33
「ふぅん。私に対して、悪びれることはなく。当然のことをしたと言うのかしら?」
「はい。だって、双葉が同じ立場なら……きっと同じ事をしたはずだから」
「………………するわけないじゃない」
長い沈黙。その後の否定なんて信じられる訳がない。数歩前に行っているために顔を見ることは出来ないが、きっと思いっきり目が泳いでいることだろう。
「双葉だって、独り占めしたかったでしょう!」
「そう、ね。でも、私は奪ったりはしなかったわ」
「それ、は……」
「あなたは、奪った。何もかも奪って独り占めしようとした。そこだけは、許せないわ」
「面白いわ。面白いわ。最高ね。そうは思わない兎ちゃん!!」
「ノーコメントで」
耳を塞いで明後日の方向を向いていたい。
姉妹喧嘩ではなく正妻戦争のほうが正しい気がしてきた。それも、俺の正妻をかけての戦争。
その戦争には、一番大事なはずの俺と言う存在と意志が欠如しているのですが、どこまでヒートアップするんでしょうか?
二人きりでやって欲しいなぁ。
「久しぶりに会って、お姉さんぶるのは止めてください。もう、背中を見るだけは嫌なんです!!」
「あら、それだったら堂々と隣を歩けばよかったじゃない? 右は私だったけど、左は空いていたわよ?」
「だって、そうしたら……双葉は全部持っていくじゃないですか!!」
「当たり前じゃない。アリスになんて奪われたくないもの」
怒りの物言いに飄々とした切り返しをするようになってきた。
アリスは感情が先行し、双葉は余裕が生まれたのだろう。
昔からこんなだった記憶がある。
鋭いのに、どこか抜けているせいで看破されてしまうアリス。お姉さんぶって先を行っているように見せかける双葉。
ああ、懐かしい。
遠い昔、なのに……今この瞬間。過去に戻り、得られた時間。 これを壊すわけにはいかない。
だから、そろそろ俺の出番か。
「はいはい。二人ともストップ」
人一人分程度の距離まで詰まった二人を、中央に立って引き剥がす。
顔を真っ赤して下を向くアリスと不敵な笑みを浮かべる双葉が対称的だ。
少し離れてアイがワクワクした表情を浮かべているのは、ここから楽しくなるなんて思っているからだろう。
仲裁するだけだから面白くは無いのだが……気にしないでおこう。
「二人の言い分は分かった。だけど、それはここから出てからな。先にここを終わらせよう」
「兄さん……」
「全く。ここからアリスの泣き顔を見せる予定だったのに、何で邪魔するのよ」
そんな予定だったのかよ。邪魔して正解じゃないか。
「とりあえず! アリス。三月兎の仮面を使えるか? 俺の白兎を元気にしてほしい」
「えっと、それは……隠語。ですか?」
「はぁ何の話だよ」
「あっえっと、いえ、その……」
「あはは。そう。そうなのね。アリス。あなたは、そういうところは変わってないのね」
「ねっ……いえ、双葉。言わないで、ください」
パタパタと慌てたように手を振っているが、双葉はそんな姿に対して口角を上げて楽しそうにしている。
なんか、聞いてはいけないようなことの気がする。
「あら、逃げるのはダメよ? ふふっ全てを奪われたんですもの。情報開示くらいいいでしょう」
「ダメ! ダメですよ。嫌われます!」
顔を真っ赤にして双葉に掴みかかろうとしているが、間に俺が居てうまい具合に盾として使うため、その手が双葉へと届くことがない。
「ちょ双葉。止め……」
「いいじゃない。トップシークレットを教えてあげるんだから。このくらい我慢なさい」
「ダメーー!!」
「アリスってムッツリなのよ。ふふふ」
「へっ?」
「姉さん!!」
耳を疑い、アリスを見つめる。
顔を真っ赤にしながら必死に手を伸ばしている。目尻には涙すら見え、冗談や嘘ではないことがはっきりと分かってしまう。
だが、ずっと一緒暮らしていてそんな素振りは見たことがない。なので、このカミングアウトが信じきれずにいた。
「えっと……えっ?」
「ふふっ。上手く隠してたみたいだけど。私は知ってるのよ。時折、白兎のシャツに顔を埋めて匂いを嗅いでたりしてたでしょう?」
「な、な、な、なんで、そのことを……」
「そんなことしてたのか!?」
全然気づかなかった。
いや、もしかして……
「まさか……この頃から、してたのか?」
「そうよ。背中でクンクンなんてよくやってたわ。まぁ、白兎は気づいてなかったみたいだけどね」
「むーむー」
トップシークレットが明かされるたびにアリスが懸命に手を伸ばして双葉の口を塞ごうとする。
その行動だけで真実であることを語っていることに気づかない様子だ。双葉を黙らせることが優先だと考えているのだろう。
「そして、さっき言ってた白兎の白兎がってのは……」
「わーわーわー!!」
「もういい。理解した」
つまり、俺の息子かと勘違いしたのだろう。そんなわけあるかと叫びたい気持ちはあったが、仮面の白兎と口にしなかった落ち度があるので皆まで言わせないことで帳消しにしてもらおう。
「ふふっ。可愛いでしょ?」
「否定はしないけど……」
真っ赤になってワタワタする姿は小動物を見ているようで癒される。盾ではなく。対岸の火事として見ていたらもっとよかったことだろう。
パチパチと拍手しながら笑うアイが羨ましい。
「私の白兎。あなたは、私に逆らわないでね」
「耳元で囁くな」
「私は、あなたの記憶を見たのだから。ふふっ」
アリスとのやり取り。そして、記憶を見た発言でさぁーっと血の気が引いた。
バッと双葉を見つめると、蠱惑的な笑みを浮かべながら胸元に人差し指を置いてくる。
「色々。知れて楽しかったわ。ふふふ」
弱味を完全に握られた。
絶望と共に確信した俺は……乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます