34

「さっ話もまとまったことだし。早くこの世界を終わらせましょうか」


パンパンと手を叩き、満足した表情の双葉。

俺とアリスは地面に膝をつき、絶望と羞恥に浸っていた。

記憶、見せなければよかった……


「いいわ。いいわ。楽しいわ。みんな最高よ!!」


一人ずっと興奮しっぱなしの観客が居るけれど、気にしないでおこう。

下手に触れたらもっと危険な球が飛んできそうな気がする。


「ほらほら、二人とも。落ち込んでないの。アリスはさっさと三月兎を出しなさいな。白兎を元気にするんでしょ?」

「むーむーむー」


真っ赤な顔で双葉に詰め寄っている。からかわれている自覚はあるようだが、羞恥心の方が上であるようだ。ポカポカと力なく双葉の胸元を叩いている。


「もう。姉さんは意地悪です」

「私は、素直になったアリスが大好きよ」


呼び方も、いつの間にか双葉から姉さんに戻っている。

昔の関係を取り戻しつつあるように思えた。もしかしたら、そのためにあんなカミングアウトをしたのかもしれない。


「はぁもういいです。三月兎ですね」


右手を出せば、そこに茶色い兎の仮面が浮かび上がる。耳に赤いリボンがあって女の子であろうことが分かる。

アリスは、それを躊躇うことなく顔につけ、俺の右手を掴んだ。


『目覚めて』


短く、それだけを口にする。

光が右手に集まり、今まで浮かぶことのなかった仮面が浮かび上がった。


「三月兎の目覚めの力ね。キレイね。キレイね。これで行けるわ!!」


ピョンピョン跳び跳ねるアイを横目に、手を離さないアリスに疑問を抱いた。


「アリス?」

『お帰りなさい』


三月兎の仮面がひとりでにズレた。

ボーッと見つめてくるアリスの視線に耐えきれず、双葉に助けを求める。


「はいはい。終わりよ。それで、どうやって行くのかしら?」


無理矢理に手を離し、距離を取ってからアイに向き直る。


「帽子屋さんが何を言っているのか分からないわ。分からないの。分からない」


キョトンとして小首を傾げた。

その物言いにこっちのほうがキョトンである。

先ほど、アイは行けると言ったはずだ。つまり、何らかの方法が確立されたことになる。

だが、俺たちはその方法を実践していないはず。仮面をつけているわけでもないし、時空が切り替わったような感覚もなかった。


「三月兎さんは分かるわよね? 分かるでしょ?」

「えっと、はい」

「どういうことだ?」


一度行ったことのある二人は通じあっているようだ。

つまり、何らかの変化があるのだろうけど……分からない。

辺りを一瞥しても、変化なんてまるで……まるで?


「なあ、双葉」

「なによ」

「この辺り、人。居たよな?」

「ええ。そうね」


分かりあっている二人に腹を立てている様子だが、辺りを見回して言いたいことを理解したのか目を見開いている。


「誰も、居ないわね」

「ああ。だよな」


話し声はしなくとも、先ほどまでは確かに人が居た。

そのはずだった。

だが、今は誰も居ない。まるで、別世界に移動したかのようだ。

いや、まさか……な。


「なあ、二人共」

「なにかしら。なにかしら。なにかしら?」

「はい」

「もしかして、移動って終わってる?」


返事はなかった。

ただ、力無い笑みを浮かべるアリスとコクコクと首を縦に振るアイ。言葉はなくとも、想像が正しいことを示していた。


『ようやく気づいたのか。妾がその気なら、すでに骸が二つは転がっておったの』


真っ黒のローブに身を包んだ長身の人物が忽然と現れる。

声からして女性だ。その右手には、女王の仮面が見える。

つまり、元凶とようやく対峙出来たと言うことになる。


「お前が、魔女……」

『くくっ初対面相手にお前とは、ご挨拶じゃな。機嫌が悪ければ殺しとるとこじゃ』


ゾクッと背筋に寒いものが突き抜けた。

まともに相手をしたら秒で殺される。悪寒が止まらず、カタカタと足が震える。


「あら、殺すなんて物騒ね。私たちを殺して、魔女様にメリットはあるのかしら?」


不敵な笑みを浮かべ、俺を庇うように前に出る。

震える肩が、強がっているだけだと知らせてくれ、弱気な自分に活を入れる。

男の俺が震えて固まってはいられない。双葉を救うと決めたのだ。こんなところで、怯えてなんていられないのだ。


『くくっ強気で結構。愉快な奴らが揃ったのぅ。アイの采配かの?』

「違うわ。違うわ。全然違うわ。楽しんでいるだけよ」

『楽しそうでなにより。つまり、この者たちを生かせば楽しめるのかぇ?』

「そうよ。そうよ。だって、楽しかったもの!!」


アイがピョンピョンと跳びながら全身で感情を現している。


『アリスは、どうかぇ? この仮面を受け取り、あの未来を目指すかぇ?』

「あたしは……姉さんと戦います。奪うのではなく。正々堂々と」

『妾の記憶が正しければ、双葉には勝てぬからと諦めていたはずじゃが?』

「そう、でした」


アリスと魔女。

契約を交わしたことがあるからこそぶつかる意見。悔しそうなアリスの表情から察するに、のほほんと生きていた俺とは違い。たくさんのことを考え、双葉に対する劣等感を強く抱いていたのかもしれない。

それが爆発し、手助けするような存在が居た。だからこそ、今のような事態になっていたのだろう。


「でも、今は違います」

『違う。とは?』

「あたしにも、勝機はあると思ったからです。奪わず、正々堂々とすれば」

『ほほぅ。無数の未来を知る妾が無理だと言ったにもかかわらず、拘るのかぇ?』

「はい。無理だと諦めることが、未来を閉ざすものだと。今は思ってます」

『少し出ただけで、大きな心の変動だのぅ。双葉よ。何をしたのかぇ?』


矛先が双葉へとシフトする。

俺へピトっと寄り添い、強張った笑みを浮かべた。


「ただの姉妹喧嘩よ。久しぶりに丸め込もうと思っただけだわ」

『それだけ。かぇ?』

「ええ。それだけよ。でも、戦うことの重要性を知るのには、それで充分じゃないかしら? ちゃんとやれたなら、なおさらね」


昔のアリスならば、あんなに反論はせず。すぐに泣いていたことだろう。

その時の記憶があるならば、自分の成長に気づけたのではないだろうか?

精神年齢高校生でようやく対等って所にうすら寒さを感じるが……


『そうかぇそうかぇ。なら、最後に白兎』

「はい」

『妾を楽しませてくれるのかぇ?』

「えっと……」


困惑。

別に、誰かを楽しませるために行動をしているわけではない。

勝手にアイが楽しんでいるだけで、俺はそれに関与したつもりは一切無い。必死の行動に楽しいを得ていただけだ。


返答に困っていると、双葉が指を絡めてくる。そちらに少し視線を送れば、強い瞳で微かに頷く。

アリス。アイに視線を向けても笑顔を向ける。

三人を見て。覚悟を決めた。


「存分楽しめばいい。俺たちの全力を噛み締めろ!」

『そうかぇそうかぇ。なら、この仮面は今度にしとくとしようかねぇ。心が弱った時、差し出すとしよう』


魔女の姿がボヤける。

視界が揺れ、足元が安定しない。


「なっなんだ……」


パタリと、他の三人が倒れた。

足に力が入らず、地面に膝をつく。


眠気が、全身を包み込む。


『兎たちは預けとくぇ。楽しませてくれるなら、それでいい。くくっ妾のオモチャとして、存分に動くとええ』


耳元で響く声。

体が鉛のように重く。動かない。


『また。会いましょう。その時まで、兎と仲良くのぉ』


遠ざかる声。

俺は、意識を手放していた……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る