23
気がつくと、世界は暗闇に包まれていた。
自分自身すらも闇に呑まれているような感覚に襲われ、身震いする。
『おかえりなさい。どうだった?』
白兎が眼前に降りてきて、小首を傾げた。
闇に侵略され、ボーッとしていた頭に燃料のように記憶が注がれ、二つの記憶のせいか頭に強い痛みを覚えた。
割れるような痛みに気持ちが悪くなる。
荒く乱れた呼吸。今までどうやって呼吸をしていたのか分からなくなるほどに心と体は強いダメージを負っていた。
「はぁはぁはぁ」
強く意識すれば思い出す。
あの高笑い。双葉を失った喪失感。どうして……彼女を受け入れなれないと思えたのかさえ……
そうか、これが……
「原因が、分かって……ありがたい」
『そう。きみが納得したならいいんだ。万全のぼくなら、きっとあの過去に送れるのに……残念だな』
「でも、過去は変えられないだろ? パラドックスとか、なんとか……」
よくは知らないが、まだ見ぬ未来ならともかく。知っている過去を改変することは無理だと思う。
アニメや漫画では、絶望の未来を変えようと挑戦しては、心が折れる経験を主人公は繰り返すのをよく見る。
何度も、何度も、何度も……そうやって心を擦り減らしながらも諦めずに前に進んだ者が栄光の未来を勝ち取る。
だが、逆に過去を変えると世界そのものに大きな変化をもたらす。望んだ未来のために過去を変えれば、何かしらの反動が起こってしまう。
『そうだね。でも、ぼくのは違うよ。ぼくたちはきみたちよりも高次の存在なんだ。だから……きみたちの常識は通用しない』
………………はぁ?
首を傾げ、怪訝な表情を浮かべる。
高次の存在とか、常識が通用しないとか、何を言っているのだろうか?
『特異能力』
「それが?」
『きみたちの常識に縛られない行動を取れるこの力は、ぼくたちにとってはごく当たり前の力なんだよ。きみたちにとっての科学が、ぼくたちにとっては特異能力になる。って言えば分かりやすいかな?』
「うっうーん。ようは、魔法がある世界って感じか?」
『それでも、いいかな』
苦笑したような表情を浮かべると、時計を取り出す。
『この時計は、ぼくの力の根幹になるんだ。その大部分を女王様に奪われた。それを取り返すことが出来たなら、きみを正しい歴史を刻む可能性を持った世界へ送ることが出来る』
話に上手く着いていくことが出来ない。
ただ、分かることは……
「白兎なら、それが出来るってことか?」
『そう。ぼくたちには、それだけの力があった。仮面に封印される前は、凄かったんだ……』
「封印?」
『そう。ぼくたちは、女王様の命令により封印された。正当なる継承者は、女王様を仮面に押し込め、ぼくたちも封印して、この次元に落とし込んだ。なにもかも、滅茶苦茶になったんだ……』
「アリスが、そんなことを?」
信じたくはなかった。
双葉をアリスだと思わなくなった今だからこそ目に浮かぶ。
後ろについて回り、恥ずかしそうに頬を染めながらはにかむ愛らしい姿が……
そんなアリスが、凶悪な出来事に手を染めていてほしくはなかった。そう、願いたかった。
『アリスじゃない。彼女は被害者だ。女王様の仮面により、一つの欲望に飲み込まれただけの存在だよ』
「一つの、欲望?」
『きみが欲しい。そう願った結果。全てを切り捨てて妹になったんだ。言いたいこと、理解出来るかな?』
俺ごときを欲して……両親や双葉を消し、双葉に成りすますなんて……到底信じられないことだ。
でも、なんとなく腑に落ちる。
あの高笑いするアリスを、見ているから……
「じゃあ、誰が女王様を?」
『ぼくたちは、魔女と呼んでいるよ。彼女は、自分が楽しむためだけにぼくたちを捕らえて、この次元にばらまいた。そして、監視役として、娘を残した』
「その娘が、アイ。とか言わないよな?」
『大正解』
顔を手で覆う。
不思議な少女だと思っていたが、そこで繋がるなんて思いもしなかった。
『この世界は、もう終わりだよ。きっとね……でも、その前に女王様に奪われた力を取り戻せば、なんとか出来る』
「でも、この世界は……救えないんだよな?」
『うん。絶対に無理だね。きみが拒絶を繰り返したせいで、少しの魂では補えきれないほどの亀裂が入っている。資格無き者も取り入れ、全てを奪い尽くすのは、もう目の前だ』
切羽詰まった状況であることは確かなようだ。
希望はこの世界には存在しない。いや、俺が切り捨ててしまったのだ。
でも……
「だけど、どうすればいいんだよ……」
『女王様の仮面を受け入れなければいい。そうすれば……世界は正しく進む』
「だとしても、お前たちは救えないだろ?」
『ぼくたちはどうしようもないから。でも、魔女さえどうにか出来るなら、きっと事態は好転する』
寂しげな笑み。
拳を握りしめ、視線を逸らす。 呼吸を整え、気持ちを落ち着ける。
一番救いたいと願うのはその世界の住人だ。それなのに、力を貸してくれることに感謝すべきなんだ。
それが、打算から来る行動であるとしても、自分のやるべきことをやるしかない。
『それに、ぼくはぼくの世界よりも、救ってほしい人が居るんだ』
「誰だ?」
『三月ウサギ。本当なら、アリスの仮面になるはずだった子だよ。女王様の仮面と交換されて、今は囚われの身なんだ』
「…………分かった。なんとかしてみる」
共通点はウサギでしかない。でもきっと、白兎にとってはとても大切な存在なのだろう。
俺にとっての双葉。アリスのように……
なら、助けるしかないよな。俺で出来るのであれば。
『お願いします。恐らく、ぼくは世界を動かしたら、特異能力が使えなくなるから。戻ったら、全部お願いすることになるよ』
「いいさ。チャンスをくれるんだろ?」
『うん。そうだよ。最初で最後のチャンス。不意にしないでよね』
差し出される手。
薄く透けている手は握れないと分かっている。それでもと、差し出されるその手に握手する。
契約を交わすように、深く頷いた。
『さあ、世界を回すラッパを鳴らそう。ぼくの全てをきみに託すよ』
「ああ。任せろ」
背を向けて、歩き出す。
ここのことはよく分からない。でも、行くべき道ははっきりと見えていた。
全てを助けてみせる。例え、この世界を失おうとも……
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