25
走る。走る。走る。
敵にも、人にも気づかれぬようにしながら、全力を持って街中を駆ける。
キョロキョロと辺りを見回し、耳を立て、気配を探る。
アリスが、どこにも居ない。
「くそっ」
初めて入ったときのアリス捜索を思い出す。あの時は一本道で、森の中に居るのでは? なんてことを考えながら歩いたものだ。
今は街中だ。
隠れる場所が多くあり、候補が無数にも存在する。
声を上げれば、ドードー鳥たちが大群で押し寄せてくるだろう。それで助かる命もあるだろうが、全体をどうにかするにはやはりアリスである。
早く。早く見つけないと……
気持ちだけが逸り、焦る想いが視野を狭める。
首を振り、体を動かし、足で稼ぐ。
商店街まで来たが手がかりなんて何もない。
どうしたら……
「あはは。兎ちゃんだわ。兎ちゃん。兎ちゃん。さっきぶりね」
「アイ……? うわっ」
アイが空から降ってきた。
唐突の出来事に慌てて腕を出して受け止める。
受け止めてからも腕の中でキャッキャッと楽しそうに笑い、するりと抜け出した。
「楽しいわ。楽しいわ。楽しいの。もう一度やっていいかしら?」
「駄目だ。忙しいから付き合ってる余裕はない。遊ぶなら勝手にしてくれ」
「それって、女王様のことかしら? 女王様。女王様ね!?」
「そうだけど、なんでそんなにテンション上がるんだよ」
「上がるわ。当然よ。この世界を選んでくれた素晴らしい女王様。嬉しくて、嬉しくて、嬉しくてたまらないわ!!」
全身で喜びを表すアイ。
その仕草に、苛立ちは募る。
この世界が嬉しいなんて、ふざけてる。
こんな風になってしまったせいで、何人死んだと思っている?
今も、どれだけの人が苦しんでいると思っている?
早くどうにかしないといけないのだ。時間は、待ってはくれない。
「俺は!! アリスに会う。ジャバウォックから時計を取り返す。そうしないと、いけないんだ」
「兎ちゃんはそれを望むの? そっちを選ぶの? この世界を見捨てるの?」
「今を生きる人を見捨てたくはない。それでも、俺が出来るのは……根本をどうにかすることだけだ」
白兎の言っていることがどれほど正しいのかまでは分からない。
だけど、他に方法があるのかも知らない。アリスと話せば少しは分かることもあるだろうけど、まともに話せる気がしない。
浩介と有村の死を見てしまったから……
この世界を選んだことを許せはしない。許せないからこそ、聞くべきなんだと思うのだ。
「そうなの。そうなんだ。分かったわ」
「なにがだよ」
「ジャバウォックを呼んであげるわ。呼ぶのよ。大変よ? 」
「呼べ……るのか?」
「そうよ。そうよ。わたしは呼べるわ。呼んで欲しいの? 呼んでいいの?」
ここであの巨体が現れれば、物凄い被害になることは目に見えている。
だが、別の場所で頼んで変にへそを曲げられても困る。
乗り気になっているときにお願いするべきか。
「頼む」
「いいわ。いいわよ。楽しいわ。兎ちゃんの選択。見届けるわ」
くるりと回って右手を差し出す。
そこには禍々しい化け物の仮面が現れ、嬉しそうにその仮面を被った。
手を振る。
両手を上げて、体全体を使って手を振る。
すると……
「マジ、か……」
「来たわ。来たわよ。これでいいわね?」
頭を垂れて膝をついた巨大な化け物が唐突に現れる。
建物に被害を与えない位置に、いきなりだ。
その肩には、あたふたとしているアリスの姿もある。
探しても見つからないはずだ。ジャバウォックに乗っていたのだから……
「アリス!!!!」
「兄さん……私は、双葉でーー」
「見たから分かってる。過去を偽った帽子屋の力。時を止める白兎の力。この世界のこと」
白兎が振り絞った力で見ることの出来た過去。あれが全てではないのだろうが、大まかの流れを知ることは出来た。
取り戻さなければならない力と過去。
アリスの顔が青白くなった。
「あはは。あはは。わたしに出来るのはここまで。ここまでよ。後は兎ちゃんが頑張るだけよ。応援はしないけど、見ててあげるわ!!」
「そうかよ」
身を低くし、矢のように駆ける。
まずは、アリスの側に行く。話はそれからだ。
「兄さん。なんで、兄さんも!!」
「くそっ」
ジャバウォックがその場で横に一回転。
ミキサーのように広範囲を破壊し、立ち上がる。ギリギリジャンプし、建物の破片を避けながら足場にして逃げるが、一撃が大きい。大雑把に行動しても致命傷になるような攻撃をしてくる。
「お願い。兄さん」
「なんなんだ。本当に!!」
腕が伸びてくる。
両手を交互に、手のひらを広げて俺に向かって伸ばすその行動は、確実に捕まえに来ていた。
近くの建物を破壊し、人を巻き込みながら高速で動いてくる。
幸いにも、足場は無数に作られた。
ジャバウォックが掴んだ物を空中に大きな塊でばらまくのだ。
必死だった。
腕を見切り、近づき、回避する。
読み間違えたら握り潰されて終わりそうな条件の中、必死に前へと出る。
下がることは出来ない。ここで退いても、世界の終わりがあるだけだ。
なら、最悪の状況にも食い付くしかない。
冷や汗が止まらない。
真横を抜ける風を痛覚のない。体でも感じられる。死の真横を空に向かって駆けていく。
恐怖しかなかった。
それでも、救えるものがあると信じて前へ向かう。
もう、すぐそこまで迫っているのだ。
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