22
全部の準備が終わる。
おじさんとおばさんはトランプのマークと数字が顔に書かれた人の仮面を着け、双葉は帽子を被った女の子の仮面を着けた。
トランプの兵士と帽子屋らしい。
見た目では分からないが、当人たちは現在の状況においても楽しそうにしている。
おどろおどろしい世界観ではある。しかし、目に見える危険も無いので、特別な出来事と思えば楽しくなるのも仕方ないことに思えた。
非日常なのだ。不思議はあっても色々と試したいと考えるのも無理はない。
「じゃあ、まずはアリスの捜索。次に脱出方法の確立。それでいいか?」
「はい」
こくんと首を縦に振る。
おじさんの提案に異論はない。この世界を知ることを優先したが、知ったのならば次はアリスを探さないといけない。
きっと不安に思っているはずだ。
少し時間はかかったが、行動開始だ。
「アリスー!」
「どこに居るのー」
おじさんとおばさんが声を上げている。
山の中に入っているのか、高速道路上にいるのか分からないため、ひとまず高速道路を歩きながら声を出すことにしたのだ。
双葉も俺も声を出さずに後ろから着いていくだけだ。
俺の頭の中には居なくなる前のアリスがずっと居座り、双葉は双葉で何か考え事をしているようだった。
おじさんたちは、幾度かこちらを振り返るも俺たちの様子を確認するとすぐに声を出す。
今にして思えば、不安を表に出さないようにしていたのではないかと思う。
だが、その答えを知ることは出来ない。
「あそこに人が見えるぞ」
「アリスのことを見た人を探しましょう」
少し離れた場所だが、仮面の力によって視力が強化されて確認することが出来た。
「双葉」
「なにかしら? わたしの白兎」
「走るみたいだ」
「乗せてちょうだいな」
背中へ無理矢理にダイブするのでバランスが崩れて尻餅をついてしまう。
その間に、おじさんたちは走っていってしまった。
オリンピックで金メダルと軽々と取れそうな速度。
仮面の力はやはり凄い。
「あらあら、行っちゃったわね」
「双葉が無理するから……」
「いいじゃない。目的地は一緒よ? すぐに着くわ」
まるで、二人きりになりたくて行動したような態度に首を捻る。
差し出される手を握り、とてとてと歩いていく。
前方でUターンしてくる姿が見えた。
「どうしたんだろう?」
「緊急事態なんでしょう。わたしたちも逃げるわよ」
踵を返し、走り出す。
だが、双葉の足が遅く。手を握っていたら本気で走れない。
「乗って」
「分かったわ」
背中に乗せる。
今度は準備していたので尻餅をつくことはなかった。足に力を入れるといつも学校で走る速度とは桁違いのスピードが出た。
高速道路を走る車とそれほど変わらない速度だ。
耳を立てれば、後ろで「逃げろ」と叫んでいるように聞こえる。
「何かいるの!?」
「わたしには何も見えないわ。視力の補正は入ってないみたい」
帽子屋の身体強化はそこまで高くはない。
ほとんど普通と変わらないレベル。特異能力も記憶の共有だけなので、一人での行動は危険を伴う。
もしかしたら、ずっと自分の力のことを考えていたのかもしれない。
「っ!!」
「どうしたの!?」
「巨大な、化け物……」
「嘘!?」
立ち止まり、振り返る。
確かに、巨大な化け物がそこには居た。テレビに出てくるような、そこらの高層ビルよりも大きな化け物は、四足歩行で獣のように走っている。
双葉に見えているのか分からないが、その手には逃げ遅れただろう人が捕まり、移動の最中に口へと放り込まれていく。
おじさんたちはまだ無事ではあるが、とてもじゃないけど戦いになるようなサイズではない。
「早く逃げなさい」
「でも、おじさんたちが……」
「無理よ。ここから助ける方法なんて、わたしたちには無いのよ!!」
距離は五千メートルほど離れている。強化された脚力ならばすぐに埋められる程度の距離だ。
しかし、その後ろを走る化け物が助けにいく判断を濁らせる。
一歩で千メートル以上を移動しているのだ。手を伸ばされただけで掴まってしまう。
「どうしたら……」
『ぼくの力を使うよ。そうすれば、ぼくたちだけはきっと逃げられる』
白兎の声が頭に響く。
おじさんたちを見殺しにする物言いに、言葉が詰まった。
迷いが、強くなる。
パンッ!!
音が響く。
痛みはない。
「えっ?」
「逃げるわよ。早く」
仮面をずらした双葉。
その瞳には、悔しさが滲み出ている。それでも、生き残る道を選択したことだけは確かだった。
こくりと頷く。
「お願い。白兎」
『うん』
意識が遠のく。変わりに、時計を持った白い兎が表に出ようとしていた。
これで、いいのだ……
「その力、いいですね」
「えっ?」
不意に、意識が戻る。全身がダルくなり、双葉を持っていられなくなった。
「キャッ」
地面に膝をつき、抜け落ちた何かを考える。
だが、高鳴る心臓が思考を遮る。
「姉さんの力も貰いますね。ずっと、タイミングを見ていたんですよ?」
「アリス!!」
「アリ、ス?」
顔を上げる。
女王の仮面を着けた少女が、時計と帽子を持っていた。
仮面を外せば、双葉そっくりの顔。アリスである。
ニッコリと太陽のような笑みを浮かべ、両手を上げた。
「ようやく。ようやくです。待っていました。このタイミングを、二人から力を同時に奪えるチャンスを。待っていました」
「何を言っているの。アリス」
「そのままの意味ですよ? ほら、父さんたちが呑まれていきます」
後ろを指差す。
そこには、腕に捕まったおじさんとおばさんの姿。必死に逃げ出そうともがくも、象とアリ以上の戦力差がある。
抵抗など、無意味だった。
「呑まれましたね。後は、姉さんだけです。そうすれば……兄さんは私のになります」
「させるわけないでしょう!!」
「姉さん。いえ、アリス。双葉も、兄さんも、私の物なんですよ」
満面の笑みのまま。女王の仮面を被り、帽子を被り、時計を動かす。
「女王の仮面は他人の能力を奪い、強化して使うことが出来ます。記憶の共有が出来る帽子屋の力は……改竄した記憶の共有しました。世界は、帽子屋によって騙されるのです」
「アリス。あなたは!!」
力を失ったように、地面に膝をついた双葉。睨み付ける目に力が無い。
「アリスはあなたです。私は、双葉。さあ、アリスはここでさようならです。時の動かぬ世界で、永遠の別れを告げます」
アリスが手を振る。
双葉の体が、化け物に捕まった。
連れていかれそうになる双葉に手を伸ばすが、力の抜けた体はまるで動かない。
「助けて。わたしの白兎!!」
耳に残る絶叫に涙が溢れた。
化け物の口へと放り込まれる。
ただ、見ていることしか出来なかった。
こんな近くに居たのに、何も出来なかった。
それが、悔しくて悔しくて堪らない。
「さっ兄さん。私と楽しい時間を過ごしましょうね。大丈夫です。寝て、起きたら今のことは全部忘れて、事故でみんな亡くなったことになります。私。なんでも出来るんですから」
仮面を外し、ウインクする。
同時に意識が遠のくのを感じた。
寝てはいけない。それは分かるのに、瞼は勝手に閉じていく。
「さようなら世界。初めまして世界。私は、新しい私を始めます」
アリスに……似合わない高笑い。
まるで別人に変貌してしまったかのようだった。
「くそっ」
拳を握りしめ、心に決める。
何があっても、必ず助ける……と。
決めた瞬間。意識が、完全に途切れた。
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