30

「なっなぁ、なんで……アイを探すの、嫌なんだ?」


何が悪いのか分からないのであれば問うしかない。これで機嫌をさらに悪くする可能性もあったが、持ち直す方法も分からないので疑問解消を優先することにしたのだ。

これで解消されるならば、儲けものである。


「あなたが理由を理解しないから嫌なのよ」

「理不尽!?」

「理不尽でもなんでもないわよ。あんなにベタベタして……ああもう!」

「そこを怒られても……」


アイを背負ったりしたことが問題なのだとしても……正直、終わったことではないかと思ってしまう。

それに、あの状況ではああするのが一番良かったのだ。背中に触れる感触なんてまるで覚えていない。

そもそも、触覚がほとんど消えていたのだ。背負ってはいたけれど、荷物を運んでいるような感覚でしかなく。女の子だと意識している余裕もなかった。

アリスの豊満な胸を押し付けられていた時でさえ、感触無かったのだ。こうして振り返ると勿体ないことをしていたのでは? なんて思ってしまう。

ただ、仮面の補助無しにぴょんぴょん飛び回ってドードー鳥から逃げられたのかと問われると首を横に振るしかない。

速攻で啄まれておしまいだったろうから、生きるためにはああするしかなかったと言える。


それを、今蒸し返されるなんて想像もしていなかった。人生とは分からないものだ。


「あの、な?」

「わ・た・し・が、頑張っていた時も楽しく過ごしてたあなたには、私の気持ちは分からないわよ」


ほぼ寝てたんじゃないのかよ!?


なんてツッコミを入れたい気持ちはあるが、そんなことをしたら睨まれて小言をぶつぶつ呟かれて不快な思いをするだろうと予測出来てしまうので口を閉じる。


それに、頑張っていた事実もあるのだ。最初の三週は脱出のために策を労していた。ただ、それが意味の無いことだと分かったからこそ、救いの手を待っていたはずなのだ。


それが、俺のはず。


なのに、こんな理不尽に曝されて本当に辛い。どうにかする方法を必死で考えているのに、助けたい本人は助かる気が無いようにも思える。

ホントに、何を怒ってるのやら……


「少しくらい、誉めてもいいんじゃないの」


………………えっ?

小声が耳に届いた。

蚊の鳴くような小さな声なのに、何故か耳に入り込んできたのだ


もしかして……なんて言葉が浮かんでくる。

まさかなぁ。と内心で否定しながら双葉の頬に両手を置いて、そっぽを向いている顔を無理矢理にこちらに向ける。


「なに? この手は」

「ありがとう」

「はい?」


意味が分からないようで怒りを込めた視線を向ける。

その大きな理由は、無理矢理に顔を動かしたせいだろう。

頬が赤く染まって見えるのも、俺の行動に羞恥を抱いたからに違いない。

息を吐き、もう一度「ありがとう」と口にする。


「俺を、待っていてくれて」

「あっ当たり前でしょう!! あなたは、私のものなのよ。迎えに来るのは当然よ」


両手を離すと、今度は背中を向けてしまった。

顔を見ることが出来なくなったが、怒ってはいないように感じる。

ダメ押しとばかりに、後ろから抱き締める。


高校生になったら出来ないことだろうが、幸い今の体は小学生。ちょっと過剰ではあるかもしれないが、スキンシップで片をつけられる……はずだ。


「頑張ってくれて、ありがとうな」

「もう、調子がいいんだから」


声のトーンも下がっている。

どうやら、理不尽な怒りは醒めたようだ。醒めていてほしい。これから、色々とやらないといけないだろう。

それに対していちいち反抗されたら俺の精神が先にポッキリといってしまう。それだけは、避けたいからな。


「さっそろそろ離れなさいな」

「おっおう」


満足したのか、ポンポンと腕が叩かれる。

振り返って見せてくれる顔はすっきりとしていた。

怒りポイントがここであるとは思わなかった。小声を拾ったあの瞬間に感謝である。


「まっ可能性が見えたのも収穫か」


右手を見つめる。

あの一瞬は、きっと偶然ではないだろう。ただ、時間が必要なんだと仮定しておく。間に合うことだけを、期待しよう。


「それで、アイはどこに居るのかしら?」

「多分、この辺りだとは思う。ただ、この時間ではまだアイって名前が無いはずだからなぁ」


呼んで返事が来るとは思えない。

目視で探そうにも、割りと人が居るし、木々も多いので陰に隠れられたら見つけるのは難しい。

かくれんぼは勘弁だぞ……


「アイ。出てきなさい!!」


叫んだ!?

人の目なんてほとんど関係ないのは分かるけど、名前が違うだろう状況で平然と叫ぶなんて思わない。

ポカンとしながら、胸を張ってふんぞり返る双葉を見つめる。


こんなの、意味無いだろうに……


「こっち。こっちよ」

「へっ?」


頭上からの唐突な声に、視線を上げる。

木の枝に乗った少女が、くるんと一回転しながら落ちてくる。

高さが建物三階分ほどありそうなのに、なんの躊躇いもなく飛び降りたことに驚きながら、腕を出してわたわたとする。


衝撃で腕。持ってかれるかもなぁ……なんて思っていたが、幹を蹴って衝撃を殺しながら回転し、華麗に着地を決めて両手を上げる。

点数札があれば十点を出しているところだ。


「遅いわ。遅いわ。遅すぎるわ。せっかく楽しくなると思って追いかけたのに、暇だったわ!!」

「追いかけたってことは、未来のアイなのか!?」

「そうよ。そうだわ。驚いた?」


追いかけてくるなんて思ってなかったら驚きはしている。

だが、ジリジリとにじりよってくるのは止めろ。手で制してはいるけど、これ以上は近づいてくるな。

なにせ、見つけた功労者が不機嫌になっていっている。楽しいことよりもデンジャラスなことが起きそうだからそれ以上は近づくな!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る