#2 苦難の日々

 

 カゲロウが新たに担当を任されたフレンズ。それは、カンザシフウチョウと、カタカケフウチョウ。世間一般では広く「極楽鳥」と呼ばれる鳥のフレンズの二人組だった。

フウチョウたちの生息地域は世界全体で見ても限られていて、その生態には、まだ謎が多い。でも、つい数年ほど前、ジャパリパーク内でも、フウチョウの存在が、研究チームの調査によって確認された。それから数年たった今、ついに、フウチョウのフレンズの存在が確認されたのだった。

その新たなフレンズの飼育を任されると言う事は、新たなフレンズの生態の研究の一部に携われる。それと同時に、全く未知に近い存在のフレンズと触れ合う事が出来る。カゲロウの心は躍っていた。

ところが、カゲロウの期待に反して、フウチョウたちとの生活は苦難の連続だった。

フレンズの外見や性格には、人間がその動物に対して抱くイメージが反映されるケースが多く見られる。その原因や仕組みは未だに謎だが、特に、詳しい生態がよくわかっていない動物のフレンズ化においては、特に多く見られる現象だった。

フウチョウの生態には謎が多い。だから、彼女たちの性格や行動原理、思考回路も謎だらけで、全く掴みどころがなかった。カゲロウは、二人の面倒を見始めるや否や、そんな二人に振り回されてばかりの毎日を送っていた。


 ある日の事だった。カゲロウたちは、パークの都市部を散策して回っていた。その日は日差しが強く、気温も高い日だった。


「アツいな」

「クロはシガイセンをよくキュウシュウする」

「ワレワレのクロはヒカリをもスいコむホンモノのクロだからな」


フウチョウの姿がそうであるように、カンザシとカタカケは、いつも真っ黒な服を着て、真っ黒なマントを羽織っている。そして、何故かそれを事あるごとに自慢したがる。暑いならば脱げばいい物を、とカゲロウは思ったが、二人はこだわりがあるのか、決して脱ぎたがらず、涼しいところで一休みしたいとカゲロウにねだった。そこで、カゲロウは二人を連れて、近くにあった喫茶店に入ることにした。

昼過ぎだったので、店内はそれなりに空いていて、落ち着いた空気が漂っていた。カゲロウ自身も、結構な暑がりで尚且つ、汗っかきだったので、なるべく涼しく過ごせるように、日差しが入らない、窓から離れた席を選んだ。

テーブルを挟んで、カゲロウが一人で、カンザシとカタカケが二人で向かいあって座る形で席に着くと、間もなく、ウェイターがメニューを持ってきた。

近頃の喫茶店は、メニューが豊富だとカゲロウは思った。コーヒー、紅茶、サンドイッチ、ケーキは勿論、パスタやパフェまである。そう言えば、二人と外食をするのは今回が初めてだな、とカゲロウは思った。

これまで担当したフレンズ達とも、カゲロウは外食をしたことが何度かあった。フレンズ達の好みは、みんなそれぞれ違っていた。でも、やはり女の子だからなのか、スイーツはみんな好んで食べていた。と言う事は、やっぱりこの二人も、スイーツが好きなのではないか?カゲロウはそう思って、メニューを二人仲良く持って食い入るようにして見つめている二人に声をかけた。


「おい、外、暑かったろ。パフェ食いたくねえか?」


カゲロウ自身も、結構な甘党で、所謂スイーツ男子と言うやつだった。だから、フレンズ達と一緒にスイーツを食べて、その味の感想などを語り合い盛り上がる事で距離を縮めて、仲を深めると言う手段を、よく取っていた。


「パフェ?パフェとはなんだ?」

「これだよこれ、ソフトクリームと一緒に、フルーツとかチョコとか一杯乗っかってる奴だ。今日みてぇに暑い日に食ったら、うめぇぞォ」


カタカケとカンザシの身体は小さく、顔立ちも幼い。パッと見、子供にしか見えない。カゲロウは、きっと、二人はこういうお菓子の類は好きに違いないと思って、わざとらしく二人の興味を引くような言い方をしながら、メニューに載っているパフェの写真を指差した。

ところが、肝心のカタカケとカンザシは、目の色一つ、変えることをしなかった。


「ヒツヨウないな」

「えっ?」


予想外の答えに、カゲロウは思わず目が点になった。


「キョウミがない」

「おい、マジかよ。本当に美味いんだぜ?本当にいらねェのか?」

「いらないとイっている。ワレワレがホしいのは」

「コレだ」


そう言うとカタカケとカンザシは、メニューのページをめくって、そのページの真ん中に出てきた、店長オリジナルブレンドのコーヒーの写真を指さした。

カゲロウは、まぁ、そう言う事もあるか、と思った。コーヒーを飲む子供だっている。自分も父親がコーヒーを飲む姿に憧れて、割と幼いころからコーヒーを飲んでいたものだ―カゲロウは幼き日の自分の姿を、フウチョウたちに重ねていた。


