26
「アリス!!!!」
ようやく肩に飛び乗ることに成功した。叫びが轟き、反対側に居るアリスへと走る。
両肩合わせるとトラック競技が出来そうなほどに長い。普通に全速力で走るならばすぐにバテるだろうが、仮面の力で息一つ乱すことなく走り抜ける。
後ろで腕が俺を捕まえようとしているのが音と感覚で分かる。スピードを少しでも緩めたら捕まっていただろうと思うと肝が冷える。
だが、走りきった。
アリスを一気に抱きしめ、ジャバウォックの首に押し付ける。
「ようやく。掴まえたぞ」
「兄さん。なんで……」
「それはこっちの台詞だ!! なんで、なんで、みんなを!!」
ダンッと強くジャバウォックの首を叩く。
大きく息を吐き、叩いた場所を見て……固まった。
「なんだよ、これ……」
「この世界を支えるために取り込んだ人たち。ですよ?」
「ふざけんな!!」
クリスタルのような物に取り込まれ、裸で目を閉じている老若男女。この中には、見知った顔が幾つもあった。
浩介や有村。猫先輩。
それだけではない。さっき見た記憶と変わらない姿のおじさんやおばさんも……
キョトンした様子のアリスには、罪悪感など欠片も無いように見えた。
いや、実際無いのだろう。
友達も、先輩も、家族さえ犠牲にしているにも関わらず……心一つ動いていないのだ。
「兄さんのためなんですよ?」
「違う。全部……全部自分のためだろうが」
「いえ。兄さんのためです。兄さんと私が結ばれるためでしたら、私はなんでもやります。なんでも犠牲にしますし、奪ってみせます」
自分の体に手を当て、にこりと微笑んだ。
その微笑みは、きっと姉である双葉を奪ったことに起因するのだろう。
当然のようなスラスラとした回答。
俺には、それが理解出来なかった。いや、したくなかった。
狂気を帯びた眼差しと物言いは、俺の知っているアリスとはかけ離れている。
こんな一面があったのに気づかなかった自分を殴りたいほどだ。
「時計を、返せ」
「兄さん?」
「もう、どうこう言わない。白兎……いや、俺から奪った時計を返せ」
説得なんて無理だ。
例え、万の言葉を駆使しようともアリスは身の振り方を変えないだろうし、この世界を救うことは出来ない。
なら、せめてこれだけはと要求を投げる。
それさえあれば、俺が……俺と白兎が未来を掴みとってみせる!!
「嫌です」
返事はNOだった。
話は終わりだと言うように、ジャバウォックの体が大きく揺れる。
「うわっくっ!」
バランスを失い、数歩下がる。
アリスから離れた。その数秒が命取りとなった。
「仕方がありませんので、今は兄さんをそっとしておきます。時期が来たら、迎えます。その時まで、地獄をお楽しみください」
ポチャンと、水滴のような音だけを残して、ジャバウォックの体内へと首から入り込んだ。
目を丸くし、距離を詰めて首を強く叩くも、中へは入れない。
「くそっ!!」
逃がしたと断定し、体を翻す。
ジャバウォックの動きが激しくなる。振り落とされないようにしながら、腕を避け、必死に走る。
どうすればいいのか検討もつかない。中に入るとしたら口なのだろうが、ちらりと視線を向けるも開きそうにもない。
そもそも、顔はあるけどそれが本当に体内に繋がっているのかも不明だ。人や動物と同じに考えるのは危険な気がする。
「くそっ」
悪態だけが口から出てくる。
それだけ、状況は最悪であった。
「兎ちゃん。兎ちゃん」
「はっ?」
背後からの声に反応すると、さっき別れたはずのアイが背中に張り付いていた。
と言うか、おんぶ状態で顔だけ出していた。
「えっ? あれ?」
咄嗟の出来事に反応が乏しくなる。
おんぶした記憶もなければ、重さも感じない。
疑問符が頭の中を支配し、先のことよりも逃げきり、無事でいることを優先することに決めた。
「なんだってんだ。次から次に!!」
激しく動き回ってみるが、アイのキャッキャッとはしゃぐ声が消えることはない。支えているわけでもないにも関わらず、だ。
「楽しいわ。楽しいわ。楽しいわ。やっぱり刺激があるのは最高ね!!」
「俺はごめん被るわ!!」
「そうなの? じゃあ、この状況をどうにかする方法は知りたくないのね? 残念だわ。残念ね」
「知りたい。めちゃくちゃ知りたい!!」
情報が転がり込んでくる状況に、慌ててアイを支える。
ジャバウォックのことやアリスのことを知っていたのだ。未出の情報があっても不思議ではない。
「いいわよ。いいわ。いいわ。楽しませてくれたから教えてあげる。胸に行くのよ。あそこには、全てがあるわ!!」
「時計も、か?」
「そうよ。そうよ。他にも、大切なものがあるわ。ほら、行きたくなったでしょ?」
「ああ。そうだな」
罠の可能性を微塵も疑わずに頷いた。
アイが嘘をついているかもしれないなんて考えたところで現状詰んでいるのだ。藁でもなんでもすがるしかない。
それに、今までアイと接していて思えるようになったことがある。
それは、
「アイは嘘をつかないよな。楽しむことに関してわ!」
「そうね。わたしを信じてくれて嬉しいわ」
「ははっ」
笑ってやった。
信じたわけではない。だが、積み重ねた時間がある。僅かな時間であっても、心が通う瞬間があったように思ったのだ。
「いいわ。いいわね。信じてくれたお礼に、良いものをあげるわ!!」
「何をくれるんだよ」
「これよ。これ」
首にかけられたのはペンダントだ。小さな牙のような物が存在を主張している。
「なんだよこれ?」
「良いものよ。とっても良いもの。きっと役に立つわ」
「ありがとう。なら、貰っておく!!」
ニヤリと笑って下へと跳ねる。
側面を走り、地面に落ちないように全力だ。
腕が何度も肩や胸板を叩いているが、動じる気配はない。
何も感じていないように見える。
「あそこよ。あそこ。クリスタルのとこよ」
アイが身を乗り出して指差すところには、確かにクリスタルが見えた。
そこに行けばいい。だが、立ち止まれば落ちてしまう。ならばと賭けに出た。
「行くぞ!!」
タンッタンッとステップを踏みながら大きく跳んだ。重力に従い一気に落ちる体。
突風を巻き起こしながら突撃してくる腕を避け、時には足場にして加速。
腕を伸ばし、クリスタルの端に掴まる。
「よし!!」
「おめでとう! おめでとう! じゃあ、頑張ってね」
支えていたはずのアイが、唐突に消え去る。
ここまでの道案内のためだけに現れたようだ。
なんでそんなことを?
なんて考えるも、答えなど出ないので頭の隅に放置。クリスタルの中を見つめる。
「双葉……」
アリスとそっくりだが、幼い姿で服を着ない生まれたままの少女がそこには居た。
瞳を閉じてはいるが、もう間違えることはない。
そっと手を伸ばすが、クリスタルは俺を拒む。
ここでは、助けることは出来ない……
それは分かるのに、無力さに心が痛む。
首を振り、辺りを見回せば、クリスタルの上の方に秒針のない時計を見つける。
「頼んだぞ」
自分自身に言い聞かせるように呟き、その時計に触れた。
『任せて』
遠くに聞こえる声。
耳に心地よい声を聞きながら目を閉じる。
意識は、すぐに遠くへと流れていった。
そして……
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