29

「はっ!?」


目を開き、慌てて周りを見回す。

目の前には瞳を閉じたまま動かない双葉。仮面は外され、何かを待っているようにしているのが不思議でならない。だが、そんなことよりもまずは時間の確認だ。


時計……ない。携帯……持ってない。太陽の位置……覚えてない。


「今、どのくらい経ったんだ……」

「そんなに時間は経っていないわよ。ちょっと感覚にズレはあるでしょうけど、ね」


髪をかきあげ、やれやれと言うように首を横に振る。

不満はあるようだけど……今は不問にしてくれるようで、俺のことをジッと見つめている。


「どうした?」

「私の記憶を見て、何か感想は無いのかしら? あられもない姿がたくさんあったはずなのだけど」

「特に、言うことあるか?」


思い返してみるが、別段気になるような点はない。それよりも、やらなければならないことを片付ける方が先だろう。

まずは……


「もう。あなたは私が居なくてずいぶんとお楽しみだったみたいなのに、ね」

「はい?」


背を向けた瞬間。聞き捨ててはいけないような言葉とそれに含まれる殺気を認識してしまい、壊れたロボットのようにゆっくりと振り返る。


「えっと……なんの、ことだ?」

「アリスのことを私だと思うのはいいけど、まあまあ……色々とやらかしたみたいじゃない? 怒らせて、体をまさぐって、泣かせて……偉くなったものね」

「いや、それとこれとは……今は関係ないだろ!?」


双葉の怒りゲージが完全に振り切れている。


ヤ・バ・イ!!


そう分かってはいるけれど、対処法が頭に浮かばない。

誰か助けはいませんか!?


「なによ。怯えたチワワの真似かしら? そんなことしないでいいわよ」

「いや、その、あの……」

「今は何もしないわ。今は、ね。ふふふ、覚悟はしておきなさい」

「くっ」

「返事は、そんな言い方だったかしら?」

「はいっ!!」

「よろしい」


完全に弄ばれている。

手のひらの上をコロコロしている感覚が強くなるが、ここで手をこまねいている訳にはいかない。


「ほら、行く場所があるんでしょ? 案内なさいな」

「先に歩き出すな!」


終始双葉のペースに巻き込まれて行動開始。俺ってこんなに弱かったのか……ため息が出てくる。


双葉を追い越し、彼女と話していた場所を目指す。

時間がないために駆け足で行くが、どうにも速度がでない。小学生の体はこんなにもひ弱なのかと戦々恐々してしまう。

後ろで余裕そうな双葉を見てしまうと、不安が強くなる。

呆れられているだろうなと思いながら、右手を広げる。

仮面があれば……なんてことも考えるけれど、出ないものは出ないのだ。身体能力にハンデがあっても受け入れるしかない。

双葉の頭に帽子があるけれど、些細な差であると諦めよう。帽子屋の帽子を被るだけで身体能力が上がるなんて……ないよね?


「ここだ」

「ここ?」


辺りを見回すが、目的の人物が居ない。と言うことは、自由に移動できる可能性が高い。やっぱり、女王に能力を奪われることが鍵なのか?


「まさか……外で会っていたアイって女の子を探してるのかしら?」

「そうだよ。多分必要になる」

「ふーん」

「なんで不機嫌になるの!?」


明らかに唇を尖らせてそっぽを向いてしまう。今の会話のどこにその要素があったのか皆目検討がつかない。


俺が悪いの!?


「理由は?」

「こっちが聞きたいんだけど!?」

「アイが必要な理由よ。私が知るわけ無いでしょ!」

「あっああ。それか……」


不機嫌な理由を問うてきたのかと思ってしまった。落ち着け。冷静に、冷静に……


「アイは何か鍵になりそうな少女だった。その上、この時代から年を取ってはいない。打開策の無い今は、手当たり次第にぶつかるしかないだろ?」

「あら、私への当て付けかしら?」

「なんでだよ。まぁ、双葉のやっていたことの延長線上でしかないから、なんだろうけどな」


双葉は同じ事をし、意味がないことを感じ取って帽子屋に全てを託したのだ。それなのに、やることに反対なのだろう。

だが、未来に生きていた俺がこの世界に干渉したことで多少の変化があっても不思議ではない。

現に、ここに居たはずのアイが居なくなっているのだ。


小さな一歩でも前に進んでいる。ならば、もっと先へ進むために情報を得るのだ。


「アイを探そーー」

「嫌よ」

「なんでだよ」


まさかの被せるように拒否されてしまった。

双葉が嫌がる理由がまるで分からない。理由を聞きたくとも、話す気がないようで明後日の方へプイッとしている。

こんなところで時間を無駄にしている余裕は無いのに……



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