「あ、そ。じゃあそれね。すんませーん」


カゲロウが、ウェイターに声をかけた。


「はい、お伺いいたします」

「んーと、アイスレモンティー一つ。それから、この……オリジナルブレンドコーヒー、ってやつ。これを二つ、お願いします」

「かしこまりました。コーヒーに砂糖とミルクはお付けいたしますか?」


カゲロウは、お願いします、と言うつもりだった。父親がコーヒーを飲む姿に憧れて、コーヒーを飲んでいた幼き日の自分は、コーヒーの苦さに耐えられずに、大量の砂糖とミルクを入れていて、ほとんどコーヒーではなくなっているような状態で飲んでいたからだ。その頃から既に甘党だったカゲロウであったが、今はブラックコーヒーでも難なく飲むことができる。でも、この二人はきっとそうではないだろう。ここは一つ気を利かせてしっかり砂糖とミルクを頼んでおこう―と思っていた、その時だった。


「ヒツヨウない」

「えっ?」


またしても、カゲロウの目は点になった。ウェイターの目も、心なしか点になっていたような気が、カゲロウはした。でも、すぐに気を取り直して、ウェイターは一言「かしこまりました」と言って、カウンターの方へと歩いて行った。


「……ホントにいいのか、おめーら」


カゲロウは、呆然としながら、二人に訊いた。


「ワレワレはクロい」

「だからコーヒーもブラックだ」

「クロはエイゴでブラック」

「だからブラックコーヒーをノむ」

「ああ……そう……」


表情一つ変えることなく、淡々と、まるで一心同体かのように代わる代わる話す二人を見て、カゲロウは何も言わないことにした。まぁいいだろう、ちょっとでも苦そうな素振りを見せたら、ちょっとからかい混じりに大丈夫かと声をかけて、ウェイターに砂糖とミルクを持って来て貰おう。カゲロウはそう考えた。

まもなくして、ウェイターがレモンティー一つと、ブレンドコーヒー二つを運んできた。何も言っていないにも関わらず、ウェイターはアイスレモンティーをカゲロウの前に、そしてブレンドコーヒーを、フウチョウ達の前に丁寧に置くと一言「ごゆっくりどうぞ」と言って、伝票を置いてその場を後にした。

フウチョウ達はコーヒーカップを手に取った。これもまた、一心同体かのように同じタイミングで。そのままゆっくりと、カップを口元に運んでいく。そして、軽く息を吹きかけて、淹れ立ての熱を冷ます。この一連の動きのタイミングも、まるでシンクロナイズドスイミングでも見ているかのように、一瞬のズレも狂いもなかった。そのまま、二人はシンクロを続けながらコーヒーを口に含んだ。少しばかり、一口の量が多いように、カゲロウは感じた。その時だった。


「ブフーッ!!!!!!」


これもまた完璧なシンクロで、二人が同時に、口に含んだばかりのまだ熱々のコーヒーを、一気に目の前に向かって吹き出し、ぶちまけた。その射線上にいたのは、勿論、カゲロウだ。


「あっっっっっっっっっっつ!?」


まるで火炎放射でも食らったかのように、カゲロウは椅子から飛び上がった。店内に居合わせた客の目線が、一斉にカゲロウの方に向いた。


「おまっ!!きたねーなおい!!砂糖!砂糖入れろよ!」

「お、お客様?大丈夫ですか?」


ウェイターが、困惑した様子でカゲロウに駆け寄ってきた。


「あ、あぁ……はい、すんません、大丈夫です。あの、それから、やっぱ砂糖とミルク持ってきてもらっていいっすか、二人分……」

「あ……は、はい。かしこまりました」


ウェイターは、カゲロウを気の毒そうに見つめながらそう言うと、再びカウンターの方へ消えて行った。

カゲロウは、周囲の客に向かって軽く頭を下げると、椅子の座面に少しついていたコーヒーを紙ナプキンで拭き取り、再び椅子に腰かけた。


「あーあ……シミになっちまったよ……」


今日は暑い。だから、カゲロウは上半身に、白いシャツを着ていた。だが、それがすっかり、フウチョウ達にお見舞いされたコーヒーの飛沫で、茶色の水玉模様に様変わりしてしまった。

すぐにウェイターが、砂糖とミルクを二人分と、おしぼりを数枚、カゲロウの元へ運んできた。「どうにもならないかもしれませんけど、少しでもマシになればと思って……」と、ウェイターが目線でカゲロウに語りかけてきた。カゲロウはその優しさに思わず眉をひそめた。

だが、服が汚れたのは、自分だけではない。カゲロウはそう思い、フウチョウ達に声をかけた。


「おめーらの服、大丈夫か?」

「なんのモンダイもない」

「ミろこのクロさを、コーヒーのシミすらミえないホンモノのクロだ」

「オマエもクロいフクをキてくればよかったものを」

「おい、パイ食わねえか」


カゲロウは、そう言って、アイスレモンティーを一気に飲み干した。





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