双葉 2
「えっと、えっ? 何、どうなったの!?」
視界が開けると、狼狽した様子の双葉が居た。
自分の体に触れながら、どこも欠けていないことを確認すると、体を震わせながら膝をつく。
「あれは……夢? でも、そんなこと、あるわけが……無いわよね?」
独り言を呟きながら、土に触れ、木の枝を拾う。それを振り回してから放り投げる。
「ちゃんと感覚はある。今が夢って訳でもないので……でも、何が起こってるのよ」
恐怖と戦っているように見えた。いや、実際そうなのだろう。
ループに巻き込まれる前。双葉はジャバウォックに食べられている。掴まれ、俺と引き剥がされ、口に入れられて咀嚼される。
もしも逆の立場なら、きっと同じように震えて動けなくなっていたことだろう。
前を向けるだけの勇気を求めるには、双葉は幼すぎる。動くことが出来なくて当たり前だとすら思える。
だけど……目の前で双葉は力強い瞳を見せる。
「アリス。あの子は……やり過ぎたわね。ふふっあはは」
震えるままに笑いだす。
狂気に似た光を宿した瞳が眩しい。
立ち上がり、大きく息を吐いた。
「待ってなさい。あなたの企み。全部砕いてあげるわ。私の白兎ですもの。絶対に渡さないわ」
ゾクリと背筋が震える。
俺の何がここまでの執着をもたらしたのかまるで分からなかった。ただただ、身の危険だけを察知させる。
だからと言って目を逸らして逃げるなんてことは出来ないので、歩き出す双葉に浮遊霊のようについていく。
「白兎。私の白兎。聞こえるかしら?」
大きく叫び。所有権を主張するけど、俺は双葉の所有物ではない。
いちいち否定する気にならなくてなあなあにしてきたけれど、そろそろちゃんとしないといけない気がしてならない。
高校生になって同じようなことを言われたら周りから夫婦としてからかわれることは必須だ。
恥ずかしくてたまらない。
「白兎。白兎!!」
「双葉。木の枝は集め終わったの?」
ひょっこりと顔を出した白兎は、双葉の所有物だと主張されているにも関わらずきょとんとしている。
んぼーっとした顔をしている自分を見ることに抵抗しかなかった。客観的に見ると何も考えてなさそうで虚しくなる。
もっとまともな顔出来ないものか?
「木の枝なんて集めるよりも、アリスを探すわよ。ほら、ハリーハリー」
「集まったなら、おじさんたち待ってるから戻ろうか」
「白兎?」
「外でバーベキューなんてそうそうしないから楽しみだね。お肉ばっかり食べちゃダメだよ?」
にっこりと笑みを浮かべる白兎。
楽しんでいることがよく分かる笑顔に、ああ。懐かしいなと感じてしまった。
木の枝を片手で抱えると、双葉の手に手を差し出す。
この時、双葉も木の枝を持っていて「ありがとう」なんて言いながら自分の持っていた木の枝を持たせたのだ。
古い記憶が、刺激を受けたからなのか泡のように浮かんで弾けた。
懐かしさに涙を流しそうになるが、精神体であるようで流れてはこなかった。目元だけ拭って結果を見守る。
木の枝を拾っていない双葉が同じ行動をするわけがない。となると、ここから分岐していくのだろう。
「もういいわよ!!」
差し出されていた手を思いっきり叩いて駆け出した。
目元に薄い涙を浮かべながら走る双葉。一瞬振り返ると、首を傾げながら歩き出す自分の姿があった。
恐らく、何事もなかったかのようにおじさんたちのところに行くのだ。それが、この世界のルールなのだろう。
他の人がどうなっているのか分からないが、少なくともこの世界の白兎は意思を持たない人形だ。ゲームで言うところのNPCみたいな感じだろう。
双葉はキャンプ場を駆け回り、アリスの名前を呼んだ。
人を見つけては、自分と同じ顔の女の子を見なかったか問いかけた。
答えは二通りあった。
知らないと答える人と会話にならない人だ。
知らないと答えた人はNPCではないのだろうが、決められた行動から大きく逸脱することが出来ないようで、捜索に協力することはない。
会話にならない人はNPCのようでなにをしようとも耳を貸そうとしない。
日が傾き、周囲が闇に覆われる前に双葉はおじさんたちが居る場所へと戻ることにした。
走り回っても見つからなかった。
もしかしたら、おじさんたちのところに戻っているかもしれないと考えたのだ。
「お帰りなさい。お姉ちゃん」
そして、予想通りそこにはアリスが居た。
ジャバウォックを使い、たくさんの人を殺したとは思えないほどの爽やかな笑顔を浮かべる姿に、双葉の思考は固まった。
「あなた。アリス……よね?」
「どうしたの? 変なものでも拾って食べちゃった?」
「いえ、食べてないわ」
汗を拭い、おじさんたちを向き直る。
一生懸命肉を焼いているおじさんと談笑しながら何か料理を作るおばさん。二人の視線が集まり、双葉の姿を認める。
「こんな時間まで何してたんだ? 白兎くんは先に戻ってきたぞ?」
「危ないことは止めなさいね」
「そう。お父さんたちは人形じゃないのね」
二人がどっちなのかは、怒る姿で確認できた。
NPCであったならば、ここで怒るわけがないからだ。怒ったということは意思があるのと同じだ。
だからなのだろう。双葉はホッと息をついた。
「人形? 何の話だ?」
「分からないわね」
口にしながらも行動は止まらない。意識はあっても行動は変えられないのだと分かる。ならばこそ、疑問が浮かんだ。
(なんで、双葉だけ自由なんだ?)
これまでの行動を見るに、双葉だけがこの世界に縛られてはいない。だからこそ、アリスを探すなんてことが出来たのだ。
だが、その理由が分からなかった。
他の人たちを見て、推測出来ることを並べることにしよう。理由が見えてくるかもしれない。
運のいいことに、双葉も特別な行動はせずにアリスを睨みながら食事を始めている。この空いた時間に思考を重ねるべきだ。
まず分かること。それはNPCのことだ。俺がNPCであることから、恐らくだがジャバウォックに食べれていない人なのだろう。面識が無いので詳しくは分からない。
ただ、意識がある人たちを見ると可能性が高そうだ。
おじさんやおばさんは食べれている。双葉がアリス捜索のために話しかけた人たちも面識は無いけれど、キャンプ場の近くで事故が起こったことを考えれば巻き込まれていても不思議ではない。
問題があるとすれば、意識がある人と双葉との違いである。
何が違うのか……それに関して一つ思い当たる点があった。
それは、アリスに……いや、女王に能力を奪われたかどうかである。
奪ったのは、ジャバウォック。帽子屋。白兎の三つだったはず。
つまり、俺を含めた三人か動けると仮定できる。
過去に帰って来たから動けるのだと考えたが、実際は過去に帰ったのではなくてジャバウォックのお腹にある世界へと入り込んだのだとしたら納得である。
まだ仮定ではあるが、この仮定が正しいのであればやるべきことが定まってくる。
とは言え、今は双葉の行動を振り返ることが先だ。この先は暗くなってきてテントで眠り、朝になったら朝食。片付けで帰宅の流れである。
その間にアリスがどう行動するのかを粒さに観察しておかなければならない。
仮定の検証は後だ。
今は、必要なピースを集めることを優先しよう。
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