双葉 4

元の場所に戻るが、そこに帽子屋は居なかった。

ふて腐れているのだろうか?

よく分からないがすでにやることは決定しているので煽られる前にさっさと映像へと入っていく。

記憶映像の中身まで変えるようなことはしないだろうと信じたい。


(とりあえず、場所は変わらないか)


周囲を見回し、一応の確認をしてから双葉に視線を向ける。


「帽子屋さん」


今回は最初から帽子屋の仮面を取り出した。それを被ってから立ち上がる。


「んっこれなら、いけそうね」


グッと力を入れるとそのまま上へと跳ねる。枝を足場にしながら器用に木を跳んで昇っていく。


「いいわね。これは」


拳を握りしめ、身体能力の強化に歓喜しながら一度だけ周囲を見回して飛び降りた。

記憶映像だから俺はその横を普通に着いていっているが、冷や汗をかくような行動を平然と取るので少し怖くなる。

仮面を着けているから平気なのは十分に理解しているつもりだったが、着けていないで行動すれば怖いと感じてしまう。


着けていた時は感覚が大分マヒしていたのだろう。ならば、お姫様抱っこで移動していた時のアリスや背中に乗っていたアイなんかは少なからず恐怖を抱いていたかもしれない。

…………いや、アイは純粋に楽しんでたか。そういうやつだ。


「さて、アリスを見つけましょうか」


仮面による身体強化を使ってしらみ潰しに探すのであろう。だが、これでアリスが見つかることがないと俺は理解している。

アリスが見つかっているならば何千何万とループしているわけがない。

なら、俺がやるべきはアリスの捜索ではなく。別の鍵を見つけるべきだ。


絶対に居るはずなのだ。居なければおかしい。だからこそ、血眼で探す。

双葉は知るよしもない鍵を双葉の目を通して見つける。それこそが、ここでやるべきことである。


(やっぱりか……)


そして、予想は的中する。

それが当人であるかは直接話さないと分からないが、見た目が瓜二つの少女を見つけて小さくガッツポーズを取る。

これなら、なんとかなるかもしれない。

まだ憶測でしかないが、光が見えかけている。


「駄目ね。見つからないわ」


キャンプ場を二週ほどして、双葉は近くにあった椅子に腰かける。

時間的に、すでにアリスはおじさんたちの所に戻っている頃合いだ。

だからこそ、捜索を断念したのだろう。


「早く迎えに来なさいよ。私の白兎でしょう?」


弱音を溢しながら立ち上がり、仮面を取るとそのままおじさんたちのところへと移動する。

そこには、予測通りにアリスが居て、同じ行動を繰り返す。

夜も更け、テントの中でみんなが眠った頃に双葉はまたテントを抜け出した。


寝っ転がり、満天の夜空を見上げながら右手を掲げ、仮面を取り出す。


「帽子屋さん」


返事は聞こえない。けれど、頷く姿から頭の中で返事が来ているのだと思われる。


「どうやら、私一人では駄目みたい。援軍が必要ね」


自嘲ぎみに笑顔を浮かべ、仮面を回転させる。


「なにかしら? お姫様みたいに王子様を待つのはそんなにおかしいの?」


体を起こして頬を膨らますと、ギリギリと仮面を握り潰そうとしている。

仮面自体に変化はないが、数秒ほどやっているとパタリと再び倒れこむ。


「お願いよ。帽子屋さん。私の白兎が助けに来るまで、私の体を守ってちょうだい。じゃないと……私の心が砕けそうなの」


よく見れば、手が震えている。

同じことの繰り返し、それがこれから幾度と行われることに、微かな不安を感じているようだ。


それは、当然か。


むしろ、この三回のループ。よく頑張ったほうである。

見つからないアリスを必死に探し、逃れられぬ死を前にも毅然と立ち向かっていた。

頼れる相手が居ないのに必死に食らいつき、豆腐にずっと釘を打とうと躍起になっていた。

少しずつ、少しずつ、精神が擦りきれていっても不思議じゃない。


それを、表に出さずに行動してきたけれどいつまで続くか分からないのであれば……ただの地獄だ。


それでも、絶対に迎えが来ると信じている辺り、俺への信頼度の高さなのだろう。


(悔しいな)


こうして見るまで、まるで感じていなかった。

いつも通りに見えていた。

でも、そうじゃなかったんだ。弱いところを隠してがむしゃらに行動していただけだった。恐怖を抑え込み、怯えを見せず、普段通りを心がける。

それが出来るだけの、強さがあった。だが、無限ではない。いつか壊れると知っているから……こうして助けを求めたのだろう。


「何を言っているのかしら? 私の白兎なのよ。何千。何万と繰り返すかは分からないけれど、必ず迎えに来るわ。それは絶対なのよ。なのに、私が壊れたら意味がないじゃない。まあ、あなたが先に壊れると言うなら、私が耐えるだけの話よ。幾度の死が訪れようと。私は白兎を信じているわ」


なんで、そこまで信用しているのか分からなくなりそうだ。

それはきっと帽子屋だって同じはず。ならば、俺が考える疑問をぶつけるだろう。


(なんで、そんなに信じられるのか……ってな)


「簡単よ。私は白兎を愛してる。そして、白兎も私を愛してくれている。その愛情を知っているから信じられるのよ。白兎の愛は、アリスで崩せる訳がない。だから助けに来るわ。アリスがどれだけのものを奪おうと、愛だけは奪えない。ふふっ」


聞いてはいけないことを聞いた気がする。

顔が見れたならばきっと真っ赤になっていることだろう。

まだ小学生だったはずなのに、これだけのことを平然としかもはっきり断言するなんて思わなかった。


でも、こうして見ていると……胸が熱くなる。

ここに来られて良かったと。心の底から感じてしまう。


「分かったなら、どうするか答えなさい。助けるのか助けないのか。私が壊れて困るのは、果たして誰かしらね?」


挑戦的な言い方ではあるが、確かにその通りなのだろう。

仮面がどういうものなのか詳しくは分からない。研究されているのかも不明だ。

特別な力があり、人格があり、身体能力を強化する。その程度しか知らないのだ。


でも、もしも俺たちの精神に寄生する形で存在するなら、その精神が崩壊して一番困るのは仮面の方になる。

双葉は、どうやってかは分からないがそれを感じ取ったと言うことなのだろう。


「そうそう。最初からそう言えばいいのよ。それじゃあ……後は任せるわね」


目を閉じて仮面を被る。


『はぁぁぁぁぁぁ。仕方のない宿主ですね。いいでしょう。いいでしょう。この帽子屋さんが、一肌脱ぎましょう!!』


煽ることなく。拳を突き上げる。

ここから、帽子屋がずっと双葉としてこのループを繰り返していくのだろう。

俺が来るまでずっと……


(ありがとう)


感謝を心の中で呟き、記憶の世界を飛び出した。

鍵は見つけた。後は、それが使えるのかを確認するのだ。そして……アリスを止めて双葉を救う。

俺は、そのために来たのだから。




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