24
パリンと鳴る音で意識が覚醒する。
ばっと体を動かし、窓を開ければ……そこはワンダーランドであった。
「マジか……」
先程戻ってきたばかりだ。こんなに早いタイミングで世界が変わるなんて話は猫先輩から聞いてはいない。
ひび割れた空。赤い星が降ってくるのが見えた。
「マズイ、よな」
紫の雲が消え、太陽が小さくなっている。
不可思議な状況ではあるが、危険度の高さだけは天井を越えていると思えた。
「とりあえず、動こう」
白兎の仮面を被る。
『『助けて、誰か!!』』
外から声が聞こえ、ハッとして周囲を見回す。
そこには、居るはずのない人たちが怯えるように逃げ惑っていた。
その後ろをドードー鳥が追いかける。
「助け……」
『駄目だよ。無理だ。どうしようもない』
頭に直接響くのは白兎の声。
窓を開ければ、グチャと何かが潰れる音が耳に届く。
「うぐっおぇ」
その音だけで、何が起こっているのかを正しく理解した。
吐き気が、胃を締め付ける。
何も食べてなくて良かった。口から出てくるのは胃酸だけ、酸っぱさが口に広がり、布団を濡らした。
「くそっなんで……」
『資格無き者でも入ってこれるようになってる。このままだと、みんな殺される』
「どうしろってんだよ」
『今を諦めるか、女王様を説得するしかないと思う』
過去へ行くか、説得して止めさせるかの二択。つまり、アリスに会わないと話にならないってことだ。
「分かった。急ごう」
口元を乱暴に拭い、体を動かした。
まずは、アリスが居るはずのキッチンを目指す。
「ア……双葉!!」
アリスと呼ぼうと思ったが、記憶のことがバレて警戒されても困る。なので、双葉として接しようと考えたが、キッチンはもぬけの殻になっていた。
まな板の上には切っている途中のネギがあり、火がついていないコンロには煙を出しているお湯。その煙が、数秒前まで火にかけられていたことを知らせてくれる。
魚のアラなどが入っているので、恐らくは味噌汁にするつもりだったのだろう。
こっちに移動してガスが止まったから火が消えたと分かる。回してみるが反応もない。水道や電気も同様だ。
こうして、まともに観察したことがなかったけれど……もしも、この世界に取り残されるなんてことになればまともに生活は出来ないだろう。
食糧も限られている。襲ってくる敵も居る。絶望しか見えないな。
「アリスを探そう」
『どこに居るのか分かるの?』
「分からないけど、手をこまねいてもいられない。すぐにどこかに行ったなら、そこまで遠くには居ないはず」
女王の仮面には身体強化は無いと言っていた。それを押して余りあるほどに強力な能力を持っていたが、それをまともに話さなかったのは、知られたら困るからなのだろう。
アリスは、俺にどれだけの嘘を隠していたのだろうか?
ちゃんと話さなければ、それすらも分からない。
首を横に振る。
まずは、見つけるのが先決だ。それから、考えるべきだろう。
「行こう」
小さく呟き、外に飛び出した。
耳に飛び込むのは悲鳴だ。
助けを呼ぶ声。泣き叫ぶ声。怒る声。
いくつもの嘆きが、優れた聴覚に突き刺さる。
胸が痛くなる。
今すぐに助けに行きたい気持ちになった。だけど、それだけの力を俺は持ってはいない。自分のやれることは、先程提示された二つだけである。
なら、急ぐ以外にないだろう。
「高いところに行こう。ジャバウォックを探すのが早そうだ」
駆ける。
出来る限り、ドードー鳥とのエンカウントは避けるように建物の上を移動する。
奴らは空からでも降ってくるが、現状はその兆候はない。
周囲の建物が崩れて低くなっていることが原因だろう。家も崩れてなくて良かったと胸を撫で下ろす。
そうなっていたならば、こっちに入った瞬間にアウトだったろうから。
「うわあああ。早く逃げるぞ」
「わっ分かってる」
耳に届く声に、体が反応した。
無数にもある中で、唯一反応した声に視線を動かす。
「浩介、有村……」
必死に手を取り合って逃げる二人。
追いかけるのは足の遅そうなイモムシだった。口から糸を吐いて捕らえようとしている。
足が自然と、そちらを向いた。
今なら、助けられる。俺ならなんとか出来る。
頭の中を巡る言葉に、全身でことを成そうとする。
しかし、
「あっ!!」
糸が、有村の体を捕らえる。
強力な力で引き寄せられているのか、浩介共々糸に引っ張られ、イモムシの後ろから飛び出したドードー鳥に蹴られる。
折り重なっていたためか、同タイミングで二人のお腹に大きな穴が開き、内臓が周囲に散らばった。
空中で軽く足を振れば、二人の体は地面をオモチャのように転がって壁に激突して止まる。
重なりあった二人は、動くことはない。
ドードー鳥は次の獲物を求めて走りだし、散らばった内臓は、イモムシが嬉しそうに口に入れている。
「あっああ……」
一瞬の出来事だった。
例え、全力で駆けていたとしても、出来ることは何も無かっただろう。もっと目の前で死を目撃し、血を全身に浴びただけだっただろう。
最悪。標的にされて襲われていた可能性もある。
今、やるべきことからしたら、動かなくて正解だった。むしろ、見てみぬフリをして駆けていくべきだった。
「あっああ……」
でも、出来なかった。
友達の声に反応してしまった。助けようとしてしまった。その結果があの惨劇で、目撃してしまった。
悔しさで、胸が張り裂けそうになる。
『大丈夫?』
「大丈夫だ。俺は、大丈夫だ」
言い聞かせないと心が折れてしまいそうだ。
前に向かうしかない。
アリスを止めないと!!
「アリス!!!!!」
全力で叫び、走り出す。
それで、敵に気づかれようとも関係ない。
アリスを、止めるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます