、カゲロウを見た。その顔が、何だかとてもおかしくて、カゲロウは思わず噴き出した。


「変な顔だな」


 

 その次の日、カゲロウは無事に退院し、再び現場に戻った。

フウチョウ達はもう、カゲロウの夢に現れることはなくなった。

でも、相変わらず、普段は何を考えているかわからない様子で、カゲロウを振り回している。

きっと、コイツらといる限りは、これからも忙しない毎日が続く。

でも、この忙しなさは、嫌いじゃない。むしろ楽しいかもしれない。

こんな楽しい日々がずっと続いて欲しい。カゲロウはそう思った。


                                 おわり








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